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第19巻「天空の国の戦い」

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6.禁止

 食事がすむと、テーブルが片づけられ、居間の暖炉に火が入りました。薪(まき)をくべなくても、いつまでも燃え続ける魔法の暖炉です。

 窓の外は誰も気づかないうちに夜になっていました。いきなり昼が夜に変わってしまったのですが、ポポロもルルもポポロの両親も、それが当然という顔をしているので、フルートたちも気にしないことにしました。なにしろここは魔法の国です。夜の冷気を追い払ってくれる暖炉の前で、ポポロの両親に聞かれるままに、この一年間の旅の話を語ります。

 彼らは、デビルドラゴンを倒す手がかりを求めて、本当に世界中を探し回ってきました。新年の日にシルの町に近い魔の森を出発してから、ロムド国の北の街道で仮面の盗賊団と戦い、神の都のミコン、ロムド国の南西にあるジタン山脈、一角獣伝説のあるメイ国と次々に移動し、とうとう、メールの故郷の海にも行ったのです。

 デビルドラゴンはその行く先々で姿を現しました。フルートたちが闇の攻撃に気づいて駆けつけたこともありますが、デビルドラゴンのほうで先回りをして魔王を生み、彼らを殺そうとしたこともあります。彼らは、旅先で知り合った人たちと協力しながら、魔王を倒し、デビルドラゴンを撃退してきました。一度も負けることはなかったのですが、肝心の手がかりはなかなか見つかりません。

 そんな中、竜が棲む国と呼ばれるユラサイの国で、とうとう大きな手がかりが見つかりました。おとぎ話に形を変えた、二千年前の光と闇の戦いの記録です。戦記そのものは闇の竜の呪いに消されてしまいましたが、序文は彼らの頭の中に残りました。特に、ポチは一言一句間違うことなく、しっかり記憶しています。

 

「二千年前の戦記の序文だって? どんな内容なんだ?」

 とポポロのお父さんが尋ねたので、ポチはそれを語って聞かせました。もう何度も繰り返し確かめてきた、あの文章です。

「金の石の勇者が世界から失われた後、我らは光の名の下に再び集結し、闇の竜と対決した。かの竜が己の宝に力を分け与えたので、我らはそれを奪い、竜の王が暗き大地の奥へと封印した。宝を取り戻さんとしたかの竜は捕らえられ、世界の最果てに幽閉された。これは、全世界と我らの存在を賭けた、闇の竜との戦いの顛末(てんまつ)である――」

 とたんに、ポポロの両親は顔色を変えました。お母さんは青ざめ、お父さんは身を乗り出してきます。

「それは、失われた地上の歴史じゃないか! おまえたちはそんなものを見つけていたのか!」

 少年少女たちは驚きました。

「これを知ってんのかよ!?」

「天空の国には戦いの記録が残ってるわけ!?」

「ぼくたちは、竜が力を分け与えたという宝が、奴を倒すための手がかりになると思っているんです! 何か知っていたら教えてください!」

 いっせいに尋ねると、お母さんは青ざめたまま口を両手で押さえ、お父さんのほうは信じられないように頭を振りました。お父さん、お母さん! とポポロとルルが声を上げます。彼女たちは、両親の驚き方があまりすごいので、そちらのほうに驚いていました。

 やがて、お父さんは大きな溜息をついて言いました。

「おまえたちがそんな超一級の秘密までつかんでいたとは思わなかったな……。それは、この天空の国でもごく限られた人たちしか知らない、隠された真実だよ。もちろん、ぼくたちも内容については知らない。でも、たとえ知らなくても、むやみに口に出してはいけないことなんだ。気をつけなさい。ここでこうして話すのはかまわないが、外では絶対に語ってはいけないよ」

「何故ですか!? 白い石の丘の賢者は、この竜の宝を探し求めていくことで、デビルドラゴンを倒す方法が見つかる、と言ったんですよ! それに、何故それを口に出しちゃいけないんです!? ここは光の国なんだから、デビルドラゴンの呪いの魔法だって及んでいないはずでしょう!?」

 とフルートは尋ね続けました。地上では、二千年前の光と闇の戦いの記録は、残らず違う形に変わってしまっていました。デビルドラゴンが呪いをかけて、自分が幽閉されたときの記憶を地上から消そうとしたからです。けれども、天空の国は光の魔法で守られた場所なので、そんな危険もないように思えました。デビルドラゴンに聞きつけられる心配だってないはずです。

 すると、お父さんが重々しく言いました。

「古い予言だよ。人々がその真実を知ることで、竜の宝を自分のものにしようとする者が現れてくる。それが闇の竜を復活させ、三度目の光と闇の戦いを引き起こすだろう――と言われているんだ」

 フルートたちは本当に驚きました。あまりにも重大な予言に、すぐには声も出せません。

 フルートは、ユラサイの国でデビルドラゴンが去り際に言い残したことばを思い出していました。金の光を浴びて薄れていきながら、影の竜は言ったのです。

「間モナク、我ハチカラヲ手ニ入レル――。約束ノ時ハ近ヅイテイル。ソノ時ガ来レバ、金ノ石ナド、モハヤ敵デハナイ。世界ハ我ガモノニナル」

 負け惜しみの捨て台詞だと思ってきたことばが、急に真実味を帯びてきたような気がします。

 

