フルートは人形に切りつけ、腕に弾き返されて飛びのきました。剣を握り直し、息を弾ませながら人形を観察します。
それは戦人形という名の通り、戦闘に特化して作られた人形でした。頭の周囲と頂点には六つの赤い目があって、全方向が見られるようになっているし、腕や足もすべての方向へ攻撃が繰り出せるようになっています。今は正面の二つの目を少年たちに潰されたので後ろ向きになり、頭の後ろの一つ目でこちらを見ています。隙はほとんどありません。
フルートはさらに人形を観察し続けました。堅い鎧のような体の人形に対して、こちらは布の服に二本の剣を背負っただけの軽装です。ゼンも弓矢を背負っているだけで、胸当てはつけていません。防御面で著しく劣っているので、人形の攻撃をまともに食らったら、二人ともひとたまりもないでしょう。
けれども、フルートは人形が不意の動きに対応しにくいことに気づいていました。飛んでくる矢や剣にはたちまち反応しますが、こちらが急に剣を止めて引いたり、まったく別の方向から攻撃を仕掛けると、ついていけなくなってしまうのです。これが使えるかもしれない、と考えます。
一方、ゼンはメールに呼ばれて部屋の扉にたどり着いていました。魔法がかかっているのか、扉はゼンの力でも開けることができません。
「えぇい、この扉野郎!」
自慢の怪力で破壊しようと、ゼンが拳を振り上げます。
すると、そこへまた戦人形が襲いかかってきました。ゼンの腕を捕まえ、ものすごい力で投げ飛ばしてしまいます。ゼンは床にたたきつけられて倒れました。立ち上がることができません。そこへまた人形が飛びかかっていきます――。
フルートはゼンの前へ飛び出しました。怪我をした友人を背後にかばい、剣で人形の拳を受け止めて叫びます。
「金の石!!」
とたんにフルートの胸元から金の光が広がりました。フルートが下げていたペンダントの真ん中で、守りの魔石が輝いたのです。光が人形を押し返し、同時に倒れていたゼンを癒します。
ゼンはすぐに跳ね起き、そのまま駆け出しました。光に押されてよろめいていた人形に飛びつき、両膝の後ろへ力任せの蹴りを食らわせます。相手が人であれば、これは非常に効果的な攻撃でした。膝の関節が砕けて倒れ、立ち上がれなくなるのです。
ところが、人形の足は、ゼンの蹴りが決まったとたん、妙な方向へぐにゃりと曲がりました。関節の砕ける音が響きません。人形はまだ立っています。
ゼンが驚いていると、人形がまたそれを捕まえました。今度はゼンの両脚をつかんで思いきり振り飛ばします。ゼンの体は部屋の中を飛んで、反対側の壁の書棚に激突しました。重い本が並んだ棚が激しく揺れます。
「ゼン!」
フルートはまた駆けつけようとしましたが、その前へ人形がやってきました。拳がうなりを上げて飛んできます。フルートはとっさに飛びのき、ゼン! とまた叫びました。倒れた友人から血が流れ出すのが見えますが、そばへ行くことができません。
フルートは唇をかみました。また殴りかかってきた腕を剣で受け止め、胸のペンダントへもう一度叫びます。
「光れ、金の石! ゼンを癒せ!」
魔石が再び輝きました。部屋全体を澄んだ金の光で充たします。
ゼンはまた起き上がりました。頭から流れ出していた血を手でぬぐい、こんちくしょう、とうなります。
「よくも何度もやりゃぁがったな! 俺はぶっ飛ばすのは好きだが、ぶっ飛ばされるのは好きじゃねえんだ! 今度はてめえの番だぞ!」
わめきながらまた飛びかかっていきます。
その時、フルートもまったく別の方向から人形に切りつけていました。目を潰されて死角になった正面から駆け寄り、さらに身をかがめて低い姿勢から切り上げます。人形の目には、フルートの剣がいきなり下から現れたように見えました。ゼンを捕まえようとしていた両手が、とっさに剣のほうへ動きます。
その隙にゼンは人形の体を捕まえました。自分の倍近くもある身長の人形をぐわっと持ち上げ、そのまま奥の壁へ投げ飛ばしてしまいます。
人形は部屋の中を大きく飛んで、奥の書棚に激突しました。柱が折れ、書棚がきしみながら倒れていきます。
「危ない!」
少年たちはまた少女たちに飛びつきました。ポポロとメールとルルを体でかばいます。その後ろで書棚が倒れました。本という本が雪崩(なだれ)を起こして人形に降りかかり、その上に棚そのものが倒れていきます。分厚い羊皮紙の本はかなりの重量がありました。巻き込まれた椅子が音を立てて砕け、破片や本が飛び散り、埃が煙のように舞い上がって、部屋中が大揺れに揺れます。
部屋の中が静かになると、フルートたちは振り向きました。奥の壁の書棚は完全に倒れ、本はすべて落ちて床に山積みになっています。人形は本と書棚の下に埋まってしまっていました。本の間から白い手の先だけが見えています。
「やった……?」
と少女たちはこわごわ顔をのぞかせました。少年たちも緊張しながら見つめます。
すると、白い手の先がぴくりと動きました。宙をつかむような動作をしてから床に触れ、ぐっと床を押します。積み重なった本や棚が揺れて、ゆっくりと持ち上がり始めます。
「こんちくしょう! ダメかよ!?」
「このぐらいじゃ平気なんだ!」
ゼンとフルートは少女たちを壁際に残して飛び出しました。立ち上がってくる人形に身構えますが、攻撃の手段がありません。これは魔法の人形なので、金の石の聖なる光でも倒すことはできないのです。
フルートは、ちょっとの間考えてから、しかたない、とつぶやきました。ゼンに背後を示しながら言います。
「下がって、ぼくの後ろにいてくれ。あいつを焼き払う」
フルートの手は剣を構え直していました。柄を両手で握って頭上に高く掲げていきます。炎の弾を撃ち出すときの構えです。
少女たちは叫びました。
「ここに火をつけるつもり……!?」
「ここは図書館よ、フルート!」
「あたいたちまで火に巻き込まれるじゃないのさ!」
けれどもフルートは剣を止めませんでした。本の中から立ち上がってくる人形を見据えて剣をかざします。
ゼンが下がってきて少女たちに言いました。
「集まってろ! フルートは金の石で俺たちを守るつもりなんだ!」
少女たちがあわててフルートの後ろに固まると、金の光が大きな盾のように広がりました。ペンダントがまた輝きだしたのです。フルートが気合いを込めて剣を振り下ろそうとします――。
とたんに、戦人形が止まりました。途中まで持ち上がった書棚や本も止まり、次の瞬間、どうっと音を立てて落ちていきます。起き上がろうとしていた人形が、急に倒れたのでした。再び本の下敷きになった手は、まったく動かなくなっていました。
「な、なんだ……?」
少年たちも少女たちもわけがわからなくて目を丸くしました。フルートはまだ攻撃をしていませんでした。人形のほうで勝手に倒れて動かなくなったのです。
すると、突然、どんどん、と背後で大きな音がしたので、一同は飛び上がりました。誰かが外から部屋の扉をたたいたのです。驚いて振り向くと、外から男性の声が聞こえてきました。
「ケラーヒ!」
呪文です。
すると、あれほど動かなかった扉がすんなりと内側へ開きました。中年の男性が一人と、小さな妖精のような図書館の精霊が三人、飛び込んできます。
「きゃぁぁ、本が! 本がぁ!!」
部屋の惨状を見たとたん、精霊たちは悲鳴を上げました――。