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第19巻「天空の国の戦い」

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3.天空の国

 「見えてきたわ! 天空の国よ!」

 とルルが飛びながら言ったので、仲間たちはいっせいに行く手を見ました。

 彼らはもう二時間以上も空を飛んでいました。ある程度の高さまで昇った後は、風に乗って飛び続け、雲の中を抜けたり雲の上を越えたりしながら進んでいたのです。

 今も彼らは雲の中にいました。濃い霧のような雲が彼らを包んでいますが、それが薄くなって、切れ目から青空が見えています。そこに、彼らが目ざす天空の国が浮かんでいました。巨大な岩盤に乗って空を行く、魔法の国です。

 雲を抜けると、天空の国の全体が目に飛び込んできました。緑におおわれた大地が広がり、その間に町や村が散在しています。川や湖も見えています。高い山の頂上で輝いているのは、金や銀でできた天空城です――。

 

「しっかし、何度見ても不思議な国だよな。こんな馬鹿でかい国が、どうして地面ごと飛んでいられるんだ?」

 とゼンが言いました。近づいてくる天空の国は次第に大きくなって、空をおおい隠し始めています。

「ねえ、天空の国ってどのくらいの大きさがあるのさ?」

 とメールも尋ねます。

 二人を乗せていたルルが答えました。

「天空の国はいびつな楕円形(だえんけい)をしているから、長い方の端から端までが三十キロ、短い方の端から端までは二十キロというところね。歩いて国を一周しようと思ったら、二日くらいかかるかしら。私たち風の犬なら、あっという間だけど」

 それに並んで飛びながら、ポポロも説明をしました。

「天空の国は大きな魔法の力で空に浮いているのよ……。魔法自体はとても古くて、もう三千年もの間、ずっと途切れずに続いているんだけど、飛んでいく方向を決めるのは天空城の貴族たちなの。専属の担当の人たちがいて、空を吹く風を利用して進んでいくのよ……」

「ワン、あんなに大きな国なのに、風の力で進んでいるんですか!? 風なんかで動いちゃうんだ!」

 とポチが驚いたので、ポポロとルルは説明を続けました。

「もちろん、魔法の力で制御はしているわ。どうしても必要なときには、天空王様と貴族が力を合わせて、天空の国を一瞬で別の場所に動かすこともあるけれど、基本は風の力なの。自然の力を使っているのよ……」

「空の上には強い風が吹いているから、それを利用しているのよ。ほら、前にポチにも教えたじゃない。上空に吹いている、偏西風って風。あれは西から吹いてくる強い風なんだけど、世界の空にはいろいろな方向の風が吹いているから、それを上手に使って、風から風を渡り歩くの。そうすれば、世界中、北から南までどこへでも飛んでいけるのよ」

 へぇぇ、と仲間たちは感心しました。その様子を想像してみて、フルートが言います。

「地上にいると太陽はいつも東から西へ動くし、季節によって一日の昼と夜の長さも変わるけど、天空の国がそんな進み方をしているなら、太陽もそんなに規則正しくは動かないんだろうね。みんな、変に感じないのかな?」

「あたしは、初めて地上に降りたときに、太陽がいつも同じほうから昇って同じところに沈むのに驚いたわ。太陽がその日によって空の違うところに出るのは、天空の国では当たり前のことなんだもの」

 とポポロが言い、ルルが、そうそう、とうなずいたので、他の仲間たちは、なるほど、と苦笑いしました。場所が違えば、本当に様々なことが違ってくるものです。

 

 天空の国は、彼らがいる場所より少し低い位置に浮いていました。近づくにつれて、国の様子がよく見えてきます。その場所から見て右側のほうは平地になっていて、森や花が咲く野原が広がっていますが、左側には天空城のある山がそびえています。

