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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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第17章 記憶

54.ハンマー

 この場所の魔法を元に戻せ! と叫んで、フルートはナンデモナイに切りかかっていきました。黒い肌に縮れた黒髪、巨大な猫の目をした小男です。ぼろぼろの黒い長衣をまとい、手には長いハンマーを握っています。

 フルートが剣を振りかざして突撃していくと、ナンデモナイはそのハンマーを振り上げました。のんびりした口調でこう言います。

「そら、ひとたたき――剣は消滅」

 カーンと音がして、ハンマーが剣を受け止めます。

 ところが、フルートの剣は消えませんでした。金属製のハンマーと、がっちりぶつかり合っています。

 男は巨大な目をいっそう大きく見張りました。

「俺のハンマー、魔法のハンマー。それでたたいて、何故変わらない? もしかして壊れた? そんなー馬鹿なー」

 相変わらずナンデモナイのことばはどこか奇妙です。小さな体でフルートを剣ごと押し返し、ハンマーを引いて調べます。

 その隙を逃さず、ロズキが駆け出しました。彼の武器は聖なる力を失いましたが、剣として使うことはできます。振りかざして男に切りつけます。

 すると、それより早くまたハンマーがやってきて、ロズキの剣を受け止めました。カーン、と堅い音が響いて、ハンマーと剣がぶつかり合います。

「はぁ、ふたたたき」

 とナンデモナイが言ったとたん、剣が変わりました。ぐにゃりと曲がってふくれあがり、形も変わって一匹のワニになります。ロズキはワニの尾を握っていました。振り向いたワニに食いつかれそうになって、あわてて尾を放します。

「この!」

 とフルートはワニへ剣を振り下ろしました。切り裂かれたワニは、たちまち炎に包まれてしまいます――。

 

 小男は首をひねりました。

「おかしい、おかしい、お菓子はおいしい――。俺のハンマーは壊れてないなー? どうしてあいつの剣にだけ魔法が効かない?」

 そこへフルートがまた切りかかってきたので、男はすぐに受け止めました。フルートがハンマーを押し返して切りつけると、ナンデモナイもハンマーをまた振ります。剣とハンマーが激しく何度もぶつかり合いますが、やっぱり炎の剣は変化しませんでした。次第に男が押されていきます。

 フルートは大きく踏み込んで剣を振り下ろしました。ナンデモナイが剣の勢いに負けてよろめきます。そこへまた剣が振ってきたので、男は飛びのきました。フルートの剣が届かなくなります。

 すると、フルートの後ろから石が飛んできました。ゼンが矢の代わりに石つぶてを投げたのです。ナンデモナイ目がけて溶岩のかけらが飛びます。

 ナンデモナイはハンマーでそれを次々に打ち落としました。

「みたたき、よたたき、いつたたき……そら、変われよ石よ、飛びかかれ」

 歌うような声に合わせて、打ち落とされた石が変わりました。ひとつはトカゲ、もうひとつはハリネズミ、もうひとつは大きな目玉の猿になって、ゼンたちへ飛びかかっていきます。

 ゼンはあわててトカゲを捕まえました。鋭い牙が並んだ口を素手でつかんで、真っ二つに引き裂きます。ロズキは金属の籠手でハリネズミを受け止めて、マグマの川へたたき込みました。メールは水晶のナイフで猿の目に切りつけ、猿が逃げ出すと、犬たちがマグマの中へ追いたてます。

 燃えていく敵を見ながら、メールがゼンに文句を言いました。

「ナンデモナイに攻撃しちゃだめだよ! 全部こっちに返ってくるじゃないのさ!」

「だが、あいつが――!」

 とゼンは歯ぎしりしました。ナンデモナイと向き合うフルートの顔は真っ青になっています。優しすぎる勇者は、どんな悪党であっても、人を殺すことができないのです。

 フルートが攻撃を停めてしまったので、ナンデモナイが首をひねっていました。

「どうした、ドウシタ、銅の舌。何故切りつけてこない、チビの人間?」

 自分のほうがフルートよりずっと小柄なのに、そんなことを言います。フルートは剣を握ったまま動けなくなっていました。手には武器がぶつかり合った衝撃が残っています。ナンデモナイが受け止めなければ、剣は相手を切り裂き燃やしてしまったでしょう。今さら襲ってきた恐怖に息が詰まりそうになります。

 それを見てロズキがどなりました。

「何をしている、炎を撃ち出せ! 離れていても倒せるだろう!」

 フルートはやっぱり剣を振ることができません――。

 

 すると、彼らの後ろで突然赤の魔法使いが声を上げました。

「捕まえたぞ!」

 赤い長衣の魔法使いは中州にかがみ込んで、両手を岩に押し当てていました。その手から岩の上へ白い光が広がっていきます。狂わされた魔法を正そうとして、この場所の魔法の力を捕まえたのです。楽器の弦を弾くような音が響きます。

