メールは天空城がそびえるクレラ山から飛び出すと、ポポロの家がある町に向かって、まっすぐに飛んでいきました。行きは門をくぐらなければ入れなかった天空城ですが、帰りは、あっけないほど簡単に出られます。
天空の国はすっかり夜になっていました。麓には花野や森だけでなく、町や村も点在しているのですが、皆寝静まっているようで、灯りはほとんど見えません。やがて近づいてきたポポロの町も同様でした。ところどころに灯りがついているだけで、暗く静まり返っています。
「実際にはまだ午後の二時とか三時の時間のはずだろ。天空の国の時間って、本当に変だよね……」
そんなことをぶつぶつ言いながら、ポポロの家の場所に見当をつけ、空から舞い下りていきます――。
すると、暗い中にぼんやりと光が灯っている場所がありました。それを目印に降りていくと、そこはポポロの家の庭でした。淡い光に包まれながら座り込んで泣いているのはポポロです。その横にルルの姿も見えています。
「ポポロ! ルル!」
メールは声をかけながら舞い下りていきました。花鳥が庭に降り立ち、たちまち花に戻って庭一面に咲き始めます。
その花の間でぼんやりと光を放っているものがありました。無数の黄色いキノコです。照明のように光って庭中を照らしています。
「メール!」
とルルが駆け寄ってきました。こちらは泣いていませんが、ポポロに負けないくらい取り乱して、あわてていました。
「家が! 家の中が――! お母さんもどこにもいないのよ! ラホンドックも――!」
それを聞いて、メールは家の番人の木を眺めました。大木は朝と変わらない場所にありましたが、木の形が変わっているような気がします。一、二歩近づいて、メールは息を呑みました。ラホンドックが半ばから折れていたのです。周囲には折れた枝や木の葉が散乱しています。
「どうしたのさ、これ!?」
とメールは叫んで木に駆け寄りました。動く木のラホンドックですが、今は幹が折れ、梢を地面につけて動かなくなっていました。ふた抱えもある太い幹が、すさまじい力に引き裂かれて、白い内側を見せています。嵐に吹き倒されたようですが、それにしては、庭の生け垣や家には少しも変わりがありません。
すると、ルルがメールの脚を頭で家のほうへ押しました。
「中! 中を見て、メール……!」
言われてメールは家に走り、玄関の扉を開けて、また息を呑みました。
家の中は庭と同じように、ぼんやりした光で照らされていましたが、足の踏み場もないほどめちゃくちゃになっていました。家具はすべて倒れ、しかも斧(おの)か何かでめった打ちにされたように壊れています。床や壁に本当に深くて鋭い刃の痕が残っているのを見て、メールは真っ青になりました。足元で震えているルルに尋ねます。
「何があったのさ!? ポポロのお母さんはどうしたんだい!?」
「わ、わからないのよ……。庭に灯りがついていたから、お母さんが私たちを待ってるんだと思ったのに、お、降りてみたら……」
「お母さんは!? 下敷きになってるんじゃないのかい!?」
とメールは家の中に踏み込みましたが、倒れた家具に行く手をふさがれて、すぐに進めなくなってしまいました。あせって行く手を眺めます。
すると、ルルが言いました。
「お母さんはいないのよ……! 私が風の犬になって家中を飛び回ったの。どの部屋もめちゃくちゃなんだけど、お母さんの匂いはどこにもしなかったわ。お父さんも……!」
気丈に話し続けていますが、ルルはぶるぶると震え続けていました。なんだか今にも倒れてしまいそうです。
「お父さんはまだ用事から帰ってきてないかもしれないよね。でも、お母さんがいないってのは――」
メールはルルの首を抱くと、困惑して家の中を見回し続けました。風の犬のルルに乗って家の中を確かめてみたいとも思いますが、庭にいるポポロが気がかりでした。彼女は驚きと恐怖で動くことができなくなって、声を上げて泣き続けているのです。お母さん、お父さん、と呼ぶ声が家の中まで聞こえてきます。
メールは少し考えてから、名案を思いつきました。
「そうだ、庭の植物に聞いてみよう! きっと、何か見てるに決まってる!」
