フルートたちは、マグマが消えた洞窟で、不思議な存在の者たちと話を続けていました。
中州だった山の外れに立っているのは、先ほどまで見上げるような巨人だったクフです。黒いつややかな肌と縮れた黒髪はムヴア族のようですが、ムヴア族よりもっと大柄な体をしています。寄りかかっている長いハンマーは、金属を鍛えるときに使うものでした。彼の本業は鍛冶屋なのです。
その横には全身輝く火で包まれた炎の馬が立っていました。頭上で羽ばたいているのは、火の鳥に姿を変えた炎の剣です。翼を打ち合わせるたびに、炎の羽根が揺らめきます。
クフたちから太古の世界の話を聞かされたフルートは、しばらく考え込んでから言いました。
「ぼくたちは二千年前の光と闇の戦いのことを知りたいと思っていました。そこにデビルドラゴンを倒す手がかりがあると思ったから……。でも、あなたたちの話は、それよりはるかに昔のことです。まだ人間がこの世に生まれていなかった頃のことだから。二千年前の光と闇の戦いのことは覚えていませんか? セイロスが願い石に負けて死んだ後、残された人々がどうやってデビルドラゴンを世界の果てに幽閉したのか――それを知っている人はいないですか?」
とたんに沈黙が訪れました。クフも炎の馬も火の鳥も、口を閉じてしまったからです。不自然な静けさにフルートたちがとまどうと、おもむろに炎の馬が言いました。
「クフと炎の剣は直接それを見てはいません。クフはずっと火の山の地下にいて、外の世界には関わらなかったし、炎の剣はロズキが死んだ後、私によって火の山に運ばれたのですから……。私は闇には近づけないので、離れた場所から戦いの一部始終を見ていました。もちろん光の軍勢が闇の竜を封印する様子も見ていたのですが、それをあなたたちに語ることはできません」
「何故さ!?」
「どうしてだよ!?」
メールやゼンは驚いて聞き返しました。フルートは眉をひそめます。
「それは、デビルドラゴンの呪いが世界をおおっているから……? 光と闇の戦いの話をすると、君たちもロズキさんのように消滅するのか?」
「それもあります」
と炎の馬は言いました。相変わらず、男性のようにも女性のようにも聞こえる声です。
「戦いを語れば、仕掛けられた闇魔法がたちまち発動して、私たちを粉々にしてしまうでしょう。それに、私たちは理(ことわり)から戦いを語ることが許されていないのです。光と闇の戦いは、人間であるあなたたちの戦いです。あなたたち自身の力でその真実を知っていくことはできますが、私たちがそれを教えることはできないのです」
フルートたちはひどくがっかりしました。白い石の丘のエルフを尋ねたときにも、同じようなことを言われて、教えてもらうことができなかったのです。
「ったく! ホントに理(ことわり)ってなんなんだよ!? ことごとく俺たちの邪魔しやがって!」
とゼンが怒ってわめくと、火の鳥が言いました。
「理は何にでも存在する。おまえたち人間は時間がたてば飢えるし、炎に触れれば火傷を負う。これは理によって決められたことだ。わしたちは光と闇の戦いを語ることはできない。これもまた理なのだ。理には誰も逆らえん」
火の鳥はできる限りわかりやすく説明したのですが、単純なゼンにはやはりよく理解できませんでした。なんで逆らえねえって決めつけるんだよ、とぶつぶつ言い続けます――。
すると、ずっと黙って聞いていた赤の魔法使いが口を開きました。
「人間ならば、光と闇の戦いのことを知っていける、と言ったな? もとより俺たちは占いを使ってあの竜の倒し方を知るつもりでいた。火の山に来たのも、占いに使う火の石を手に入れるためだったんだ。それならば、俺たちは最初の予定通り、占いで真実を知ればいいのだろう」
そう言って魔法使いは頭上へ目を向けました。地上では、妹のアマニが火の石を守りながら彼らの帰りを待っているはずです……。
ロズキも、ようやく混乱から抜け出して、自分を取り戻していました。太い腕を組み、考えながらこう言います。
「私は一度死んだ者だから、戦いのことを話そうとすると、闇の竜の呪いで消されてしまう。だが、地上には竜の呪いも届かない場所があるらしい。私はそこで私が知っていることを話すことにする。私が覚えているのは自分が死んだときのことまでで、闇の竜がどうやって封印されたのか、その方法はわからないのだが、私の話の中にも、何かしら手がかりが隠されているかもしれないからな」
フルートたちは思わず大きくうなずきました。世界はデビルドラゴンの呪いでおおわれていても、神殿や寺院は信仰で守られていて、呪いの力が及びません。神の都ミコンへ行けば、ロズキも過去を話せるに違いない、と期待が高まります。
ところが、火の鳥が言いました。
「おまえは地上に出て行くことはできないぞ、ロズキ」
何故!? と全員はまた驚きました。
戦士は燃える鳥を見上げました。確かめるような目で見つめて言います。
「おまえは炎の剣なのだな……。何故、私は地上へ行けない? 私が幽霊だからか?」
