一行はマグマの大河の上を飛び続けました。
赤く光るマグマは、蛇のようにうねりながら、北西方向へ流れ続けています。その先にはザカラスに近い火の山があり、噴火口から吐き出された火山灰は、風に乗って東のロムド国まで流れていきます。火山灰の正体はマグマでした。地下から湧き上がったマグマが、弾けたり爆発したりした瞬間に、細かい火山灰を大量に発生させるのです。その灰には闇も混入されていました。闇の気配の強い火山灰が降りそそぐのですから、ロムドは灰だけでなく、闇の被害も受けていることになります。一刻も早く、闇の出所を見つけなくてはなりません。
一行の中で一番闇の気配に敏感なのはルルでした。くんくんと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしては、川が流れていく先へ飛んでいきます。その背中から、ゼンが言いました。
「まだ先なのか? もうずいぶん来たぞ」
すると、ルルは立ち止まって首をかしげました。
「妙なのよ。さっきまで、こっちではずいぶん闇の匂いが強かったのに、今はもうそれほどでもない感じなの。闇の匂いが薄くなってしまったみたいだわ。どういうことなのかしら?」
「闇の出てくる場所を通り過ぎちゃったってことかい? 闇の出口を見逃して来ちゃったのかな?」
とメールはあわてて通り過ぎてきたほうを振り向きました。ずっとマグマの大河が続いていますが、マグマの水面から絶えず噴煙が上がっているので、見通しはあまり効きません。
すると、ポチが言いました。
「ワン、ルルも赤さんもいるのに、そんな場所を見逃すなんてのはありえませんよ。ルルは、さっきも闇の匂いが濃くなったり薄くなったりしている、って言っていたんです。どこかから闇が送り込まれた瞬間に闇の匂いが濃くなって、それが運び出されると匂いが薄くなるのかもしれないですよ」
「闇を煙と一緒に運び出しているのは、あの風だろう」
と赤の魔法使いが言いました。センザンコウがマグマに岩を落としていたとき、発生した大量の煙を強い風が運び去っていったのです。魔法の気配がする風でした。
ロズキも言いました。
「先ほど、力のねじれた火道を猫の目の魔法使いが直そうとしたときに、地底から声が聞こえて火道が崩れだしたのだ。我が力を変えようとするのは誰だ、許さんぞ、と我々にどなっていた。非常に強い魔力も感じた。おそらく、それが我々の本当の敵なのだと思うぞ」
どんなに後悔して落ち込んだとしても、ロズキは戦士でした。戦いを前にすれば、気持ちを完全に切り替えて、そちらへ集中します。
「我が力を変えようとするのは誰だ、だとぉ?」
とゼンは嫌な顔になりました。
「やだね。なんか、デビルドラゴンが言いそうな台詞じゃないのさ。やっぱり、これってあいつのしわざなんじゃないの?」
とメールも思いきり顔をしかめます。
すると、フルートが考えながら言いました。
「声の主は赤さんたちの存在を感じ取ったんだ。もしデビルドラゴンなら、赤さんに気がついて何か言ったはずだし、ぼくたちがここに来ていることにも気がついただろう。もっとすさまじい妨害を受けたはずだぞ」
「ワン、つまり、声の主はやっぱりデビルドラゴンじゃない、ってことですか? そういえば、赤さんも、デビルドラゴンとは声の感じが違う気がする、って言ってましたよね。でも、そうだとしたら、誰がいるんだろう?」
「もしかして、それが火の山に棲む巨人? この山には巨人がいるんでしょう?」
とルルが言うと、とたんにゼンが憤慨しました。
「おい、火の山の巨人はフルートの炎の剣を作った名工だぞ! そんなヤツが噴火を起こして、ロムドに闇の煙を送り出したりするかよ!」
「私もそれには同感だな。闇のしわざをするような者に、炎の剣を作ることはできない」
とロズキも賛同します。
ポポロだけはその話し合いに混ざりませんでした。緊張した表情で、頭上へ目を向けています。地上の夜明けを見張り続けているのです。
