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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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60.裂け目

 やったぁ!!! と仲間たちは歓声を上げました。風の犬たちに押し出されたナンデモナイが、中州からマグマの川へ倒れ込んでいきます。

 とたんにナンデモナイの体が真っ赤な炎に包まれ、すさまじい悲鳴が上がりました。高温の地下に棲むナンデモナイですが、マグマに落ちれば、やはり無事ではいられなかったのです。フルートの読みの通りでした。

 ナンデモナイは燃えながらマグマの中でもがきました。中州へ手を伸ばして岩の角をつかみます。それを見て、ルルはまた飛び出そうとしました。風の刃で切りつけてマグマへたたき落とそうとします。

 ところが、フルートが引き止めました。

「待て、ルル! ……必要ない」

 中州にかかったナンデモナイの手は火に包まれていました。這い上がろうとするのですが、それより早くただれて燃えていきます。やがて手も腕も黒い炭になり、崩れて、マグマの中へ落ちました。そのまま、真っ赤なマグマに押し流されてしまいます。

 その光景を、フルートはじっと見つめていました。優しいその顔は、まるで自分自身が燃えてでもいるように、激しい苦痛の表情を浮かべています――。

 やがて、ナンデモナイは完全に見えなくなりました。悲鳴ももう聞こえません。

 一同は、ほうっと大きな息を吐くと、安堵の顔を見合わせました。

 ロズキがフルートに話しかけます。

「やったな、すばらしい連携だ! これで地上も救われたぞ!」

 フルートは何も言わずにうつむいていました。ロズキにほめられても、顔を上げようともしません。敵とはいえ相手の命を奪ったことに、深い自責の念に襲われていたのですが、つきあいの浅いロズキにはそれがよくわかりませんでした。何故、嬉しそうな顔をしないんだ? と首をひねります。

 

 その時、中州にかがみ込んでいた赤の魔法使いが言いました。

「おかしい。場がまだ元に戻らないぞ」

 え!? と一同は振り向きました。フルートやロズキも驚いて引き返してきます。

「魔法が元に戻らないのか!?」

「ナンデモナイは死んだぞ!」

 赤の魔法使いはまだ両手を中州に押しつけていました。周囲に光が広がり、中州全体を輝きで包んでいますが、ナンデモナイがいた場所だけは、いつまでたっても白く光りません。

「このマグマ溜まり全体の力が歪められているから、それを正そうとしているんだが、正しい力が中州の外へ出て行かない。何かがさえぎっていて、あの先へ行けなくなっているんだ」

 と魔法使いが言います。

「あそこにまだ何かあるというのか?」

 とロズキが近づこうとすると、ふいに中州が激しく揺れました。二度、三度と地震のように揺れ動き、上にいた全員が倒れそうになります。

 何事かと周囲を見回すと、今度はポポロとルルが叫びました。

「何か来るわ……!」

「気をつけなさい! 闇の気配よ!」

 とたんにフルートの目の前に精霊の少年も姿を現しました。黄金の髪をゆすって叫びます。

「闇が来る! 守りの光を張るぞ!」

 フルートが急いでペンダントをかざすと少年は消え、代わりに金の光が広がって、赤の魔法使いの障壁に重なりました。地面は相変わらず白く光り、弦をはじくような音もひっきりなしに響いています。

「ワン、闇の気配って――」

「ナンデモナイはもういないはずじゃねえか!」

 とポチとゼンが言っていると、突然、中州の端が裂けました。地割れが起きたのではありません。溶岩でおおわれた中州からマグマの川にかけて、まるで見えない刃物で切りつけられたように、ぱっくりと裂け目が口を開けたのです。その中から噴き出してきたのは、激しい黒い風でした。たちまちあたりが薄暗くなります。

「闇の霧だ!」

 と赤の魔法使いが言いました。障壁がびりびりと震え出したので、中州へ送り込む力を強めて、守りの壁を厚くします。噴き出してくる闇は、金と赤の二重の光にさえぎられて、内側には入り込めません。

 

 その時、彼らの足元から、声が聞こえてきました。

「カノ者ヲ定メラレタ場所カラ引キ離シタノハ誰ダ――」

 彼らがいるのは地下深い場所ですが、声はもっと深いところから響いてくるようでした。たちまち全員が、ぞぉっと総毛立ちます。誰もが、その声をよく知っていたのです。まさか、という想いと、やっぱり、という気持ちが同時に湧き上がります。