 ナンデモナイが目玉をぎょろりと動かして、赤の魔法使いをにらみつけました。巨大すぎて顔からはみ出している猫の目です。

「こいつ、生意気、生の息! 人間のくせに俺の力に逆うつもりか?」

 広がっていた白い光が、押し返されるように、ぐうっとせばまりました。同時に中州が激しく揺れます。

 けれども、赤の魔法使いは手を放しませんでした。岩場に広がる白い光を見つめながら、魔法を正す歌を口ずさみ始めます。その場の狂った魔法を自分に同調させて、正しい方向に直そうというのです。魔法の旋律に合わせて、白い光がまた中州に広がっていきます。

「ワン、変身できた!」

「私もよ!」

 とポチとルルが言って、ごうっと空に舞い上がりました。足元の岩が白い光を放ったとたん、また風の犬に変わることができたのです。

「よし!」

 とロズキも声を上げました。足元が光ったのと同時に、魔法の力が戻ってきたのです。すぐに両手を掲げて呪文を唱えます。その上に光でできた剣が現れました。ロズキが手を振ると、ナンデモナイ目がけて飛んでいきます。

「防御、ボウギョ、棒の魚――! 人間なんぞにやられるものか!」

 巨大な猫の目がにらみつけたとたん、光の剣が砕け散りました。ナンデモナイに攻撃は届きません。

 けれども、その時、ナンデモナイの頭上にはフルートがいました。ポチが風の犬になったとたん、我に返って飛び乗ったのです。

「ここを元に戻せ!」

 と剣を構えて飛び下ります。

 ナンデモナイはハンマーを振り上げました。降ってきたフルートの剣を停めようとしますが、フルートはすぐに剣を引きました。着地すると素早くかがみ、頭上で振り回されたハンマーをやりすごして、また切りつけます。男は防御が間に合いませんでした。黒い衣が切り裂かれて燃え上がります。

「あち、あち、あちち――!!」

 ナンデモナイはあわてて衣を脱ぎ捨てました。下にズボンのようなものははいていますが、上半身は裸になります。身を守るものが何もない、無防備な姿です。

 とたんにフルートはまた攻撃できなくなりました。剣を構えたまま凍りついてしまいます。

「どうした!? 攻撃しろ!」

 とロズキがまたどなりますが、フルートはいっそう立ちすくむだけです――。

 

 すると、ナンデモナイは口を大きく尖らせました。

「俺はナンデモナイ、そして俺はナンデモアル。こいつの剣だけは俺に効く。力を補充しなくちゃいけないぞ」

 手にしたハンマーで足元の岩をたたくと、岩がぱっくり割れて深い穴が現れました。ごごぅ、と音がして、中から黒いつむじ風が立ち上ってきます。

 とたんにルルが声を上げました。

「気をつけて! あれは闇の風よ!」

「ワン、あそこから闇が噴き出していたんだ!?」

 とポチも言います。

 フルートは大きく飛び下がると、仲間たちの前でペンダントを掲げました。

「金の石!」

 と叫び、守りの光で一同を包みます。

 ほぉい、とナンデモナイは言って口を開けました。闇のつむじ風が大きく曲がって、口の中へ吸い込まれていきます。

「あいつ、風を吸い込んでるよ!?」

「闇を取り込んでやがるんだ!」

 とメールやゼンが驚くと、ナンデモナイが巨大な猫の目で、にたりと笑いました。

「取り込む、鳥混む、鳥が混む。いつもはこんなに風は食わないさ。太りすぎになるからな。だが、おまえらを倒すには太らなくちゃいけない。もっともっと風を食う」

 闇の風を吸いながら、平気でそれだけのことを話します。

 すると、突然フルートたちの後ろで赤の魔法使いが倒れました。かがみ込んで地面に両手を押し当てていたのですが、急に力が抜けたように、その場に崩れてしまったのです。

「猫の目!?」

 とロズキが駆け寄ろうとすると、手前でいきなり弾き飛ばされました。赤の魔法使いとの間に見えない障壁ができています。

 くくく、とナンデモナイは風を吸いながら笑いました。

「食う、くう、クウクウ、森のハト。ハトが食うのは麦と豆、俺が食うのは人の憎しみ。憎しみが俺を強くするぞ」

 赤の魔法使いの両手から広がっていた白い光が、押し返されるように、急激にせばまっていました。フルートたちの足元から光が消え、ポチとルルが変身できなくなって空から落ちます。倒れた赤の魔法使いの体からは、黒い湯気のようなものが立ち上っていました。闇のつむじ風と一緒になって、ナンデモナイの口へ吸い込まれていきます。

 するとナンデモナイの黒い体が、ぐんと大きくなりました。背も伸びて、たちまち二メートルを超す大男になってしまいます。金色の猫の目も大きくなったので、異形がいっそう際だちます。

 それを見たとたん、フルートは気がつきました。

「こいつは赤さんの姿を真似している! こいつは人の憎悪と一緒に、その人の力を取り込んでいるんだ!」

 黒い湯気のようなものは、赤の魔法使いからナンデモナイへと流れ続けていました――。

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