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第19巻「天空の国の戦い」

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17.天空王たち

 太い石のアーチの入口をくぐって図書館の中に入ると、ぷん、と本の匂いが一行を包みました。羊皮紙とにかわとインクが生み出す匂いです。館内は静まり返っていて、物音一つ聞こえてきません。

「誰もいねえのか?」

 あまり静かなのでゼンが言うと、ポポロが首を振りました。

「図書館の中には大勢いるわよ……。みんな、調べ物をしたり、研究をしたりしているの」

 彼らの前には鏡のように磨き上げられた石の通路が延びていました。両側にたくさんの肖像画や彫像が飾られています。それを物珍しく眺めて歩きだしたメールとフルートが、急に飛び上がりました。

「この絵、こっちを見たよ!?」

「こっちの彫像もだ! 手が動いたぞ!」

「歴代の天空王様たちの絵や彫像なのよ……。魔法が作った写し身(うつしみ)になっているの」

 とポポロが答え、写し身? と仲間たちが聞き返すと、なんと、一番近くにいた彫像が台座から降りてきました。恰幅の良い男性で、口ひげとあごひげを生やし、長衣を着て頭には冠をかぶっています。

「やあ、初めまして。私は百二十四代目の天空王だよ。今から三百六十年前に在位していたんだ」

 とフルートの手をつかんで握手をします。まるで生きた人間のような動きですが、それは石の彫像でした。フルートと握手した手には、少しもぬくもりがありません。

「子どもたちを驚かせてはだめよ、ミゲル。その子たちは地上の子よ。急に動いて見せたら、怖がってしまうでしょう」

 と彫刻の王をたしなめたのは、反対側の壁にかかった絵画の中の女性でした。黒いドレスを着て金の冠をかぶり、細い眉をひそめて、こちらをにらんでいます。

 すると、今度はまた別の彫刻が動き出しました。ドレスを着て冠をかぶった年配の女性ですが、こちらは台座の上に立ったままで声をかけてきます。

「彼らは金の石の勇者と、その一行だ。四年前にはこの天空の国を助けてくれた勇者たちなのだから、彼らを歓迎するのは当然のことだろう」

「我々は、こんな死者の写し身じゃがな」

 と別の絵の中の男性が笑いました。痩せた老人で、やはり黒い長衣を着て、金の冠をかぶっています。

 

 フルートたちはすっかり面食らってしまいました。通路の彫刻や絵画が、生きた人間のように自分たちを見て話しかけてくるのです。物怖じしないメールが彼らに尋ねました。

「ねえ、あんたたちって生きてはいないのかい? 死者の写し身って言ってるけどさ」

「生きてはいないよ。ぼくたちは歴代の天空王の姿と心を写した人形なんだ」

 とまた別の彫刻が答えました。こちらはとても小柄で若く見える王でした。足元には二匹の石の猫もいて、大きく伸びをしてニャアと鳴きます。

 ポポロが仲間たちに言いました。

「あたしたちは、ここで歴代の天空王様を覚えるのよ……。名前と顔と、なさったことと。運が良ければ、天空王様の写し身のほうでもあたしたちに声をかけてくださるんだけど、こんなに大勢が一度に話しかけてくださったのは初めてだわ……」

「なにしろ、伝説の勇者たちの到来だからな。いよいよ古い予言が実現していくことになるだろう」

 と非常に立派なひげの王が、絵の中から言いました。その王は、手に占い師が使うような丸い水晶玉を持っています。

 フルートはその王を振り向きました。なんだか聞き逃すことができない内容に思えたのです。古い予言が実現していくって? と聞き返そうとします。

 

 すると、通路の一番奥に立っていた彫像が言いました。

「よく来た、フルート、ゼン、メール。だが、ポチはどこにいるのだ?」

 それは、彼らがよく知っている今の天空王の像でした。石で造られているので、あの光り輝く髪やひげはありませんが、本物の天空王そっくりの顔で彼らを見ています。

 天空王様!! と一同は声を上げました。一番奥の彫像に駆け寄って、台座の上を見上げます。

 天空王は彼らを見回し、石の顔でほほえみました。

「ここにいるのは、私の写し身の石像だ。そなたたちを直接出迎えることができなくて、すまなかったな。私自身は今、貴族たちと共に地上へ降りているのだ」

 地上へ!? とフルートたちは驚きました。天空王は不在にしている、とポポロのお母さんから聞いていましたが、まさか地上へ行っているとは思いませんでした。

「なんのためですか? 天空王はあまり地上には降りられないことになっている、と以前おっしゃっていたはずですが」

 とフルートが尋ねると、石の天空王はうなずきました。

「その通りだ、フルート。私がみだりに地上へ降りていけば、その場所の光と闇の均衡が崩れて、世界は狂い出してしまう。だが、それでも私が行かなくてはならない場合はある。私は、闇の竜の誘い(いざない)を消滅させるために、地上へ行っているのだ」