 噴き出す闇の霧が、渦を巻きながら一箇所に集まり始めました。次第に巨大な生き物の姿に変わっていきます。長い首と尾、短い四肢、背中には四枚の翼を持つ影の竜です。

「デビルドラゴン……」

 とフルートはあえぐようにつぶやきました。他の者たちは声が出せずにいます。

 すると、竜が赤い目を見開いて、フルートたちを見据えました。ほえるような声が響き渡ります。

「ソコデ何ヲシテイル、勇者ドモ! ドウヤッテ、ココマデヤッテキタ!?」

 一度竜になった霧が、崩れてまた大きく渦巻きました。その中から無数の黒い光が飛び出して、中州やマグマの川に降りそそぎます。闇魔法の弾――魔弾です。金の石と赤の魔法使いが作った障壁にも激突して、光の壁を激しく揺すぶります。

 とたんに赤の魔法使いは息を呑みました。彼の手から広がる白い光が押し返され始めたのです。中州が光を失って、むき出しの溶岩の黒い色に戻っていきます。どんなに強く魔法の旋律を送りだしても、場の力を正すことができません。

 

 やがて、ざばぁっとしぶきを立てて、マグマの川の中から金属の棒が飛び出してきました。ハンマーです。続いて、その下から大きな手も現れました。灼熱のマグマに焼けただれていますが、ハンマーの柄をしっかり握って掲げています。さらに腕、肩と人の体が現れ、ついに頭もマグマの水面から出てきました。ナンデモナイが復活してきたのです。さっきより、もっと巨大な姿になっています。

 とたんに、少女たちは悲鳴を上げて目をそらしました。フルートたちも思わず顔をしかめます。マグマから出てきたナンデモナイは、全身が焼けただれて崩れ、顔も判別できないほどになっていたのです。それでもマグマの上に上半身を出すと、中州目がけてハンマーを振り下ろしてきます。

「はぁあぁぁ、ひぃとぉたたきぃぃ……!」

 調子外れなナンデモナイの声が響き渡り、ガーン、とハンマーが障壁に命中しました。障壁に重なっていた金の光が一瞬途切れ、またすぐに輝いて障壁をおおいます。

 その様子にフルートは焦りました。金の石は、ここに来るまでの間に相当力を使って、弱っていました。魔弾とハンマーの連続攻撃に、ついに守りの力が尽きてきたのです。

「金の石、がんばれ!」

 と強く念じながら、ペンダントを握りしめます。

 闇の霧がまた寄り集まって、デビルドラゴンに変わりました。ナンデモナイはさっきより巨大になっていますが、竜のほうは、魔弾を撃ち出したせいか、逆にずっと小さな姿になっていました。せいぜい牡馬程度の大きさです。実体のない影の翼を、ばさり、ばさり、と打ち合わせながら、フルートたちを見下ろします。

「マタ我ノ計画ノ妨害ニ来テイタナ、金ノ石ノ勇者。相変ワラズ邪魔ナ連中ダ。ダガ、コンナ場所マデヤッテキタノガ運ノツキ。ココニハ、送リ込マレタ闇ガ濃クシミ込ンデイル。コノ場所デハ、石モサホドチカラヲ発揮デキナイダロウ――」

 嘲笑うような竜の声と共に、またナンデモナイのハンマーが降ってきました。ガーン、と障壁を打ちたたくと、半球形の光の壁が激しく震え、金の光がまた途切れます。フルートは懸命にペンダントをかざし続けました。また守りの光が現れて、赤い障壁を包み込みます――。

 

 すると、デビルドラゴンがぎょろりと目を動かしました。障壁の内側をにらみつけて言います。

「ソコニイルノハ光ノ軍団一番隊長ノろずき! 二千年前ニ死ンダハズノ貴様ガ、何故ココニイル!?」

 いにしえの戦士は闇の竜を見た瞬間から、真っ青になって立ちすくんでいました。竜に問いただされても、何も言うことができません。

 キェェェェ、と竜は鋭く鳴きました。とたんに天井を作っていた岩場にひびが走り、岩のかけらがマグマに落ちて、もうもうと煙を立てます。

 またかすんできた世界の中に、怒り狂うデビルドラゴンの声が響きました。

「アイツヲ殺セ、ナンデモナイ者!! アレハスデニ死ンダ男ダ! 再ビコノ世ニヨミガエルコトハ、断ジテ許サン――!!」

 ガガーン、と激しい音をたてて、またハンマーがぶつかってきました。金の光がまた途切れ、赤い障壁にも細いひびが走ります。

「金の石! 金の石――!?」

 フルートは必死でペンダントに呼びかけました。草と花の透かし彫りの真ん中で、石は光をほとんど失い、灰色に変わろうとしていたのです。輝きを取り戻して守りの光を張ることができません。

「金の石!!」

 フルートが叫び続ける中、ガーン、とまたハンマーが障壁を殴りつけました――。

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