王たちの彫像や絵画が並ぶ通路の終わりに、大きな両開きの扉がありました。フルートたちが前に立つと扉がひとりでに開き、図書室が現れます。
うわぁ……とフルートたちは思わず声を上げました。図書室は塔の空間がそのまま使われていて、何層にも重なった回廊が、本の詰まった書棚で埋め尽くされていたのです。塔はずっと上のほうまで続いているので、いったい何万冊あるものやら、まったく見当がつきません。
「白い石の丘のエルフのところにも大きな図書室があったけれど、ここはそれ以上だな……」
とフルートは言いました。あまり本が大量なので、圧倒されそうに感じます。
「ポチがここにいたら喜んだろうねぇ。本が大好きなんだからさ」
とメールが言ったので、ルルはどきりとしました。賢い小犬はここにはいません。また後ろめたい気持ちになって、目をそらしてしまいます。
「でもよぉ、こんなたくさんある中から、どうやって俺たちが知りたいことの本を見つけるんだ? 探しきれねえだろうが」
とゼンが言いました。書棚が並ぶ回廊には長いはしごがかかっていました。はるか上のほうまで続いているので、まるで南大陸の谷間の村のムパスコのようです。
「大丈夫よ。精霊が手伝ってくれるから」
とポポロは言って、図書室の中央へ進んでいきました。周囲には机や椅子が並んでいて、本を読んだり調べ物をしたりする人がいましたが、不思議なことに、その姿は半分透き通っていました。歩いてフルートたちとすれ違っていく人もいますが、それもやはり透き通って見えます。まるで幻か幽霊のようです。
目を丸くするフルートたちに、ルルが言いました。
「図書館を利用する人には、それぞれ魔法がかかるのよ。そうすると、他の人がたてる物音や声が聞こえなくなるし、姿もあんなふうに透き通って、あまり気にならなくなるの。集中して調べ物をするための魔法なのよ」
「みんな、ここで何を調べるの? やっぱり魔法の呪文を勉強するのかい?」
とフルートが尋ねると、ううん、とポポロは首を振りました。
「呪文が書いてある本はないわ。呪文は絶対に書き写すことができないのよ。ただ、魔法を上手に使うためには、いろんなことを知っておかなくちゃいけないから、やっぱり勉強は必要なの……。ここは学校の図書館だけど、天空城に来る人なら誰でも利用できるのよ」
話しているうちに、彼らは図書室の中央まで来ていました。床には美しい模様を刻んだ、大きなガラスの板がはめ込まれています。彼らがそこに足を踏み入れたとたん、どこからともなく一匹の蝶(ちょう)が飛んできました。白い羽根をひらひらさせながら話しかけてきます。
「図書館へようこそ。どんな本をお探し?」
よく見れば、それは虫ではありませんでした。背中に蝶の羽をつけた小さな少女です。丈の短い青いドレスを着て、同じ色のかわいらしい靴をはいています。
フルートたちは感心しました。これがポポロの言っていた精霊なのはすぐわかりましたが、こんなに小さな精霊を見たのは初めてでした。
ポポロが精霊に言いました。
「あたしたちは、光と闇の戦いについて調べています。本の場所に案内してください」
すると、図書館の精霊は、ぱたぱたと蝶の羽を打ち合わせました。小さな手を頬に当てて、困ったような顔をします。
「光と闇の戦いの本は、ここにはあまりないわ。概論くらいしかないけれど、それでいいかしら?」
「概論ってなんだ?」
とゼンが言ったので、フルートが答えました。
「大まかな内容の本、ってことだよ。でも、どうして詳しく書かれた本はないんだろう? ここは天空の国の図書館なのに」
すると、精霊の少女が言いました。
「ここにあるのは、誰にでも貸し出せる本だけなの。光と闇の戦いの書物は特別な本だから、別の部屋にあって、天空王様の許可をいただいた人だけしか入れないことになっているのよ」
たちまちメールとゼンは声を上げました。
「なにさ、ここにあるわけ!? そんなら見たいよ!」
「そうだ! 俺たちには意味がわからなくても、フルートならきっと理解できるぞ!」
「この図書館に別の部屋があったの……?」
「全然知らなかったわね」
とポポロとルルも驚きます。
フルートが身を乗り出して精霊に言いました。
「ぼくたちはここに入る前に、天空王から、この城のどこにでも自由に出入りしてかまわない、って許可をいただいたんだ。光と闇の戦いの本がある部屋にも入れるはずじゃないのか?」
えっ、と小さな精霊は言うと、あわてて一同を見回してました。
