「で、これからどうするんだ? まさか、リューラ先生が言うように、ポポロの家に閉じこもろうってんじゃねえだろうな?」
とゼンがフルートに尋ねました。
フルートは灯りがついた図書館を見上げていましたが、そう言われて仲間たちへ向き直りました。あたりはもうすっかり夜ですが、金と銀の天空城がまぶしく輝いているので、仲間たちの顔がよく見えます。ゼン、メール、ポポロ、ルル……誰もが釈然としない表情をしていました。探していた本が図書館からなくなっていたうえに、二度も戦人形に襲われたのですから、当然です。
「ホントにどうなってんのさ? ここは天空の国だろ。天空の国って、こんなに危険な場所だったのかい?」
とメールが言ったので、ルルとポポロが反論しました。
「そんなわけないでしょう! こんなこと、めったに起きないわよ!」
「戦人形のことは歴史で習ったけれど、実物を見たのは初めてよ……。あんなものが残ってたことさえ知らなかったわ」
フルートは考えながら言いました。
「さっきも言ったように、ぼくたちが光と闇の戦いについて調べるのを妨害している奴がいるんだよ。誰がなんのためにそんなことをするのかわからないけれど、一刻も早く犯人を見つけ出さなくちゃいけない。でないと、ぼくらはまた襲われるぞ」
一同は顔を見合わせました。正義と光の国と呼ばれる天空の国ですが、彼らにとっては地上と同じくらい物騒な場所になっています。
「ポポロ、もう一度ポチを呼んでくれ。事情を話して、すぐに来るように言うんだ」
とフルートが言ったので、ルルはどきりとしました。先ほどポチを怒らせてしまったことを思い出したのです。あれ以来、ポチはずっと戻ってきません。なによ、いつまでも怒ってるなんて男らしくないじゃない、とルルは心の中で文句を言いましたが、やっぱり自分のほうが悪かったような気がして、落ち着かなくなってしまいます――。
やがて、目を閉じてポチへ呼びかけていたポポロが、また目を開けました。
「変よ、ポチから返事がないわ。緊急事態だからすぐ来て、って言ったのに……」
「返事がない?」
フルートは眉をひそめました。一瞬、ルルと喧嘩をしたから返事をしたくないんだろうか、と考え、すぐにそれを打ち消します。ポチに限って、そんな真似をするはずはありませんでした。何かあったのかもしれない、と考えます。
けれども、ゼンはルルに迫っていました。
「おまえのせいだぞ、ルル! ポチを怒らせてるのはおまえなんだからな。迎えに行けよ!」
「ど、どうして私のせいなのよ!? 私は何もしてないわよ!」
とルルが牙をむいて怒り、それをまた責めたゼンと口論になりかけます。
メールが一人と一匹を引き離しました。
「もう! やめなったら。ゼンはホントにデリカシーがないんだからさ!」
「お? なんで俺が叱られなくちゃいけねえんだよ!? 俺はただ――」
ゼンは今度はメールと口論を始めましたが、フルートはそれを放っておいて、ルルにかがみ込みました。
「ねえ、ルル、一刻も早くポチと合流しなくちゃいけないんだよ。ポチだって、どこかで狙われるかもしれないんだから。最後にポチと別れた場所はどこだい?」
え、ええと……とルルはまた口ごもってしまいましたが、フルートに促されて答えました。
「学校の中庭よ。そこであの白い犬と話したの……。でも、ポチはそこから出て行ってしまったのよ」
フルートはちょっと状況を想像してみてから、すぐに立ち上がりました。
「よし、それじゃ中庭に行ってみよう。あのビーラーって犬が、ポチのことを知っているかもしれないし――もし、その犬が本当にルルを助けてくれていたのなら、ぼくからもお礼を言わなくちゃいけないしね」
ルルはフルートを見上げました。なんだか、後半のフルートのことばに含むものがあるように聞こえたのです。けれども、フルートはもう何も言いませんでした。ルルはポチのように相手の感情をかぎわけることはできなかったので、とまどいながら先頭に立ちました。一行を学校の中庭へ案内します。
すると、中庭の入口まで来たところで、中から出てきた白い犬と出くわしました。
「ビーラー!」
とルルが驚くと、白い犬のほうでも彼女を見て言いました。
