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第19巻「天空の国の戦い」

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21.概論

 赤い絨毯が敷かれた特別室で、フルートたちは困惑して顔を見合わせていました。

 彼らは二千年前の光と闇の戦いの記録を探してこの部屋に来たのですが、戦いについて書かれた本は一冊しか見つかりませんでした。彼らを案内した図書館の精霊は、第二次戦争を記録した本がなくなっているわ! と叫ぶと、消えていってしまいました。それきり、部屋には戻ってきません。

「どうなってんだよ、いったい?」

「本がないって本当かい?」

 とゼンとメールが言いました。部屋の四方の壁は、本がぎっしり詰まった書棚で埋め尽くされています。そこに探す本がないと言われても、ちょっと信じられない気がして、きょろきょろしてしまいます。

「図書館の精霊は、いつも絶対に探す本を見つけ出すのよ。精霊がないと言ったら、本当にここにはないわ……」

 とポポロが言いました。

「でも、誰が本を持ち出したのよ? ここは普通には入れない、特別な部屋のはずでしょう?」

 とルルが言って、くんくん、とあたりの匂いを嗅ぎました。何か怪しい匂いがするのではないかと期待したのですが、部屋には、羊皮紙とにかわとインクの匂いが漂っているだけでした。

 

 フルートは考え込みながら言いました。

「ぼくたちが光と闇の戦いについて調べるのを、阻止したい奴がいるのかもしれないな……。先回りして、関係のある本を全部持ち出してしまったんじゃないだろうか」

 仲間たちは驚きました。

「誰だよ、それは!?」

「どうしてそんなことをするのよ!?」

 と口々に言います。フルートは首を振りました。可能性を言っただけで、犯人の見当はつかなかったのです。

 すると、メールが急に思い出した顔になりました。

「ねえ、そう言えば、さっき会ったリューラ先生、手にずいぶんたくさんの本を持っていたんじゃないかい?」

 ポポロとルルはまた驚きました。

「リューラ先生のしわざだって言うの……!?」

「やだ! リューラ先生はこの学校の副校長よ! どうしてそんなことをしなくちゃいけないのよ!?」

 すると、フルートも言いました。

「本の数が違うよ。さっき、図書館の精霊は、このテーブルに載りきらないくらいの本がある、って言っていただろう? 先生が持っていたのはせいぜい五、六冊だったからね。違うだろう」

「だいたい、俺たちから隠したい本を、俺たちの目の前に持ってくるわけねえだろうが。馬鹿だな」

 とゼンがあきれたように言ったので、メールは腹をたてました。

「馬鹿とはなにさ! あたいはただ、リューラ先生がたくさん本をもっていたよね、って」

「もろに疑ってるように聞こえるだろうが。ったく、俺より単純なヤツだな」

「なんだってぇ――!?」

 ゼンとメールが口喧嘩を始めてしまいます。

 

 フルートはそんな二人を無視して考え続けました。テーブルには一冊だけ飛んできた本がありますが、表紙の文字が読めないので、ポポロとルルに尋ねます。

「この本はなんて本なの?」

「光と闇第二次戦争概論よ……」

「図書館で普通に貸し出している本と同じね」

 概論、とフルートは繰り返しました。それでも戦いの記録には違いありません。本を手にとって開き、中の文字もまったく読めないので、ポポロに手渡しました。

「何が書いてあるんだろう? ぼくたちが知らないことも書いてあるかな? 読んでみてくれるかい」

 そこでポポロは椅子に座りました。本をテーブルの上に置き、分厚い革の表紙を開いてページをめくります。

「最初には、この本が書かれた理由が書いてあるわ……。えぇと、二度目の光と闇の戦いのことは、第二次戦争って呼ばれていたみたいね。それが終結してから五百年になるのを記念して、ユーラントって歴史研究家がまとめたんですって」

「ずいぶん後になってから書かれた本なんだな」

 とフルートは言って、少しがっかりしました。戦いの直後の本なら、詳しい内容も書いてあるでしょうが、五百年後となると、時間的にかなり微妙です。

「前半は、第一次戦争、つまり最初の光と闇の戦いのふり返りだわ」

 とポポロが本に目を通しながら言いました。

「地上で魔法戦争が起きて、大地が魔法に引き裂かれてしまったこととか、初代の天空王とその家臣たちが力を合わせて国を空に飛ばして、天空の国を作ったこととか――」

「そんなのは、私たちはもうとっくに知ってることよ」

 とルルが言ったので、ポポロは急いでページをめくりました。第二次戦争と呼ばれる二度目の戦いのところまで来て、本文を読み始めます。

「天空歴千三十二年、国内の貴族の中に魔法の私用を禁じる規約に異論を唱える一派が現れ、論争が起きた。論争は決着を見るどころか激化の一途をたどり、翌年、規約反対派は貴族の半数を取り込んで一大勢力となり、規約擁護派と反目するようになった」

 

 喧嘩をしていたはずのメールとゼンも、いつの間にかそれを聞いていました。うへぇ、とゼンが声を上げます。

「概論ってのは、めちゃくちゃ難しいじゃねえか。何言ってんのか、全然わかんねえぞ」

「これも、ぼくたちがもう知っていることだよ。天空歴千三十二年っていう年に、魔法を自分のために使いたいと思う貴族が出てきて、翌年には貴族たちが二つに分かれて対立するようになった、って言っているのさ」

