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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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55.憎悪

 憎悪って……と仲間たちは面くらいました。ナンデモナイは赤の魔法使いから憎悪と一緒に力を吸い込んでいる、とフルートは言いましたが、赤の魔法使いと憎悪ということばが一致しなくて、とまどってしまいます。赤の魔法使いは、ロムド城を守る四大魔法使いの一人です。憎悪などとは無縁のように思えます。

 ロズキも驚いて赤の魔法使いとフルートを見比べていました。フルートはまた金の石を高く掲げて、闇の風から仲間たちを守っていました。金の光は赤の魔法使いも包んでいましたが、彼から流れ出す黒い湯気を停めることはできません。

 すると、地面に倒れていた赤の魔法使いが、うめくように言いました。

「なるほど……そういうことか」

 大丈夫か!? とロズキは尋ねましたが、赤の魔法使いはそれには答えずに、わずかに顔を上げました。倒れた拍子にかぶさってきたフードの下から、金に光る猫の目をのぞかせて言います。

「確かに俺は憎んでいる……。ムパスコの連中は、俺たちのことばを捨て、先祖伝来の大切なムヴアを捨てて、外の連中に尻尾を振っている。ムヴアを守り続ける俺に、連中は難癖をつけて村の外れに追い出し、妹を取り返してきた俺を罪人だと言って、外の連中に引き渡そうとした。俺が何をした、おまえたちはなんのつもりだ――俺はずっとそう考えて、ムパスコとそこの連中を憎み続けてきた。そうだ、憎悪は今も俺の中にある。あんな村の連中は全員のたれ死ねばいいとさえ思ってきた」

 赤の魔法使いの声の暗い響きに、一同はことばを失いました。彼は何一つ悪いことなどしてこなかったのに、村の人々からのけ者にされ、さらに、さらわれた村の娘たちを外の大陸まで助けに行ったのに、犯罪者にされてしまったのです。彼がそんな故郷の村を憎んでいるのは、当然すぎるほど当然のことでした。

 見上げるような大男になったナンデモナイが、くくく、と声をたてて笑いました。

「そう、ソウ、葬式。葬式がすんだら、墓に埋葬――。おまえの憎悪は、おまえたちの中でもとびきり強かったから、さっきからずっと俺に力を与えていたんだ。だから、いつの間にか姿もおまえになった。この猫の目は良いな、ムヴアの魔法使い。遠くから来るおまえたちもよく見えていたぞ」

 

 ロズキは見えない障壁を強くたたいて、赤の魔法使いに呼びかけました。

「恨みを捨てるんだ、猫の目! このまま、あいつに憎悪を与え続けると、あいつはもっと強大になって、我々を全滅させてしまうぞ!」

 すると、赤の魔法使いはフードの下で目を伏せました。ほろ苦い笑い声で答えます。

「おまえに言ったことを、そのまま返されたな……。過去の恨みや後悔を忘れることは、言うのはたやすいが、実行は難しい。故郷を追われてから六年あまり、憎しみはずっと俺の中にあった。そう簡単に消えるものじゃない……」

 ロズキは顔色を変えました。だが――と言ったきり、ことばを続けられなくなってしまいます。

 憎悪の想いは赤の魔法使いから煙のように立ち上っていました。闇の風と溶け合って、ナンデモナイに吸い込まれていきます。ナンデモナイの体がまた一回り大きくなります。

 その時、ポポロがフルートの背中にしがみつきました。悲鳴のような声で言います。

「地上が明るくなってきたわ! 夜明けよ……!」

 フルートたちは真っ青になりました。ポポロがむせび泣きを始めます。赤の魔法使いはナンデモナイに力を奪われているので、彼らを守ることができません。地上で太陽が地平線から顔を出した瞬間、ポポロの魔法は霧のように消え去り、フルートとロズキと赤の魔法使い以外の仲間は、この場所にむき出しで放り出されることになります。灼熱のマグマが流れる川の上です。たちこめる熱気と有毒ガスの中では、彼らは一分だって生きていることはできません。

