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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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第20章 巨人

64.巨人

 デビルドラゴンが金の石に追い払われて消えていった後、ナンデモナイがいた場所では大きな炎が燃えていました。ナンデモナイを攻撃していた火の鳥も見当たりません。火の鳥は炎の剣が姿を変えたものです。剣はどうなってしまったんだろう、とフルートが青ざめます。

 すると、炎が急に大きく揺らめき、左右に伸びて巨大な翼になりました。二、三度羽ばたきをした後、鳥の首が持ち上がり、羽音と共に空へ舞い上がっていきます。後には太い火柱が残されました。ごうごうと音をたてて燃え続けています。

「やった! 火の鳥がナンデモナイを倒したんだよ!」

 とメールは歓声を上げました。他の仲間たちも思わずほっとします。

 ところが、燃えさかる火柱の中から声が聞こえてきました。

「そこにいるのは、エンカか――?」

 ナンデモナイの声です。一同はいっせいにまた身構えました。

「こんちくしょう! まだくたばらねえのかよ!?」

 とゼンがわめきましたが、相手は炎に包まれているし、こちらは赤の魔法使いの障壁の外には出られないので、攻撃することができません。

 

 その時、気を失っていたロズキが目を覚ましました。目を開けたとたん跳ね起き、燃えさかる火柱と空中の火の鳥を見て驚きます。

「なんだ、何がどうなった!? 闇の竜はどこへ行ったのだ!?」

 けれども、フルートたちはそれに返事ができませんでした。火の鳥がくちばしを開いて、人のことばでナンデモナイに答えたからです。

「そうだ、わしだ。ようやく自分を思い出すことができたか」

 何故か老人のような声と口調です。

 すると、燃えていた火柱から急に炎が消えていきました。その後から、また見上げるような巨人が現れます。ただ、その姿はロズキに似た戦士でも、赤の魔法使いに似た猫の目の男でもありませんでした。縮れた黒髪と黒い肌はムヴア族のようですが、穏やかな黒い目をしていて、大きな体に古めかしい布の服をまとっています。服からのぞく腕や肩には太い筋肉が盛り上がっていました。右手には金属製の長いハンマーを握っています――。

 すると、巨人が火の鳥を見上げて目を細めました。笑うような表情になって言います。

「久しぶりだったな、エンカ。会うのは六千年ぶりか?」

「いいや、七千五百年ぶりだ、クフ」

 と火の鳥は答えました。やっぱり年老いた男性のような声です。

 その様子に、ロズキがまた尋ねました。

「あの巨人はナンデモナイか!? あっちの鳥は何者なんだ!? 闇の竜はどうなった!?」

「デビルドラゴンは金の石が追い払いました。あの鳥は炎の剣です」

 とフルートは火の鳥を見つめたまま答えました。フルートが初めて炎の剣に出会ったとき、剣はちっぽけなゴブリンに化けてフルートを試しました。火の鳥は、あの時のゴブリンと同じ声で話していたのです。

 ロズキはますます驚いた顔になってフルートを振り向き、その横に精霊たちが立っているのを見て飛び上がりました。

「聖守護石の精霊!? それにおまえは――願い石の精霊ではないか! 何故、貴様がこんなところにいる!?」

 と精霊の女性へどなります。手元に剣があれば、彼女へ切りかかっていったのに違いありません。

 その剣幕に金の石の精霊が肩をすくめました。願い石の精霊のほうは、黙ったまま消えていこうとします。

 すると、フルートがその前で両手を広げました。背後に願い石の精霊をかばいながら、ロズキへ言います。

「乱暴はやめてください。彼女はぼくたちの仲間の一人です。今だって、デビルドラゴンを追い払うのに力を貸してくれたんです」

 戦士は本当に仰天しました。とっさにはことばが出てきません。

 金の石の精霊はまた肩をすくめて、願い石の精霊を見上げました。

「とうとう君も仲間にされてしまったようだな、願いの」

 ちょっと冷やかすような口調でしたが、精霊の女性はまったく表情を変えませんでした。

「私は誰の仲間でも下僕(しもべ)でもない。私はただ私の役目に従って、人の願いをかなえているだけだ。だが、フルートはなかなか私に願いを言おうとしない。暇なので、退屈紛れに少し私の力を使っているだけのことだ」

 冷静そのものの声でいつもの屁理屈を言うと、願い石の精霊は消えていきました。ドレスを着た長身が、赤い光の中に溶けていきます――。

「願い石が仲間だと……?」

 とロズキはまだ呆然としていました。信じられないようにフルートを見つめてしまいます。

 

