ゼンとメールを乗せたルルと、フルートとポポロを乗せたポチは、天空城目ざして飛んでいきました。城があるクレラ山の険しい山肌が迫ってきます。
ゼンが言いました。
「見れば見るほど、すげえ山だな……。前に来たときには色がなくて真っ白だったから、よくわからなかったけどよ、お台の山と同じ種類の山だぞ。頂上は平らだけど、地上から山頂までは岩の絶壁になってるんだ。これじゃ麓から登るのは不可能だな」
すると、ポポロが答えました。
「だから、エタ川があるのよ。ほら、あそこに見える大きな滝がそう……。千メートル以上もの高さがあるんだけど、水が麓から山頂に向かって流れているの。あたしたちは風の犬でお城に行くし、レオンみたいに空飛ぶ馬車に乗って行く人たちもいるけど、そういう手段がない人は、あの川を船で上っていくのよ」
「船が滝を上っていくわけ!? うっわぁ、さすがは魔法の国だね!」
とメールが感心すると、ルルが言いました。
「帰りは麓につながった扉をくぐるから、もっと簡単よ。お城へ行くより、お城から帰る方が、ずっと楽なの」
「危険な人物が城に入り込みにくいようにしてあるんだね。敵はエタ川を上れないようになってるんじゃないのか?」
とフルートが尋ねると、ポポロとルルは一緒にうなずきました。
「ええ、そうよ……。聖なるホワイトドラゴンが滝を見張っているの」
「天空城だって、いつも聖なる障壁で守られているわ。中に入るには門をくぐらなくちゃいけないから、許可のない人は絶対に入れないわよ」
「じゃ、前に来たとき、俺たちはどうやって城に入ったんだ?」
とゼンが思い出せなくて首をひねったので、フルートが答えました。
「白いモグラたちが地面を掘って城壁の柵を倒してくれたから、そこから中に入れたんだよ。白いモグラは、ゴブリン魔王に魔法で姿を変えられた貴族たちだったんだ」
本当に、もう四年も前の出来事でした。
やがて、一行は天空城の城門の前に着きました。ルルとポチが天から舞い下りて、犬の姿に戻ります。
そこには金属の柵をはめ込んだ、高いアーチ型の門があり、その両脇に真っ白な石の城壁が続いていました。門番は見当たりません。
ところが、彼らが近づいていくと、声がしました。
「どなたですか? 名前をおっしゃってください」
優しい女性の声でしたが、声の主の姿は見えません。フルートたちが驚いていると、ルルが言いました。
「門が話したのよ。門はお城の番人だから」
ポポロは門に答えていました。
「ポポロとルルです。それから、フルートとゼンとメールとポチ――みんな、金の石の勇者の一行です。地上から来ました」
とたんに門が内側へ動き出しました。
「ようこそ皆様、天空城へ。どうぞお入りください」
声と共に、彼らの目の前に城内の景色が広がっていきます――。
そこは花が咲く庭園でした。まっすぐな石畳の道が延びていて、その奥にたくさんの塔が見えています。天空城は無数の塔が渡り廊下でつながれた城でした。日の光を浴びて、壁は銀、屋根と柱と窓枠は金に輝いています。
「正面のあの塔が、天空王様のお住まいになっている天守閣、こっちの塔が警備隊のいる屯所(とんしょ)、あっちに見えるのが学校よ……」
とポポロがあちらこちらを指さしました。門から塔までの間には、手入れの行き届いた美しい庭園が、ずっと続いてます。
「ぼくたちは、戦人形のことを知らせに屯所に行かなくちゃいけないんだな」
とフルートが言うと、ルルが身を乗り出しました。
「私は学校のほうへ行ってもいい!? あのビーラーって犬を探したいのよ! きっと学校の近くで待っていると思うの!」
とても張り切った声です。
すると、ポチも静かに言いました。
「ワン、ぼくもルルと一緒に行きたいな……。一緒にあの犬を探したいです」
「二人だけで大丈夫?」
とフルートが聞くと、ルルが答えました。
