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第19巻「天空の国の戦い」

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9.町の人々

 突然、炎の剣を見せてくれ、と声をかけられて、フルートたちは驚いて振り向きました。そこにいたのは、黒い服の上に茶色い革の前掛けと革の手袋をつけた男でした。大柄でたくましく、灰色の髪とひげはもじゃもじゃで、頬や鼻の頭を赤くほてらせています。

 それを見たとたん、ゼンが言いました。

「あれ? おっさん、鍛冶屋かよ?」

 北の峰の洞窟に大勢いるドワーフの鍛冶屋と、よく似た雰囲気がしていたのです。

 おう、と男は分厚い胸を張りました。

「そうとも、俺は鍛冶屋だ! あんたたちは旅人だろう!? この町じゃ見かけない顔をしているものな! おっと、一緒にいるのはポポロとルルじゃないか! おまえたちの家のお客さんか!?」

 鍛冶屋の男は目の前の彼らに向かって、どなるような声で話しかけていました。槌音(つちおと)が響く賑やかな職場にいるので、大声が癖になっているのです。ポポロがおびえてフルートの後ろに隠れてしまったので、代わりにルルが答えました。

「ええ、そうよ。彼らはフルートとゼンとメールとポチ。みんな、地上からやってきたのよ」

「へえ、地上か! 聞いたことのない町だな! まあ、ゆっくりしていってくれ! で、その剣をちょっと見せてもらえないかな!?」

 鍛冶屋は地上をどこかの町の名前だと思っていました。そんなことよりもフルートの剣のほうに興味津々(きょうみしんしん)でいます。フルートはとまどいながら炎の剣を外して、鍛冶屋に見せてやりました。ひとかすりでもしたら、傷つけたものを燃やしてしまう魔剣ですから、鍛冶屋には触らせずに目の前で刃を抜いて見せます。

 ほぉぉ、と鍛冶屋は感嘆の声を上げました。

「これが古(いにしえ)の巨人に鍛えられたという魔剣かぁ! 炎の魔力を内に秘めているんだよな! だが、刀身から熱気は全然感じられない! 完全に魔力を閉じこめているわけか! いや、すごい代物だな……!」

 鍛冶屋は炎の剣をあちこちの角度から眺め、フルートに剣を構えさせてはまたそれを眺め、やがて、にこにこして言いました。

「いや、いいものを見せてもらった! 堪能(たんのう)したよ! これからどこに行くんだい!? 見物!? そりゃあいい、楽しんでくれ!」

 男は上機嫌で店に戻っていきました。通りに面した鍛冶屋の店です。

 

 ゼンがあきれて言いました。

「あのおっさん、俺たちが地上から来たことなんて、どうでもいいみたいだったな」

「地上ってのを、天空の国の中の町だと思ってたよね」

 とメールも言うと、フルートが大きくうなずきました。

「そう、これとポポロたちがお父さんの職業を知らなかったことが同じだ、と言いたかったんだよ」

 え? と仲間たちは聞き返しました。フルートの言っていることが理解できません。

 けれども、すぐにポチが気がつきました。

「ワン、そうか! 天空の国では、多くの人が自分たちが空の上の国にいるなんて知らずに暮らしているんでしたよね。ここを地上の一部分だと思い込んで、その外側なんか考えなくなる魔法にかかっているから。それと同じように、ポポロとルルは、お父さんの職業を疑問に思わなくなる魔法にかかっていたんだ!」

 うん、とフルートはまたうなずき、ゼンとメールは驚きました。ポポロとルルは、びっくりしたようにまた顔を見合わせています。

「お父さんの仕事を疑問に思わない魔法に……?」

「言われてみれば、確かにそうね――。どこの家でも子どもはみんな親の仕事を知っているのに、私たちは今まで全然お父さんの仕事を知らなかったし、それを不思議だとも思わなかったもの。変よね」

「たぶん、お父さんが君たちに魔法をかけていたんだよ。だから、生まれてからずっと、そのことを疑問に思わなかったんだ」

 とフルートが言うと、メールとゼンが聞き返しました。

「どうしてそんなことするのさ!? すごく変じゃないか!」

「ポポロの親父さんは、人に知られちゃまずいような仕事をしてるって言うのかよ!?」

「さすがに、そこまではぼくにもわからないけれど……」

 一同はその事実をどう考えたらいいのかわからなくなっていました。ポポロのお父さんに直接聞いてみたいところですが、お父さんは外出していて、夕方まで戻りません――。

 

