フルートが勢いよく剣を振り下ろすと、その切っ先から大きな火の玉が飛び出しました。障壁の内側の地面に激突して赤く輝き、いくつもの火のかけらになって飛び散ります。そこに燃えるようなものはなかったので、火はすぐに消えていきます――。
「どう、ポポロ!?」
とルルが尋ねました。ナンデモナイはまた障壁の向こうでハンマーを振り上げていました。一刻の猶予もなりません。
ところが、ポポロは青ざめたまま首を振りました。
「だめ、短すぎるわ……!」
弾けた炎の光は彼女を照らしたし、その中には確かに太陽の光の存在も感じられたのですが、ほんの一瞬のことだったので、彼女の魔力を復活させることができなかったのです。
フルートは顔を歪めました。歯を食いしばり、もう一度、ありったけの力で炎の弾を撃ち出そうとします。
すると、赤の魔法使いが言いました。
「障壁へ撃て、勇者! 俺が増幅する!」
そこでフルートは自分たちを守る障壁へ剣を振りました。他の者は、ひやりとしながらそれを見守ります。炎の弾が傷ついた障壁を一気に壊してしまうのではないかと思ったのです。
けれども、炎は障壁にぶつかると、そのまま吸い込まれるように消えていきました。その場所の障壁が、いっそう赤く輝きます。同時に、赤の魔法使いが魔法の旋律を歌い出しました。フルートたちには意味のわからない歌詞が流れると、障壁の輝きが強く弱く脈動を始めます。
と、その場所から障壁の外に向かって、大きな炎が立ち上り、赤いものが飛び散りました。ハンマーを振り下ろそうとしていたナンデモナイが、ぎょっとしたように後ずさります。
「火とマグマだぞ!」
とゼンが歓声を上げました。ムヴアの魔法の旋律が、炎の弾から炎とマグマを分離して吐き出したのです。後には太陽の光だけが残ります。みるみるうちに白銀に輝きだし、障壁全体に広がっていきます。
あっ、とポポロは小さな声を上げました。障壁から降りそそいでくる太陽の光に、魔法の力が復活してきたのです。両手を見つめる顔が、たちまち明るい笑顔に変わります――。
フルートは言いました。
「ポポロ、金の石に力だ!」
「はいっ!」
ポポロは即座に返事をすると、両手を合わせて水をすくうような形にしました。呪文と共に、そこへ大きな力を集めていき、フルートが掲げるペンダントへ投げつけます。
「レマツアー……ケイーヨラカチノリカーヒ!」
ポポロの魔法は緑に輝きながらフルートへ飛びました。激突して、ペンダントごとフルートを障壁にたたきつけてしまいます。ポポロが送ってきた力があまりに大きかったので、フルートには受け止めきれなかったのです。きゃあっとポポロが悲鳴を上げます。
けれども、フルートはすぐに跳ね起きてまたペンダントを掲げました。障壁へ石を向けて叫びます。
「みんなを守れ、金の石!!」
とたんに、目もくらむような光がペンダントからほとばしりました。あっという間に障壁全体へ広がって、半球をおおいつくします。そこへナンデモナイがハンマーを振り下ろしましたが、障壁はびくともしませんでした。逆にハンマーの柄が曲がってしまったので、仲間たちが歓声を上げます。
フルートはペンダントへ言い続けました。
「光れ、金の石! もっと光ってデビルドラゴンを追い払うんだ!」
聖なる光は中州全体に降りそそいでいました。さらに大きく広がって、空中に浮かぶ竜も照らそうとします。
すると、竜はばさりと翼を打ち合わせて、ナンデモナイの背後に飛び込みました。巨人が作る影の中なので、聖なる光は届きません。その場所から、ナンデモナイへ命じます。
「行ケ、ナンデモナイ者! オマエノ体ハ聖ナル光ニハ損ナワレナイ! シカモ、コノ場所ノ闇ハ濃イ! イズレマタ、連中ハチカラ尽キテ、己ノ身ヲ守ルコトガデキナクナル!」
