ポポロの同級生の飼い犬が、かつて自分を助けてくれた犬なんだ、とルルが言い出したので、仲間たちはびっくりしました。
「それって、あのビーラーって白い犬のこと?」
とメールが聞き返すと、ルルは大きく何度もうなずきました。
「そうよ、間違いないわ! あの人、私を助けてくれたもの言う犬とそっくりなんだもの!」
「それって、薔薇色の姫君の戦いでザカラス城に行ったときのことだよね? あとは、闇の国に行ったときにも、やっぱり白い犬が現れて助けてくれた、って言っていたっけ?」
とフルートが確かめるように聞きました。
それを疑われていると感じたのか、ルルは怒って足踏みしました。
「そうよ! 私はザカラス城では魔法使いのジーヤ・ドゥに殺されそうになったし、闇の国ではデビルドラゴンに連れ去られそうになったんだけど、そのどっちにも駆けつけて、私を助け出してくれたのよ! 二度も会っているんだもの、間違えるはずがないわ!」
ポチは呆然とその話を聞いていました。ルルが話す白い犬の正体は、実はこのポチです。どちらの時にも、魔法の力で大人の犬の姿になって、ルルを助けに駆けつけたのですが、ポチはそれを誰にも話しませんでした。今もやっぱり何も言えません。
ルルは興奮しながら話し続けていました。
「天空の国にいる間、ずっと探していたのよ! もの言う犬だし、風の首輪もつけていたから、貴族に仕えているんだとばかり思っていたんだけど、まだ貴族に飼われる前の犬だったのね! だから天空城でも会えなかったんだわ!」
すると、ゼンが首をかしげました。
「だけどよ、あの犬、ルルに知らん顔だったじゃねえか。二度も助けてくれたんなら、ルルのことを覚えていて、何か言ってもいいはずだろうが」
「それに、あの犬は風の首輪をしてなかったよ。これからもらうんだ、って言ってたじゃないか」
とメールも言います。
ルルは一瞬ことばに詰まり、すぐに大きく頭を振りました。
「理由なんて知らないわ! でも、絶対に間違いないのよ! あれはあの人なの! 絶対にそうなのよ――!!」
泣き出しそうなほどの声で言い張る雌犬に、ルル……とポポロがつぶやきました。彼女がどれほど一生懸命に白い犬を探していたか、ポポロはよく知っていました。困惑して空を見上げますが、レオンと犬が乗った馬車はもう天空城に到着したのか、どこにも見当たりませんでした。
すると、ポチがルルの横腹にそっと鼻を押しつけました。驚いて振り向いた雌犬に言います。
「ワン、ルルは彼があの時の犬だって確かめて、どうしたいの? 何がしたいから、そんなにいっしょうけんめい探しているの?」
ポチの声は静かでした。静かすぎて、悲しく聞こえるほどです。
「ど、どうしたいって……」
とルルは口ごもると、改めてポチを眺めました。ポチもやっぱり真っ白な犬です。だから、ポチがあの白い犬じゃないかと考えたこともあったのですが、体の大きさが全然違いました。顔だって、ポチはまだ子犬の顔立ちです――。
ルルは答えました。
「わ、私はただ、あの人にあの時のお礼を言いたいだけよ……。だって、二度も助けられたのに、全然何も言えなかったんだもの……」
何故だか口調が言い訳じみてしまいます。
ポチは静かにルルの感情の匂いを嗅いでいました。憧れと淡い恋心の甘酸っぱい匂いがしています。
溜息を一つついてから、ポチはまた言いました。
「ワン、それじゃ、やっぱり天空城に行きましょう。あの犬はレオンって人と一緒にそこに行ったんだから。もう一度会って話せば、本人かどうか確かめられますよ」
「あ、そ、そうね……」
とルルはとまどいました。なんとなく、ポチに何か言わなくてはならないような気がしましたが、何を言えばいいのか、わかりませんでした。
ポチはルルから離れると、花野の中で風の犬に変身しました。さあ、行きましょう、と仲間たちに呼びかけます。
フルートはポチの背中に乗りました。太い風の首に腕を回すと、身を乗り出して話しかけます。
「いいのかい? 会いに行ったりして」
「ワン、だって、ルルが会いたいって言ってるんですから」
とポチは答えました。どこか空々しい、一本調子の声です。
一方、ルルも風の犬に変身していました。
「ゼン、メール! 早く乗って!」
こちらは仲間を呼ぶ声が弾んでいます。
フルートはいっそう身を乗り出し、ポチの耳に頭を寄せてささやきました。
「違うよ――。ルルを二度も助けた白い犬は、本当は君じゃないのか、って言ってるんだよ」
ルルが白い犬に助けられたとき、ポチは二度ともルルの後を追いかけていき、ルルが危険から逃れた後で、なんでもなかったように姿を現していました。白い犬の正体はポチなんじゃないか、とフルートはうすうす気づいていたのです。
けれども、ポチは言いました。
「ワン、違います。ぼくじゃありません」
そっけない声に、フルートは思わず絶句します。
「行くわよ!」
とルルが言って空に舞い上がりました。ぐるりと宙返りしてから、山頂の天空城目ざして飛び始めます。
ポチはまた大きな溜息をつくと、黙ってその後を追いかけていきました――。