フルートたちの目の前に馬車が降りてきました。空のような青い車体を、金色のグリフィンが引いています。窓を開けて話しかけてきたのは、フルートたちと同じ年頃の少年でした。短い銀髪に青い目の顔立ちは上品ですが、どこか気取った表情もしています。
少年から、ポポロじゃないか、と話しかけられると、ポポロは尻込みしてフルートの背中に隠れてしまいました。代わりにルルが答えます。
「レオンじゃない。これから学校へ行くところなの?」
「そうだよ。ポポロは行かないのか?」
と少年はまた尋ねましたが、ポポロはフルートの後ろに隠れたままでした。ルルが答え続けます。
「ポポロは今、学校を休んでいるのよ。それに、地上からのお客さまが来ているの」
「地上から!?」
少年が驚いたので、フルートたちは、おや、と思いました。明らかに地上という場所を理解している反応です。
レオンは馬車の戸を開けて降りてきました。そうやって並んで立つと、身長はメールと同じくらいで、フルートやゼンよりはずっと背の高い少年でした。シャツとズボンの形の黒い星空の衣を着ています。
「へぇ、地上からねぇ」
と腰に両手を当てて、じろじろとフルートたちを眺め回します。なんとなくその態度に友好的でないものを感じて、ゼンが、むっとした顔になります。
すると、レオンは言いました。
「地上の人間がよく天空の国に来られたな。ポポロの魔法か? 空の上に来て腰を抜かしたんじゃないのかい?」
やはりことばに棘(とげ)があります。たちまちメールも不機嫌な顔になりました。ゼンが言い返します。
「誰が腰なんて抜かすか! てめえこそ、どうして地上を知ってるんだよ!? この国の連中は、貴族以外はここが空の上だなんて知らねえんだろう!? それとも、てめえも貴族なのかよ!?」
レオンという少年は、さっと顔つきを変えました。怒りの表情になってゼンをにらみ返します。
「ぼくはまだ貴族じゃない。でも、ぼくの父上は貴族だからな。ぼくが貴族になるのも時間の問題さ。真実を知ろうともしないで毎日ぬくぬく暮らしている連中と、一緒にしないでくれ。まったく、これだから地上の人間っていうのは――」
いかにも嫌みたっぷりな言い方に、ゼンはますます腹をたてました。
「俺は人間じゃねえ! ドワーフだ!」
「ドワーフ? なんだ、地上どころか、地下に住むモグラだったのか。どうりで粗野だと思った。モグラがどうして空の上までやってきたんだ? 場違いだから、さっさと地下に戻ったらどうだい?」
いっそう辛辣(しんらつ)になる悪口に、なんだと? とゼンは言いました。どなるよりもっと危険な、低い声になっています。フルートはあわてて友人に飛びつきました。ポチもゼンのズボンの裾をくわえて引き止めます。
ルルが厳しい口調になって言いました。
「失礼なことを言わないでちょうだい、レオン。彼らは金の石の勇者の一行よ。闇の竜を倒す手がかりを探して、ここまで来たのよ」
へぇ、とレオンはまた言いました。改めて一行を見回し、フルートが首から下げたペンダントに目を止めて言います。
「それは聖守護石だな。ということは、君が金の石の勇者なのか。ふぅん、もっと立派な人物かと思っていたのに、こんな子どもだったのか。拍子抜けだな。どうりで、いつまでたっても闇の竜を倒せないはずだ」
揶揄(やゆ)されても、フルートは何も言いませんでした。ゼンがますます腹をたててレオンに飛びかかろうとしたので、抑えるのに必死で、それどころではなかったのです。
レオン! とルルがまた叱ります。
「失礼な言い方はやめてって言ったでしょう! それに、フルートたちはあなたより年上よ!」
「年上? いくつさ」
とレオンは意外そうな顔になりました。自分より背が低い少年たちを、またじろじろと眺めます。
「ぼくもゼンも十六だよ。君は?」
とフルートは聞き返しました。怒っているゼンを懸命に抑えながらです。
「なんだ、年上と言っても一つだけじゃないか。子どもには違いないだろう。くだらない」
レオンの返事に、とうとうゼンの堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れました。フルートやポチを振り切って、生意気な少年へ飛びかかっていきます。ゼン! とメールが叫びますが、ゼンは止まりません。
すると、レオンが片手を突き出しました。
「ベトーキフ!」
とたんに銀の光が散ってゼンの体が吹き飛びました。後ろへ大きく飛んで、花野の中にたたきつけられてしまいます。
「ゼン!!」
