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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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68.占い

 ムパスコは、南大陸の中ほどにある大地の裂け目の底に、前と変わらず広がっていました。全長五十キロ、幅わずか二百メートルの平地は草や木の緑でおおわれ、川が中央を流れている、谷間の村です。

 フルートたちは赤の魔法使いの魔法で、火の山からこのムパスコへ飛んで戻ってきました。以前はムパスコの崖の上からはしごで村まで下りましたが、今回は馬も連れて一気にやってきます。

 そこは赤の魔法使いの家が建っていた狭い谷でした。火事のためにすっかり焼けていて、黒こげになった岩や、植物や家の残骸が転がっています。変わり果てた景色にゼンがうなりました。

「ったく、やりやがるよな、村の連中。何も残ってないじゃねえか。本当にこれで占いができるのか、赤さん?」

「ル」

 と魔法使いは落ち着いて答えました。できる、と言ったのです。焼け跡に杖を向けて呪文を唱えます。

「ワ、レシ、エ、トニ、レ!」

 それは、瓦礫になった家を元に戻した時に使った魔法でした。たちまち焼け焦げた残骸が材木や緑のヤシの葉になり、自分から飛び上がって家を形作ります。壁土が戻り、扉や窓が戻り、家がすっかり元通りになると、魔法はさらに広がって、焼けたヤシの木や周囲の植物も元に戻していきました。あっという間に、谷はまた緑にあふれる場所になります――。

 すると、突然、がさがさと谷の入口で草をかき分ける音がしました。驚いて振り向くと、黒い肌に縮れた黒髪の小さな男が、大あわてで谷の外へ飛び出していくところでした。すぐにその後ろ姿が見えなくなります。

「ムパスコの村人だぞ。張り込んでやがったな」

 とゼンが言いました。

「赤さんが戻ってくるかどうか見張ってたんだね」

 とメールも唇を尖らせました。村人は相変わらず赤の魔法使いを警戒し続けているのです。

 すると、赤の魔法使いが言いました。

「ナ。ワ、イガ、ラ、グ、ク」

「兄さんが、気にするな、って。占いが終わったらすぐにここを出ていくんだから、って」

 とアマニは通訳して、すぐに淋しそうな顔になりました。兄がここを去る時が近づいているのだ、と再確認したのです。

 

 赤の魔法使いは、妹を無視して家に入ると、中を通り抜けて裏庭に出ました。三角形の狭い裏庭ですが、そのあちこちに石や植物、動物の体の一部などをいれた木の器が置かれています。三日前に魔法使いが整えた占いの舞台が、すっかり再現されていたのです。

 ただ、裏口に近い場所の器がひとつ、空になっていました。魔法使いがアマニから火の石を受けとって、その中へ置きます。そこは火の石の場所でした。火事の中でフルートが火の石を焼き尽くしたので、火の山から取ってきた新しい石を入れます。

 とたんにあたりの空気が変わりました。裏庭の真ん中に赤の魔法使いが座ると、その違いはいっそうはっきりしました。目に見えない力があたりに充ちて、魔法使いに向かって流れ出しているのが感じられます。

「モージャが占いを始めるよ……」

 とアマニが言いました。兄の邪魔をしないように、ささやく声になっています。フルートたちも息を殺して見守りました。あぐらをかいて座り込んだ魔法使いの膝には、いつの間にか、丸い大きな太鼓が現れていました。たたくのではなく、表面をなでながら太鼓を鳴らし始めます。うなるような音に合わせて、旋律になった呪文の歌も始まります――。

 

 とたんに、あっ、とメールが声を上げました。自分の上腕にはめた腕輪を見つめます。メールの命の源である、海の気を蓄えた腕輪です。

「どうした!?」

 とゼンがあせると、メールは、ほら、と腕輪を見せました。青い楕円形の石が光り出していたのです。魔法使いが歌う旋律と同じリズムで、脈打つように明るさを変えています。

「魔法の歌に共鳴しているんだよ。その石にも自然の力があるんだね」

 とアマニが言うと、今度はポポロが驚いたようにフルートの背中を指さしました。

「見て、炎の剣も――!」

 剣の鞘にはめ込まれた赤い石も、メールの腕輪と同じように明滅を始めていました。フルートは剣帯を外して鞘を眺め、すぐに微笑しました。

「これも火の石だ。赤さんの占いに力を貸そうとしているんだな」

 ところが、メールの腕輪の石が急に光るのをやめました。赤の魔法使いが歌を停めて何かを言います。

「腕輪からは力はもらえない、ってさ。そんなことをしたら、海のお姫様が死んじゃうから、って」

 とアマニが言ったので、ゼンはあわててメールを抱きしめ、仲間たちはちょっと冷や汗をかきました。今は炎の剣の石だけが明滅しています。

 魔法の歌がまた始まりました。高く低く音程を変えながら流れていくと、周囲に置かれている器の中でも、いくつもの石が光り始めます。どれも、旋律に合わせて、まったく同じ周期で明るさを変えています。フルートの手の中でも、炎の剣の火の石が光り続けます。狭い谷間の裏庭が、歌声と光でいっぱいになっていきます――。

 

 すると、フルートの周囲の景色がいきなり変わりました。仲間たちも魔法使いの家も裏庭も見えなくなっていって、代わりに星が輝く夜空が広がったのです。今はまだ真昼だというのに。

