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第19巻「天空の国の戦い」

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第4章 人形

10.ペガサス

 風の犬になったルルとポチは、フルートたちを乗せて、町の外に広がる花野へやってきました。色とりどりの花が一面に咲く野原です。

「花だぁ!」

 メールが歓声を上げて真っ先に花野へ飛び下りました。続いてゼンが、それからフルートとポポロが降り立ち、周囲を見回します。

「すげえな。見渡す限り花だらけじゃねえか」

「エルフが住む白い石の丘にも花畑はあったけど、こっちはあの数倍はあるな。ものすごい面積だ」

 とゼンとフルートは感心しました。彼らの目の前に広がる花野は、なだらかな丘になった地平線まで続いていたのです。その向こうにクレラ山がそびえ、山頂では金と銀の天空城が輝いています。

 

 すると、ポポロが言いました。

「四年前、あたしはこの花野を歩いていったのよ。学校の授業で魔法を大失敗して、もうここにはいられないって思って、泣きながら歩いていったの……。そうしたら、急にあたりに霧がかかってきて、目の前に薄緑色の森が現れたわ。こうして見ていても、森なんてどこにもないのにね。不思議に思って森に入ってみたら、霧がどんどん濃くなって、気がついたら、まったく別の花野に出ていたの。それが白い石の丘だったのよ……」

 それは、これまでにもポポロが何度かしてきた話でした。そのたびに悲しい記憶がよみがえって、涙を流してきたのですが、この時のポポロは泣いてはいませんでした。ただ懐かしそうな顔で花野を眺めています。

 そんなポポロへ、フルートは言いました。

「そうやってポポロが地上にやってきたから、ぼくたちは出会うことができたんだよね。ポポロは白い石の丘に迷い着いて、ぼくたちはエルフに会うために白い石の丘へ行って――そして、仲間になったんだ」

 ポポロはうなずきました。

「この前、白い石の丘に行ったときに、おじさんに言われたのよ……。あたしは昔、自分の魔法に振り回されて、本当に悲しい思いをしてきたけれど、その悲しい日々があったからこそ、フルートたちに出会えたんだ、って。だから、その頃の思い出も大事にしなさい、って……。確かにそうよね。あたしが魔法を失敗しなかったら、あたしは花野を歩いていかなかったし、白い石の丘にもたどり着かなかったんだもの。そうなったら、フルートたちにも絶対会えなかったわ」

「それは嫌だな」

 とフルートは言いました。つい真剣な声になっていました。

 ポポロはにっこり笑いました。

「あたしも嫌よ……。どんなに、あの頃を良い時間に変えてあげよう、悲しい想いなんて全然しない日々に戻してあげよう、って言われても、絶対に嫌。あたしはフルートたちと仲間になって、一緒に戦えるのが嬉しいんだもの。だからね、悲しかったあの頃のことも大切にするの。あれはフルートたちと出会うための、大事な通り道だったから……」

 うん、とフルートはうなずきました。フルート自身もつらくて淋しい子ども時代を経て仲間たちに巡り会っていたので、ポポロの気持ちはよくわかったのです。少しためらってから手を伸ばし、彼女の華奢な手をそっと握ります。

 ポポロは目を見張り、すぐにまた、とても嬉しそうに笑いました。フルートの手を握り返すと、並んで一緒に花野を眺めます。

 メールは空中に舞い上がらせた花で、次々と鳥や獣を作ってはしゃいでいました。ゼンが感心してそれを見上げています。ポチとルルは風の犬のまま花野の上を飛び回っていました。広い野原を思う存分飛び回り、空中でじゃれ合います。あたりに充ちる花の香りが、彼らをいっそう元気にしてくれるようです――。

 

 ところが、ポポロの手を握るフルートの手に、突然緊張が走りました。素早くポポロを背後へ引いてかばい、もう一方の手で背中の剣を握ります。

「何か近づいてくる――!」

 フルートは空の一角を見つめていました。大きな翼の生き物が、ものすごい勢いでこちらへ迫ってきます。

 驚いてそれを見たポポロが、すぐに言いました。

「大丈夫、心配ないわ……。あれはペガサスよ」

「ペガサス!?」

 生き物は彼らの頭上までやってきました。ばさばさと翼の音を立てて、フルートとポポロの目の前に舞い下りてきます。それは本当にペガサスでした。純白の馬の体に、流れる金糸のようなたてがみと尾、背中には大きな白い翼が生えています。

 風の犬のポチとルルがそれに気がついて戻ってきました。ゼンとメールも驚いてやってきます。ペガサスのほうでも、青い目で彼らを見回しました。よく響く男性の声で話しかけてきます。

