地下深くに広がるマグマの湖を、フルートたちは全速力で飛んでいました。先頭は風の犬のポチに乗ったフルートとポポロ、二番手が風の犬のルルに乗ったゼンとメール、そこに、いにしえの戦士のロズキと赤の魔法使いが飛びながらついていきます。
彼らは非常に焦っていました。地上では夜明けが迫っていて、空が白み始めています。夜が明ければ、ポポロのかけた守りの魔法が切れて、彼らはこの場所の熱気や有毒ガスをまともに浴びてしまうのです。そうなる前に闇の気を吐き出す場所を見つけて、元を断たなくてはなりませんでした。湯気のように煙を上げるマグマの上を飛びながら、必死で周囲を見回します。
そうするうちに、この場所の全貌がようやく明らかになってきました。マグマの湖、と呼び続けてきましたが、本当の姿は巨大なマグマの川でした。幅は数百メートルから、ところによっては千メートル以上、全長はどれほどあるのか見当もつきません。川のあちこちで、地下のもっと深い場所からマグマが湧き出し、周囲のマグマと一緒になって、北西の方向へと流れていきます。フルートたちが入り込んだ場所では水のように流れていたマグマが、このあたりではもっとどろりとした感じになって、大きなうねりを作っていました。地下からマグマが噴き出す箇所では、煮えたぎった飴のように、絶えず泡が湧き上がっては弾けています。そういう場所では、決まって濃い煙が発生していました。
「巨大な地下水流みたいだな。水の代わりにマグマが湧いて流れてやがる」
とゼンが言ったので、メールが尋ねました。
「このマグマって、どのあたりから出てくるわけ?」
「俺にもよくわかんねえ。うんと深い場所から来るんだろう。で、ここでひとつにまとまった後で、地上に向かって昇っていくんだ。この川が流れていく先は、ザカラスの西の火の山だ」
「ということは、この川をずっと追いかけていったら、ザカラスまで行くってことなのね。南大陸からザカラスまではかなりの距離があるのに……すごいわ」
とルルが言います。
前を飛んでいたフルートが、その会話を聞いていました。黙ったまま、何かを考えこんでしまいます。その後ろではポポロが魔法使いの目で地上を見張り、彼らの下ではポチが周囲と行く手を見渡していました。どんなに飛んでも、闇の出所らしい場所は見つかりません。
すると、急にフルートがポチを停止させました。仲間たちも停まって周りに集まってくると、それを見回しながら言います。
「もう時間切れが近い。地上ではあと一時間もしないうちに夜が明けるはずだ。これ以上、先に進んで調べるのは危険だ――。赤さん、魔法で一気に地上に戻ることはできますね? ぼくたちも一緒に運ぶことはできますか?」
「できる。地下の様子がわからなかったから、地上から地下へ飛ぶことは危険でできなかったが、ここから地上へならば、難なく飛ぶことができるだろう」
と猫の目の魔法使いは答えました。遅かれ早かれフルートがこう言い出すとわかっていたのでしょう。落ち着いた表情をしています。
仲間たちのほうは、意外な話に驚きました。
「引きあげるって言うのか!? せっかくここまで来たってのによ!」
「地上に戻ったら、敵が警戒して地下へ下りる道をふさぐかもしれない、って言ったのはフルートじゃないのさ!」
「そうよ! それに遅くなるほどロムドに闇の煙や灰が行くのよ! 闇がロムドを侵略していくわよ!」
「日の出まではもう少し時間があるわ。ぎりぎりまでがんばりましょうよ……!」
ゼンやメール、ルルやポポロが口々に言うと、フルートが答えました。
「赤さんと一緒に地上に戻るのは、君たちだけだ。ぼくとポチとロズキさんだけは、ここに残って調べ続ける。ぼくは金の石に守られているし、ポチは風の犬だから平気だ。ロズキさんは自分の魔法で身を守れるからな」
仲間たちは仰天しました。
「おまえらだけで先に進むつもりかよ!!」
「あたいたちには戻れって!?」
「そんな、無茶よ!」
「無茶じゃない。必要なことだ」
とフルートは言いました。どんな必要だよ!? とかみつくゼンに、話し続けます。
「ここでは地上の様子がまったくわからない。ぐずぐずしていて、夜明けに気づくのが遅れたら、あっという間に守りの魔法が切れて、君たちは熱と毒ガスにさらされる。そこからポポロが魔法をかけ直そうとしても、そんな余裕はない。君とメールとポポロはたちまち死んでしまうんだよ。――ぼくは、君たちに帰れと言ってるわけじゃない。一度赤さんと一緒に地上に戻って、そこで日の出を待つんだ。夜が明けてポポロの魔法が復活したら、また守りの魔法をかけて、赤さんとここに戻ってきてくれ。ぼくたちはここに残り続けるから、ぼくたちを目印にすれば、危険もなく地下に戻ってこられるだろう。とにかく、時間切れの瞬間を安全な地上で過ごしてほしいんだ」