 すると、空中の火の鳥が、羽ばたきながら話しかけてきました。

「もうわしたちの話に戻っても良いか、フルート?」

 相変わらず老人のような声と口調です。

「いいよ、炎の剣!」

 とフルートが答える横で、ゼンがぶつぶつ言っていました。

「ったく。どいつもこいつも姿をころころ変えやがって。本当の自分の姿ってのはねえのかよ?」

 それに答えたのは、金の石の精霊でした。

「本当の姿はあるさ。ぼくは魔石だし、彼の正体は剣だ。ただ、それ以外の姿は、あってないのと同じことだ。何にでもなれるし、どんな姿でもとれる。それがぼくたちだ」

 そう言い残して、精霊の少年も姿を消していきました。フルートの首に下がったペンダントでは、魔石が金色に輝きながら揺れています。ふん、とゼンは腕組みしました。もう少し文句を言いたいところでしたが、火の鳥がまた話し出したので、口を閉じます。

 鳥は巨人に話しかけていました。

「自分がどうしていたか、思い出せるか、クフ? おまえは闇の影響で狂ってしまっていたのだぞ」

「ああ、少し思い出した……。窟(くつ)に急に闇の気配が高まってきたのを感じて、様子を見るためにここまで上がってきたのだ。窟には闇が充満して、マグマが暴走を始めていた。早く停めなくては、と思っているうちに、わし自身が闇に取り巻かれて、その後は何をどうしていたのか、もうはっきりとは覚えていない。誰かと戦ったような気もするが、それもよくわからん」

 と巨人は答え、今も赤い障壁に守られている一同を見下ろして苦笑いしました。

「人間がこんな場所にいるとはな。人間が生きて来られるようなところではないというのに。どうやらわしは地上にとんでもない迷惑をかけていたらしい」

 そう言うと、巨人は長いハンマーを振り上げ、ナンデモナイがしたように、ガーンと足元の中州をたたきました。

 とたんにあたりが激しく揺れ、マグマの大河の中に割れ目が生まれました。川上と川下の両方向へみるみる伸びていきます。と、真っ赤なマグマがその中へ落ち始めました。しぶきと白煙をたてながら、割れ目に吸い込まれていきます。あたりには噴煙がたちこめ、まったく何も見えなくなってしまいます――。

 

 けれども、間もなく風が吹き出して、噴煙を押し流していきました。また見通しが効くようになった地下を見回して、フルートたちは、あっと声を上げました。

 周囲からマグマはすっかり消えていました。幅一キロにもなる灼熱の川が煮えたぎりながら流れていたのに、それが跡形もなくなっています。代わりに広がっていたのは、どこまでも続く、巨大な地下の洞窟でした。天井までは数百メートルもの高さがあり、彼らはその洞窟の中にそびえる、溶岩の山の上に立っていました。つい先ほどまで中州だった場所です。

 あたりを照らしていたマグマは消えていましたが、代わりに巨人の体が淡い白い光を放っていました。どこか神々しさも感じさせる光に、フルートは急に気がつきました。

「もしかしたら、あなたが火の山の巨人ですか!? いにしえの時代に、火とマグマと太陽の光から炎の剣を鍛えたという――!」

「そんなふうに呼ばれることもある」

 と巨人は答えました。見上げるような巨人ですが、話す声は本当に穏やかです。

「わしの本当の名前はクフだ。だが、闇がわしから記憶と名前を奪い去ったので、わしはなんでもない者になっていた。それを自分の呼び名にしていたことは、うっすらと覚えている」

 とナンデモナイだった巨人は言い、また長いハンマーを振りました。今度はごく軽く赤い障壁をたたいて言います。

「そら、これはもう必要がない。外に出てくるがいい、人間たち」

 とたんに半球形の障壁は粉々になって消えていきました。全員が地下の空間にむき出しで立つことになりましたが、マグマの消えた洞窟は、もう暑くも息苦しくもありませんでした。地上にいるように、ごく普通に過ごすことができます。

 赤の魔法使いは、ほっとした様子で立ち上がりました。歪められた場の力も、今ではすっかり元に戻っていました。もう地面へ力を送り込む必要もありません。

 

 すると、空中の火の鳥がキィーッと鋭く鳴いて、川上だった方向を見ました。

「そら、山の番人がやってきた。闇が消えたので、ようやく下りてこられたようだ」

 続いて聞こえてきたのは蹄の音でした。洞窟の彼方から近づいてきて、赤い炎のたてがみと尻尾をなびかせた馬に変わります。

「炎の馬!」

 とフルートたちは思わず声を上げました――。

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