「レオン!」
とビーラーは言いました。フルートが彼を問い詰めようとしているのを、気配で感じていたのでしょう。これ幸い、と自分を呼んだ主人のほうへ走っていきます。
レオンのほうでも犬へ走り寄りました。妙にあわてた口調で言います。
「やっぱり中庭に戻っていたのか! ずいぶん探したぞ! もう夜だ、早く家に帰って――」
言いかけて、少年は、ぎくりとしました。中庭の入口に立つフルートたちに気がついたのです。き、君たちは……と口ごもり、すぐにまたビーラーへ言います。
「早く来い! 馬車はもう門に到着しているんだからな!」
レオンがビーラーを連れていこうとしたので、フルートは呼び止めました。
「待ってくれ! まだ聞きたいことがあるんだ! 仲間の犬がどこにいるのかわからないんだよ。どこかで見かけなかったか!?」
フルートはポチがやっぱりあの白い犬ではないかと考えていました。ビーラーが彼になりすましたので、怒って立ち去ったものの、もう一度話をしに戻った可能性があると思って、そう尋ねます。
とたんにビーラーは主人を見上げ、レオンのほうは、またぎくりとしました。その様子に、メールが目を丸くします。
「あれ? あんたたち、ポチを知ってるわけ?」
「なんだ、知ってんなら早く教えろよ! こっちは一大事の状況なんだからな!」
とゼンも言いますが、レオンは青ざめて黙ってしまいました。そんな主人とフルートたちを、ビーラーが見比べています。
フルートはレオンに歩み寄りました。自分より背が高い相手を見上げて、強い口調で言います。
「ポチの居場所を知ってるんだな? 教えてくれ。ぼくたちは一刻も早く合流しなくちゃいけないんだ」
それまで少女のように優しげだったフルートの顔が、急に厳しくなったように見えて、レオンとビーラーは驚きました。相手に有無を言わせない迫力が伝わってきます。
ビーラーは尾を後脚の間に入れると、ぼそぼそと言いました。
「か、彼とは庭園で会ったよ……。レオンと話していたんだ」
ビーラー! とレオンは声を上げましたが、すぐにフルートに迫られました。
「ポチと何を話したんだ? ポチは今、どこにいる?」
フルートの声は鋭さを増していました。青い瞳が何もかもを見抜くように、じっとレオンを見据えています。
とうとう少年も白状しました。
「井戸のところだよ――消魔水の」
消魔水と言われても、フルートたちにはなんのことかわかりませんでした。ポポロが説明します。
「魔法を打ち消す水のことよ。庭園の中にあるの……」
「そんなところでポチと何をしていたんだ?」
とフルートがまた尋ねました。さらに厳しさを増した声に、すぐにビーラーが答えます。
「レ、レオンが彼の首輪をぼくにつけ替えようとしたんだ。も、もちろんぼくは断ったけれどね」
首輪をつけ替えようとした!? とフルートたちは驚きました。ルルが叫びます。
「そんなこと、できるわけないわ! 風の首輪は一匹の犬しか使えないのよ!」
「そ、それはわかっているさ。だから、ぼくは断ったんだ。レオンが勝手にやったんだよ。――その後、ぼくは離れたから、それから彼らがどうしていたのかは知らないんだ」
ビーラー! とレオンはまた言いました。主人の彼を裏切ってぺらぺら話す犬を、悔し涙を浮かべてにらみます。
フルートは本当に厳しい表情になっていました。
「ポチはどこだ?」
とレオンへ尋ねます。声を荒げたりはしませんが、瞳の中で怒りの炎が燃えています。レオンはまた口をつぐみました。おびえる顔で黙秘を始めます。
てめぇ……! と力ずくで問い詰めようとしたゼンを、フルートは止めました。代わりにポポロへ言います。
「魔法だ、ポポロ。彼へ知っていることを洗いざらい白状する呪文をかけるんだ」
ポポロはびっくり仰天しました。レオンも青ざめて叫びます。
「やめろ! それは人の考えに無理やり侵入する魔法だぞ! ぼくを廃人にするつもりか!?」
「じゃあ、警備隊の屯所に行って、そこで話すか? 誰かの風の首輪を無理に奪うのは犯罪なんだろう? 君は罰せられるんじゃないのか?」
とフルートは言い続けます。厳しさは変わりません。
とうとうレオンは降参しました。うつむき、低い声で言います。
「彼は井戸に飛び込んだよ……首輪を拾いに行ったんだ……」
「飛び込んだ!? 消魔水の井戸に!?」
とルルが悲鳴のように叫びました。他の仲間たちも真っ青になります。
フルートはレオンの襟首をつかみました。見かけによらない力で、ぐいと引き寄せて言います。
「それはどのくらい前の話だ?」
「い、一時間くらい前だよ。いや、もう少し前かもしれない……一時間半……二時間くらい前かも……」
それを聞いて、メールが金切り声を上げました。
「そんなに前なのかい!? そのまま戻ってきてないんだろ!? どうして誰にも知らせなかったのさ!?」
レオンは返事ができません。
フルートはまた、ぐいと少年を引きました。今度はそのまま先へ押し出して言います。
「ポチが飛び込んだ井戸まで案内しろ。早く」
フルートは完全に怒っていました。声は静かですが、それが逆に凄み(すごみ)のある口調を生んでいます。レオンは震え上がり、言われるまま先頭に立って案内を始めました。相手は自分より背が低くて、魔法も使えない人間なのですが、何故だか逆らうことができませんでした。ビーラーもその足元を追われるように歩いていきます。
すると、ルルがビーラーに追いついてきました。
「お願い、ビーラー! ポチを助けてちょうだい! 消魔水の中では、首輪を取り戻しても風の犬に変身できないわ。きっと井戸から出られなくなっているのよ!」
ビーラーはとまどったようにルルを振り向きました。だって……と言い、そのまま口ごもってまた前へ向き直ります。彼はもう死んでいるはずだよ、と言いかけたのですが、ルルは気がつきませんでした。雄犬の後を追いかけて、必死で訴え続けます。
天空城が照らす庭園を、一行は井戸に向かって歩いていきました――。