 すると、ポチが言いました。

「ワン、だけど、ぼくたちは竜の宝のことを知っても、それを悪用しようなんて考えてませんよ! デビルドラゴンを幽閉した方法がわかれば、フルートが光にならなくても奴を倒せるんじゃないかと思って、それで調べているんです!」

 メールもうなずきました。

「あたいたちは、この話を誰彼かまわずしてきたわけじゃないもんね。信用できて、力になってくれそうな人だけに聞かせてきたんだもん。デビルドラゴンの復活に悪用なんかされるもんか」

「予言は、この部屋にいる我々のことを言っているわけではないだろう」

 とポポロのお父さんは静かに言いました。青ざめているお母さんを抱き寄せ、安心させるように肩をたたきながら話し続けます。

「ただ、真実というものは、思いがけないところで思いがけない出来事を引き起こすことが、よくあるからね。口に出さないほうがいいことだって、この世には存在するんだよ」

「それじゃ、俺たちに竜の宝のことはもう調べるな、って言うのか!? 俺たちにはこれしか手がかりがねえんだぞ!」

 とゼンはどなりました。相手が大人だろうが友人の両親だろうが、まるでかまいません。

「悪いことは言わない、その戦記のことは忘れたほうがいい。いずれ大きな災いを引き寄せて、三度目の大戦争を引き起こしてしまうからね。忘れたいのに忘れられない、と言うならば、物忘れの薬を調合してあげてもいい」

 とお父さんが言ったので、フルートたちはまた驚きました。お父さんは、フルートたちに竜の宝を忘れさせてあげよう、と言っているのです。とても承知することはできませんでした。

 その後、会話は急にとぎれがちになり、お母さんが、なんだかひどく疲れてしまったわ、と言い出したので、その夜はもう休むことになりました。メールはポポロとルルの部屋で寝ることにしたので、フルートとゼンとポチが客室に案内されます。お父さんはすぐに扉を閉めて出ていき、部屋はフルートたちだけになりました。

 

「なんだよ、あれは!!」

 ゼンは、どっかと座り込むと、床をたたいてわめきました。

「なんで竜の宝を調べちゃいけねえんだよ!? しかも、それを忘れさせてやるだとぉ!? 冗談じゃねえぞ!!」

 フルートは困惑しながら客用のベッドに腰を下ろしました。鎧兜は居間に脱いで置いてきたので、今は布の服に金のペンダントを下げただけの恰好です。考えながら言います。

「確かに、前に思ったことはあるんだよ……。竜の宝は二千年前に光の軍勢が隠したものだから、それをぼくらが見つけたら、デビルドラゴンに奪われて、奴を復活させてしまうんじゃないか、って。赤さんに竜の宝について占ってもらったときのことさ……。そのせいでいつまでも宝が見つからないんだろうか、と考えたら、その瞬間に占いは天空の国を示してくれたから、こうしてみんなとここまでやってきたんだけれど……これが、その答えだったのかな? やっぱり、竜の宝を探すことはやってはいけないことで、占いはそれをぼくたちに教えようとしていたんだろうか……?」

 なんだかがっくりと全身の力が抜けてしまった気がしました。天空の国へ到着したときにはあんなに張り切っていた心が、急にしぼんで、悲しくなっています。ぼくたちは探してはいけないものを探していたんだろうか。願い石を使わずにデビルドラゴンを倒す方法なんて、やっぱりこの世には存在しないんだろうか。考えがまた良くない方向へ転がり始めます――。

 

 すると、ずっと黙り込んでいたポチが口を開きました。

「ワン、ポポロのお父さんたちは、なんだか様子がおかしかったですよ……。すごくあわてて心配したのは、まあわかるんだけど、特にお父さんは何かを隠す匂いをさせていたんです」

 ゼンとフルートは跳ね起きました。

「隠す匂いだと!?」

「いったい何を!?」

 小犬は首を振りました。

「ワン、何を隠しているのか、その内容まではわかりません。ただ、おじさんは確かに何かを隠していました。それをぼくたちに知られたくなくて、魔法の薬で忘れさせてあげようか、なんて言ってきたんです」

 フルートとゼンは顔を見合わせました。

「おじさんは竜の宝の正体を知っているんだろうか……?」

「ああ!? それで、なんで俺たちに内緒にするんだよ!? 俺たちがこんなに苦労して手がかりを探し回ってるってぇのに!」

「それこそ、ぼくたちが知ることで光と闇の戦いが起きるんじゃないか、って心配しているのかもしれない」

「ワン、竜の宝っていうのは、そんなに危険なものなんですか?」

 すると、ゼンが突然思いついた顔になりました。

「おい! ひょっとすると、またおじさんたちが魔王に乗っ取られてるんじゃねえだろうな!? 俺たちに竜の宝を調べさせねえために、あんなことを――」

「そんなまさか!!」

「ワン、さすがにそれなら、もっと異常に感じますよ――!」

 フルートとポチは即座に反論しました。

 その後もさまざまな可能性を話し合いますが、やっぱり理由はわかりません。

 

 窓の外は真夜中の色になっていました。小さな灯り一つ見当たらない真っ暗闇が広がっています。

「今夜はもう遅いよ。明日になったら、もう一度、ポポロのお父さんに竜の宝についてしっかり聞いてみよう」

 どうにも釈然としないものを感じながら、フルートは、ゼンとポチと自分自身にそう言い聞かせました――。

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