南大陸の上に広がる青空の中を、風のように飛びながら昇っていく一行がありました。
二匹の風の犬に乗った四人の少年少女――フルートたちです。
フルートが地上を見下ろしながら、気がかりそうに言いました。
「馬たちは無事にロムドに到着したかな。陛下がちゃんと面倒みてくださるといいんだけれど」
金の鎧兜(よろいかぶと)を着て緑のマントをはおり、背中には二本の剣を、左腕には丸い大きな盾を装備した少年です。いかにも戦士らしい勇ましい恰好ですが、その顔は少女のように優しげでした。話す声も顔に劣らず穏やかです。胸の上には、金の石の勇者の証(あかし)のペンダントが揺れていました。
「赤さんが連れていったんだ、大丈夫だろう。ロムド王だって、だめだ、受け入れられない、なんて絶対に言わねえぞ」
とゼンが言いました。青い胸当てを身につけた上に、毛皮の上着と茶色のマントをはおった少年です。青い小さな盾とショートソードを腰に下げ、大きな弓と矢筒を背負っています。彼は人間の血を引いたドワーフなので、背が低く、がっしりした体型をしていました。表情はふてぶてしいくらい陽気です。
「でもさ、ホントは馬たちも天空の国に連れていってあげたかったよねぇ」
と溜息をついたのはメールでした。背の高い細身の少女で、長い毛皮のコートとブーツを着用して、ゼンの後ろに座っています。彼女は海の王である渦王(うずおう)の一人娘ですが、母が森の姫だったので、森の民と同じ緑色の髪をしていました。気の強そうなその顔は、びっくりするほど美人です。
すると、ごめんなさい、とポポロが小さな声で謝りました。
「あたしの魔法で馬も一緒に連れていけたら良かったんだけど、できなくて……」
赤いお下げ髪に緑の宝石のような瞳の、とても小柄な少女です。黒っぽい厚手のコートを着て、フルートの後ろにちんまり座っています。彼女は天空の国の魔法使いで、一日に二回だけですが、非常に強力な魔法を使うことができます。その力でこれまで数え切れないほど仲間たちを助けてきたのですが、彼女自身はとても引っ込み思案で、いつも自信のなさそうな様子をしていました。今も、馬を連れてこられなかったのは自分のせいのような気がして、大きな目に涙を浮かべています。
それを見てあきれたように口を開いたのは、風の犬に変身しているルルでした。
「しょうがないじゃない。ポポロだけじゃなく、誰だって魔法で天空の国に行くことはできないんだもの。天空王様は別だけれど、天空の国と地上の間を行き来するには、私たち風の犬に乗って、直接空を飛んでいくしかないのよ。いくら私やポチでも、馬たちまで乗せて運ぶことはできないわよ」
彼女の正体は天空の国のもの言う犬で、ポポロとは物心ついた頃から姉妹のようにして育ってきました。この一行の中では一番年上で、ちょっと怒りん坊ですが、本当はとても優しい性格をしています。彼女の首のまわりには銀糸を編んで青い石をはめ込んだ風の首輪がありました。この首輪の魔力で風の獣に変身しているのです。今はゼンとメールを背中に乗せて飛んでいます。
「ワン、馬たちはちゃんとわかっていましたよ。自分たちの出番が来たらまた呼んでください、って言って、赤さんと一緒に行きましたからね」
と言ったのは、同じく風の犬に変身しているポチでした。こちらは緑の石をはめ込んだ風の首輪をしていて、背中にはフルートとポポロを乗せています。正体は白い小犬ですが、とても賢くて、世界中に関する幅広い知識を頭の中に詰め込んでいます。動物などのことばも理解できるので、通訳としても仲間の役に立っていました。
彼らのはるか足元には、一行が飛びたってきた南大陸が広がっていました。空のずいぶん高いところまで来たので、大陸の様子が一目でわかります。赤茶色や緑色でおおわれた大地は、ひだを寄せたように山脈や渓谷を刻み、その間から生まれた川が、平野を抜けて海まで延々と流れています。まるで箱庭のような景色です。
それを眺めながら、フルートは言いました。
「火の山からはもう煙は上がっていないね。良かった」
彼らが赤の魔法使いと一緒に火の山の地下に潜り、その奥に潜んでいた敵と戦って地上に戻ってきたのは、つい昨日のことでした。その後、赤の魔法使いはフルートたちの馬や妹のアマニを連れてロムド国へ戻り、フルートたちはこうして空へ飛びたちました。彼らが目ざしているのは、魔法使いたちを乗せて世界の空を渡る天空の国です。
「あの地下で作られた煙と灰は、ザカラスの西の火の山からも噴いてた、って話だったよな。それがロムドまで流れてやがったんだろう? ここから見えるか?」
とゼンが言うと、ルルが答えました。
「いくらなんでもそこまでも無理よ。あっちは別の大陸にあるんですもの。ただ、あっちの噴火は収まった、って炎の馬が言ったじゃない。まだ煙は漂っているかもしれないけど、きっともう大丈夫よ」
「ワン、ロムドには赤さんたちのような魔法使いも大勢いますしね。きっと彼らがなんとかしてくれますよ」
とポチも言います。
彼らの足元の大地は見えていても、それより北や南の景色は雲に隠されてしまって、見通すことができませんでした。降りそそぐ日の光を浴びて、雲の海が白く輝いています――。
ところが、みんなが地上を見下ろす中、メールだけは頭上の空を見回していました。
「ねえさぁ、天空の国ってのはどこにあるわけ? あたいたちはずいぶん高くまで昇ってきたのに、まだ見えてこないじゃないのさ。ルルやポチには天空の国の場所がわかってんの?」
大海を治める王の娘だというのに、どうもそれらしくないことばづかいをするメールです。
ポチがすぐに答えました。
「ワン、ぼくは知りませんよ。天空の国はいつも世界中の空を飛び回っているから、今どこの上空にいるのか、ぼくにはわからないんだもの。ルルについて行ってるだけです」
「あら、風の犬ならわかるはずよ」
とルルが意外そうに言いました。
「私たちがつけている風の首輪が、天空の国の場所を知らせてくれるんですもの。そうでなければ、地上との間を往復できないものね。それとも、ポチにはやっぱりわからないの?」
「ワン、わかりません。ぼくは天空の国で生まれ育った犬じゃないからかな」
とポチが犬の顔で苦笑すると、そこにゼンも加わってきました。
「方角がわかんねえのは俺も同じだ。地上や地下なら自分がどこにいるのか目をつぶってでもわかるのに、空に来たとたん、からっきしだぜ。太陽を見ねえと、自分がどっちに向かってるのかもわからねえんだ」
それを聞いて、フルートはちょっと考えました。
「ゼンはドワーフだからだろうね……。ドワーフは大地の子だから、地上にいれば絶対に方角を見失わないけど、空ではそうはいかないんだよ。天空の国への道案内はルルに頼むしかないね」
「それなら任せて。絶対に迷ったりしないわよ」
とルルは笑いました。霧が流れていくような風の体の中で、トレードマークの銀毛が光っています。
ごうごうと音を立てながら、二匹の風の犬は天空の国目ざして上昇を続けていきました――。