 フルートが驚いて見回していると、先ほどと同じ場所に赤の魔法使いの姿だけが見えていました。座り込んで太鼓を鳴らしながら話しかけてきます。

「占いの魔法が勇者に共鳴したようだな。炎の剣のしわざだ」

 理解できなくなったはずのことばが、また聞き取れるようになっていました。フルートはちょっと剣を見てから、赤の魔法使いに尋ねました。

「ここは占いの中なんですか? 竜の宝を探すための」

「そうだ。大陸全体の大地に働きかけて、そこに隠された古い闇を見つけようとしている。竜の宝の形状はわかっていないが、デビルドラゴンの力を持っているからには、大きな闇の存在ではあるだろう。二千年前の時と闇の存在を重ね合わせて、求めるものを見つけ出そうとしているんだ」

 と魔法使いは答えました。話をしているのに、同時に魔法の旋律も聞こえてきます。魔法使い自身は呪文の歌のほうをくちずさんでいました。フルートに聞こえているのは、魔法使いの心話の声だったのです。

 フルートはあたりを見回し続けました。ところどころで星が明るく輝いていますが、どの星も見慣れない並びをしているので不思議に思うと、魔法使いがまた言いました。

「あれは星ではない。南大陸にある光の存在だ。勇者の周りにも見えているだろう。おまえの仲間たちの輝きだ」

 確かに、フルートのそばにはいくつもの明るい星がありました。銀、青、緑……様々な色に輝いて寄り添っています。気がつけば、フルートも金色の光に包まれていました。その光は金の石ではなく、フルート自身の体が放っているのです――。

「俺たちが探すのは、光ではなく闇だ。どこかに闇が隠れていないか一緒に探せ、勇者」

 と言われて、フルートは周囲を見ました。夜空のような占いの空間の中に、ひときわ深い闇が潜んでいないか、と探し回ります。

 

 けれども、どんなに真剣に探しても、夜空のような世界に暗黒の闇は見つかりませんでした。星のような光が輝いているだけです。

 赤の魔法使いも猫の瞳でたんねんに探し回っていましたが、やがて首を振りました。

「見つからないな……。どうやらこの南大陸に竜の宝は存在しないらしい」

 フルートは本当にがっかりしました。

 ユラサイで竜の宝の存在を知って以来、彼らは本当にいろいろな場所を探し回ってきました。闇の国、白い石の丘、テトの国、お台の山、そしてこの南大陸――。けれども、どこにも竜の宝はありませんでした。この南大陸も、やっぱり探し求める場所ではなかったのです。

 フルートは、まだ火の石が明滅を続ける炎の剣を抱きしめました。つぶやくように言います。

「ぼくたちはどうすればいいんだろう? どこへ行けばデビルドラゴンを倒す方法が見つかるんだ……?」

 ひょっとしたら竜の宝を探すこと自体が誤りだったのかもしれない、という考えが浮かんできました。二千年前に光の軍勢が隠した竜の宝です。それを見つければ、逆にデビルドラゴンが世界に復活する手助けをしてしまうのかもしれない――そんな可能性に気がついて、頭を殴られたような衝撃を受けます。

 竜の宝にはデビルドラゴンの力が分け与えられています。フルートたちがそれを見つけ出してしまったら、デビルドラゴンが宝を奪い返して、力を取り戻してしまうかもしれないのです。

 だから、いつまでも竜の宝が見つからないんだろうか、とフルートは考えました。ぼくたちは間違った道を進み続けていたんだろうか。願い石を使わずに奴を倒す方法なんて、本当は最初からなかったんじゃないか。考えがどんどん悪い方向へ転がっていって、全身が震え出します……。

 

 すると、夜空のような占いの場に、急に風が吹き始めました。赤の魔法使いの歌声を巻き上げて、そのまま上空へと向かっていきます。

 それと同時に、フルートが抱える剣がいきなり、ぶぅん、と鞘鳴りしました。

 赤の魔法使いの声も聞こえます。

「あれを見ろ、勇者!」

 見上げたフルートの目に飛び込んできたのは、空中に浮かぶ巨大な岩盤と、その上に造られた城と街でした。暗い空の中でまぶしく光っています。

「天空の国……!」

 とフルートは思わず言いました。大勢の光の魔法使いを乗せて世界中の空を飛ぶ、魔法の国です。

 彼らが見上げていると、風の中にきらめきが舞い上がり、渦を巻きながら頭上の国へ向かっていきました。天空城の尖塔がきらりと銀に輝き、次の瞬間には薄れて見えなくなっていってしまいます。

 

 気がつくと、フルートは赤の魔法使いの家の裏庭に戻ってきていました。白い光が谷の岩から降りそそぎ、庭にいる彼と仲間たちを照らしています。

「どうした、フルート? ぼんやりして」

 とゼンが不思議そうに聞いてきました。フルートが占いに立ち会っていたことに、仲間たちは気がつかなかったのです。

 フルートは我に返り、裏庭の中央へ目を向けました。ムヴアの魔法使いは占いの道具に囲まれて座っていましたが、フルートと目が合うとうなずきました。

「ラワ、ナ、タ。イ、モ、ナイ」

 魔法使いのことばはまたムヴア語に戻っていました。ポチが驚いて言います。

「ワン、竜の宝は南大陸になかったんですか!? 占いでも見つからなかったんだ!」

 仲間たちはたちまちがっかりしました。

「ああ、ちくしょう!」

 とゼンが座り込んでしまいます。

 けれども、フルートはもう落ち込みませんでした。仲間たちを見回して言います。

「あきらめるな。赤さんの占いが、天空の国へ行け、ってぼくたちに言ってくれた。きっとそこで何かがわかる。だから、天空の国に行くぞ!」

「天空の国に――!?」

 仲間たちはびっくりして聞き返してしまいました。

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