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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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56.記憶

 赤の魔法使いは呪文に向かって仲間たちを呼びました。はるか彼方、中央大陸のロムド城に残っている、四大魔法使いの名前です。

 けれども、地下深い場所でも、ここはまだ南大陸の範疇(はんちゅう)でした。二千年前にかけられた古い魔法はまだ生きていて、外の世界から南大陸を隔絶しています。どんなに強い魔法でも、外からこの中へ人を呼び寄せることは不可能でした。四大魔法使いたちであっても、この場所に駆けつけてくることはできません――。

 ところが、赤の魔法使いがフードの陰から、にやりと笑いました。誰もいない空中に向かって言います。

「来たな、白、青……」

 魔法使いの猫のような目は、他の誰にも見えない光景を見ていました。見えるはずはありません。彼自身の記憶の中に残っている、昔の出来事の場面なのです。淡い金髪をきっちりと結い上げ、白い男物の長衣を着た女神官と、見上げるようなたくましい体を青い長衣で包んだ武僧が、赤の魔法使いの前で話していました――。

 

 

「なるほど、彼がユギル殿の占いに出た、小さくて大きな魔法使いか。南大陸の自然魔法使いなのだな。話には聞いていたが、実際に会うのは初めてだ」

 と白の魔法使いが言いました。首からユリスナイの象徴を下げた女神官です。

 隣にいた青の魔法使いは武神カイタの象徴を下げていました。筋肉のくっきり浮き出た太い腕を組んで、赤の魔法使いを見下ろします。

「ことばが違っていて、なんと言っているのかわかりませんな。これでは、とてもロムドの魔法軍団に加えることはできんでしょう。命令も指示もまったく通じないのですから」

「だが、ユギル殿は、彼がロムドを守る四人目の魔法の将になる、と言われた。ユギル殿の占いはいつでも絶対に外れることがない。だから、我々もこうしてザカラスの港まで隠密でやってきたのだ」

 話し合う白の魔法使いと青の魔法使いは、今よりも少し若い姿をしていました。六年あまり前の記憶なのです。白の魔法使いの髪型も、今とはちょっと違っていました。

 けれども、二人は今とまったく同じ口調で話していました。武僧の魔法使いが、ふぅむ、と言ってひげ面をかきます。

「そうは言いますが、白、ことばが通じんことには、どうしようもないでしょう。それに、こんな子どものような体では、使える魔法もたかが知れていますぞ。事実、この男からは、さほど大きな魔法の気配が伝わってこない。深緑を見つけたときとは全然違う――」

 とたんに、どん、と大きな音がして、青の魔法使いが吹き飛びました。巨体が宙を舞って、石畳の道にたたきつけられそうになります。

 おおっ、と青の魔法使いは言って杖を振りました。こぶだらけの太いクルミの杖です。墜落していた体が、ふわりと浮き上がり、足から道の上に軟着陸します。

 次の瞬間、武僧はまた元の場所に戻ってきました。きまり悪そうに赤の魔法使いを見下ろして言います。

「こちらの言うことがわかっていたんですな。いや、失礼なことを言ってしまって申しわけない」

 と大きな体をかがめて頭を下げます。

 白の魔法使いがあきれたように小言を言いました。

「人を見た目で判断するな、と何度言ったらわかる、青。そのせいで百人抜きの試合でも私に負けたのだぞ。彼は自然の力を利用して魔法を使う魔法使いなのだから、普段、強い魔法の気配をさせていないのは当然のことだ」

「いやいや、白、私があなたに負けたのは油断したからではありませんぞ。白が私より強かったからです。それだけは絶対に間違いありません」

 何故か自信たっぷりに胸さえ張って、青の魔法使いが断言します――。

 

 そんな二人のやりとりに、赤の魔法使いは、そっと笑いました。初めて出会ったときから、彼らは少しも変わりません。大きくて、ちょっと気が回らなくて、その分屈託もない青の魔法使い。男勝りで真面目で厳しいけれど、本当はとても情の深い白の魔法使い。彼らは赤の魔法使いにことばが通じるとわかると、自分たち自身に魔法をかけて、ムヴアのことばが理解できるようになったのです。

 そんな記憶をなぞるように、目の前の光景は、女神官や武僧が赤の魔法使い相手に話をしている場面に変わっていました。彼にかがみ込んでいた青の魔法使いが、なんと! と声を上げて身を起こします。

「南大陸から娘たちがさらわれて、この港に連れてこられていると言うのですか! あなたの妹御もさらわれてきていると! 実にけしからん!」

「人を物や家畜のように売買するとは、ユリスナイ様の怒りも恐れぬ大罪(たいざい)! これがロムドであれば、国王陛下の命令で、誘拐した者も売った者も買った者も、全員厳罰に処せられるぞ!」

 と白の魔法使いも言いました。表情を険しくして、彼へ手招きします。

「来い! 妹のいる場所は感じているのだろう? 案内しろ!」

「妹御を取り返しますぞ! 人身売買などする連中には、きっちり思い知らせてやりましょう!」

 と青の魔法使いも太い指を鳴らします――。

 過去の場面を眺める赤の魔法使いは、また静かにほほえみました。

 そう。二人は誘拐された妹のアマニを救うために、力を貸してくれたのです。それまでなんの面識もなかった、肌の色も背格好も瞳も違う彼のために、共に市場に乗り込んで人買い一味をたたきのめすと、彼とアマニを南大陸行きの船へ乗せてくれました。