「もちろんよ! 会って話をするだけだから、用がすんだらポポロに声をかけるわ。そしたらまた集まりましょう!」
学校に向かって離れていく二匹の犬を、フルートたちは気がかりそうに見送りました。
「大丈夫かしら……」
「ルルったら、完全にあのビーラーって犬に恋しちゃったみたいだもんねぇ」
とポポロとメールが小声で話すのを、ゼンが聞きつけました。
「なんだよ、それ!? いつの間にそういうことになってたんだ!?」
こういうことに疎い(うとい)ゼンは、ルルの気持ちの変化にまったく気がついていなかったのです。犬たちがまだ声の届く場所を歩いていたので、しっ、静かに! とメールに背中をたたかれます。
「ど、どういうつもりだよ、ルルのヤツ。ポチのことはどうする気なんだよ?」
とゼンは声を低めて言いました。
「だから、大丈夫かな、って言ってんじゃないのさ」
とメールがいっそうあきれます。
フルートも心配そうに二匹の犬を見送り続けました。ルルとポチは、大人と子どもと言ってもいいくらい、体の大きさが違っています。並んで歩いても歩幅が違うので、自然とポチが小走りに後をついていくようになります。
けれども、天空城から反射する光が作る彼らの影は、歩道に長く伸びていました。小さなポチの足元から伸びる影も、ルルの影に劣らないほど大きく見えています。
フルートは腕組みしました。
「あの犬がルルの探し人のはずはないんだけどな……」
とつぶやいて、首をひねります。
そこへ人が通りかかりました。長衣の形の星空の衣を着て、両腕にたくさんの本を抱えた、初老の男性です。門の近くに立つ一行に声をかけてきます。
「おや、そこにいるのはポポロじゃないか。久しぶりだね。いつ、天空の国に戻ってきたんだい?」
「リューラ先生!」
とポポロは言って、あわてて膝を曲げてお辞儀をしました。
「き、昨日、地上から戻りました。あ、あの、その……」
ポポロはとても内気な少女です。フルートたちを紹介しようとしたのですが、うまく話せなくて口ごもっていると、先生は一行を見回してから、穏やかに笑いました。
「そっちにいる子たちは見たことがないね。それに地上の気配がしている。彼らが例の金の石の勇者の一行なのかな? 君の友だちだね、ポポロ」
ごく自然に、ポポロの言いたかったことを代わりに言ってくれます。ポポロは、ほっとすると、はい、そうです、と答えました。リューラ先生が笑顔のままうなずきます。背は低いし、髪もすっかり白くなっていますが、本当に穏やかな雰囲気の人物です。
フルートは仲間たちを代表して頭を下げました。
「初めまして、リューラ先生。ぼくはフルートと言います。こっちが友だちのゼンとメール。ポポロの案内で天空の国に来ました。お目にかかれて光栄です」
「そうか、君が金の石の勇者のフルートだね。天空王様からいつも話は聞かせていただいていたよ。四年前に魔王がこの国を襲ったときには、ぼくは用事で地上に降りていて、君たちには出会えなかったんだ。こちらこそ、会えて本当に嬉しいよ。ああ、ぼくはリューラ。この天空城の学校の副校長だよ」
小柄で穏やかな顔をしたおじさんが、意外なくらい偉い人物だったので、ゼンとメールは、へぇっと驚きました。校長は天空王で、副校長が実質の校長先生なのだとポポロから教えられて、ますます驚いてしまいます。
リューラ副校長は笑って手を振りました。
「いやいや、ぼくなんて大したことはないよ。この学校の先生方がみんな優秀なんだ……。ところで、君たちはこれからどこへ行くのかな? 天空城の見物に来たのなら、ぜひ学校も見ていくといいよ」
そう言われて、一行はようやく屯所へ行くつもりだったことを思い出しました。
「大変なんです、リューラ先生……! 花野に、戦人形が出現したんです!」
とポポロはあわてて副校長へ訴えました――。