炎の馬はマグマが消えた洞窟を飛びながら駆けてくると、蹄の音を響かせて立ち止まりました。洞窟に立つ巨人のクフと、空中で羽ばたく火の鳥にうなずき、溶岩の山の上に集まっているフルートたち一人ずつを眺めていって、ロズキの上で目を留めました。男性のようにも女性のようにも聞こえる声で、意外そうに言います。
「そこにいるのは、炎の剣の先の主人のロズキ。二千年前に死んだあなたが、何故ここにいるのですか?」
それを聞いて驚いたのはフルートたちでした。
「何言ってんのさ! 俺たちが山に入ったら道案内が現れる、って言ったのはあんただろ!?」
とメールが言うと、馬は頭を振りました。
「私が言った道案内とは、炎の剣のことです。火の山の中は炎の力で充たされているので、剣も力を得て自ら動けるようになるからです。炎の剣が案内に立たなかったとしたなら、あなたたちはどうやってここまでたどり着いたのですか?」
そう言われて、フルートたちは思わず顔を見合わせてしまいました。
「道理で苦労したはずだぜ」
とゼンがぼやきます。
すると、鳥の姿になった炎の剣が答えました。
「確かに山はわしに力を与えた。だが、それはわしの中に眠っていた魂をこの世に呼び戻したのだ。ロズキは肉体を得てこの世によみがえり、わしは相変わらず剣のままでいた。彼らがここまでたどり着いたのは、彼らの勇気と努力のたまものだ」
そういうことだったのか……と彼らはロズキを見ました。いにしえの時代からよみがえった戦士は、どういう表情をしたら良いのかわからない、という顔で立ちつくしています。
すると、巨人がずしりとハンマーを山の上に載せました。それを杖代わりにして身を乗り出し、フルートたちや炎の馬に言います。
「ようやく少しずつ記憶が戻ってきたぞ……。わしがここに上がってきたとき、この場所はすでに闇でいっぱいになっていた。地上から大量の闇が送り込まれていたのだ。わしは闇を停めようとしたが、そこに影の姿の闇の竜が現れた。そして――その後はやはりよく思い出せん。わしは自分を失ってナンデモナイになってしまったのだろうな」
巨人の顔は山の上に立つフルートたちより巨大でしたが、その表情は本当に穏やかでした。今はすまなそうな表情も浮かべています。
火の鳥が羽ばたきながら言いました。
「闇の竜は地上に蔓延(まんえん)する闇を集めて、ここに送り込んでいたようだ。いにしえの一族は闇の影響を受けやすいから、すぐに自分を失ってしまったのだ」
いにしえの一族? とフルートたちは思わず聞き返しました。初めて聞く名称です。
「おまえたち人間が現れてくる前、地上はエルフたちの世界だった。だが、その前にはいにしえの一族と呼ばれる者たちが世界を治めていたのだ」
と火の鳥が答えます。
彼らはすぐには意味がわからなくて顔を見合わせてしまいました。フルートとポチが考えながら言います。
「人間が現れる前の時代っていうことは、三千年前の最初の光と闇の戦いより前の時代ってことか。ロズキさんもいにしえの戦士と呼ばれるけれど、それよりもっと昔の話だ――」
「ワン、その時代にはまた別の種族が世界にいたっていうことなんですね? つまり、エルフの時代の前には、巨人たちの時代があった、っていうことなんだ」
勇者の一行きっての知性派たちがそう分析すると、うん? とゼンが首をひねりました。
「世界に巨人がいた話なら、俺たちドワーフは誰でも知ってるぞ。大昔、世界には巨人が大勢住んでいて、みんな鍛冶が得意だったから、すばらしい武器や防具をたくさん作っていたんだ。どんなに長い時間が過ぎても錆びることも壊れることもねえ魔法の道具だから、今でもこの世に伝わってる。炎の剣だってそうだ。ただ、巨人たちはいつの間にかこの世界からいなくなっちまった、って言われてるぜ」
あら、とそれに声を上げたのはルルでした。
「そういえば、前にセシルからも巨人の話を聞いたことがあるわよ。セシルはアリアンから聞いたって言っていたけれど。世界には人と巨人が住んでいて、長年戦っても決着がつかなかったから、話し合いをして、結局人がこの世界をもらい受けることになった。巨人たちは魔法で船を造って、遠い世界へ旅立っていったけれど、船に乗り遅れた者もいた。今も世界にはサイクロップスみたいな巨人の怪物がいるけど、それはみんな大昔の巨人の生き残りだ、って物語よ。北の大地のトジー族に伝わっている話らしいわ」
フルートはたちまち真剣な顔になりました。極寒の北の大地に住むトジー族には、大昔からの歴史が、昔話に形を変えて語り継がれています。その中には、現在では忘れられてしまった過去の出来事も含まれているのです。
「それじゃ、世界には昔、本当に巨人族が住んでいたんだな。その後、巨人たちは別の場所へ行ったけれど、この世界に残った巨人もいた。それが火の山の巨人だったり、サイクロップスだったりするんだ」
とフルートが言うと、ポチも気がついたように言いました。
「ワン、ぼくたちは、その他にももっとたくさん巨人に会ってきていますよ。テナガアシナガとか、海坊主とか」
すると、火の鳥が口をはさんできました。
「巨人たちはたいがい凶暴な怪物になっていただろう。彼らはいにしえの住人の末裔(まつえい)なのだ。今、地上にいるものたちよりもずっと闇に弱くて、その影響を受けやすかった。彼らがこの世界を立ち去った本当の理由も、世界に闇が濃くなってきたので、その影響から逃れるためだったのだ。だが、この世界を離れることを拒んで、後に残った者たちもいた。それが闇によって変化して、悪しき巨人になってしまったのだ」
