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第19巻「天空の国の戦い」

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2.星空の衣(ころも)

 フルートたちは風の犬に乗って上昇を続けました。

 もうずいぶん高くまで上がってきたのに、天空の国はなかなか見えてきません。ポチが気がかりそうに尋ねました。

「ワン、みんな大丈夫ですか? 寒かったり息苦しかったりしませんか?」

 とたんにフルートが苦笑しました。

「そういえば、黄泉の門の戦いでポチとシェンラン山脈を目ざしたときに、あんまり高く飛びすぎて息ができなくなったことがあったっけ。高い場所は空気が薄いんだよな。みんな大丈夫か?」

「なんともねえぜ」

「寒くもないよ。空の上は寒いから、って言われてコートを着たけどさ、そんなでもないね」

 とゼンとメールが答えると、ポポロが言いました。

「フルートの金の石があたしたちを守ってくれているのよ……。このあたりの気温はもう零度以下だし、風があるから、本当は真冬みたいに寒いのよ。息が苦しくないのも、金の石のおかげね」

 すると、ポチがふと首をかしげました。

「ワン、でもポポロとルルはもう何度も天空の国と地上を往復しているんですよね? 金の石がなくても平気なのはどうしてですか?」

 今まで当然に思えていたことが、改めて不思議になったのです。

 それに答えたのはルルでした。

「風の犬が平気なのは当たり前だけど、ポポロは星空の衣を着ているからなのよ。それがいろんなものから守ってくれているわけ」

「でも、全部じゃないわ。天空の国に関わるようなことからだけよ……。魔法とか、空の寒さとかね」

 とポポロが付け足しました。そのコートの裾がはためくたびに、星空の衣がのぞいています。夜空を思わせる黒い生地に星のきらめきがちりばめられた、とても綺麗な服です。

 

 フルートがまた言いました。

「ポポロたち天空の民は、みんな自分に合った星空の衣を作って着るんだ、って前に言っていたよね? ポポロの服はポポロのお父さんが魔法をかけてくれたから、黒以外の色にも変わるし、いろんな恰好の服にもなるけれど、天空の国ではそうじゃないんだろう? いつも同じ黒い服でいて、飽きるってことはないの?」

「ワン、それはぼくも思ったことがあります。地上の人間はよく服を着替えるし、特に貴族や女性はおしゃれが大好きなんですよ。ポポロは女の子なのに、いつも同じ服でつまらなくなかったんですか?」

 とポチも尋ねます。

 とたんに、え? と不思議そうな顔をしたのは、ポポロではなくメールでした。

「いつも同じ恰好のどこがいけないのさ? あたいたちの服には魔法がかかってるから、汚れたり傷んだりすることがないんだよね。泳ぐのにはこの恰好が一番楽なんだし、着替える必要なんかないじゃないか」

 そう言うメールは、色とりどりの花のような袖無しシャツにうろこ模様の半ズボンを、いつも身につけていました。今も、毛皮のコートの下は、その恰好です。

 すると、ゼンが言いました。

「でも、おまえだってドレスを着てきたことがあったじゃねえか。黄泉の門の戦いの直前に、花嫁修行中だ、って言ってよ。裾ふんづけて、盛大に転んだだろうが」

「なにさ、そんな変なことばっかり覚えてて! 大事なお客さまを城に迎えるときなんかだけは、あたいも正装しなくちゃいけないんだよ! 一応海の王族なんだから!」

 とメールが赤くなってゼンの背中をたたくと、ポポロが言いました。

「あたしたちも年に何回かは別の服を着ることがあるのよ。光のお祭りの時とか、ユリスナイの聖日とか、国を挙げてのお祝い事があるときに……。それは本当に綺麗な服なの。人によって色が違うし、金や銀の帯を締めることもあるし。お祭りの日にはみんな、とても華やかよ」

「晴れ着なんだね。ぼくたちと同じだ」

 とフルートはほほえみました。着替えの話を始めたものの、フルートもそういろいろな服を着るわけではありません。フルートの家は貧しかったので、持っている服が少なかったからです。ただ、祭りの日に着る晴れ着だけはありました。少し上等な生地のシャツや上着に袖を通すときには、なんとも言えない嬉しい気持ちがしたものです。

「普段、天空の国で黒い服を着ているのは、自戒のためなの。過去の過ち(あやまち)をまた犯さないために着るのよ」

 とポポロは話し続けました。

「過ちってなにさ?」

 とメールは聞き返しました。天空の民は光の民とも言われているし、その中でも力のある貴族たちは、正義の王である天空王の下で、世界を守るために働いています。その彼らがどんな過ちを犯したのだろう、と考えます。