 闇の竜の誘い? と一同はまた首をかしげましたが、すぐにフルートが気がつきました。

「それはデビルドラゴンが世界のあちこちに隠した暗号のことですね? 誰かが暗号を解いてその場所に行くと、デビルドラゴンに魔王にされてしまうんです」

「そうだ。そなたたちは、そうやって生まれた魔王と、二度も戦っているな」

 と天空王は言いました。海の王の戦いで対決した眼鏡の魔王と、賢者たちの戦いで出会ったガウス候のことです。どちらの魔王も頭が良かったので、フルートたちはかなり苦労させられました。

 あれか、と納得したゼンたちに、天空王は静かに話し続けました。

「闇の竜は世界中に誘いの罠を仕掛けた。一見、大昔に隠された宝や不思議な力のありかを示す暗号のようになっているが、それを解いてたどり着くと、そこには闇の竜が待っていて、やってきた者に誘いかけて自分の器(うつわ)にしてしまう。つまり、魔王が生み出されてしまうのだ――。誘いの罠は本当に世界各地に仕掛けられ、闇の魔法を使って巧妙に隠されていた。だが、地上へ送り出した貴族たちが、ようやくそのありかを見つけてきたので、それを一つずつ破壊して回っているのだ。罠を放置しておけば、いつまた暗号を解いて、新しい魔王が生み出されるかわからないからな」

 フルートたちはうなずきました。デビルドラゴンが仕掛けた罠だけに、天空王自らが乗り出さなければ破壊することができないのだ、と理解します。

 

「この役目が終われば、私はまた天空城に戻ってくる」

 と天空王は話し続けました。

「そうしたら、そなたたちに教えてやれることもあるだろう。それまでは、自分たちで答えを探し続けるがいい。そなたたちには、この城のどこへでも自由に出入りすることを許可する。この図書館でも、きっとたくさんの真実が見つかるはずだ」

「ありがとうございます」

 とフルートは天空王へ深く頭を下げ、仲間たちも急いでそれにならいました。

 彼らがまた頭を上げたとき、天空王はもう石の彫像に戻って、直立したまま動かなくなっていました。通路に並ぶ王たちの彫刻や絵画も同様で、あれほど賑やかだったのが嘘のように静まり返っています。彼らはとまどいながらそれを見渡しました。たくさんの天空王たちは、もう動くことも話すこともありません。

 その王たちの列の入口側の一番端に、何も載っていない空(から)の台座があることに、フルートは気がつきました。王の彫刻が立っているべき場所なのに、そこには何もないのです。

「あそこはどうして空なの?」

 とフルートはポポロに聞いてみました。

「あそこは一番最初の天空王様の場所なの。昔からあそこには何もないのよ……」

 とポポロが答えます。

「最初の天空王って誰だよ?」

「ずいぶん前のことだよね。えぇと、それこそ三千年前?」

 とゼンやメールが言ったので、フルートは答えました。

「初代の天空王ならユリスナイだよ――。前に天空王から教えてもらっただろう? 今は光の女神として崇め(あがめ)られているユリスナイだけれど、本当は人間で、初代の天空王だったんだ、って」

 すると、ルルが言いました。

「ユリスナイ様が初代の天空王だったことは、貴族でもごく一部の人しか知らないことよ。ユリスナイ様の写し身は存在していないの。ユリスナイ様は光そのものだし、どこにでもいらっしゃるから、写し身は必要ないのよ」

 ふぅん? とフルートとメールは言いました。天空の国の住人のルルやポポロには当然の考え方のようですが、フルートたちにはよく理解できません。ゼンに至っては全然意味がわからなくて頭を抱えています。

 通路の入口にある空の台座には、入口の上の天窓から光が降りそそいでいました。外はもう夕方なのかもしれません。赤みがかった金の光が台座の上できらめいています。

 フルートはその光をじっと見つめました。光が大切な何かを伝えているような気もしましたが、その時のフルートには、それが何なのか、知ることはできませんでした――。

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