「本当。あなたたちには天空王様のご許可があるわ。じゃあ、大丈夫ね。特別室に案内してあげるわ。もっと近くに集まって」
話はとんとんと決まっていって、一同は床のガラス板の上に集まりました。フルート、ゼン、メール、ポポロ、ルル、それに図書館の精霊です。
フルートがポポロに尋ねました。
「ポチはまだ来ない?」
ポポロは首を横に振りました。図書館の中にも、入口の外にも、小犬の姿は見当たらなかったのです。ルルがまたちょっと複雑な表情になります。
「特別室へ!」
精霊の少女が鈴を振るような声で言うと、とたんに周囲の景色が変わりました。はしごがかかった回廊が消え、代わりに赤い絨毯(じゅうたん)の部屋が現れます。こちらの部屋にも壁一面に書棚があり、本がぎっしりと並んでいます――。
とたんにポポロとメールは悲鳴を上げて飛び上がりました。ルルも全身の毛を逆立ててウゥゥーッとうなります。赤い絨毯の部屋の片隅に人のようなものが立っていたのです。痩せた白い体に細長い手足、頭には髪の毛はなく、のっぺりした顔に目だけがあります。
「戦人形だ!!」
とフルートとゼンは叫びました。花野で彼らを襲ってきた人形がそこにいたのです。とっさに剣や弓矢へ手を伸ばします。
すると、図書館の精霊が目の前を飛び回って言いました。
「待って待って、違うわよ! これは展示物! 貴重な史料なんだから壊しちゃだめよ!」
「って、つまり、飾ってあるだけってこと? 壊れちゃってるわけ?」
とメールはゼンの首にしがみつきながら言いました。確かに、戦人形は部屋の隅で前かがみに立っているだけで、少しも動きません。頭に六つある目もすべて閉じていました。
「こんなところに実物があったなんて……」
まだ背中の毛を逆立てたまま、ルルが言いました。もう動かない人形なのだとわかっても、どうも落ち着きません。
フルートは部屋の中を見回しました。四方の壁が本で埋め尽くされ、さらにあちこちには得体の知れない道具のようなものが飾られています。戦人形はその一つでした。他の展示物も、どうも戦争に関係のあるもののように見えます。
「ここは光と闇の戦いに関する資料室なんだな……。こんなにたくさんあるんだ」
とフルートが感心すると、図書館の精霊は得意そうな顔になりました。
「この部屋だけで八千冊以上あるわよ。あなたたちが調べているのは、三千年前の戦いのこと? それとも、二千年前の戦いのこと?」
「二千年前のほうだよ。どんなことがあったか知りたいんだ」
とフルートが言うと、精霊は部屋の中央の大きなテーブルの上へ飛んでいきました。
「第二次戦争に関する記録が見たいのね。テーブルから少し離れてちょうだい。とてもたくさんあるから、本に押しつぶされるかもしれないわよ」
一同はあわてて後ろに下がって、テーブルを遠巻きにしました。蝶のような精霊が舞い上がって周囲へ呼びかけます。
「必要なのは光と闇の第二次戦争の記録! 二千年前の真実を明らかにするために、あの戦いを記した本は、すべてここに集まってちょうだい!」
すると、周囲の本棚がいっせいにがたがたと音を立て始めました。
「地震!?」
とメールやゼンは飛び上がりましたが、ポポロとルルは平気な顔をしていました。
「大丈夫よ。ここでは精霊が必要な本を魔法で探して集めてくれるの」
本棚から分厚い革の表紙の本がひとりでに抜け出し、空を飛んでテーブルまでやってきました――。
ところが、やってきたのは、そのたった一冊だけでした。本がテーブルの中央に載ると、周囲の本棚は、何事もなかったように、また静かになってしまいます。
フルートたちは目を丸くしました。
「なんだ、たったこれだけかよ!?」
とゼンが声を上げます。
図書館の精霊は驚いて言いました。
「どうしたの!? 二千年前の戦いに関する記録よ! もっとたくさんあるでしょう!?」
けれども、やっぱりもう本はやってきませんでした。精霊は羽を震わせて本棚の前を飛び回りました。
「本がない! 第二次戦争を記録した本がなくなってるわ! どうして!? ここの本は誰にも持ち出せないはずなのに――!?」
そう叫ぶと、精霊は姿を消してしまいました。フルートたちを部屋に置き去りにしたままです。
「きっと他の精霊に知らせに行ったんだわ……。図書館には精霊がたくさんいるから」
とポポロが言いましたが、待っていても精霊は戻ってきませんでした。
たくさんの本が並ぶ赤い絨毯の部屋で、一同は顔を見合わせてしまいました。