 とフルートは解説してから、ポポロに言いました。

「ここでは天空歴っていう年号を使っているんだね。今まで、ぼくは天空の民全員が光と闇に別れて戦ったんだとばかり思っていたんだけど、正確には、対立したのは貴族たちだったんだ」

 ポポロはうなずきました。

「地上を魔法で助けるのは貴族たちだもの……。今も貴族は地上を助けに降りていくけれど、あの頃はもっと頻繁(ひんぱん)だったし、本当にいろいろなことに関わっていたのよ。地上の人たちも、天空の国から貴族が手助けに来るのをよく知っていたし」

「それが地上に天使の伝説を生んだんだな。でも、それを変だと考える貴族たちが現れた」

「ええ、そう。その当時は、自分のために魔法を使った貴族は重い罰を受けたそうよ。貴族であるからには、絶対に私利私欲を求めてはいけない、って厳しく言われていたんですって」

 それを聞いて、メールとゼンが反論しました。

「なんでそこまで厳しくやんなくちゃいけないのさ!? 自分の魔法を自分のために使えないなんてさ!」

「例えば、自分や家族が病気になっても、自分の魔法で治しちゃいけねえ、ってことか? そりゃ絶対に変だぞ。怒るヤツが出てくるのは当然だろうが!」

 すると、ルルが答えました。

「だから、光と闇の戦いが終わってから、天空の民は反省したのよ。自分たちは正しいと思い込んで、逆に間違ったことをしていたんだ、って。そして、反省を忘れないために黒い服を着るようになったのよ」

 それが天空の民の象徴にもなっている星空の衣でした。

 

 フルートは腕組みして、また考え込んでいました。

「彼らは天空の国で戦った後、戦場を地上に移した。そして、地上の住人を巻き込んで、九十年間も激しく戦ったんだ――。概論にはそのことも書いてあると思うけれど、今は、一番肝心のことを先に知りたいな。第二次戦争はどうやって終結したんだろう? セイロスが願い石に負けていなくなった後、光の軍勢はデビルドラゴンを捕まえて、世界の果てに幽閉した。その具体的な方法が、ぼくたちは知りたいんだ」

 そこで、ポポロは本の最後のほうを開いてみました。ところが、そこは戦いの中で活躍した人物のリストになっていたので、ポポロはもう一度、さっきの場所へ戻って、ページをめくっていきました。そうしながら、目に入った見出しを読んでいきます。

「このあたりには各地での戦いについて書いてあるわ……。西の国のザッカラの戦い、要の国のジナ湿原の戦い、同じく要の国のデセラン川の戦い……東の国のカルンティラの戦い、カルデラの海戦……」

「ずいぶんたくさん戦いがあったんだねぇ」

 とメールは思わず溜息をつきました。フルートのほうは、いっそう考える顔になっています。概論に出てくる地名は、フルートたちの知らないものばかりですが、なんとなく、現在の地名に似ているような気がします。その当時、中央大陸各地はいたるところが戦場になった、ということなのかもしれません。

 すると、ポポロが本当に彼らの知っている場所の名前を言いました。

「シュンの国、ユウライ砦(さい)の戦い――」

「それだ!」

 とフルートは声を上げました。シュンの国とは今のユラサイ国のことです。西からの敵の侵入を防ぐために造られた長壁(ちょうへき)にはいくつか砦があり、その中でも一番大きなユウライ砦で、光と闇の軍勢が激しくぶつかり合った、とユラサイ国の歴史の本には書かれていました。

「セイロスが率いる光の軍勢とシュンの国の軍勢が、デビルドラゴンが率いる闇の軍勢を迎え討った戦いだよ! そこでセイロスは死んだし、その後、シュン国の王の琥珀帝が竜王を呼び出して竜の宝を封印したから、デビルドラゴンは敗れたんだ。どんなことが書いてある!?」

 とフルートが身を乗り出したので、ポポロはあわててまた読み始めました。

「天空歴千百二十三年、金の石の勇者セイロスは極東の国シュンの琥珀帝と連合を結び、それを阻止しようと東征を始めた闇の軍勢と、ユウライ砦で激突した。激戦は五ヶ月にわたって続き、光の軍勢はあと一歩というところまで敵を追い詰めたが、この戦いの最中にセイロスが失われたので、最終的に、戦闘は闇の軍勢が勝利を収めた――」

 

 ええっ!? と仲間たちは思わず声を上げました。

「闇の軍勢が勝利を収めただとぉ!?」

「そんなの、変じゃないか! 確かにセイロスは負けたけど、残った光の戦士たちがデビルドラゴンを捕まえたはずだよ!?」

「その本、事実と違うわよ!」

 え、で、でも……とポポロは半泣きになって言いました。実際に概論にはそう書いてあるのですから、それを責められても困るのです。

 すると、フルートが落ち着かせるように言いました。

「ユウライ砦の戦いは、光の軍勢の負けに終わった、ってことだよ。その後で、光のほうが闇に勝つ戦いがまた起きたんだ。それはなんて戦いだ?」

 ポポロはまた急いでページをめくりました。次のページに、探していた文章を見つけます。

「えぇと……闇大陸の戦いよ……」

「闇大陸の戦い!?」

 フルートたちはいっせいに聞き返しました――。

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