扉を開けて飛び込んできたのは、眼鏡をかけた中年の男性と、小さな妖精のような姿の三人の精霊たちでした。部屋の中で書棚が倒れて本が散乱している惨状に、精霊の少女たちが悲鳴を上げます。
「きゃぁぁ、本が! 本がぁ!!」
「あなたたち、大切な本になんてことをするのよ!?」
「早く! 本を助けなくちゃ!」
と狂ったように本の上を飛び回り始めます。
男性は眼鏡の下で目を釣り上げてフルートたちに迫ってきました。
「君たちはなんてことをしてくれたんだ! ここはこの図書館の中でも特に貴重な本や史料を収めた特別室だぞ! 天空の国の宝、いや、世界の宝と言ってもいい本ばかりなんだ! それを破損するなど言語道断! 犯罪と言ってもいい!」
なんだとぉ!? とゼンは腹をたてました。男性に飛びかかっていきそうになったので、フルートはあわてて間に割って入って、男性に言いました。
「部屋をめちゃくちゃにしたことは謝ります。でも、そこで下敷きになっている人形が、急にぼくたちに襲いかかってきたんです。反撃しなければ、ぼくたちが殺されていました」
「戦人形が!? そんな馬鹿な! これはもう五百年以上もここに飾ってあったものだ! これが動くはずがないだろう!」
「いえ、本当に動いたんです……!」
「本当です、マロ先生! 信じてください!」
とポポロとルルが言ったので、先生!? とフルートやゼンやメールは驚きました。
「そう、ぼくはこの図書館の責任者の教師だ! 精霊たちに特別室の本がなくなっていると聞かされてきて飛んできてみれば、この有り様だ! しかも、戦人形が動いただと? ありえない! あれは大昔の人形だぞ!」
マロ先生の怒りはおさまりません。
そこへ扉の外から別の男性の声がしました。
「いったい何事です、マロ先生? あなたがそんな大声を出すとは珍しい」
眼鏡の教師は飛び上がると、入口を振り向いて頭を下げました。
「こ、これはリューラ先生――」
先に天空城の門で出会った副校長のリューラ先生が、そこに立っていました。相変わらず穏やかな顔に小さな体の人物です。部屋の中にフルートたちを見つけると、おや、と驚きます。
「騒がしい気配を感じてやってきてみれば、君たちでしたか。その状況はどうしました? ここで何があったんです?」
そこでフルートたちはマロ先生を無視して、副校長へ戦人形に襲われたことを訴えました。特別室から二度目の光と闇の戦いの本がなくなっていたことも伝えます。
リューラ副校長はたちまち真剣な顔つきになって考え込みました。マロ先生に向かって言います。
「この子たちは、地上の金の石の勇者の一行です。ポポロと一緒に闇の竜に立ち向かっている英雄たちですよ。その彼らが戦人形に襲われたと言っているのだから、これは信じなくてはいけないでしょう。誰かが勇者たちを狙っている可能性があります。しっかり調べなくてはいけません。この部屋を一番最近利用したのは誰です?」
「その者が本を持ち出し、戦人形を仕掛けていったと言うのですか!? そんなまさか!」
とマロ先生が声を上げました。否定する響きでしたが、副校長は譲りませんでした。誰ですか? ともう一度迫ると、眼鏡の先生はしぶしぶ答えました。
「私です……。ですが、それは昨日のことです! 私は今の今まで、彼らが金の石の勇者だなんて知らなかったのですから!」
と言い訳を重ねます。副校長は首をかしげました。疑わしいが証拠がない、という表情です。マロ先生は顔を真っ赤にすると、部屋の中央へずかずかと歩いていきました。
「私はこの図書館の管理者です! 図書館を何より大切に想っているのですから、その私が本や史料を傷めるような真似をするわけがないでしょう!? ……レドモニトーモテベス!」
マロ先生が呪文を唱えて、さっと手を振ったとたん、床に倒れて壊れていた書棚が直り、ゆっくりと持ち上がっていきました。壁に元のように収まり、折れた柱も元に戻ります。
そこへ、床に散らばった本が戻っていきました。自分から宙に飛び上がり、棚にきちんと並んでいきます。飛んでいく本の間で図書館の精霊たちは忙しく見回していました。
「壊れてる本はない……?」
