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第19巻「天空の国の戦い」

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31.井戸端(いどばた)

 メールとポポロとルル、それに白い犬のビーラーは、消魔水の井戸のそばで、少年たちが戻ってくるのを待っていました。

 彼らが井戸に飛び込んでからもう二十分くらいたつのですが、いっこうに浮いてくる気配がないので、留守番組はすっかり心配になっていました。

「ホントに、中で何が起きてるってのさ!? たかが井戸だろ? 深い海溝に潜ってるわけじゃないんだから、ポチを見つけて戻ってくるのなんて、簡単なはずじゃないか」

 とメールが言いました。井戸の縁に座っていらいらと待っていますが、いくらのぞき込んでも、彼女の目には中の様子はわかりません。

 ポポロは井戸のそばにしょんぼり座っていました。

「あたしの声が届けば、何が起きているのか聞けるんだけど……」

 と言って、星空の衣に涙をこぼします。少年たちは消魔水の中に潜っていったので、魔法の力がさえぎられてしまって、ポポロの呼び声も届かなくなっていたのです。魔法使いの目も効かないので、本当に、中の様子がまったくわかりません。

 ビーラーはポポロとは反対側の井戸の横に座って、ぶつぶつ文句を言っていました。

「レオンにも本当に困ったな。最近ますます高慢になって、手に負えなくなってきている。風の首輪を奪って捨てただなんて、天空王様に知られたら、どんな罰を受けるかわからないと言うのに――」

 ルルは井戸の縁に前脚をかけ、中をのぞきながら、ちらちらとビーラーのほうを見ていました。話しかけたいのですが、彼がずっと文句を言い続けているので、話しにくい感じがして近づくことができません。

 

 井戸に腰を下ろしていたメールが、あきれたように雄犬へ言いました。

「あんたさ、曲がりなりにもあいつの犬なんだろ? しかも年上なんだから、もうちょっとしっかりあいつを監督しなくちゃダメじゃないか。文句ばっかり言ってないでさ」

 とたんにビーラーは、ウゥ、とうなりました。

「そんなことができると思うのか!? レオンの魔法は、彼のクラスで一番強いんだ! 学校全体で見たって、彼にかなう魔力の者はそうはいないんだから、風の犬でもないぼくに、どうやってその彼を止めろと言うんだ!?」

 メールは肩をすくめました。

「レオンは一番じゃないだろ? 一番はポポロだよ。天空の国の貴族たちでさえ、ポポロの魔力にはかなわないっていうんだからさ。でも、ルルはちゃんとポポロの面倒をみてるじゃないか。どんなにポポロの魔力が強くたって、全然怖がったりしてないだろ」

 すると、ビーラーはルルを見ました。彼女がとまどっていると、すごいね、と言って顔をそむけてしまいます。

 ルルは泣きそうになりました。

「失礼なことを言わないでよ、メール! 私は本当に小さい頃からポポロと姉妹みたいに育ってきたんだもの! 私がポポロを怖がらないのは当たり前でしょう!?」

「そんなふうに兄弟みたいになるのが、本当の風の犬との関係のはずだろ、って言ってんのさ。レオンとビーラーは、気持ちがてんでばらばらだもんね」

 とメールはずばりと言うと、井戸の縁の上に片脚を載せて膝を抱えました。うろこ模様の半ズボンからすんなりと伸びた長い足です。その恰好で井戸の中をのぞくふりをしながら、横目でビーラーの観察を続けます。

 メールは、フルートがビーラーを疑っていたことに気づいていました。ルルを助けた白い犬はビーラーじゃないのかも、と彼女も心の中で思います――。

 

 その時、ビーラーが急に跳ね起きました。

 鼻面を上げて匂いをかぎ、耳を動かしてから、あわてた口調でメールたちに言います。

「こ、ここにもうすぐ人が来る。ぼくやレオンのことは知らないと言っておいてくれ」

 そのまま返事も待たずに近くの植え込みに飛び込んでしまったので、メールたちは呆気にとられました。いったい誰が……と考えているところへ、ばさばさと頭上から音がして、一人の女性が舞い下りてきました。黒い星空の衣ではなく、赤い上着と赤い帽子をかぶっていますが、その両耳は大きく伸びて羽毛におおわれていました。それを翼のように羽ばたかせて飛んできたのです。

 メールが驚いていると、翼の耳の女性が言いました。

「このあたりでご主人と犬を見かけなかっただろうか? ご主人はレオン様、犬はビーラー様というのだが」

 あまり表情のない顔の中で、猫のような緑の瞳が光っています。えっと……とメールが口ごもると、ルルが言いました。

「見なかったわよ! このあたりにはいないと思うわ!」

 そうか、と翼の耳の女性は言いました。

「ずっと門の前の馬車でお待ちしているというのに、どこに行かれたのだろう? レオン様の気まぐれにも困ったものだ……」

 そうひとりごとをいいながら、また翼の耳を広げて夜空の舞い上がり、学校の方向へと飛んで行ってしまいます。

「今のは?」

 とメールは尋ねました。地上では見たことのない姿の人です。

「耳翼族(じよくぞく)という人たちよ……。魔法から生まれてきた種族で、空飛ぶ馬車を操るのが上手なの。あの人はレオンの家の馬車の御者ね」

 そこへ、茂みからまたビーラーが這い出してきました。耳翼族の御者が飛び去った方角を見ながら足踏みします。

「本当にレオンは何をやっているんだ? もうすぐ真夜中だ。早く家に帰らなかったら、それこそ大騒ぎになるっていうのに」

 レオンが戻ってこないことではなく、そのことで自分が叱られることを心配しているような声です。

 

 けれども、それを聞いてルルも言い出しました。

「私たちも家に知らせておいたほうがいいわね、ポポロ。今日は日暮れがすごく早かったからしかたないんだけど、やっぱりお母さんは心配しているはずよ」

「わかったわ」

 とポポロは言って目を閉じました。両手を握り合わせ、低い声で呼びかけ始めます。ポポロは、フルートたちにするのと同じように、離れた場所にいるお母さんにも話しかけることができるのです。

 ところが、ポポロはすぐに目を開けて首をかしげました。

「変よ。お母さんが返事をしないわ」

「え、お母さんも? 変ね。私たちが帰っていないんだもの、もう寝ちゃったなんてことはないはずなのに」

 とルルも驚いた顔になります。

 すると、メールが言いました。

「それなら、ポポロとルルで直接知らせに行っといでよ。お母さんも心配して探してるのかもしれないよ。こっちのことは大丈夫、あたいたちに任せな。フルートたちが戻ってきたら、すぐ知らせるから」

「そうね、それがいいかも。お父さんも帰ってきてるかもしれないし、一度家の様子を見てきましょう」

 とルルが風の犬に変身したので、ポポロはその背中に乗りました。ちょっと行ってくるわね、と言い残して、天空城から自分たちの家へと飛んでいきます――。

 

 後にはメールとビーラーだけが残りました。

 ビーラーは井戸端にまた腹ばいになると、また、ぶつぶつ文句を言い始めていました。井戸の中から戻ってこないレオンに対する不平不満です。メールは黙ってそれを聞いていましたが、やがて、立てた膝に頬杖をつくと、ビーラーに向かって話しかけました。

「ねえ、あんたって、本当はルルを助けた白い犬なんかじゃないだろ。なんでそんな嘘をついたのさ?」

 単刀直入はメールの十八番(おはこ)です。遠慮もなくそう尋ねると、彼女はじっと雄犬を見つめました――。

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