デビルドラゴンの言うとおり、ナンデモナイは金の石に照らされても、まったくなんでもありませんでした。逆に焼けただれた体が綺麗になって、元の巨大な戦士の姿に戻ります。金の光が癒してしまったのです。
「ああ!? なんだよ、それ!」
「ちょっと金の石! 敵まで治しちゃダメじゃないのさ!」
とゼンとメールがわめきましたが、それはどうしようもないことでした。相手が闇でなければ、金の石の癒しの力は誰に対しても発動してしまうのです。
ナンデモナイは、ロズキに似た顔で、にやりと笑いました。ハンマーを高く振りかざすと、曲がっていた柄が元通りになり、さらにハンマー自体が太く大きくなります。
「それ行け、やれいけ、裏庭の池! もっともっと力を吸って、今度こそおまえらをたたきつぶしてやる!」
とナンデモナイは周囲の岩をいくつもたたき割りました。中から無数の黒いつむじ風が立ち上り、ナンデモナイの口へ吸い込まれていきます。
それを見て、赤の魔法使いはうなりました。
「デビルドラゴンがこの場所に闇を送り込んでいたせいで、この一帯には闇が濃く染みついている。だから、どの岩を割っても、どの岩がマグマに落ちても、そこから闇が発生していたんだ――」
ポポロは青ざめながら周囲を見回していました。金の石はポポロの魔法で輝いていますが、彼女の魔法はほんの二、三分で切れてしまうのです。そうなれば、魔石はまた力を失って、守りの光を放てなくなります。もう一度石に力を与えるべきか、それとも別な魔法を使ってナンデモナイたちを倒すべきか、とっさには判断ができなくて、うろたえてしまいます。
フルートも、ペンダントをかざしながら歯ぎしりしていました。どんなに金の石が輝いても、ナンデモナイの巨体が光をさえぎってしまって、デビルドラゴンには届きません。フルートが外へ飛び出してナンデモナイの後ろに回り込めば、闇の竜を照らすことができますが、そうすると障壁を守る力がなくなって、今度こそナンデモナイが障壁を打ち壊してしまいます。どうすればいいんだ、と悩みます――。
すると、ふいにフルートの横に赤い光がわき起こりました。
光の中から、背の高い女性が姿を現します。燃える炎のような赤いドレスをまとい、赤い髪を高く結って垂らした、願い石の精霊です。美しく整った顔でフルートを見下ろして言います。
「まったく。なんという有り様になっているのだろう。情けないとは思わないのか?」
けれども、そのことばはフルートに対して言ったものではありませんでした。彼がかざす金の石へ言っているのでもありません。願い石の精霊が見つめているのは、フルートが握っていた炎の剣でした。すんなりとした手を伸ばして、指の先をちょっと上へ振ります。
すると、フルートの手から炎の剣がひとりでに離れました。赤い光に包まれながら宙に浮き上がっていきます。
「何をするんだ!?」
とフルートが驚いて剣をつかみ直そうとすると、その目の前で、剣がいきなり火に包まれました。巨大な炎が障壁の内側で燃え上がり、ごうごうと音をたてます。その火勢と熱に一同は思わず後ずさりました。フルートが叫びます。
「炎の剣! 炎の剣――!?」
これまで数え切れないほど敵を火に包み、炎の弾を撃ち出してきた剣でしたが、こんなふうに剣自身が燃え上がったことはなかったのです。火の中に飛び込んでいって、中から剣を救い出そうとします。
ところが、その目の前で炎が形を変えました。ばさり、と大きな音をたてて二枚の翼が広がり、さらに長い首とくちばしが現れます。
それは、全身が輝く炎でできた火の鳥でした。白鳥のような首を伸ばしてキーィッと鳴くと、炎の翼を打ち合わせて舞い上がっていきます。
鳥が飛びたった後に、炎の剣は残っていませんでした……。