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第19巻「天空の国の戦い」

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第5章 天空城

13.溜息(ためいき)

 ポポロの同級生の飼い犬が、かつて自分を助けてくれた犬なんだ、とルルが言い出したので、仲間たちはびっくりしました。

「それって、あのビーラーって白い犬のこと?」

 とメールが聞き返すと、ルルは大きく何度もうなずきました。

「そうよ、間違いないわ! あの人、私を助けてくれたもの言う犬とそっくりなんだもの!」

「それって、薔薇色の姫君の戦いでザカラス城に行ったときのことだよね? あとは、闇の国に行ったときにも、やっぱり白い犬が現れて助けてくれた、って言っていたっけ?」

 とフルートが確かめるように聞きました。

 それを疑われていると感じたのか、ルルは怒って足踏みしました。

「そうよ! 私はザカラス城では魔法使いのジーヤ・ドゥに殺されそうになったし、闇の国ではデビルドラゴンに連れ去られそうになったんだけど、そのどっちにも駆けつけて、私を助け出してくれたのよ! 二度も会っているんだもの、間違えるはずがないわ!」

 ポチは呆然とその話を聞いていました。ルルが話す白い犬の正体は、実はこのポチです。どちらの時にも、魔法の力で大人の犬の姿になって、ルルを助けに駆けつけたのですが、ポチはそれを誰にも話しませんでした。今もやっぱり何も言えません。

 ルルは興奮しながら話し続けていました。

「天空の国にいる間、ずっと探していたのよ! もの言う犬だし、風の首輪もつけていたから、貴族に仕えているんだとばかり思っていたんだけど、まだ貴族に飼われる前の犬だったのね! だから天空城でも会えなかったんだわ!」

 すると、ゼンが首をかしげました。

「だけどよ、あの犬、ルルに知らん顔だったじゃねえか。二度も助けてくれたんなら、ルルのことを覚えていて、何か言ってもいいはずだろうが」

「それに、あの犬は風の首輪をしてなかったよ。これからもらうんだ、って言ってたじゃないか」

 とメールも言います。

 ルルは一瞬ことばに詰まり、すぐに大きく頭を振りました。

「理由なんて知らないわ! でも、絶対に間違いないのよ! あれはあの人なの! 絶対にそうなのよ――!!」

 泣き出しそうなほどの声で言い張る雌犬に、ルル……とポポロがつぶやきました。彼女がどれほど一生懸命に白い犬を探していたか、ポポロはよく知っていました。困惑して空を見上げますが、レオンと犬が乗った馬車はもう天空城に到着したのか、どこにも見当たりませんでした。

 

 すると、ポチがルルの横腹にそっと鼻を押しつけました。驚いて振り向いた雌犬に言います。

「ワン、ルルは彼があの時の犬だって確かめて、どうしたいの? 何がしたいから、そんなにいっしょうけんめい探しているの?」

 ポチの声は静かでした。静かすぎて、悲しく聞こえるほどです。

「ど、どうしたいって……」

 とルルは口ごもると、改めてポチを眺めました。ポチもやっぱり真っ白な犬です。だから、ポチがあの白い犬じゃないかと考えたこともあったのですが、体の大きさが全然違いました。顔だって、ポチはまだ子犬の顔立ちです――。

 ルルは答えました。

「わ、私はただ、あの人にあの時のお礼を言いたいだけよ……。だって、二度も助けられたのに、全然何も言えなかったんだもの……」

 何故だか口調が言い訳じみてしまいます。

 ポチは静かにルルの感情の匂いを嗅いでいました。憧れと淡い恋心の甘酸っぱい匂いがしています。

 溜息を一つついてから、ポチはまた言いました。

「ワン、それじゃ、やっぱり天空城に行きましょう。あの犬はレオンって人と一緒にそこに行ったんだから。もう一度会って話せば、本人かどうか確かめられますよ」

「あ、そ、そうね……」

 とルルはとまどいました。なんとなく、ポチに何か言わなくてはならないような気がしましたが、何を言えばいいのか、わかりませんでした。

 ポチはルルから離れると、花野の中で風の犬に変身しました。さあ、行きましょう、と仲間たちに呼びかけます。

 

 フルートはポチの背中に乗りました。太い風の首に腕を回すと、身を乗り出して話しかけます。

「いいのかい? 会いに行ったりして」

「ワン、だって、ルルが会いたいって言ってるんですから」

 とポチは答えました。どこか空々しい、一本調子の声です。

 一方、ルルも風の犬に変身していました。

「ゼン、メール! 早く乗って!」

 こちらは仲間を呼ぶ声が弾んでいます。

 フルートはいっそう身を乗り出し、ポチの耳に頭を寄せてささやきました。

「違うよ――。ルルを二度も助けた白い犬は、本当は君じゃないのか、って言ってるんだよ」

 ルルが白い犬に助けられたとき、ポチは二度ともルルの後を追いかけていき、ルルが危険から逃れた後で、なんでもなかったように姿を現していました。白い犬の正体はポチなんじゃないか、とフルートはうすうす気づいていたのです。

 けれども、ポチは言いました。

「ワン、違います。ぼくじゃありません」

 そっけない声に、フルートは思わず絶句します。

「行くわよ!」

 とルルが言って空に舞い上がりました。ぐるりと宙返りしてから、山頂の天空城目ざして飛び始めます。

 ポチはまた大きな溜息をつくと、黙ってその後を追いかけていきました――。

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