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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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52.風の渦

 一行はマグマの大河の上を飛び続けました。

 赤く光るマグマは、蛇のようにうねりながら、北西方向へ流れ続けています。その先にはザカラスに近い火の山があり、噴火口から吐き出された火山灰は、風に乗って東のロムド国まで流れていきます。火山灰の正体はマグマでした。地下から湧き上がったマグマが、弾けたり爆発したりした瞬間に、細かい火山灰を大量に発生させるのです。その灰には闇も混入されていました。闇の気配の強い火山灰が降りそそぐのですから、ロムドは灰だけでなく、闇の被害も受けていることになります。一刻も早く、闇の出所を見つけなくてはなりません。

 

 一行の中で一番闇の気配に敏感なのはルルでした。くんくんと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしては、川が流れていく先へ飛んでいきます。その背中から、ゼンが言いました。

「まだ先なのか? もうずいぶん来たぞ」

 すると、ルルは立ち止まって首をかしげました。

「妙なのよ。さっきまで、こっちではずいぶん闇の匂いが強かったのに、今はもうそれほどでもない感じなの。闇の匂いが薄くなってしまったみたいだわ。どういうことなのかしら?」

「闇の出てくる場所を通り過ぎちゃったってことかい? 闇の出口を見逃して来ちゃったのかな?」

 とメールはあわてて通り過ぎてきたほうを振り向きました。ずっとマグマの大河が続いていますが、マグマの水面から絶えず噴煙が上がっているので、見通しはあまり効きません。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、ルルも赤さんもいるのに、そんな場所を見逃すなんてのはありえませんよ。ルルは、さっきも闇の匂いが濃くなったり薄くなったりしている、って言っていたんです。どこかから闇が送り込まれた瞬間に闇の匂いが濃くなって、それが運び出されると匂いが薄くなるのかもしれないですよ」

「闇を煙と一緒に運び出しているのは、あの風だろう」

 と赤の魔法使いが言いました。センザンコウがマグマに岩を落としていたとき、発生した大量の煙を強い風が運び去っていったのです。魔法の気配がする風でした。

 ロズキも言いました。

「先ほど、力のねじれた火道を猫の目の魔法使いが直そうとしたときに、地底から声が聞こえて火道が崩れだしたのだ。我が力を変えようとするのは誰だ、許さんぞ、と我々にどなっていた。非常に強い魔力も感じた。おそらく、それが我々の本当の敵なのだと思うぞ」

 どんなに後悔して落ち込んだとしても、ロズキは戦士でした。戦いを前にすれば、気持ちを完全に切り替えて、そちらへ集中します。

「我が力を変えようとするのは誰だ、だとぉ?」

 とゼンは嫌な顔になりました。

「やだね。なんか、デビルドラゴンが言いそうな台詞じゃないのさ。やっぱり、これってあいつのしわざなんじゃないの?」

 とメールも思いきり顔をしかめます。

 すると、フルートが考えながら言いました。

「声の主は赤さんたちの存在を感じ取ったんだ。もしデビルドラゴンなら、赤さんに気がついて何か言ったはずだし、ぼくたちがここに来ていることにも気がついただろう。もっとすさまじい妨害を受けたはずだぞ」

「ワン、つまり、声の主はやっぱりデビルドラゴンじゃない、ってことですか? そういえば、赤さんも、デビルドラゴンとは声の感じが違う気がする、って言ってましたよね。でも、そうだとしたら、誰がいるんだろう?」

「もしかして、それが火の山に棲む巨人? この山には巨人がいるんでしょう?」

 とルルが言うと、とたんにゼンが憤慨しました。

「おい、火の山の巨人はフルートの炎の剣を作った名工だぞ! そんなヤツが噴火を起こして、ロムドに闇の煙を送り出したりするかよ!」

「私もそれには同感だな。闇のしわざをするような者に、炎の剣を作ることはできない」

 とロズキも賛同します。

 ポポロだけはその話し合いに混ざりませんでした。緊張した表情で、頭上へ目を向けています。地上の夜明けを見張り続けているのです。

 