フルートは友人に駆け寄り、ポチとルルは背中の毛を逆立てて怒りました。メールもかっとなって花を呼ぼうとします。
ところが、レオンは平然と言いました。
「飛びかかってきたのはそっちじゃないか。正当防衛だよ」
なんだってぇ!? とメールが金切り声を上げます。
その時、馬車の中から声がしました。
「よすんだ、レオン。花野で喧嘩なんかしたら厳重注意されるぞ」
若い男の声ですが、馬車から降りてきたのは一匹の犬でした。ルルより二回りも大きくて、全身真っ白な毛でおおわれています。
「だって、ビーラー、こいつらは……」
制止されたレオンは不満そうでしたが、白い犬は頭を振って言い続けました。
「もう時間だ。最初の授業は魔法実習だから、遅れると単位をもらえなくなるぞ」
ちっ、とレオンは聞こえよがしに舌打ちしました。勇者の一行をにらみつけると、何も言わずに馬車へ戻っていきます。
後に残った犬は、フルートたちに向かって頭を下げました。
「ご主人が失礼なことを言って申し訳なかったね。気を悪くしないでくれ」
ポチは思わず身を乗り出しました。
「ワン、あなたはもの言う犬なんですね!? 貴族を運ぶ仕事をしているの!?」
犬は首をかしげてポチを見ました。
「もちろん、ぼくはもの言う犬だよ。見ればわかるだろう? ぼくの名前はビーラー。二ヶ月前にレオンの犬になったばかりなんだ。レオンが貴族になったあかつきには、ぼくも風の首輪をいただいて、彼を乗せて空を飛ぶことになるけれど――」
そこまで言って、ビーラーという犬は急に話しやめました。ポチのしている首輪を見て、驚いたように声を上げます。
「それは風の首輪! ということは、君は風の犬になれるのか! そんなに小さいのに!?」
「ワン、天空王様からいただいたんです。ぼくはポチ。地上の犬だけど、金の石の勇者の仲間で、闇と戦うために風の犬になれるようにしてもらったんです――」
ポチとしては、まだまだ話したいことがあったのですが、馬車の中から怒ったようなレオンの声が聞こえてきました。
「ビーラー、何をしてるんだ!? ぼくに遅刻させる気か!?」
おっと、と白い犬は言って、一同に頭を下げました。
「じゃあ、これで失礼するよ。またどこかで」
と馬車に乗り込んでいきます。
グリフィンが翼を広げ、空色の馬車を引いて舞い上がりました。クレラ山の頂上で光る天空城目ざして走り去っていきます――。
「なんだ、あいつら!?」
まだ花野の中に座り込んでいたゼンが、遠ざかる馬車へどなりました。レオンの魔法で吹き飛ばされたときの傷は、フルートが金の石で癒していました。
「あのレオンってヤツ、いやにあたいたちを敵視してたよねぇ」
とメールが言うと、何故だかポポロが、ごめんなさい、と謝りました。
「あの人、あたしのことが嫌いなのよ……。天空城の学校で同じ学年なんだけど、他の人はみんな優くて親切なのに、あの人はすぐに意地悪なことを言うの……」
「ポポロにだけ?」
とフルートが聞き返しました。
「うん……。あたしがもう貴族になっているからだ、って他の人には言われるわ。彼はそれがうらやましいんだ、って……」
「そんなのはポポロのせいじゃない!」
とフルートは言いました。珍しく、強い口調です。うん……とポポロが涙ぐんでうなずきます。
「あんな嫌なヤツのことなんか、もういいさ。それより、これからどうすんの?」
とメールがまた言いました。突然いろいろなことがあったので、何をどうしていいのか、よくわからなくなったのです。
ポポロが目をしばたたかせながら答えました。
「やっぱり、天空城に行かなくちゃいけないわ……。花野に戦人形が現れたことを、警備隊に知らせなくちゃいけないの。あれは二千年前の戦いの遺物なんだけど、花野の中に埋もれて忘れられていたのね。また襲われる人が出てきたら大変だから、早く教えなくちゃ……」
「天空城にはあのレオンってヤツも行ってんだろう? なんか気がすすまねえなぁ」
とゼンはまだぶつぶつ言っています。
ところが、仲間たちがあれこれ話し合っている間、ルルだけは途中からまったく口をきかなくなっていました。馬車が飛び去っていった方向を、呆然と眺めています。
ポチがそれに気づいて尋ねました。
「ワン、どうしたんですか、ルル? ぼんやりして」
すると、ルルが我に返りました。興奮した顔でポチたちを向きます。
「あの犬なのよ! あの白い犬……! 彼が、私をジーヤ・ドゥやデビルドラゴンから助けてくれたのよ!!」
ほえるような勢いで、ルルは仲間たちへ言いました――。