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第19巻「天空の国の戦い」

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34.水路・1

 消魔水の井戸の底で、フルートは突然広がった穴の中に、水ごと吸い込まれてしまいました。激しい流れが起きたので、巻き込まれて転倒し、岩の上にたたきつけられてしまいます。

 けれども、流れはすぐに通り過ぎていきました。フルートは跳ね起き、頭に絡みついていたマントを払いのけました。とたんに視界が開けます――。

 

 そこは長い横穴の外れでした。高さ二メートルあまりの丸いトンネルが前方に延び、消魔水でいっぱいに充たされています。足元は平らな石の床ですが、横の壁や天井は井戸と同じように水草でおおわれていました。ここの水草は水の中で光を放っているので、フルートのペンダントが照らさなくても、トンネルの中がよく見えます。

「おう、フルート、来たな! こっちだ!」

 と行く手でゼンが手を振っていました。元気そうですが、その後ろにレオンが倒れています。フルートが駆けつけると、レオンは頭に布を巻かれて、目を閉じていました。布から水中に薄赤い水が立ち上るのを見て、フルートは顔色を変えました。出血しているのです。

「怪我をしたのか!?」

「床にまともに頭を打ちつけたんだ。このトンネルは、床だけは石がむき出しになってるからな。水中じゃ血が止まらねえから、どうしようかと思っていたんだ」

 とゼンが答えて、場所をフルートに譲りました。フルートがかがみ込んでレオンに金の石を押し当てると、たちまち出血が止まって、レオンが目を開けます。

「痛みが消えた……」

 と言いながらレオンは身を起こし、頭から布を外しました。傷のなくなった額に触れて、驚いたようにフルートのペンダントを見ます。

「消魔水の中でも癒しの魔法が使えるのか」

「これは守りの力を持つ真理の石だからね。光の魔法で動いているわけじゃないんだ」

 とフルートは答え、立ち上がって、改めて周囲を見回しました。トンネルはフルートが現れた場所で行き止まりになっていました。そこも一面水草でおおわれた石壁になっていますが、よく見ると、草の間に小さな穴が開いていました。それが広がって、フルートたちをこちら側に吸い込んだのです。

「渦王の島にあった、海に通じる水路みたいな感じだな。これもどこかに通じてるのかもしれねえぞ」

 とゼンは行く手を見ながら言いました。壁の水草が光を放ってトンネルを照らしていますが、途中で曲がっているので、先を見通すことはできません。

 すると、レオンが立ち上がりました。少しためらってから、頭を縛っていた布をゼンに差し出します。

「これ……ありがとう」

 おう、とゼンは受けとって荷袋にしまいました。包帯がなかったので、ゼンが手持ちの布で手当てしてやったのです。レオンが神妙な顔をしているのを見て、にやりとします。

「どうした、生意気野郎。怪我してすっかり怖くなったのかよ?」

 レオンは、たちまち赤くなりました。

「馬鹿なことを言うな! 怖くなんかない! ただ――ただ、ぼくだって、助けてもらったときには、ちゃんと感謝するんだ――。ありがとう」

 言いにくそうに、それでも几帳面に感謝を口にする少年に、フルートとゼンは目を丸くしました。すぐに、ちょっと笑います。

「うん」

「この後は怪我しねえように気をつけろよ」

 とレオンへ言います――。

 

 三人の少年たちは行く手に延びるトンネルを見つめました。ゼンの言うとおり、水路と言うのがふさわしい様子をしています。

「消魔水の井戸の底にこんな場所があるなんて、想像もしてなかったな」

 とレオンが言うと、フルートが考えながら言いました。

「ここはたぶん、二千年前に井戸と一緒に造られた場所だ。ずっと井戸の底とつながっていたんだな」

「あん? どうして二千年前にできたってわかる?」

 とゼンが聞き返しました。水路は井戸の様子とよく似ていますが、だからといって、二千年前に造られたと断言できるわけではありません。

「間をつなぐ穴に魔法が生きているからだよ」

 とフルートは答えました。

「たぶん、直接触れると穴が広がる魔法がかけられているんだ。ここは消魔水の中なのに魔法が効いているってことは、消魔水が溜まる前にかけられた――つまり、井戸が完成する前にかけられた魔法だってことだろう」

 なるほど、とゼンは納得しました。レオンも、説得力があるフルートの推理に、驚いた顔をしています。

 そんなレオンに、フルートは尋ねました。

「天空城には、他にも消魔水の井戸があるかい?」

 この水路の先は別の消魔水の井戸につながっているのかもしれない、と考えたのですが、レオンは首を振りました。

「ないよ。消魔水は天空城のあの井戸にしかないんだ」

「とすると、この水路がどこにつながってるのか、見当はつかねえわけか」

 とゼンは言いました。後ろには彼らが入ってきた穴があって、穴に触れればまた井戸へ戻れるはずでしたが、ゼンはそちらを振り向きませんでした。フルートも水路の行く手だけを見て言います。

「きっとポチはこの奥に行ったんだ――首輪を探して。ぼくたちも追いかけよう」

「よし。ただ、気をつけろよ。ここの穴の壁にも、大きな獣の爪痕が残ってやがるんだ。どうやらそいつもここを通って井戸に出入りしているようだぞ」

 大きな獣、と聞いて、レオンは思わず後ずさりそうになりました。魔法が使えない状況で敵に遭遇すれば、間違いなく、こちらがやられてしまいます。

 けれども、フルートとゼンは水路を歩き出しました。彼らは防具や武器を身につけて癒しの魔石を持っていますが、魔法は何も使えない地上の人間です。それなのに恐れる様子もなく進んで行くので、レオンはまた驚きました。なんて無謀なんだ! と考えます。

 

 すると、ゼンが振り向きました。からかうような口調で言います。

「どうした、レオン? やっぱり、びびって進めなくなったのか?」

「冗談! 怖くなんかあるもんか!」

 レオンはまた真っ赤になると、憤然と歩き出し、彼らの前に出ていきました。先頭を切って進もうとします。

 フルートがすぐにその前に出ました。

「先頭はぼくだよ。リーダーはぼくだからね」

 とレオンは二番手にされてしまいます。フルートとゼンに前後を守られる位置なのですが、とても自然に落ち着いたので、レオンはその配慮に気がつきませんでした。

「行くよ、レオン、ゼン」

「まわりに気をつけろよ、レオン!」

 と声をかけられ、背中をたたかれて、少年は顔をしかめました。ゼンの力が強かったので、背中が、じぃんと痛んだのです。

 フルートやゼンが彼を以前より親しく呼ぶようになっていることに、彼自身はまだ気がついていませんでした――。

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