朝の光が火の山の頂を照らしていました。
草ひとつ生えていない溶岩の斜面が取り囲む中に、すり鉢状の谷底があって、丸い噴火口が開いています。そこから煙はもう立ち上っていませんでした。鳥の声がするだけで、あたりはとても静かです。
すると、火口の中から風と蹄の音が響いてきて、風の犬のポチとルル、そして炎の馬が飛び出してきました。ポチの背にはフルートとポポロが、ルルの背にはゼンとメールが乗っています。炎の馬に続いて、赤の魔法使いも魔法で飛んで出てきます。
「外だぁ!」
地上に出たとたん、メールが歓声を上げました。今回の冒険の間に苦手だった地下も平気になった彼女ですが、それでも明るく広い地上の風景に嬉しそうに両手を広げます。犬たちが山頂に降り立つと、フルートたちも、ほっとした表情になりました。彼らはやはり地上に住む者たちなのです。
並んで駆けていた炎の馬が、彼らの前に舞い下りて話しかけてきました。
「あなたたちが狂ったクフを正気に返してくれたので、火の山も噴火が収まり、闇の気を吐き出すのをやめました。山は間もなく元の状態に戻るでしょう。勇者たちとムヴアの魔法使いの活躍のおかげです。世界に代わって感謝します」
火に包まれた馬の声は、本当に、男性のようにも女性のようにも聞こえました。聖獣らしい厳かな響きもあります。
フルートは少し考えてから、馬に尋ねました。
「闇の灰が流れていったロムドはどうなっている? ザカラスは? あっちも元に戻っただろうか?」
馬はフルートを見つめ返しました。その瞳は、輝く炎のような金色です。
「残念ながら、ロムドやザカラスではもうしばらく闇の影響を受け続けることになります。灰が地上に降り積もって、そこに留まっているからです。ですが、これ以上新たな闇が押し寄せることはありません。最悪の事態は防ぐことができました」
フルートたちは顔を見合わせました。最悪の事態は防げた、と言われても、安心できる状況ではない気がして、ロムドやザカラスにいる友人知人たちのことが心配になります。
すると、赤の魔法使いが口を開きました。
「ロムド、タラ、チ、ル。ダ」
フルートたちは思わず目を丸くしました。赤の魔法使いのことばを理解することができません。
けれども、フルートはすぐに気がつきました。
「ロズキさんがぼくたちと別れたからだ! ぼくたちは、ロズキさんの魔法で、赤さんのことばを理解できるようになっていたから!」
そのロズキは火の山の地下に残りました。地上へ帰っていく彼らを、巨人の姿に戻ったクフと一緒に見送ってくれたのです――。
赤の魔法使いも、自分の話がフルートたちに通じなくなったことに気づいて、苦笑いをしました。ポチがすぐに通訳します。
「ワン、赤さんは、自分がロムドに戻ったら他の魔法使いたちと協力して闇の灰を取り除くから、大丈夫だ、って言ったんですよ」
フルートたちは、ロムド城の四大魔法使いや魔法軍団を思い出しました。ロムドは優秀な魔法使いが数多くいる国です。本当になんとかなるかもしれない、と考え、赤の魔法使いに力強くうなずきかけられて、とりあえずそれ以上心配するのをやめました。今は他に考えなくてはならないことが、いろいろあったのです。
「当たり前だが、デビルドラゴンのヤツを早くなんとかしねえとな。いつまたロムドにちょっかい出してくるかわからねえんだから」
とゼンが言うと、メールも難しい顔をしました。
「今回のはかなりの策略だったよね。デビルドラゴンはセイマの港でタコ魔王を生んで、あたいたちを住人ごと殺そうとしたけど、その一方で世界中から闇をかき集めて、火の山の地下に送り込んでいたんだから。あいつがこんなふうに二箇所に同時に働きかけていたなんてこと、これまでにはなかったんじゃない?」
「ワン、今、ロムドには一番占者のユギルさんがいません。デビルドラゴンとしては、なんとしても、その隙を突きたかったんでしょうね」
とポチはロムドのある方角へ目を向けます。
フルートは考えながら言いました。
「とにかく、ぼくたちは一刻も早く、デビルドラゴンを倒す手がかりをつかまなくちゃいけない。そのためにこの南大陸までやってきたんだ。ぼくたちが探しているのは、奴を捕まえて幽閉するのに使われた竜の宝だ。それには奴の力が込められていて、竜王が暗き大地の奥に封印したという――。赤さん、今度こそ占えますね? 竜の宝を探し出してください」
「あ、でも、赤さんの家は火事になってしまったのよ。占いの道具だって焼けてしまったんじゃないの?」