「気をつけて行け! もう二度とこんな目に遭わないように、妹をしっかり守るんだぞ!」

「故郷で妹御と幸せに暮らせるように、祈っておりますぞ!」

 船の甲板に立つ彼とアマニへ、白と青の魔法使いはそう言いました。本当は彼をロムド城の魔法使いとして招きに来たはずなのに、彼らは一言もそれを口には出しませんでした。ただ笑顔で、彼とアマニを故郷へ送り出してくれます。

 肌の白い連中の中にも信頼して良い奴はいるのだ、と彼はその時初めて知りました。目の前の記憶の場面は、遠ざかる港と、桟橋(さんばし)から手を振り続ける二人の魔法使いを映しています――。

 

 転じて、目の前の光景は故郷のムパスコに変わりました。

 谷の外れに建つ彼の家の前で、アマニが大きな目を涙でいっぱいにしています。

「どうして行っちゃうのさ、モージャ……! 村の連中が何を言ったって、気にしなきゃいいんだよ! モージャは何も悪いことなんかしてない! 白い人間を傷つけたりもしてないんだからさ! それは、一緒にいた魔法使いたちがやったことだよ! それなのに、どうしてモージャが出て行かなくちゃいけないのさ!?」

 それに答える彼の声は、記憶の場面の中には聞こえてきませんでした。アマニがいっそう大きく目を見張って首を振ります。

「そんな、モージャ! あたしに結婚して幸せになれだなんて――そんなのできるわけないよ! あたしは――あたしは絶対に――」

 その黒い小さな手に、黒い丸い木の実が手渡されました。知らせの実です。アマニはとうとう泣き出しました。激しく頭を振って言います。

「嫌だよ、モージャ! あたしも一緒に連れていって! モージャの行くところなら、あたし、どこへだってついて行くから――!」

 けれども、そう言うアマニの姿は薄れて消えていきました。彼が魔法でムパスコを離れたからです。別空間をくぐって南大陸の外へ飛び出していきます。

 出ていくと言っても、彼に行くあてはありませんでした。故郷を失った彼にとって、外の世界はどこも同じです。非情な白い人々が住む場所であって、彼の居場所はどこにもありません。彼は行き先を決めずに飛んでいました。出た先が危険な場所で、次の瞬間に命を落とすことになってもかまわない、とさえ思います。

 すると、近づいてきた出口から、人の話し声が聞こえてきました。三人の男女の姿も見えてきます――。

 

「どうして彼を帰してしまったんじゃ? 陛下からも、ぜひ彼を連れ帰ってくるように、と言われておったのに」

 と深緑の長衣を着た老人が言っていました。穏やかそうな顔と声をしていますが、濃い眉の下の目は驚くほど鋭い眼光を放っています。

 それに並んで歩いていたのは、女神官の白の魔法使いと、武僧の青の魔法使いでした。女神官が首を横に振ります。

「いくら陛下のご命令であっても、人をその故郷から無理に引き離すことはできない。故郷には家族や生活や仕事、言ってみれば、その人のすべてがあるのだからな。それはユリスナイ様もお許しにならないことだ」

 けれども、武僧のほうは残念そうな表情をしていました。

「私は正直、彼を帰してしまうのが惜しくてしかたありませんでしたよ。彼は本当に実力のある魔法使いだった。このロムド城に来てくれれば、さぞ頼もしい仲間になってくれたでしょうからな」

 すると、老人は目をきらりと光らせて武僧を見上げ、すぐに微笑して言いました。

「それだけではなかろう、青? 彼をとても気に入っていた、と顔に書いてあるぞ」

 や、と武僧は頭をかきました。真実を見ぬく目を持つ老人に、内心を言い当てられたのです。

「……彼はいい奴でしたよ。故郷でつらい経験をしてきているようでしたが、それでも、故郷の仲間のために娘たちを取り返そうとしていたし、妹御以外の娘たちを助けられなかったことを、ひどく悔しがっていました。無論、彼に故郷を捨てろ、と言うわけにはいかんでしょう。ですが、彼がここにいて、我々と一緒にロムドのために戦ってくれれば、と思わずにはいられんのですよ」

 女神官はそれに対して何も言いませんでした。実を言えば、彼女自身も青の魔法使いと同じ気持ちでいたのです。黙ってロムド城の通路を歩き続けます。

 

 別空間の中から、彼はそのやりとりを見聞きしていました。魔法使いたちが話しているのは、他でもない、彼のことです。その声の中に偽りの響きはありません。

 ああ、彼らのところへ行きたい――と彼は心から思いました。別大陸の、しかも異形の目をした彼を、彼らは少しも差別しませんでした。彼らのところにならば、自分の居場所もあるかもしれない、と考えます。

 すると、老人が突然、鋭い目で彼を見上げてきました。

「こちらに来るのは誰じゃ!?」

 一緒に見上げた仲間の魔法使いたちは、驚いた顔になりました。女神官が武僧に叫びます。

「城の障壁にぶつかる! 障壁を消すぞ、受け止めろ!」

「承知!」

 武僧が彼の下で大きく手を広げます。

 彼は見えない障壁に開いた入口をすり抜けて、その手の中に落ちていきました。太い腕に、がっしりと受け止められます。

 気がつくと、彼は三人の魔法使いたちに囲まれ、のぞき込まれていました。白い長衣の女神官、青い長衣の武僧、深緑の長衣の老人……。彼らは皆、笑顔になっていました。突然降ってきた彼に向かって、女神官が言います。

「ロムド城にようこそ、異大陸の魔法使い殿。よく来てくれた」

「いやぁ、また会えて嬉しいですぞ!」

 と武僧は、ぎゅうっと彼を抱きしめ、それを見て老人が笑いました。

「三大魔法使いは今日から四大魔法使いになるか。これで城の守りは完璧じゃな」

 と言って、満足そうにひげをしごきます――。

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