「汚れてる本はないかしら?」
「見つけたら、すぐに修理よ……!」
ものの一分もたたないうちに、書棚と本はすっかり元通りになってしまいました。壊れた椅子も直って、テーブルの下に収まります。
床の上には白い戦人形が倒れていました。六つある目はすべてまぶたを閉じ、手足は四方に投げ出されたままで、ぴくりとも動きません。
「これがどうして動くと言うんです。ありえない……!」
マロ先生がぶつぶつ言いながら人形を起こしていったので、フルートたちは、はっとしました。戦人形が突然また動き出して先生に襲いかかるのではないかと思ったのですが、そんなことは起きませんでした。人形は以前のように少し前屈みの姿勢で飾られます――。
リューラ副校長はフルートたちを部屋の外の通路に連れ出して言いました。
「花野でのことといい、どうやら、君たちは何者かに狙われているらしい。ここでの出来事は私が責任を持って調べるが、君たちの身が心配だ。自分の学校をこんなふうに言うのは非常に恥ずかしいことだが、学校も君たちには安全な場所ではないだろう。今日はもう帰りなさい。勇者たちはポポロの家に泊まっているのだろう? 家に戻って、外には出ないようにするんだ」
一同は顔を見合わせました。いくら命を狙われていると言われても、そんなふうに、びくびくと家に閉じこもっているつもりはありませんでしたが、先生を安心させるために、フルートは言いました。
「わかりました、そうします。ただ、ぼくたちはどうしても光と闇の戦いについて知りたいことがあるんです。行方不明になった本が見つかったら、絶対に教えてください」
「わかった、約束しよう。だから、一刻も早く家に帰りなさい。外はもう夜だ。いくら天空の国でも夜の時間帯は危険だから、気をつけるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
とフルートがまた頭を下げたとき、部屋の中から三人の精霊が飛び出してきました。ポポロがまだ手に持っていた概論の本を見て声を上げます。
「あったぁ!」
「見当たらないと思ったら、こんなところにあったのね!」
「この本は持ち出し禁止よ! 返してちょうだい!」
わっと本に群がると、ポポロの手から奪って持ち去ってしまいます。精霊たちは小さな体の割には力持ちでした。自分の何倍もある重たい本を、三人がかりで軽々と運んでいきます。
ああ、とフルートたちはがっかりしました。もっと概論を読んで調べてみたかったのですが、どうしようもありません。
「さあ、外へ送ってあげよう」
とリューラ副校長が手を振ったとたん、周囲の景色が変わりました。石造りの通路が消えて、庭園と歩道が現れます。図書館の外に出たのです。副校長が言っていたとおり、外はすっかり夜になっていましたが、夜空の中に金と銀の天空城が輝いているので、あたりは灯りに照らされたように見通しが効きました。涼しい風も吹いていきます。
彼らのそばに先生たちはいませんでした。後片付けや事件の調査のために、まだ特別室に残っているのです。
図書館の建物を見上げて、フルートは、ふっと首をかしげました。
「図書館では魔法は全然使えないはずなのに、マロ先生は使えるんだな」
「リューラ先生もよ。マロ先生は図書館の管理者だし、リューラ先生は副校長だから、特別に許されているの……」
とポポロが答えましたが、フルートが考える顔をしているので、メールが尋ねました。
「マロ先生がどうかしたのかい、フルート?」
いや……とフルートは言いました。
フルートは、先ほど彼らを襲った戦人形が、なんだか部屋や蔵書を傷つけないように戦っていた気がするのです。だから、急に火を吹くのをやめたり、ポポロが本で身を守ろうとしたら、攻撃を止めたりしたんじゃないだろうか、と考えます。フルートが炎の弾を撃ち出そうとしたら、とたんに人形が停止してしまったのも、同じ理由のような気がします。ただ、確信はありませんでした。彼らがいた部屋の扉が開かなかったのは、絶対に魔法のしわざですが、それもマロ先生がやったことだという証拠はありません。
窓から灯りが洩れる図書館を、フルートは黙って見上げ続けました――。