「戦人形!? そんなまさか!」
ポポロの報告を聞いて、副校長のリューラ先生は声を上げました。信じられないようにポポロやフルートたちを見回し、彼らの真剣な表情を見て、いっそう驚きます。
「本当に出たのか……。それはどんな姿だったね?」
「背の高い人間に似ていました。ただ、手足がとても細くて、頭には六つの目がありました。体は白い鎧におおわれているみたいで、魔剣でも傷つけることはできませんでした」
とフルートは答えました。
「後ろの口からは火を吹いてきたぜ」
とゼンも言います。
「それは確かに戦人形だな。君たちはそれと戦ったのか。よくもまあ、無事で」
とリューラ先生は感心すると、フルートたちに向かって話し出しました。
「君たちも知っているだろうが、大昔、この天空の国では、国全体を光と闇に分けての大戦争が起きた。どちらの陣営も非常に強力な魔法を使ったから、生身ではとても戦うことができなくて、自分たちの代わりに戦う戦人形を作り出したんだ。通りかかった敵に襲いかかるように、人形を魔法で隠すこともあった。もちろん、現在ではもう戦人形なんか使われてはいないんだが、隠された人形は今もたまに見つかることがある。君たちが出くわしたのも、そんな一体だったんだろう。どこの花野で遭遇したんだね?」
「三の花野です……あたしの家の近くの」
とポポロが答えると、リューラ先生はまたうなずきました。
「わかった、警備隊には私から連絡しよう。戦人形を発見して回収するまでは、危険だから花野に近寄らないようにしなさい」
先生が手に持った本を空中へ放り投げて短い呪文を唱えると、本は一瞬で消えてしまいました。次の瞬間には、先生自身がその場所から消えてしまいます。
「屯所へ向かったんだ」
とフルートは庭園の向こう側の建物を見ました。すると、本当にそこに副校長が姿を現して、建物の中に入っていきました。数百メートルの距離を一瞬で飛び越えたのです。
「魔法ってのは、ほんとに便利だよなぁ」
とゼンが感心します。
「ねえ、リューラ先生が屯所に行ってくれたんなら、あたいたちはどうしようか? することがなくなっちゃったよ?」
とメールが言いだしたので、仲間たちはちょっと考えました。せっかく天空城まで来たのですから、どこかに行ってみたい気はします。
「リューラ先生は学校を見ていけって言ったよね?」
とフルートが言うと、ゼンが渋い顔になりました。
「俺は学校は苦手だ。だいたい、学校にはあのレオンって鼻持ちならねえヤツがいるだろうが」
「それに、学校にはルルとポチが行ってるよ」
とメールが言ったので、うぅん、と一行は考え込みました。心配ではあるのですが、白い犬を探し回るルルと、それに付き添っているポチの様子を想像すると、追いかけていくのもためらわれます。
すると、ポポロが言いました。
「それじゃ、学校の図書館に行ってみない……? リューラ先生は本をお持ちになっていたでしょう? あれはきっと図書館の本だわ。図書館にはたくさんの蔵書があるの。歴史の本もあるから、もしかしたら、光と闇の戦いの本もあるかもしれないわ」
仲間たちはいっせいに身を乗り出しました。
「なにさ、それ! そんな場所があるわけ!?」
「早く言えよな、ポポロ!」
「よし、図書館に行こう!」
光と闇の戦いの歴史書があれば、戦いがどうやって終結したかも、きっと書いてあるでしょう。竜の宝が何なのか、それをどうすることでデビルドラゴンを封印したのか。長い間探し求めた答えが、とうとう見つかるかもしれない、と考えて、誰もがとても意気込みます。
「ご、ごめんなさい。今まで全然思いつかなくて……」
半べそになったポポロの案内で、彼らは学校の裏手に建つ図書館へ歩き出しました――。
一方、ルルとポチは学校の中庭を歩き回っていました。
中庭は小さな林になっていて、吹き抜ける風が木の葉や草を揺らしていきます。涼しい木陰には、たくさんの犬たちが三々五々集まっていて、昼寝をしたり、林の中を流れる小川で水を飲んだりしていました。
「ここは、学校に来ている生徒と先生たちの犬のための、専用の庭なのよ」
とルルは歩きながらポチに説明しました。
「ここにいるのは、みんなもの言う犬よ。風の首輪をつける前の犬も、将来のために一緒にくることが多いわ。この庭は、いるだけで犬が健康になれる場所だから、ここで、ご主人を乗せて飛べる丈夫な体と心を作るのよ」
ところが、ポチはルルの話に関心を示しませんでした。いつもなら興味津々になって、あれこれ質問をするところなのに、ふぅん、と言っただけで終わりです。その目は、ずっとルルの姿を見つめていました。ルルは話をしながら中庭をそわそわと見回し、そこにいる犬を確かめています。彼女の全身からは、期待と憧れと興奮の匂いが伝わってきます――。
すると、ルルが突然飛び上がりました。中庭の奥に向かって、まっしぐらに駆け出します。そこには全身真っ白な犬が横になって座っていました。木陰を吹き抜ける涼しい風に、気持ちよさそうに尾を振っています。
ルルはそのすぐ近くで立ち止まりました。ポチは、それよりもう少し手前で止まります。
「あ、あの――ごめんなさい。実は、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが――」
とルルが話しかけると、白い犬が振り向きました。確かに、先ほど花野で会ったビーラーという犬でした。ルルを見ると、ゆっくり立ち上がって言います。
「やあ、こんにちは、ルル。君のほうから会いに来てくれたなんて、光栄だな」
えっ、とルルは驚きました。
「ど、どうして私の名前を知っているの?」
とまどいながら尋ねると、ビーラーは犬の顔で笑いました。
「知らないはずがないだろう? でも、さっきは君の友だちが周りにたくさんいたし、ご主人も待っていたから話しかけられなかったんだ。また会えて嬉しいよ」
それを聞いて、ルルはますます興奮しました。ビーラーが自分の名前を知っているのは、彼があの時の犬だからに違いない、と考えます。
一方、ポチは地団駄を踏みたいほど悔しい気持ちで、そのやりとりを聞いていました。違う、彼はあの犬じゃない! 期待する気持ちが強すぎるから、そう思えちゃうだけなんだよ! そんなふうに言ってやりたい気持ちを、歯を食いしばってこらえます。
ルルはどきどきしながらビーラーを見上げました。彼女より二回りも大きな雄犬です。あの時の犬も、このくらいの大きさだったわ、と心の中で確かめながら、思い切ってこう言います。
「あの、私、あなたにお礼を言いたかったんです。どうしてだかわかりますか?」
これがルル流の確認のしかたでした。こう言って、何のことかわからなければ、ビーラーはあの時の白い犬ではありません。だけど、彼がその時のことを知っていれば、それは間違いなく……
ビーラーは頭をかしげました。少しの間、考えてから、また口を開きます。
「君をザカラス城で悪い魔法使いから助けたときのことかい? そんなのは大したことじゃないんだから、礼なんていいのに」
まったくなんでもないことのように、白い犬はそう答えました――。