そう言って、ルルと一緒にまた庭へ出て行きます――。
すると、いつの間にやってきたのか、ポポロの横に太った男女が立っていました。黒い星空の衣を着て、眠たそうに目をこすりながら話しかけています。
「どうしたんだ、ポポロ。そんなに泣いて大騒ぎして」
「時計を見なさいよ。もう夜中になったんだから、静かにしなくちゃ」
「隣のおじさんとお向かいのおばさんだわ!」
とルルが言って駆け出しました。ポポロは泣いて話ができないので、代わりに出ていって、家に起きた事件を知らせようとします。
「おじさん、おばさん、騒がしくしてごめんなさい! でも、大変なの! 家が――!」
「ああ、ずいぶん派手にやったみたいだな。番人の木までへし折るなんて」
「ポポロもお城の学校に行くようになって、最近は魔法が上手になってきたと思ったのに、やっぱり相変わらずなのね。でも、そんなに気にしなくていいわよ。前に比べたら、ずいぶん失敗が少なくなったもんねぇ」
近所の人たちは、これをポポロの魔法の失敗だと思っていました。そんな、違います! とポポロは言おうとしましたが、涙のほうが先に出てしまって、ことばにはなりませんでした。ルルも必死で説明しようとしましたが、おじさんたちは耳を傾けてくれませんでした。
「わかったわかった。朝までには、ちゃんと元に戻しておくんだぞ」
「明日の朝はまた早く明けるみたいだから、あなたたちももう寝なさい。そうしないと寝不足になるわよ」
そんなことを言いながら、それぞれ隣と向かいの家に帰っていってしまいます。
「違うわ! そうじゃないのよ!」
と必死で言い続けるルルを、メールが抱き寄せました。もう一方の手で泣いているポポロを抱いて言います。
「落ちつきなよ、二人とも。今、植物に何があったのか聞いてあげるからさ」
ルルはうなずくと、ポポロの膝に前脚をかけて、ポポロの涙をなめました。
「泣くのはやめなさい、ポポロ。泣いてたらメールは植物の声が聞こえなくなるわ――」
ポポロも泣きやもうと懸命に涙を拭き始めます。
ところが、メールが事情をよく知っていそうな植物を探していると、庭の片隅から、光りながら、にょきにょきと伸びてきたものがありました。キノコです。庭のあちこちに生えている光りキノコに似ていますが、何倍も大きくて、青い光を放っています。
「え、うちにこんなキノコってあった……?」
とルルやポポロがとまどっている間に、キノコは完全に成長して、立派な傘を広げました。高さ一メートルもある大キノコです。
メールも青いキノコを見つめました。なんだか呼ばれているような気がしたのです。首をかしげ、細い腰に両手を当てて、キノコに尋ねます。
「何さ? 何か話したいことでもあるのかい?」
すると、青いキノコの傘に大きな口のようなものが現れて、人のことばを話し出しました。
「金の石の勇者たちへ警告する。今すぐ天空の国を立ち去って地上へ帰れ。さもないと、おまえたちの身の上に恐ろしいことが起きるぞ」
それは男の声とも女の声ともつかない、不思議な声でした。目も鼻もないキノコに、ただ口だけがあって、それだけのことを話します。
メールもルルもポポロも仰天しました。
「だから家をめちゃくちゃにしたの!? お母さんはどこよ!?」
とルルがかみつくように叫びましたが、少女たちの目の前で、キノコはみるみる枯れていきました。黒くしぼんで小さくなり、地面に吸い込まれるように消えてしまいます――。
「警告だって……?」
メールは青ざめて周囲を見回しました。庭の小さなキノコの光が、へし折れたラホンドックやポポロの家を照らしています。扉を開け放った入口からは、めちゃくちゃになった家の中が見えます。
「お母さん! お父さん!」
ポポロは顔をおおってまた泣き出しました。ルルもこらえきれなくなって涙を流しています。
「どうしたらいいのさ、これって……」
とメールはつぶやきました。こんな時に頼りになるのは、判断力があるフルートや賢いポチや現実的なゼンなのですが、彼らは消魔水の井戸に潜ったまま戻ってきません。
泣きじゃくるポポロとルルの前で、メールはすっかり困惑していました――。