「やあルル、また会えたね。どうしたの? ぼくに会いに来てくれたのかな?」
雄犬に犬の顔で笑いかけられて、ルルは何も言えなくなりました。人間の少女だったら、さしずめ真っ赤になったところです。いつもお姉さん顔で年下の仲間を叱る彼女が、恥ずかしそうにもじもじしているのを見て、仲間たちは驚いたりあきれたりしました。ったく! とゼンが舌打ちします。
「君はビーラーだったよね?」
とフルートは白い犬に話しかけました。
「そうだ。君は金の石の勇者だね。噂はよく聞いていたよ」
とビーラーが答えます。姿は白い犬ですが、口から出てくるのは青年の声です。
「ぼくの名前はフルートだよ。これまでルルを助けてくれたのは、君だったんだってね? 危ないところを何度もありがとう」
「またその話かい? ルルにも言ったけれど、本当に大したことじゃないんだから、何度も礼なんて言ってもらわなくていいんだよ。たかが魔法使い一人、撃退しただけのことなんだから」
「いいや、ルルはぼくたちの大切な仲間だからね。君がエスタ城で魔法使いのジーヤ・ドゥから助けてくれなかったら、本当に大変なところだったんだ――」
話を聞いていたゼンが、ん? と首をひねりました。ルルやメール、ポポロも、あらっ? と思います。ルルがジーヤ・ドゥに殺されそうになったのは、エスタ城ではなくザカラス城でした。フルートにしては珍しい言い間違いです。
ビーラーは頭を振りました。
「本当に大したことないんだって。それに、場所はエスタ城じゃなくザカラス城だったよね? これも大したことじゃないけれど」
と落ち着き払って答えます。
ゼンやメールやポポロは密かに驚きました。ビーラーはルルが助けられた場所を正しく知っています。やっぱりこの犬が恩人だったのか……と考えます。
フルートは身をかがめてビーラーの首を眺めました。そこに首輪がないのを確かめてから言います。
「君はまだ風の犬じゃないと言っていたよね? ルルを助けてくれたときには、風の首輪をしていたはずだけど、どういうことなのかな?」
ああ、とまたビーラーはなんでもなさそうに言いました。
「実はぼくは以前は別の貴族の飼い犬だったんだよ。代々風の犬の家系でね、兄弟もいとこもみんな、ある歳になると天空王様から風の首輪をいただいて、空を飛ぶ訓練を受けるのさ。ルルを助けたのは、その時のことだよ。地上に降りる練習をしているときに見かけたんだ……。その後、ぼくはレオンの犬になるために譲り渡された。レオンはまだ貴族じゃないから、首輪を天空王様にお返ししたのさ。レオンが貴族になれば、また風の首輪をいただけることになっているんだ」
そういうことだったの! とルルは歓声を上げました。ずっとひっかかっていた疑問が解けて、嬉しそうに尻尾を振ります。
ふぅん、とフルートは言いました。少し考えてから、感心した口調でまた言います。
「風の犬の家系だなんて、すごいな。優秀なんだ。きっと大変な訓練をするんだろうね。――闇の国まで飛んで行くとか」
ビーラーはたちまち表情を変えました。不愉快そうに顔をしかめて言います。
「まさか! ぼくたちは天空の国の犬だ。闇の国なんかに行くわけがないだろう!」
とたんにフルートは目を細めました。
彼はビーラーに鎌をかけたのです。ジーヤ・ドゥと戦った場所をわざと間違い、風の首輪をつけていなかった理由を尋ね、闇の国を話題に出したところで、ついに相手が引っかかりました。ルルが二度目に白い犬に助けられた場所は闇の国です。この犬はあの時の白い犬じゃない――と確信します。
ルルも、ビーラーが闇の国なんかに行くはずがない、と言ったのを聞いて驚いていました。わけがわからなくなって、とまどってしまいます。
フルートはさらに相手を問い詰めようとしました。君は闇の国でルルを助けたはずじゃないか、どうやって助けたんだい? それに、襲ってきたのはデビルドラゴンだ。どうやってあいつを追っ払ったんだ? そんなふうに質問を重ねようとします。
ところが、そこへ大きな声が聞こえてきました。
「ビーラー! どこにいるんだ、ビーラー!? 家に帰るぞ!」
妙にあわてながらやってきたのは、ビーラーの飼い主のレオンでした――。