「あれがクレラ山よ。天空王様がお住まいになる大切な場所だから、あたしは馬にもその名前をつけたの」

 とポポロが言いました。ロムド城に預けられた彼女の馬は、クレラという名前なのです。

「山の頂上と麓の間に滝があるのが見える? あれはエタ川。山の下から上へ逆に流れている魔法の川よ。聖なるホワイトドラゴンが棲んでるわ」

 とルルも言い、さらに、天空の国の端を巡るように流れる川を示して、話し続けました。

「あれはシアーレ川。天空の国をぐるりと一周しながら流れているから、始まりも終わりもないのよ。たくさんの魚や鳥が棲んでいるわ」

「ワン、その川の話は前にも聞いたことがありましたよね。確か、流れていくうちに自然と綺麗になっていく魔法の川じゃなかったっけ?」

 とポチが聞き返しました。

「ええ、そうよ。それに、あれは天空の国の行き止まりを示している川だから、橋はどこにもないわ。絶対に渡ることができないのよ」

「なぁる。それを越えて先にいったら、天空の国の端っこから空に落っこちちまって、危険だもんなぁ」

 とゼンが納得します。

「やっぱり、天空の国は不思議なところだね――」

 とフルートは言いました。

「四年前にここに来たときには、ゴブリン魔王が天空の国を支配していて、どこもかしこも白一色だった。でも、こうして色と力を取り戻したところを見ると、やっぱりすごいところだなぁ、って思うよ。不思議なものや魔法でいっぱいなんだ」

「まだまだ、こんなものじゃないわ。きっと、みんなもっとびっくりするわよ」

 とルルが笑いました。ポポロも楽しそうにほほえんでいます。一年ぶりで自分たちの故郷に帰ってきたので、この二人はとても嬉しそうです。

 

 やがて、天空の国は本当に目前まで近づいてきました。森の木々の梢(こずえ)や城の尖塔、町や村のまわりに広がる畑や牧場なども、はっきり見えてます。その風景だけを見れば、地上の景色とほとんど変わりがありません。

 けれども、その国の下にはむき出しの岩の塊がありました。かつて、そこは地上の陸地とつながっていたのですが、三千年前に地上で魔法戦争が始まったために、太古の天空の民が力を合わせて、自分たちの国を空に飛ばしたのです。天空の国が、セシルの故郷であるメイの国と陸続きだったことも、今ではもうわかっています。

「ワン、四年前にぼくたちが天空の国に昇ったところに行ってみましょうか? 天空の国に続く階段が、まだあるかもしれない」

 とポチが言って、記憶を頼りに左のほうへ向かっていきました。天空城のあるクレラ山に近い、国の外れでしたが、行ってみてもそこには何も見当たりませんでした。あれぇ、とポチが声を上げます。

「ワン、確かこのあたりだと思ったんだけどなぁ……。エスタ城にあった魔法の扉から金の階段が延びていて、そこを上って天空の国まで来たんだけど」

「そうそう。フルートと俺とポポロとポチで、ずぅっと上ってきたんだよな。途中ででっかい鳥と戦ったりしながらよ」

 とゼンが言うと、ポポロが答えました。

「金虹鳥(きんこうちょう)ね。国の守り鳥なんだけど、魔王に操られていたのよ……。階段が見えないのはしかたがないわ。あれは魔法の階段だから、必要なときにしか姿をあらわさないの。もう何百年も誰も見たことがなかった、伝説の階段だったのよ」

「地上から勇者の一行がこの国を助けに来るって言い伝えがある階段のことね。その伝説の通り、フルートたちは魔王から私たちを解放して、天空の国を助けてくれたのよ」

 とルルも言います。その時、彼女は魔王に操られて、風の犬の軍団になって地上を襲っていたのです。本当に、もう四年も前の出来事になってしまいました。

 

 すると、メールが突然頭上を指さして叫びました。

「見なよ! 大きな鳥がこっちに来るよ!」

 指さす先に鷲(わし)のような鳥が飛んでいました。大きな翼を広げて、まっすぐこちらへ向かってきます。その体は輝くような金色をしています――。

「金虹鳥!」

 とポポロとルルは同時に声を上げました。鳥が曲がったくちばしを開いて、キィーッと鋭く鳴きます。

 フルートとゼンは思わず自分の武器を握りました。四年前、天空の階段を昇っていたときに、この鳥に襲撃されたことを思い出したのです。それぞれに剣や弓矢を構えます。

 けれども、ポチがすぐに言いました。

「ワン、大丈夫ですよ、心配ありません。金虹鳥はぼくたちに、天空の国にようこそ、って言ってくれたんですよ」

 それを証明するように、金虹鳥は一行の目の前で旋回しました。鳥が金の翼を広げて大きく一回転します。

 すると、その跡に鮮やかな金色の虹がかかりました。フルートたちの行く手に、入口のように丸く浮かびます。

「あそこをくぐっていきましょう。金虹鳥が作った虹をくぐるといいことがある、って言われているのよ」

 とルルが言ったので、彼らは虹の輪の中を通り抜けました。フルートとポポロを乗せたポチが先に行き、次にゼンとメールを乗せたルルがくぐります。

 キキキ、キィィーッ。

 トランペットのように高らかに響く金虹鳥の声を聞きながら、彼らは天空の国へ降りていきました――。

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