「二千年前の、光と闇の戦いのことよ……。あれは天空の国で始まった争いだったから。魔法を他人を助けるためだけにしか使っちゃいけない、って言う人たちと、自分たちのためにも使っていいはずだ、って主張する人たちで争いになって、魔法戦争に発展していってしまったの。戦いを激しくしていったのは、闇の竜のデビルドラゴン。気がつかない間に天空の国の中に忍び込んでいて、人々の心の闇に働きかけて、争いをあおっていたのよ。しまいに戦いは地上へ降りていって、光の軍勢と闇の軍勢に別れての大戦争になってしまったわ……。デビルドラゴンが幽閉されて、光と闇の戦いが終結したとき、天空の民は自分たちを深く反省して、この過ちを繰り返さないことを誓ったのよ。その誓いの証が、この星空の衣なの。『我々天空の民の心にも闇は存在している。その事実を忘れてはいけない。闇にあっても決して光を見失うな』そんな意味合いが込められているのよ」

 話し続けるポポロのコートが、風にまたあおられました。裾からのぞく星空の衣は、闇のような色の中に星のきらめきを抱いています――。

 

 フルートが思い出す顔になって言いました。

「そういえば、北の大地の戦いで出会った占いおばばも、光と闇の戦いの話をしたときに、そんな感じのことを言っていたな……。人の心にはいつも光と闇が存在している。だから、光の中から闇が生まれてきて、天空の国は光と闇の陣営に真っ二つになってしまったんだ、って」

「ワン、魔法を自分のために使おうとした人たちを厳しく責めたから、その人たちは闇の民になってしまったんだ、って天空王は言っていましたよ。本当はそんなに悪いことなんかじゃなかったのに、自分は正しいって思う人たちが、それは闇の考えだ、って決めつけてひどく批難したから、それが魔法の力になって、彼らを本物の闇の民に変えてしまったんだそうです」

 とポチが言いました。天空王がそれを語ったのは、フルートがマモリワスレの罠(わな)にはまったときのことだったので、フルートには初耳でした。

 ポポロはうなずきました。

「あたしたちは、他のどの種族より強い魔法を使えるけれど、だからこそ気をつけなければいけない、って言われるわ。闇の誘惑に負けないように。魔法で他の人々を傷つけてしまわないように。魔力が強い人ほど真剣に修業をするのよ」

「だから、ポポロは二度も修業の塔に入って修業したのよね。大人の貴族でさえなかなか耐えられないような、とても厳しい修行をするところなのに」

 とルルが言いました。そこで修業したおかげで、ポポロは魔力も心も強くなり、こうして仲間たちと一緒に戦えるようになったのです。

 フルートは感心しながら言いました。

「それってつまり、自分は絶対正しいと思い込むな、ってことだな。天空の民は強力な魔法が使えるし、普段から正しいことをしているから、自分には間違いがない、って考えに陥りやすい。だから、それに気をつけるために、いつも黒い服を着ているんだ。――深遠だね」

「何が深遠だ! 難しすぎて、俺には意味がわかんねえよ!」

 とゼンが声を上げてまぜっかえしました。もう、ゼンったら! とメールやルルがあきれ、他の仲間は思わず笑ってしまいます。

 

「人の心というのは不思議なものだよね。光と闇が、いつだってひとつの心の中に背中合わせで存在しているんだから――」

 そんな占いおばばのことばを、フルートは思い出していました。ウサギのように長い耳を持つトジー族の老婆は、北の大地の雪原に張ったテントの中で、フルートとゼンとポチに、光と闇の戦いについて教えてくれたのです。

「――光の陣営の魔法使いたちも闇の陣営の魔法使いたちも、元は同じひとつの仲間だったのに、互いに憎み合って殺し合ったんだよ。そうなりゃもう、どっちが正義でどっちが悪だかわかりゃしない。戦いは後に引けないところまで来てしまったのさ。……闇の陣営は天空の国を出て地上に降り、さらに地下へ姿を消して、そこから地上を破壊しようとした。太古のエルフたちの魔法戦争にも劣らないほど激しい戦いが、今度は地上で始まったんだよ」

 その戦いは九十年間も続き、世界中を血と悲しみで染めました。世界を救うために、要(かなめ)の国から金の石の勇者のセイロスが登場しましたが、彼は土壇場(どたんば)で願い石に敗れてしまい、残された人々が竜の宝を奪ってデビルドラゴンを幽閉することに成功しました。隠されてきた戦いの記憶は、少しずつ明らかになってきましたが、肝心の竜の宝や、それを使ってデビルドラゴンを閉じこめた方法はまだ謎のままです。

 フルートは思わず上空を見上げました。

 天空の国へ行け、と赤の魔法使いの占いはフルートに示しました。それを信じて、こうして天空の国に向かっているのです。

 そこへいけば、何かがわかるだろうか? 竜の宝の正体が、デビルドラゴンを倒す方法が、そのための手がかりが見つかるんだろうか――? 心がはやりますが、疑問に答えてくれる人はいません。

 強い望みを胸に抱きながら、フルートは空を見上げ続けました。

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