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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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第19章 復活

61.窮地(きゅうち)

 フルートたちは絶体絶命の状況に陥っていました。

 

 火の山の地下深くにあるマグマの大河。その中州に闇の霧と共に姿を現したのは、あのデビルドラゴンでした。一度彼らが倒したはずのナンデモナイをマグマの中から復活させ、さらに赤の魔法使いが正していた場の力を、また大きく歪めてしまいます。

 今、魔法がまともに作用しているのは、魔法使いが張る障壁の内側だけでした。赤い光の半球が、フルートたちを闇やナンデモナイの攻撃から守っています。金の石は守りの光で障壁を強めていましたが、敵の激しい攻撃に力尽きようとしていました。フルートがどれほど念を込めて呼びかけても、もう光を放つことができません。

 ガーン、とナンデモナイがハンマーを振り下ろすたびに、赤い障壁が激しく揺れました。白いひびが、ぴしぴしと障壁の上に広がっていきます。内側の全員は生きた心地もせずにそれを見上げていました。障壁が砕ければ、マグマ溜まりの熱と有毒なガスが一気に流れ込み、あたりを充たす濃い闇が押し寄せてきます。全員即死してしまうのは間違いなかったのです。

「ど、どうすりゃいいのさ――!?」

 とメールが悲鳴のように言いました。助けを呼びたくても、この灼熱の場所に植物はまったく生えていません。

 ポチとルルはうなりながら、白い光の消えた中州をにらんでいました。障壁の外側で魔法がねじ曲げられているので、風の犬になっても、飛び出した瞬間に変身が解けて死んでしまいます。

 ポポロは顔をおおって激しく泣いていました。夜は明けたのに、彼女の魔法は復活していません。分厚い地下の岩にさえぎられて、地上の朝日が届かないからです。

 赤の魔法使いも両手を地面に押し当てたまま、歯ぎしりしていました。彼はこの場所を守り続けるのに精一杯で、闇の竜を追い払ったり、ナンデモナイを攻撃して倒したりすることができないのです。

 フルートは真っ青になりながら、ペンダントを掲げていました。金の石、がんばれ、と叫び続けると、石はわずかに金色になりましたが、やはり守りの光を放つことはできません。

「願い石はどうしたんだよ!? こんなとき、いつも助けに来たじゃねえか!」

 とゼンがどなりました。そう、今までならば、金の石が力尽きそうになると、願い石の精霊がフルートの内側から姿を現して、屁理屈のような理由を言いながら力を貸してくれたのです。けれども、金の石が今にも消えそうになっていても、今回は精霊の女性は姿を現しませんでした。フルートは願い石の名前を呼びそうになって、あわてて唇をかみました。こんなに切羽詰まった状況の中で呼べば、それは願いと直結してしまいます――。

 

 すると、ずっと立ちつくしていたロズキが、ふいに全身を震わせました。死人のように青ざめた顔を怒りに大きく歪め、障壁の外に浮かぶ影の竜をにらみつけます。彼は二千年前の光と闇の戦いで、直接デビルドラゴンと戦ったのです。両手を拳に握りしめ、激しく震わせながらどなります。

「貴様――貴様だけは絶対に許さないぞ、闇の竜――!! 貴様は天空から地上へ血みどろの戦いをもたらし、すべての国と命を破壊して、世界を破滅に至らせようとした――! 貴様のせいで――貴様のせいで、セイロス様は――!」

 怒りのあまり声が続かなくなりました。ロズキは大きく歯ぎしりをすると、両手をかざして光の弾を作り上げ、渾身の力でデビルドラゴンへ投げつけました。竜の体よりも巨大な、聖なる光の攻撃です。

 ところが、それが竜に届くより早く、ぶんと音をたててハンマーが飛んできました。光の弾を打ち砕いてしまいます。

「はぁあ、ふぅたぁたたぁきぃぃぃ」

 と全身焼けただれたナンデモナイが言いました。相変わらず声は調子外れです。

 デビルドラゴンもロズキをにらみつけていました。冷ややかな声で言います。

「貴様ハ二千年前ニ死ンダ亡者ダ。貴様ニ、コノ世ニ関ワルチカラハナイ。消エロ。貴様ニ過去ハ語ラセン!」

 とたんにあたりがびりびりと震え出しました。周囲の岩という岩が、デビルドラゴンの声に共振したのです。岩壁が砕け、マグマに落ちて噴煙を上げます。

 

 かすんでいく洞窟の中で、ロズキはまた叫びました。

「私は二千年の時を越えてこの世界に呼び戻された! それはきっと貴様を倒すためだ! 貴様がいくらこの世界に呪いをかけても、真実は必ず明らかになっていく! そのために、私はよみがえってきたのだ――!」

 ガーン、とナンデモナイのハンマーがまた障壁に命中しました。障壁のひびが広がり、足元が激しく揺れましたが、ロズキはたじろぎませんでした。燃えるような目でデビルドラゴンをにらみながら、言い続けます。

