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第19巻「天空の国の戦い」

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33.警告

 メールは天空城がそびえるクレラ山から飛び出すと、ポポロの家がある町に向かって、まっすぐに飛んでいきました。行きは門をくぐらなければ入れなかった天空城ですが、帰りは、あっけないほど簡単に出られます。

 天空の国はすっかり夜になっていました。麓には花野や森だけでなく、町や村も点在しているのですが、皆寝静まっているようで、灯りはほとんど見えません。やがて近づいてきたポポロの町も同様でした。ところどころに灯りがついているだけで、暗く静まり返っています。

「実際にはまだ午後の二時とか三時の時間のはずだろ。天空の国の時間って、本当に変だよね……」

 そんなことをぶつぶつ言いながら、ポポロの家の場所に見当をつけ、空から舞い下りていきます――。

 すると、暗い中にぼんやりと光が灯っている場所がありました。それを目印に降りていくと、そこはポポロの家の庭でした。淡い光に包まれながら座り込んで泣いているのはポポロです。その横にルルの姿も見えています。

「ポポロ! ルル!」

 メールは声をかけながら舞い下りていきました。花鳥が庭に降り立ち、たちまち花に戻って庭一面に咲き始めます。

 その花の間でぼんやりと光を放っているものがありました。無数の黄色いキノコです。照明のように光って庭中を照らしています。

「メール!」

 とルルが駆け寄ってきました。こちらは泣いていませんが、ポポロに負けないくらい取り乱して、あわてていました。

「家が! 家の中が――! お母さんもどこにもいないのよ! ラホンドックも――!」

 それを聞いて、メールは家の番人の木を眺めました。大木は朝と変わらない場所にありましたが、木の形が変わっているような気がします。一、二歩近づいて、メールは息を呑みました。ラホンドックが半ばから折れていたのです。周囲には折れた枝や木の葉が散乱しています。

「どうしたのさ、これ!?」

 とメールは叫んで木に駆け寄りました。動く木のラホンドックですが、今は幹が折れ、梢を地面につけて動かなくなっていました。ふた抱えもある太い幹が、すさまじい力に引き裂かれて、白い内側を見せています。嵐に吹き倒されたようですが、それにしては、庭の生け垣や家には少しも変わりがありません。

 

 すると、ルルがメールの脚を頭で家のほうへ押しました。

「中! 中を見て、メール……!」

 言われてメールは家に走り、玄関の扉を開けて、また息を呑みました。

 家の中は庭と同じように、ぼんやりした光で照らされていましたが、足の踏み場もないほどめちゃくちゃになっていました。家具はすべて倒れ、しかも斧(おの)か何かでめった打ちにされたように壊れています。床や壁に本当に深くて鋭い刃の痕が残っているのを見て、メールは真っ青になりました。足元で震えているルルに尋ねます。

「何があったのさ!? ポポロのお母さんはどうしたんだい!?」

「わ、わからないのよ……。庭に灯りがついていたから、お母さんが私たちを待ってるんだと思ったのに、お、降りてみたら……」

「お母さんは!? 下敷きになってるんじゃないのかい!?」

 とメールは家の中に踏み込みましたが、倒れた家具に行く手をふさがれて、すぐに進めなくなってしまいました。あせって行く手を眺めます。

 すると、ルルが言いました。

「お母さんはいないのよ……! 私が風の犬になって家中を飛び回ったの。どの部屋もめちゃくちゃなんだけど、お母さんの匂いはどこにもしなかったわ。お父さんも……!」

 気丈に話し続けていますが、ルルはぶるぶると震え続けていました。なんだか今にも倒れてしまいそうです。

「お父さんはまだ用事から帰ってきてないかもしれないよね。でも、お母さんがいないってのは――」

 メールはルルの首を抱くと、困惑して家の中を見回し続けました。風の犬のルルに乗って家の中を確かめてみたいとも思いますが、庭にいるポポロが気がかりでした。彼女は驚きと恐怖で動くことができなくなって、声を上げて泣き続けているのです。お母さん、お父さん、と呼ぶ声が家の中まで聞こえてきます。

 メールは少し考えてから、名案を思いつきました。

「そうだ、庭の植物に聞いてみよう! きっと、何か見てるに決まってる!」

 そう言って、ルルと一緒にまた庭へ出て行きます――。

 