「これは驚いた。花野で誰が騒いでいるのかと思えば、金の石の勇者の一行ではないか。久しぶりだな。地上のロムド城やザカラス城へ一緒に行ったとき以来だ」

「おまえ、あの時、俺たちを乗せてくれたペガサスか!」

 とゼンが言いました。天の馬が言っているのは、薔薇色(ばらいろ)の姫君の戦いの時のことでした。危篤になったラヴィア夫人や、ザカラス城に捕らえられたポポロやトウガリを救うために、ゼンたちを乗せて運んでくれたのです。

 メールも天の馬を見上げて言いました。

「あんた、あたいたちを乗せてくれたペガサス? だとしたら、闇の声の戦いの時にも乗せてくれたよね?」

「ああ。途中で闇が忍び込んできたから、おまえたちを振り落としたがな。私の名前はゴグだ。この花野で仲間たちと共に暮らしている」

 馬が名乗ったとたん、フルートは、おや、と思いました。ゴグという名前になんだか聞き覚えがある気がしたのです。どこで聞いたんだっけ、と考えます――。

 すると、小犬に戻ったポチが言いました。

「ワン、火の山の地下で、いにしえの戦士のロズキさんが言っていた、仲間のペガサスの名前ですよ。二千年前に一緒に西の国の火の山まで飛んで、炎の剣を手に入れたんだ、って話していたんです」

「じゃあ、君はもう二千歳なのか! ロズキっていう人はわかるかい!?」

 とフルートが尋ねると、ペガサスは大きな頭をかしげ、男性の声で答えました。

「我々は二千年も生きることはできない。それはきっと、私の先祖だろう。ゴグというのは、我々の一族の雄によくつけられる名前なのだ。そのロズキというのは、いったい何者だ?」

 馬というのは基本的に好奇心が旺盛です。ゴグはペガサスですが、やはり普通の馬同様、好奇心が強いようでした。頭をずいと出して尋ねてきます。

 そこでフルートたちはいにしえの戦士について話して聞かせました。二千年前、ゴグというペガサスがロズキと共に闇と戦ったことも教えます。

 

 話を聞き終わると、ゴグはうなずきました。

「確かに、我々の先祖は昔、天空の民と共に闇と戦った、と言い伝えられている。戦いはこの天空の国で起こったが、後に戦場を地上に移したから、我々の先祖も天空の民と地上へ降りて戦ったらしい」

「ワン、ぼくたちはその場面を見たことがありますよ。ジタン山脈の地下の鏡の洞窟で。光の軍勢がデビルドラゴンの率いる闇の軍勢と戦っていたし、光の戦士の中には空を飛ぶペガサスもたくさんいたんです」

 とポチが言ったので、ほう、とゴグは感心しました。

「おまえたちは若いのに、ずいぶんいろいろなものを見てきたのだな……。我々ペガサスは聖なる獣だから、闇は絶対に許さないのだ。闇が現れれば、この蹄(ひづめ)で踏み砕いて蹴り飛ばしてやる。二千年前の戦いでも非常に勇敢に戦ったと言い伝えられているぞ」

 翼を持った天の馬は、ユニコーンや炎の馬といった他の聖なる馬たちより、闇に耐性があるようでした。大きく足踏みして、ぶるるっと鼻を鳴らします。なかなか好戦的なペガサスです。

 フルートは首をかしげました。少し考えてから言います。

「二千年前の光と闇の戦いのことは、君たちペガサスの間ではちゃんと語り継がれているんだね。地上では、デビルドラゴンの呪いに戦いの記録を消されてしまって、ほとんど誰も覚えていないんだよ。あの戦いで、どうやって光の軍勢が闇に勝ったかとか、デビルドラゴンをどうやって世界の果てに幽閉したかとか――そういう話は、君たちの間に伝わっていないかな? それが知りたくて、ぼくたちは地上からこの天空の国に来たんだけれど」

「闇の竜を倒した方法か? 光の軍勢の大将だった金の石の勇者が、誘惑に負けて闇に敗れたので、その後、光の軍勢が力を合わせて竜を世界の果てに閉じこめた、と聞いている。地上の人間などを大将にしたのが良くなかったのだ。人間は心に必ず闇を持つし、地上の連中はなおさらその割合が多いのだからな。闇につけ込まれてしまったのは当然のことだ」

 とゴグが言ったので、なんだと!? とゼンがむっとしました。ペガサスが、人間だけでなくドワーフやノームといった他の地上の一族まで一緒にして言っていることを感じたからです。

 フルートのほうは、ゴグの返事を聞いてがっかりしていました。新しい情報は何もありません。ペガサスたちも、彼らが知りたい竜の宝については、何も知らないのでした。

 竜の宝っていうのは本当に何なんだろう? どこへ行けば見つかって、デビルドラゴンの倒し方がわかるんだろう? フルートはそう考えて、そっと唇をかみました――。

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