 そこへ、背後から、おぉぉぉ……と低い叫び声のようなものが聞こえてきました。はっと振り向いた一同に、赤の魔法使いが言います。

「気をつけろ、突風だ!」

「金の石!」

 とフルートも叫びます。一同を金の光が包んだとたん、ごぉぉ、と音をたてて風が押し寄せ、あたりは濃い煙でいっぱいになりました。視界がまったく効かなくなります。

 けれども、風が吹き抜けていくと、あたりはまた明るくなりました。一面に広がるマグマの水面が、くっきりと見えるようになります。煙が運び去られて、視界が開けたのです。彼らはマグマの大河のちょうど真ん中あたりにいました。右や左のはるか彼方には、川岸の岩壁が見えています――。

 けれども、フルートは過ぎていく風を見ていました。

「あれを追うんだ! あの先に敵がいるかもしれない!」

 そこで犬たちは去っていく風を追いかけました。濃い煙と共に移動しているので、見失うことはありません。犬たちの後を魔法使いと戦士も飛んでいきます。

 すると、戦士が別の方向を指さしました。

「見ろ、あっちからも風が吹いてくるぞ!」

 行く手の川面を横切るように、濃い煙が移動しているのが見えたのです。

 気がつけば、反対側からも煙が川を横切って吹いてきています。

 フルートは言いました。

「風が呼び寄せられているんだ……あそこに何かがいる!」

「火の山の巨人!?」

 とルルやメールが目を凝らします。

 風は行く手の川の真ん中で大きな渦を巻いていました。煙もその中へ巻き込まれていきます。おぉぉぉ、という風の音は、なんだかデビルドラゴンの咆吼(ほうこう)のようにも聞こえます。

 赤の魔法使いが猫の瞳を細めて言いました。

「見通しが効かん。強力な魔法の場があるぞ」

 すると、渦を巻く煙の中から、急に声が聞こえてきました。

「ひとたたき、はぁ、ふたたたき。みたたき、よたたき、いつたたき……砕けろ岩よ、溶けろよ岩よ。けむが湧き出りゃ風が吹く。上の世界はけむだらけ、それ。ひとたたき、はぁ、ふたたたき……」

 風の音に紛れていますが、確かにそれは人の声でした。同時に、何かをたたく音も聞こえてきました。歌うような声に合わせて、カーン、カーンと響いています。

 一同はいっせいに武器や杖を構えました。フルートが渦の中心へ叫びます。

「そこにいるのは誰だ!?」

 とたんに、たたく音がばたりとやみました。声も聞こえなくなって、風が渦巻く音だけが残ります。

 ところが、風の音も次第に低くなっていきました。風がやんできたのです。煙の渦が緩やかにほどけて消えていきます――。

 

 その中から現れたのは、マグマの川の真ん中にできた中州でした。黒い溶岩におおわれた地面が島のように広がっていて、一人の人物が立っています。それはフルートたちが考えたような巨人ではありませんでした。その逆の、とても小柄な人物です。子どもほどの背丈しかない体に、ぼろぼろの黒い長衣をまとって、フードをすっぽりとかぶっています。

 その手に長い柄のハンマーが握られているのを見て、ゼンは声を上げました。

「ドワーフか!?」

 鉱山で岩を砕くために、ドワーフがよく使う道具だったのです。

 フルートは首を振りました。

「ここは熱と毒ガスが充満している場所だ! あれが普通のドワーフや人間のはずはない!」

 すると、中州の人物がこちらを振り向きました。

「よくここまで来たな、人間たち。途中でマグマに落ちて焼け焦げるだろうと思ったのに」

 赤の魔法使いとロズキは思わず身構えました。火道が崩れ落ちたときに、地底から聞こえてきた声だったのです。これが闇の噴火を起こしている張本人に違いありません。

 そこへまた風が吹いてきました。今度は一瞬だけです。謎の人物のフードを後ろへ吹き飛ばして、またぱたりとやんでしまいます。

 フードの中から現れた顔を見て、一同は息を呑みました。つややかな黒い肌、短く縮れた黒髪、白い歯をむいて笑う口……赤の魔法使いによく似た容姿をした男は、巨大な金の猫の目を光らせていました――。

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