「貴様は私を恐れている! 私が過去の真実を語れば、貴様は破滅に追いやられるからだ! 私は消滅など恐れない! 私が知っているすべての過去を語ってやる!」

「よせ、ロズキ!」

 と赤の魔法使いが言いました。いにしえの戦士の姿が、急激に薄れ始めたからです。デビルドラゴンがかけた呪いの魔法が発動していました。たちまち手足が消えて見えなくなりますが、戦士は黙ろうとしません。

「貴様の弱点は、金の石の勇者と聖守護石と願い石の、三位一体(さんみいったい)の攻撃だ! 貴様はそれに決して勝てない! だから、貴様は願い石と共にセイロス様を誘惑して、語ってはならない願いを語らせたのだ! 貴様のせいでセイロス様は――」

「黙レ!」

「やめろ!」

 二つの声が同時に響きました。デビルドラゴンとフルートが同時に叫んだのです。ロズキはもうほとんど消えかけていました。かろうじて頭から腹のあたりにかけてだけが、空中に浮くように残っていますが、その姿でまだ話し続けようとします。

 フルートがまた叫びました。

「彼に語らせるな、ゼン!」

 おう! とゼンは即座に動きました。消えそうになっている戦士へ駆け寄り、いきなりその腹に拳をめり込ませます。彼の胸当てはもう消滅していたのです。

 ロズキは、うっとうめいて、その場に崩れました。消えていた腕や足がまた現れ、防具も復活して、元通りの姿になりますが、倒れたまま起き上がることができません。ゼンの一発で気を失ってしまったのです。

「これなら絶対に話せねえだろう。ったく世話が焼けるヤツだぜ」

 とゼンが苦い顔で言いました。ふと、本当は彼に過去を語らせたほうがよかったんじゃないか、という考えが頭をよぎっていきますが、フルートの真剣な表情を見て、すぐにそれを追い払います。

 

 一方、デビルドラゴンはたちこめる噴煙の中で笑ってました。

「過去ヲ語レル者ヲ、オマエタチ自身デ封ジタカ! コレデ邪魔者ハイナクナッタ。行ケ、ナンデモナイ者! 連中ヲタタキツブセ!」

「ほぉい、みたぁたぁきぃ、よんたたきぃぃぃ……」

 ナンデモナイがハンマーを何度も障壁に振り下ろし、そのたびに障壁のひびは広がっていきました。赤の魔法使いがどんなに防ごうとしても、圧倒的な攻撃を停めることはできません。キェェェ、と影の竜の勝ち誇った声が響きます。

 一同はひとかたまりになったまま、なすすべもなく立ちすくみました。金の石は、フルートの手の中でかすかな金色に光っているだけです。もう守りの光を張ることはできません。魔法が使えないポポロは泣きじゃくり、ルルは悔しそうにつぶやきます。

「太陽の光さえあればいいのよ。そうすれば、ポポロの魔法は復活するのに……!」

 けれども、地下数万メートルのこの場所に、日の光が差すはずはありません。ついに泣き出してしまったメールを、ゼンが抱きしめます。

 ガーン、とまたハンマーが命中しました。ひびが伸びていって、ついに障壁の半球全体をおおってしまいます。赤の魔法使いはフードの下で冷たい汗を流していました。どんなに必死に支えても、もう障壁を保つことはできません。もう一発くらったら、障壁は砕けてしまいます。そうなれば、狂った闇の旋律が彼の内側にまで流れ込んできて、彼の体も破壊されてしまうのです。

 人が最後の瞬間に見るという幻が、赤の魔法使いの目の前にも浮かんでは消えていました。彼の大切な人々の面影です。厳しくも優しい女神官、大らかでたくましい武僧、鋭い目つきをした気の良い老人、そして――

「あたしはここに残って待ってる。ずっと待っているから、必ず生きて帰ってきてよ、モージャ。地面の下で死んだりしたら、承知しないからね」

 黒い肌に縮れた長い黒髪のアマニは、彼に向かってそう言いました。丸い瞳に涙を浮かべながら、それでも笑ってみせています……。

 

 すると、フルートが急につぶやきました。

「太陽の光――。そうだ、太陽の光がここにあればいいんだ――」

 ポチは思わず耳をぴんと立てました。それはルルが言ったのと同じことでしたが、フルートの声には意外なほど力があったのです。

 ゼンもフルートの表情の変化に気がつきました。何かを思いついたように自分の剣を見つめています。

「なんだ、フルート!? どうすりゃいいんだよ!?」

 と急き込んで尋ねると、逆にフルートから聞き返されました。

「ゼン、炎の剣はどうやって作られた? 素材は?」

 ゼンは目を丸くしました。何故ここでそんな質問をされるのか意味がわかりませんでしたが、聞かれたのであわてて答えます。

「炎の剣を鍛えたのはいにしえの巨人だぞ。素材は、炎とマグマと太陽の光――」

 あっ、とそれを聞いた全員が思わず声を上げました。フルートの持つ炎の剣へ目を向けます。

 フルートは大きくうなずきました。

「そう、この剣には太陽の光がある。それなら、剣が撃ち出す炎にも、きっと太陽の光は含まれているんだ!」

 そう言うなり、フルートは炎の剣を振りかざし、渾身の力で振り下ろしました――。

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