 激しく泣きじゃくるポポロ、死人のように青ざめたフルートたち、立ちすくむロズキ、倒れたまま起き上がれない赤の魔法使い。そんな光景にナンデモナイがまた、くくく、と笑いました。勝ち誇った声です――。

 

 すると、フルートがロズキの隣に飛び出しました。見えない障壁に拳をたたきつけ、その内側にいる赤の魔法使いへ呼びかけます。

「赤さん! 赤さん! 聞いてください――! 赤さんは本当につらいことをたくさん経験してきたし、それを赤さんが恨むのもしかたないことだと思うけれど――でも、それでも――いいや、それだからこそ――赤さんは今、ロムド城にいるんじゃないですか!? 故郷から追われて南大陸から出たからこそ、ロムドに来て、四大魔法使いになって、みんなを守っている――。そうじゃないですか!?」

 フルートは必死でした。背後ではポポロが泣き、ゼンがメールを抱きしめ、ポチとルルが身を寄せ合って震えています。赤の魔法使いを恨みから解き放たなければ、彼らを救うことができません。さらにことばを重ねようとします。

 ところが、大男になったナンデモナイがハンマーを振り上げました。

「生意気、ナマイキ、生の息! 俺のご馳走は停められないぞ! 生意気なおまえらは、一撃で消滅!」

 ナンデモナイの体に合わせてハンマーも巨大になっていました。うなりを上げながらフルートたちの上に降ってきたので、フルートは振り向きざまペンダントを掲げました。

「守れ!」

 たちまち金の石が光ってハンマーを受け止めましたが、その光はいやに薄くはかなく見えました。金の石は、ここに来るまでの間にかなり力を使っていたので、守りの力さえ弱まってきたのです。

 ガラスのような金の光に、フルートは叫び続けました。

「こらえろ、金の石! こらえるんだ――!」

 赤の魔法使いへ呼びかける余裕がなくなってしまいます。

 

 けれども、地面に倒れた赤の魔法使いが口を開きました。

「故郷から追われたからこそ、俺はロムドにいる、か……。それは確かにそうかもしれないな……」

 つぶやく声に皮肉な響きはありませんでした。純粋に、事実に気がついた口調です。ロズキはまた見えない障壁に飛びつきました。猫の目! と呼びかけます。

 すると、赤の魔法使いがわずかに身を起こしました。その顔はかぶさったフードの陰になって、まったく見えません。フードが作る影の中から、声だけが聞こえ続けます。

「どうやら、俺は大事なことに、長い間気づかなかったらしいな……。俺は故郷を失ったが、代わりに手に入れたものも確かにあった。そうだ、金の石の勇者の言うとおりだ……」

 その黒い右手が、ゆっくりと動き始めました。握りしめていたハシバミの杖が、空中に小さな図形を描きます。

 ナンデモナイが金切り声を上げました。

「馬鹿な、馬鹿な、馬と鹿! 俺がこんなに力を吸い取ったのに、まだ術を使うつもりか!? やらせないぞ、ムヴアの魔法使い! 全員全滅、これ運命!」

 ナンデモナイが大きく息を吸い、闇の風がどっと口に流れ込んでいきました。赤の魔法使いからも大量の黒い煙が吸い上げられ、杖を握る右手がばたりと地面に落ちます。見守っていたロズキやゼンやメールが悲鳴を上げます。

 ところが、その瞬間、フルートが押し返すようにペンダントを動かしました。金の光が一気に強まり、ハンマーを跳ね返します。ナンデモナイが思わずよろめくと、フルートは剣を握って飛び出しました。立ちはだかる巨体に駆け寄って、勢いよくなぎ払います。

 ナンデモナイはきわどいところでそれをかわしました。大きく飛びのいた拍子に、闇の風を吸う息が停まります。

 とたんに、ハシバミの杖がまた動きました。

 赤の魔法使いが顔を上げ、完成した呪文の紋様へ叫びます。

「やってこい、記憶! 俺が気づかずにいた真実を俺に見せろ! 白、青、深緑……俺のところへ来い!!」

 猫の目の魔法使いが大声で呼んだのは、遠いロムド城にいるはずの、仲間の魔法使いの名前でした――。

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