とルルが言い、仲間たちもそれを思いだして顔色を変えました。赤の魔法使いが占いの準備をしていた家は、ムパスコの村人から襲撃されて燃えてしまったのです。
すると、魔法使いがまた言いました。
「イ、ナイ。ワ、ツデ、ル」
「ワン、燃えたものは魔法で元に戻せるから心配ないそうですよ」
とポチが言ったので、フルートたちは本当にほっとしました。
ユウライ戦記に出てきた暗き大地は、暗黒大陸と呼ばれるこの南大陸かもしれないのです。今度こそ竜の宝が見つけられるのではないか、と誰もが考えます。
その時、山頂の斜面の下のほうから馬のいななきがして、女性の声が聞こえてきました。
「モージャ……モージャ……!」
「アマニ!!」
と全員は歓声を上げました。それに応えるように蹄の音が聞こえてきて、じきに馬に乗ったアマニが駆け上がってきました。フルートたちの馬も一緒にいます。
「モージャ、やっぱり戻ってきてたね! そんな気がしたんだ!」
とアマニは駆け寄ってきて馬から飛び下りました。あわてて両手を広げた兄の胸の中に飛び込んでいきます。赤の魔法使いと同じ小柄な体、つややかな黒い肌の娘です。魔法使いがあきれたように何かを言うと、顔を上げ、口を尖らせて言い返します。
「もちろん、モージャが死ぬなんて思ってなかったよ! でも、山は何度も爆発するし、煙はもくもく上がるし、地震も起きるし――! あたしが心配するのは当たり前だろう!?」
話すうちに、アマニの丸い瞳に大粒の涙が浮かんできました。兄の首にしがみつくと、わっと声を上げて泣き出してしまいます。
赤の魔法使いはとまどい、次いで、それまで見せたことのないような表情を見せました。猫の目を細め、相手を心からいとおしむ顔になったのです。すぐにフードをまぶかに引き下ろして表情を隠すと、泣きじゃくるアマニの背をなだめるようにたたきます……。
すると、かたわらで様子を見ていた炎の馬が言いました。
「ムヴアの娘は火の石を守っていましたね。それがあれば、ムヴアの魔法使いも大地の占いを執り行うことができるでしょう」
馬が言うとおり、アマニは片手に黒い石を握っていました。石の奥では、赤い光が息づくように明滅を繰り返しています。
「よぉし! それじゃ早いとこ占ってもらおうぜ!」
とゼンが身を乗り出し、とたんにメールにたたかれました。
「ゼンったら! もう少し赤さんたちを再会の感動にひたらせてあげなよ! ほんとにデリカシーがないんだからさ!」
なんだよ! とゼンは憮然となり、仲間たちは思わず笑ってしまいました。赤の魔法使いも笑いながら何かを言いました。今度はアマニが通訳してくれます。
「もちろん、すぐに占ってあげるって。また魔法で一気にムパスコに戻るってよ」
アマニの目にはまだ涙が光っていますが、表情はいつもの陽気さを取り戻していました。兄から離れると、さあ帰ろう、と火の石を握った手で招きます。
炎の馬がまた言いました。
「それでは、私はこれで去ることにします。機会があれば、またどこかで会いましょう、勇者たち」
「これから君はどこに行くの?」
とフルートは尋ねました。炎の馬は火の山の番人ですが、その火の山は世界中に五つもあるのです。
「他の火の山を回ってみるつもりです。今回の闇の灰は主にザカラス近くの火口から噴き出しましたが、他の火口にもいくらか回ってしまっています。それがどの程度周囲に影響を及ぼしているか、調べてみなくてはなりません。それがすんだら、また地下に潜って、クフやロズキの元へ行ってみることにしましょう」
と馬が答えたので、ゼンが言いました。
「ロズキさんによろしく言っといてくれ。それこそ、機会があればまた会おう、ってな」
「ワ、ラ、レニ――ワ、モ、ル。ラ、モ、ロト」
と赤の魔法使いも言うと、わかりました、と炎の馬がうなずきます。
メールとルルはポチをつつきました。
「ねえ、赤さんはなんだって?」
「ワン、自分もロズキさんに伝言したい、って言ったんですよ。俺もがんばるから、おまえもがんばって生きろ、ってね」
それを聞いて、フルートたちが笑顔になります――。
炎の馬が蹄の音を響かせて空を駆け去っていくと、赤の魔法使いが一同に言いました。
「ゾ!」
通訳されなくても、さあ行くぞ、と言われたのだと誰もがすぐに理解しました。馬の手綱を引いて彼の周りに集まります。
赤の魔法使いが杖を振ると、一同の姿は火の山の上から消えて見えなくなっていきました――。