 すると、いつの間にやってきたのか、ポポロの横に太った男女が立っていました。黒い星空の衣を着て、眠たそうに目をこすりながら話しかけています。

「どうしたんだ、ポポロ。そんなに泣いて大騒ぎして」

「時計を見なさいよ。もう夜中になったんだから、静かにしなくちゃ」

「隣のおじさんとお向かいのおばさんだわ!」

 とルルが言って駆け出しました。ポポロは泣いて話ができないので、代わりに出ていって、家に起きた事件を知らせようとします。

「おじさん、おばさん、騒がしくしてごめんなさい! でも、大変なの! 家が――!」

「ああ、ずいぶん派手にやったみたいだな。番人の木までへし折るなんて」

「ポポロもお城の学校に行くようになって、最近は魔法が上手になってきたと思ったのに、やっぱり相変わらずなのね。でも、そんなに気にしなくていいわよ。前に比べたら、ずいぶん失敗が少なくなったもんねぇ」

 近所の人たちは、これをポポロの魔法の失敗だと思っていました。そんな、違います! とポポロは言おうとしましたが、涙のほうが先に出てしまって、ことばにはなりませんでした。ルルも必死で説明しようとしましたが、おじさんたちは耳を傾けてくれませんでした。

「わかったわかった。朝までには、ちゃんと元に戻しておくんだぞ」

「明日の朝はまた早く明けるみたいだから、あなたたちももう寝なさい。そうしないと寝不足になるわよ」

 そんなことを言いながら、それぞれ隣と向かいの家に帰っていってしまいます。

「違うわ! そうじゃないのよ!」

 と必死で言い続けるルルを、メールが抱き寄せました。もう一方の手で泣いているポポロを抱いて言います。

「落ちつきなよ、二人とも。今、植物に何があったのか聞いてあげるからさ」

 ルルはうなずくと、ポポロの膝に前脚をかけて、ポポロの涙をなめました。

「泣くのはやめなさい、ポポロ。泣いてたらメールは植物の声が聞こえなくなるわ――」

 ポポロも泣きやもうと懸命に涙を拭き始めます。

 ところが、メールが事情をよく知っていそうな植物を探していると、庭の片隅から、光りながら、にょきにょきと伸びてきたものがありました。キノコです。庭のあちこちに生えている光りキノコに似ていますが、何倍も大きくて、青い光を放っています。

「え、うちにこんなキノコってあった……?」

 とルルやポポロがとまどっている間に、キノコは完全に成長して、立派な傘を広げました。高さ一メートルもある大キノコです。

 メールも青いキノコを見つめました。なんだか呼ばれているような気がしたのです。首をかしげ、細い腰に両手を当てて、キノコに尋ねます。

「何さ? 何か話したいことでもあるのかい?」

 すると、青いキノコの傘に大きな口のようなものが現れて、人のことばを話し出しました。

「金の石の勇者たちへ警告する。今すぐ天空の国を立ち去って地上へ帰れ。さもないと、おまえたちの身の上に恐ろしいことが起きるぞ」

 それは男の声とも女の声ともつかない、不思議な声でした。目も鼻もないキノコに、ただ口だけがあって、それだけのことを話します。

 メールもルルもポポロも仰天しました。

「だから家をめちゃくちゃにしたの!? お母さんはどこよ!?」

 とルルがかみつくように叫びましたが、少女たちの目の前で、キノコはみるみる枯れていきました。黒くしぼんで小さくなり、地面に吸い込まれるように消えてしまいます――。

「警告だって……?」

 メールは青ざめて周囲を見回しました。庭の小さなキノコの光が、へし折れたラホンドックやポポロの家を照らしています。扉を開け放った入口からは、めちゃくちゃになった家の中が見えます。

「お母さん! お父さん!」

 ポポロは顔をおおってまた泣き出しました。ルルもこらえきれなくなって涙を流しています。

「どうしたらいいのさ、これって……」

 とメールはつぶやきました。こんな時に頼りになるのは、判断力があるフルートや賢いポチや現実的なゼンなのですが、彼らは消魔水の井戸に潜ったまま戻ってきません。

 泣きじゃくるポポロとルルの前で、メールはすっかり困惑していました――。

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