フルートたちはポポロの両親に案内されて、家の中に入っていきました。居間のテーブルにところ狭しとご馳走が並んでいたので、すごい! とみんな大喜びします。
ポポロのお父さんが勇者の一行を見回して話しかけてきました。
「久しぶりだったね、フルート、ゼン、メール、ポチ。みんな、ずいぶん大きくなった」
彼らが最後にポポロの両親に会ったのは、闇の声の戦いが終結した直後でした。天空王の前で裁きを受けるルルを守るために、一緒に天空城まで行ったのです。あれからもう三年が過ぎようとしていました。
「本当ね。みんなすっかり大人になってしまって。ポポロやルルもよ。とても娘らしくなったわ」
とお母さんが言ったので、ポポロは頬を赤く染め、ルルは嬉しそうに尻尾を振りました。フルートたちも照れくさそうに笑います。
フルートとゼンは十六歳、メールとポポロは十五歳、ルルは間もなく十七歳になるし、ポチももう十二歳になりました。男の子たちは以前より背が伸びてたくましくなり、女の子たちもふっくらと女性らしい体つきになっていたのです。ポチやルルも、それぞれに大人の犬に近づいていました。
「さあ、食事にしよう。積もる話はそれからだ」
とポポロのお父さんが言ったので、少年少女たちはまた歓声を上げました。勧められるまま、席に着きます――。
食事はとても楽しいものになりました。
最初からいろいろな料理が並んでいたのですが、ポポロのお母さんが魔法で新しい料理を作っては運んでくるので、食欲旺盛なフルートたちでさえ食べきれないほどでした。しかも、地上では見たことがないような珍しい料理が次々と出てきます。一口ごとに味の変わるスープ。皿の上でひとりでに焼けて、食べ頃になると自分から一口サイズになっていくステーキ。かむと中からおいしい「空気」が出てくる風船のパン。空飛ぶ魚の唐揚げは、料理された後もすぐ皿から飛び上がったので、逃げられないうちに食べるのに、みんな大忙しになりました。
笑って、しゃべって、食べて、また笑って。賑やかな時間が過ぎていきます。
ポポロのお父さんはフルートの隣の席に座っていました。短い銀髪に緑の瞳、緑色の輪を額にはめて、黒い星空の衣を着ています。以前はとても厳しく見える人だったのですが、今はもう穏やかで優しい父親の顔になっていました。フルートのカップに甘い飲み物を注ぎながら、話しかけてきます。
「ぼくはね、君と一度ゆっくり話したいと思っていたんだよ、フルート。なにしろ、あんなに引っ込み思案だったポポロを、君は勇者の仲間にしてしまったんだからね。天空王様から、君たちが頑張っている話はたびたび聞かされてきたけれど、ぼくたちは君たちの様子を直接見ることはできない。どうだろう? ポポロはちゃんと君たちの役に立っているかい?」
そう聞かれて、フルートは、にっこり笑い返しました。
「もちろんです。ポポロはいつだって、ぼくたちを助けてくれています。魔法が一日に二回しか使えないから、魔法の使いどころは考えなくちゃいけないけれど、だからこそ、ポポロの魔法はぼくたちの切り札なんです」
「切り札か」
とお父さんは笑いました。
「君は四年前にも似たようなことを言ったね。ポポロの魔法は、自分たちにどうしても必要なんだ、と――。正直、ポポロにそんなことを言ってくれる人が現れるとは思ってもいなかったから、とても驚かされたよ。あの子の魔法は強力だけれど、とにかくコントロールが悪かったからね。今は、あの頃よりは良くなったようかな?」
「はい。使い方を工夫して、大がかりな魔法を使うこともできるようになりました。本当に、いつだって、ポポロはぼくたちを助けてくれているんです」
とフルートが繰り返すと、お父さんは目を細めました。ポポロによく似た緑の瞳でフルートを見つめて、言います。
「それはきっと、そばに魔法の適切な使い方を指南(しなん)してくれる人がいるからだな。それで魔法が暴走せずにすんでいるんだろう。……ありがとう」
ポポロのお父さんは、明らかにフルートのことを言っていました。大真面目な声で感謝をしてきます。
フルートは真っ赤になると、あわてて言いました。
「ぼくが指南しているわけじゃないです。……あ、ええと、たまにはそういう時もあるけれど、ポポロが自分でぼくたちのために魔法使ってくれることもよくあります。彼女はいつだって、ぼくたちを助けるために必死になってくれるんです。魔法を使い切ってしまった後でだって、やっぱりそうなんです」