そこへ、背後から、おぉぉぉ……と低い叫び声のようなものが聞こえてきました。はっと振り向いた一同に、赤の魔法使いが言います。
「気をつけろ、突風だ!」
「金の石!」
とフルートも叫びます。一同を金の光が包んだとたん、ごぉぉ、と音をたてて風が押し寄せ、あたりは濃い煙でいっぱいになりました。視界がまったく効かなくなります。
けれども、風が吹き抜けていくと、あたりはまた明るくなりました。一面に広がるマグマの水面が、くっきりと見えるようになります。煙が運び去られて、視界が開けたのです。彼らはマグマの大河のちょうど真ん中あたりにいました。右や左のはるか彼方には、川岸の岩壁が見えています――。
けれども、フルートは過ぎていく風を見ていました。
「あれを追うんだ! あの先に敵がいるかもしれない!」
そこで犬たちは去っていく風を追いかけました。濃い煙と共に移動しているので、見失うことはありません。犬たちの後を魔法使いと戦士も飛んでいきます。
すると、戦士が別の方向を指さしました。
「見ろ、あっちからも風が吹いてくるぞ!」
行く手の川面を横切るように、濃い煙が移動しているのが見えたのです。
気がつけば、反対側からも煙が川を横切って吹いてきています。
フルートは言いました。
「風が呼び寄せられているんだ……あそこに何かがいる!」
「火の山の巨人!?」
とルルやメールが目を凝らします。
風は行く手の川の真ん中で大きな渦を巻いていました。煙もその中へ巻き込まれていきます。おぉぉぉ、という風の音は、なんだかデビルドラゴンの咆吼(ほうこう)のようにも聞こえます。
赤の魔法使いが猫の瞳を細めて言いました。
「見通しが効かん。強力な魔法の場があるぞ」
すると、渦を巻く煙の中から、急に声が聞こえてきました。
「ひとたたき、はぁ、ふたたたき。みたたき、よたたき、いつたたき……砕けろ岩よ、溶けろよ岩よ。けむが湧き出りゃ風が吹く。上の世界はけむだらけ、それ。ひとたたき、はぁ、ふたたたき……」
風の音に紛れていますが、確かにそれは人の声でした。同時に、何かをたたく音も聞こえてきました。歌うような声に合わせて、カーン、カーンと響いています。
一同はいっせいに武器や杖を構えました。フルートが渦の中心へ叫びます。
「そこにいるのは誰だ!?」
とたんに、たたく音がばたりとやみました。声も聞こえなくなって、風が渦巻く音だけが残ります。
ところが、風の音も次第に低くなっていきました。風がやんできたのです。煙の渦が緩やかにほどけて消えていきます――。
その中から現れたのは、マグマの川の真ん中にできた中州でした。黒い溶岩におおわれた地面が島のように広がっていて、一人の人物が立っています。それはフルートたちが考えたような巨人ではありませんでした。その逆の、とても小柄な人物です。子どもほどの背丈しかない体に、ぼろぼろの黒い長衣をまとって、フードをすっぽりとかぶっています。
その手に長い柄のハンマーが握られているのを見て、ゼンは声を上げました。
「ドワーフか!?」
鉱山で岩を砕くために、ドワーフがよく使う道具だったのです。
フルートは首を振りました。
「ここは熱と毒ガスが充満している場所だ! あれが普通のドワーフや人間のはずはない!」
すると、中州の人物がこちらを振り向きました。
「よくここまで来たな、人間たち。途中でマグマに落ちて焼け焦げるだろうと思ったのに」
赤の魔法使いとロズキは思わず身構えました。火道が崩れ落ちたときに、地底から聞こえてきた声だったのです。これが闇の噴火を起こしている張本人に違いありません。
そこへまた風が吹いてきました。今度は一瞬だけです。謎の人物のフードを後ろへ吹き飛ばして、またぱたりとやんでしまいます。
フードの中から現れた顔を見て、一同は息を呑みました。つややかな黒い肌、短く縮れた黒髪、白い歯をむいて笑う口……赤の魔法使いによく似た容姿をした男は、巨大な金の猫の目を光らせていました――。