そう話す火の鳥は、長い年月を経た老人のような声をしています――。
すると、火の山の巨人のクフが、ハンマーに寄りかかりながら言いました。
「わしは仲間を見送ってこの世界に残った一人だった。わしは鍛冶屋で、わしが作った道具はこの世界中に散っていた。それを残して世界を離れたくはなかったのだ。地上には闇が濃くなりつつあったから、わしは地下深くへ移動して、そこに住まいを構えた。わしたちはそれだけのことができる技術も持っていたのだ。仲間たちの大半が世界を去ったので、それもいつしか失われてしまったがな……。この火の山の地下は、世界の奥底からエネルギーが湧き出してくる、非常に力のある場所だ。その力のおかげで、わしは八千年が過ぎた今でもこうして生き続けているし、体もこんなに巨大になった。巨人族、とおまえたちは言うが、元々はそれほど大きかったわけではない。せいぜいこの程度の姿だったのだ――」
一同の目の前で、急に巨人の体が縮み始めました。あっという間に小さくなって、中州だった山の上に立ちます。彼らの中で一番大きなロズキより、ほんの少し背が高い程度の体格です。
「全然巨人じゃないじゃねえか!」
とゼンが思わず言うと、クフは一緒に縮んだハンマーにまた寄りかかって笑いました。
「そう、我々は元々巨人などではなかった。ただ、後にエルフと呼ばれるようになった種族より、ほんの少し体が大きかったから、『大きな人々』とは呼ばれていた。……この世界には大いなる魔法の力があり、それは人々の『想い』によって容易に左右されていく。そして、わしたちはその魔法の影響を受けやすい。闇は地上に残った仲間を凶暴にしたし、それを恐れる人々の心が、また彼らを恐ろしい怪物の姿に変えていったのだ。わしは火の山に住んだために、人々から山の神のように思われて、崇められる対象になった。外に出て行かなくとも、その想いは地下深いこの場所まで届いてくる。そうするうちに、わしの体は次第に大きくなって、とうとう見上げるような巨人になってしまった、というわけだ」
今は彼らと同じ大きさになっているクフが、そう言ってまた笑いました。どこかにあきらめを含んだ、穏やかな笑顔です。
それを見たとたん、フルートは東の最果てのヒムカシの国で出会ったオシラや天狗たちを思い出しました。彼らはいにしえの一族より後に栄えたエルフ族の末裔でしたが、やはり人々の畏怖の念を集め、そのために怪物のように恐ろしい姿に変わってしまいました。山の守り神として人々から信仰されていたところも同じです。オシラや天狗たちは、醜い姿に変えられたことを恨むこともなく、穏やかに里の住人を見守っていました。目の前にいるクフも、彼らと同じような静かな目をしています――。
一方、ポチは別のことから、その事実に気がついていました。
「ワン、そういえば、ぼくは前に、巨人が作ったはずの炎の剣がどうしてこんなに小さいんだろう、って考えたことがあるんです。巨人が作った剣ならもっと大きいはずなのに、どうしてだろう、って。巨人が元は人とほとんど同じ大きさだったのなら、その理由も納得です」
すると、火の鳥がまた頭上から言いました。
「おまえたちは、巨人にならなかったいにしえの一族とも出会っていたのだぞ。ユラサイの国で、共工や渾沌(こんとん)、窮奇(きゅうき)、トウコツ、トウテツといった、いにしえの怪物と戦ってきただろう。彼らも地上に残った一族の変わり果てた姿だ。一度は地上の神になったが、二千年前の戦いで闇の影響を受けて、凶悪な怪物になってしまったのだ」
フルートたちは思わず絶句しました。竜の棲む国と呼ばれるユラサイの国。そこで出会ったいにしえの怪物たちには、ポポロの光の魔法も効果がなくて、彼らはひどい苦戦を強いられたのです。それがいにしえの住人のなれの果てであり、闇がその原因だったのだと知って、なんだか背筋が寒くなってしまいます。
すると、ずっとやりとりを聞いていた炎の馬が言いました。
「闇の竜は火の山にいた巨人に目をつけて、利用しようとしたのですね。地上の闇を集めて地下へ送り込み、クフを狂わせて火の山を噴火させて、闇の灰を地上へ送りだしたのです」
「ロムドを闇の灰でおおい尽くすために」
と言ったのは赤の魔法使いでした。金の猫の目を光らせています。
炎の馬はうなずきました。
「闇の竜はロムド国の存在を非常に警戒しています。かの竜の天敵である金の石の勇者を支援して、光の軍団を再びこの地上に作り出そうとしているからです。ロムド国を消滅させようとさまざまな画策をしていますが、そのたびに阻止されてしまうので、闇を降らせることで国を内部から混乱させて、破滅に追い込もうとしたのです」
クフがハンマーに寄りかかったまま苦笑いしました。
「勇者たちがわしを停めてくれて良かった。危なく、闇の竜に荷担して地上を破滅させてしまうところだった」
それに答えたのは火の鳥でした。
「クフが地下を狂わせたから、魔法も狂ってしまったが、わしが共にいたから良かった。わしはおまえから生まれた剣だ。どんな状況になっても、わしにはおまえを停める力がある」
なんとなく得意そうな火の鳥に、ゼンがつぶやきました。
「よっく言うぜ。願い石から力をもらわなきゃ出てこれなかったくせによ」
ひとりごとにしては大きすぎた声だったので、火の鳥が空中からじろりとにらんできました。おっと、とゼンがあわてて口を閉じます。
クフはまた笑うと、火の鳥に話しかけました。
「そうだな。おまえが来てくれて本当に良かった。さすがはわしが鍛えた剣だ、エンカ」
エンカ、というのが炎の剣の本当の名前のようでした――。