仲間たちの中でも、飛び抜けてポポロに助けられた回数が多いのがフルートです。話す声に力がこもります。
すると、お父さんがまた穏やかに笑いました。
「ポポロは昔、自分に自信というものがまったくなかった。そんなあの子に自信が生まれたのは、君たちがあの子を仲間として信じてくれたからだ。今は、君たちを助けたいと思う一心が、あの子の魔法を制御している。本当に、ありがたいことだと思っているよ」
ポポロは、父親とフルートが自分のことを話しているとは思ってもいませんでした。隣に座るメールと楽しそうにしゃべり、ゼンが空飛ぶ唐揚げの最後の一個を捕まえて食べたのを見て、声を上げて笑っています。
そんな娘をお父さんは黙って眺めていました。優しい笑顔ですが、どこか少し淋しそうにも見えます。
フルートはちょっとためらってから、すみません、と謝りました。
「何故君が謝るんだい?」
とお父さんが驚くと、フルートはうつむき加減になって、静かに言い続けました。
「ポポロを大変な戦いに引っ張り込んでしまったからです……。闇との戦いは本当に厳しいです。命がけの戦闘になることもたびたびあるし、ポポロを危険な目に遭わせてしまうこともあります。彼女が勇者の仲間にならなければ、この天空の国でおじさんたちと幸せに暮らしていたと思うんですが……」
それ以上は続けられなくなって、フルートは黙りました。どんなにそんなふうに思っても、ポポロが一緒にいてくれなくては困る、嫌だ、という気持ちが湧き上がってきてしまったのです。困惑しながら、いっそううつむきます。
すると、お父さんはまた穏やかに言いました。
「相変わらず君は真面目だね、フルート――。でもね、ポポロにそれを言ったら、絶対にそれは違う、と本気で否定すると思うよ。何が幸せで、何が不幸せかは、その人の心が決めることだ。ポポロにとっては、この国でぼくたちのそばにいるよりも、君たちと一緒に旅をして闇と戦うほうが幸せに感じられているんだよ。親はいつだって、自分の子どもの幸せを願っているものだからね。ポポロがそれで幸せだと言うならば、ぼくたちとしても、それで充分なのさ」
そこへポポロのお母さんがやってきました。台所から飲み物のお代わりを持ってきたのです。よく冷えて汗をかいている水差しを手に、話に加わってきます。
「あの子たちが幸せなのは、見ればすぐわかるわ。ポポロもルルも、以前はあんなに笑ったりしなかったものね。いつも二人だけでいて、仲は良かったけれど、なんだかとても淋しそうに見えて、私もカイもいつも心配していたのよ。今は二人ともとても楽しそうだし、充実した毎日を過ごしているようね。これを幸せって言わなかったら、何をそう言えばいいのかしら?」
そう言って、ねえ、カイ? と夫に同意を求めます。
とたんに、フルートはシルの町にいる自分の両親をまた思い出しました。フルートのお父さんとお母さんも、闇を倒す戦いに旅立つ息子を、何も言わずに送り出してくれたのです。きっとポポロの両親と同じような気持ちでいたんだろう、と考えます……。
すると、ポポロのお母さんが身を乗り出して、フルートをのぞき込んできました。ポポロによく似た顔立ちと、そっくりの赤い髪をした女性です。フルートがなんとなくどぎまぎすると、楽しそうに笑いながら言います。
「ポポロはあなたがそばにいると特に幸せそうね。それに、ルルはどうやらポチ君が好きなようだし。ねえ、フルート君。闇の竜を倒して世界が平和になったら、ポチ君と一緒に天空の国にいらっしゃい。あなたたちがポポロやルルと結婚して一緒に暮らせるように、天空王様にお願いしてあげるわ」
とたんにポポロのお父さんは驚いた顔になりました。
「フレア! ポポロはまだ十五歳だよ? ルルだってまだ十六だ! そんな話は早すぎるぞ!」
「あら、私があなたと出会って結婚の約束をしたのは十七歳の時よ。もう間もなくだもの、早すぎるなんてことはないわ」
とお母さんは平然と言い返しました。フレアというのはポポロのお母さんのことです。
ポポロとルルが自分たちの名前を聞きつけました。
「なぁに、お父さん、お母さん……?」
「私たちがどうかしたの?」
「いや、なんでもない! おまえたちには全然関係のない話だ!」
お父さんがむきになって否定したので、ポポロやルルはまたびっくりします。
フルートはすっかり面食らい、真っ赤な顔で下を向いていました。
あなたがポポロと結婚して一緒に暮らせるように天空王様にお願いしてあげるわ――。お母さんが言ったことばが、フルートの頭の中でいつまでもぐるぐる回り続けていました。