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第19巻「天空の国の戦い」

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27.気迫

 「レオン!」

 とビーラーは言いました。フルートが彼を問い詰めようとしているのを、気配で感じていたのでしょう。これ幸い、と自分を呼んだ主人のほうへ走っていきます。

 レオンのほうでも犬へ走り寄りました。妙にあわてた口調で言います。

「やっぱり中庭に戻っていたのか! ずいぶん探したぞ! もう夜だ、早く家に帰って――」

 言いかけて、少年は、ぎくりとしました。中庭の入口に立つフルートたちに気がついたのです。き、君たちは……と口ごもり、すぐにまたビーラーへ言います。

「早く来い! 馬車はもう門に到着しているんだからな!」

 レオンがビーラーを連れていこうとしたので、フルートは呼び止めました。

「待ってくれ! まだ聞きたいことがあるんだ! 仲間の犬がどこにいるのかわからないんだよ。どこかで見かけなかったか!?」

 フルートはポチがやっぱりあの白い犬ではないかと考えていました。ビーラーが彼になりすましたので、怒って立ち去ったものの、もう一度話をしに戻った可能性があると思って、そう尋ねます。

 とたんにビーラーは主人を見上げ、レオンのほうは、またぎくりとしました。その様子に、メールが目を丸くします。

「あれ? あんたたち、ポチを知ってるわけ?」

「なんだ、知ってんなら早く教えろよ! こっちは一大事の状況なんだからな!」

 とゼンも言いますが、レオンは青ざめて黙ってしまいました。そんな主人とフルートたちを、ビーラーが見比べています。

 

 フルートはレオンに歩み寄りました。自分より背が高い相手を見上げて、強い口調で言います。

「ポチの居場所を知ってるんだな? 教えてくれ。ぼくたちは一刻も早く合流しなくちゃいけないんだ」

 それまで少女のように優しげだったフルートの顔が、急に厳しくなったように見えて、レオンとビーラーは驚きました。相手に有無を言わせない迫力が伝わってきます。

 ビーラーは尾を後脚の間に入れると、ぼそぼそと言いました。

「か、彼とは庭園で会ったよ……。レオンと話していたんだ」

 ビーラー! とレオンは声を上げましたが、すぐにフルートに迫られました。

「ポチと何を話したんだ? ポチは今、どこにいる?」

 フルートの声は鋭さを増していました。青い瞳が何もかもを見抜くように、じっとレオンを見据えています。

 とうとう少年も白状しました。

「井戸のところだよ――消魔水の」

 消魔水と言われても、フルートたちにはなんのことかわかりませんでした。ポポロが説明します。

「魔法を打ち消す水のことよ。庭園の中にあるの……」

「そんなところでポチと何をしていたんだ?」

 とフルートがまた尋ねました。さらに厳しさを増した声に、すぐにビーラーが答えます。

「レ、レオンが彼の首輪をぼくにつけ替えようとしたんだ。も、もちろんぼくは断ったけれどね」

 首輪をつけ替えようとした!? とフルートたちは驚きました。ルルが叫びます。

「そんなこと、できるわけないわ! 風の首輪は一匹の犬しか使えないのよ!」

「そ、それはわかっているさ。だから、ぼくは断ったんだ。レオンが勝手にやったんだよ。――その後、ぼくは離れたから、それから彼らがどうしていたのかは知らないんだ」

 ビーラー! とレオンはまた言いました。主人の彼を裏切ってぺらぺら話す犬を、悔し涙を浮かべてにらみます。

 フルートは本当に厳しい表情になっていました。

「ポチはどこだ?」

 とレオンへ尋ねます。声を荒げたりはしませんが、瞳の中で怒りの炎が燃えています。レオンはまた口をつぐみました。おびえる顔で黙秘を始めます。

 てめぇ……! と力ずくで問い詰めようとしたゼンを、フルートは止めました。代わりにポポロへ言います。

「魔法だ、ポポロ。彼へ知っていることを洗いざらい白状する呪文をかけるんだ」

 ポポロはびっくり仰天しました。レオンも青ざめて叫びます。

「やめろ! それは人の考えに無理やり侵入する魔法だぞ! ぼくを廃人にするつもりか!?」

「じゃあ、警備隊の屯所に行って、そこで話すか? 誰かの風の首輪を無理に奪うのは犯罪なんだろう? 君は罰せられるんじゃないのか?」

 とフルートは言い続けます。厳しさは変わりません。

 

 とうとうレオンは降参しました。うつむき、低い声で言います。

「彼は井戸に飛び込んだよ……首輪を拾いに行ったんだ……」

「飛び込んだ!? 消魔水の井戸に!?」

 とルルが悲鳴のように叫びました。他の仲間たちも真っ青になります。

 フルートはレオンの襟首をつかみました。見かけによらない力で、ぐいと引き寄せて言います。

「それはどのくらい前の話だ?」

「い、一時間くらい前だよ。いや、もう少し前かもしれない……一時間半……二時間くらい前かも……」

 それを聞いて、メールが金切り声を上げました。

「そんなに前なのかい!? そのまま戻ってきてないんだろ!? どうして誰にも知らせなかったのさ!?」

 レオンは返事ができません。

 フルートはまた、ぐいと少年を引きました。今度はそのまま先へ押し出して言います。

「ポチが飛び込んだ井戸まで案内しろ。早く」

 フルートは完全に怒っていました。声は静かですが、それが逆に凄み(すごみ)のある口調を生んでいます。レオンは震え上がり、言われるまま先頭に立って案内を始めました。相手は自分より背が低くて、魔法も使えない人間なのですが、何故だか逆らうことができませんでした。ビーラーもその足元を追われるように歩いていきます。

 すると、ルルがビーラーに追いついてきました。

「お願い、ビーラー! ポチを助けてちょうだい! 消魔水の中では、首輪を取り戻しても風の犬に変身できないわ。きっと井戸から出られなくなっているのよ!」

 ビーラーはとまどったようにルルを振り向きました。だって……と言い、そのまま口ごもってまた前へ向き直ります。彼はもう死んでいるはずだよ、と言いかけたのですが、ルルは気がつきませんでした。雄犬の後を追いかけて、必死で訴え続けます。

 天空城が照らす庭園を、一行は井戸に向かって歩いていきました――。

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