 町は仕事始めの時間に差しかかっていました。次々に店が開き、通りには人や馬車が増えていきます。通りがかりにフルートたちへ声をかけていく人も、少なくありませんでした。

「おや、よそから来たお客さんだね。どこから来たの? ――へえ、地上ってところから? この町も楽しんでくれよ」

「あら、ポポロやルルのお友だち? 地上って町から来たの? え、町じゃなくて場所の名前? 地上って地方なのね。ごめんなさいね、よく知らなくて。楽しんでちょうだい」

「学校の友だちかい、ポポロ、ルル? え、地上から来た? ふうん、そうか。じゃあ、楽しんでくれ」

 皆フルートたちがここで楽しむことを祈ってくれますが、誰一人として、ここが空に浮かぶ国で、地上はそこから何千メートルも下にある場所だということを知りませんでした。ゼンたちが説明しようとしても、やっぱり少しも理解しないのです。

「なんだこれは!? どうして地上がわかんねえんだよ!?」

 とゼンがわめいたので、フルートが言いました。

「だから、これが天空の国にかけられた魔法なんだよ。地上と聞いたって全然不思議に思わない魔法なのさ」

「なんのために!? おかしいだろうが!」

 とゼンが言い続けたので、フルートも話し続けました。

「この国は三千年前までは地上にあった。最初の光と闇の戦いのときに、魔法で空に浮き上がったんだけれど、人々は空から落ちるんじゃないかと思って、恐怖で気が変になりかけたらしい。そこで、当時の天空王が国民全員に、ここが地上とつながっていると信じる魔法をかけたんだ。その魔法が今もまだ国全体をおおっているんだよ――。そうだったよね、ポポロ?」

 ポポロはうなずきました。

「あたしたちはずっと、ここがどこかも、この世界の外がどうなっているのかも、全然疑問に思わずに暮らしていたの。他の人もみんなそうよ。国外れのシアーレ川までは行くけれど、橋がないから向こう側には渡れないし、渡ろうとも思わないわ。その向こうがどうなっているんだろう、なんてことも普通は考えないの。その魔法を振り切って、外の世界を考えられるだけの魔力を持った人が、貴族に選ばれていくのよ……」

 

 彼らが通りでこんな話をしても、通りかかる人々は少しも気にしていませんでした。相変わらず声をかけてくれる人は多いのですが、「地上から来た」と言っても、「ああ、そう。ふぅん」で終わりです。

 とうとうゼンが我慢できなくなりました。

「気色悪いぞ! どうにも不自然で気色悪ぃ! 町を出ようぜ!」

 人々の反応の不自然さに、フルートたちもなんだか落ち着かない気分になっていました。とりあえず町の外に出て話そう、と風の犬になったポチとルルに乗りこみます。

 通りの真ん中に風の犬が出現しても、町の人々はまったく驚きませんでした。

「店に砂埃を入れないでよ!」

 と店の女将(おかみ)さんから注意されただけです。

「どこへ行くんだ?」

 とフルートが聞いたので、ルルが答えました。

「町はずれの花野に行きましょう。あそこなら落ち着いて話もできるわ」

 ルルはゼンとメールを乗せて舞い上がり、その後ろにポチがフルートとポポロを乗せて続きます。

 相変わらず、町の人たちは少しも驚きませんでした。馬車でも走りすぎていったように、当たり前の顔で風の犬たちを見送り、またすぐに自分の生活に戻ります。

 その時、町の一角からつぶやく声がしました。

「町外れの花野か……」

 声は曲がり角の向こうからしていました。町の人々は誰もそれに気づきません。

 すると、一台の荷馬車が角を曲がって行きました。馬もなしで走っていく魔法の馬車です。御者は向こう側に続く通りを見回して、先へ進んでいきます。

 曲がり角の先には誰もいませんでした。

 声の主も、そこに人がいたという痕跡も、何も残されてはいませんでした――。

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