「そうだ。おまえは二千年前に死んだが、大きな未練があったために黄泉の門をくぐれなくて、わしの中に魂となって留まった。火の山の地下はおおいなる力で満ちているから、おまえは肉体を取り戻してよみがえったが、この地下から一歩外へ出れば、山の力は離れて、おまえの体は朽ち果ててしまう。おまえはもう一度死ぬことになるのだ、ロズキ」
一同は絶句しました。ロズキは青ざめて立ちつくします。彼はこの火の山の地下から永久に外に出ることができないのです――。
やがて、ロズキは微笑しました。意外なほど静かな声でこう言います。
「では、私はこの場で、光と闇の戦いの話をすることにしよう。地上へ行って話すことができないならば、そうするしかないからな」
そんな! とフルートたちは声を上げました。
「んなことしたら、あんたが消えちまうじゃねえかよ!」
とゼンがわめきますが、ロズキは穏やかに言い続けました。
「私は二千年も前に死んだ人間だ。話せる限りの過去を話して自分の時間に戻っていくのが、一番良いのだろう。私が消えていっても、君たちに真実を残していけるからな……」
フルートは激しく首を振りました。
「だめだ! それは絶対にだめだ――! あなたはそんなことのために生き返ってきたんじゃない! もう一度死ぬためによみがえってきただなんて――そんな馬鹿な!!」
必死で言い続けるフルートに、ロズキはまた微笑しました。
「新しい金の石の勇者は本当に優しいな。闇の竜を倒すためには、なんとしても私の話を聞くべきなのに。セイロス様であれば、割り切って話を聞き出しているところだぞ……。私には生きていく理由がないのだ。セイロス様もあの頃の仲間たちも、もうこの世にはいない。炎の剣も今では君の剣だ。私にするべきことが何もないのであれば、せめて、私にできることをさせて、見送ってくれ」
けれどもフルートは頑として承知しませんでした。絶対にだめだ! と繰り返して、首を振り続けます。
すると、ハンマーに寄りかかっていたクフが、のんびりと口をはさんできました。
「それならば、わしの手伝いをすればいい、若いの」
全員はクフを振り向きました。手伝い? とロズキが驚いて聞き返します。
「わしは鍛冶屋、それも刀剣専門の刀鍛冶だ。かつては良い剣をいくつも作って世に送り出したが、ここに引きこもってからは、そういうものも作れなくなった。わし一人になって、人手が足りなくなったからだ。もし、おまえがここに残ってわしを手伝ってくれるなら、わしもまた新しい剣が作れるかもしれん」
ロズキはすぐには返事をしませんでした。あまりにも思いがけない話だったので、とまどいながら考え、ようやくこう言います。
「私は戦士だ。剣の使い方は知っていても、剣を作る方法はまったく知らないのだが……」
「むろん、いきなり剣など作れん。最初は見習いだ。だが、おまえは人間にしてはいい体格をしている。修業をすれば、わしと一緒に鉄をたたけるようになるだろう」
「クフのハンマーの音がまた聞けるようになるのか。八千年ぶりのことだな」
と頭上から火の鳥が言いました。若いのが承知をすればだ、とクフが答えると、ばさり、と羽ばたいてから言い続けます。
「ロズキは承知するだろう。この世にあまりに大きな未練を残したまま命を絶たれたので、死者の国へ行けなかった人間だ。もう一度人生を生き直さなければ、納得してこの世を去ることはできないはずだ」
そんな火の鳥をロズキはまた見つめました。
「……だから私の魂をおまえの中に留めたのか、炎の剣? いつか私をこの世に戻そうと思って?」
「未練からこの世に留まった魂は、時間と共に変化して悪霊になっていく。自分の主人だった者が悪霊になっていくのは忍びなかっただけだ」
と鳥は答えました。そっけなく聞こえることばの中に、思いやりが隠されています。
炎の剣……とロズキはつぶやき、すぐにクフへ目を戻しました。きっぱりとうなずいて言います。
「私はここに残ることにする、火の山の巨人。私が何をするべきなのか、今はまだわからないが、それでも、もう一度自分の人生を生き直してみよう」
「それがいいだろう」
とクフは言って笑いました。相変わらず長いハンマーに寄りかかったままです。
ロズキはかたわらに立つフルートに手を差し出しました。
「本当にいろいろありがとう。君たちに戦いの話を聞かせてあげられなくて申しわけなかったな」
「あなたがもう一度生きる気持ちになってくれたことのほうが嬉しいですよ――。デビルドラゴンを倒す方法は、ぼくたちが必ず見つけ出しますから」
とフルートは答えて、ロズキの手を握り返しました。なんのわだかまりもない笑顔に、仲間たちも顔を見合わせて微笑します。やっぱりフルートだよね、という表情です。
次に、フルートは頭上で羽ばたく火の鳥へ片手を差し上げました。
「来い、炎の剣!」
その手の上に鳥が舞い下り、翼を閉じました。とたんに大きな炎が燃え上がり、吸い込まれるように消えていきます。その後に残ったのは、赤い石をはめ込んだ大剣でした。黒い柄はフルートの手にしっかりと握られています。
それを背中の鞘へ収めて、フルートは今度は仲間たちに言いました。
「さあ、地上に戻るぞ!」
「おう!!」
ゼン、メール、ポポロ、赤の魔法使い、そしてポチとルル。四人と二匹の声が、地下の洞窟の中に明るく響きました――。