フルートの熱心な説得に、仲間たちは何も言えなくなりました。本当は片時だってここを離れたくはありませんが、フルートが言っていることも、もっとものような気がします。迷いながら顔を見合わせてしまいます。
すると、ポポロがフルートの後ろから身を乗り出してきました。真剣な顔で言います。
「あたしは嫌よ。絶対にフルートから離れない……。先に進むにつれて、闇の気配はどんどん強くなっているわ。このすぐ先に、きっと闇の大元があるのよ。あたしたちが地上からここに戻ってくる前に、きっとフルートたちは闇と遭遇してしまうわ……。あたしたちは地上には戻らない。ずっとここに留まって、一緒に先に進むわ」
フルートは大きく頭を振りました。
「だめだ! そんなことをしたら、君たちが死んでしまうじゃないか!」
「ううん、死なないわ。あたしはずっと地上を見張り続けるもの。そして、夜が明けた瞬間に、この場所でみんなに守りの魔法をかけ直すわ」
普段あれほど引っ込み思案なポポロが、驚くほど強い口調になっていました。宝石のような緑の瞳でフルートを見上げてきます。
フルートは困惑しました。
「無理だ……! 夜が明けて魔法が切れた瞬間に、君は有毒ガスで息が詰まってしまう。呪文を唱える余裕がないじゃないか」
「あたしが呪文を唱える間、赤さんに守ってもらうのよ」
とポポロは言うと、ムヴアの魔法使いを振り向きました。真剣そのものの表情と声で言います。
「できますよね、赤さん? 夜明けが迫ってきたら、あたしたち全員を魔法の障壁で包んでほしいんです。夜が明けて、魔力が復活したら、あたしはすぐにまた守りの魔法と継続の魔法を使いますから。その間だけ、あたしたちを守っていてください」
魔法使いは、ちょっと考えてから答えました。
「俺の魔法はポポロの魔法ほど強力ではないから、俺の周りにいる者しか守ることができない。夜明けの瞬間に俺の近くに来てくれるなら、おまえたちを守ることができるだろう」
「そんな! もしも戦闘になって、赤さんの障壁に入るのが遅れたら、みんなは――!」
とたんにゼンがフルートの頭を殴りました。兜に音が響いて思わず頭を抱えた親友を、じろりとにらみます。
「俺はポポロの作戦のほうに賛成だ。もしも戦闘になったらだと? んな危険があるなら、なおさらおまえを一人になんてしておけるか。絶対に無茶しやがるに決まってるからな」
「そうそう! それに、あたいは待つのが大嫌いなんだ。たとえほんのちょっとの間だって、何もしないでただ地上で待つなんてのは、まっぴらごめんだよ!」
とメールも口を尖らせます。
ルルはフルートを乗せているポチをにらんでいました。
「あなただけ抜け駆けするなんて許さないわよ。私だってここで戦いたいんだから。どうしても地上に戻れと言うなら、あなたと私が交代しましょう。私がフルートとここに残るわ」
「ワン、そんな! みんなに戻れって言ってるのは、ぼくじゃなくてフルートなんですよ!」
と巻き添えを食らったポチが悲鳴を上げます。
「よし、決まりだ。俺たちは地上には戻らねえ。このまま先に進んで、この奥にいる闇をぶっ潰す。ポポロ、夜明けを見逃さねえように、しっかり地上を見張ってろよ。ルル、ポチ、ポポロが夜明けを知らせたら、すぐに赤さんのところに飛ぶんだ。いいな?」
とゼンが言いました。いつの間にかリーダーの立場をフルートから奪ってしまった恰好です。仲間たちはすぐに大きくうなずきました。フルートだけが、そんなのはだめだ……! と反論を続けていますが、誰も相手にしません。
そんな様子を見ていたロズキが、急に深い溜息をつきました。ひとりごとのように言います。
「いくら金の石の勇者の命令でも、納得しなければ従わないのか。本当に友だち同士なのだな……」
すぐ近くにいた赤の魔法使いだけが、そのことばを聞きました。ちょっと考えてから言います。
「彼らはそうやって友人を過酷な定めから守ってきた。彼らがいたから、勇者は今でも願い石に負けずに存在しているんだ」
それを聞いて、ロズキはまた考え込んでしまいました。うつむき、ことばを選びながら言います。
「セイロス様が聖守護石と共に願い石のところへ行く、と言われたとき、私は本当はお止めしたかったのだ……。セイロス様にはずっと我々と共にいて、我々の王になっていただきたかった。だが、これは金の石の勇者の真の役目なのだ、と強く言われて、我々は頭を垂れてしまった。あの時、お止めすることができれば、きっと戦いは変わっていたのだろう……」
そこまで言って、戦士は口をつぐみました。また体が消え始めたからです。深い後悔と一緒に、過去の出来事を呑み込みます。
赤の魔法使いは静かに答えました。
「過ぎてしまったことを言い続けても、どうしようもないだろう。起きてしまった出来事は、もう変えることはできないのだからな。それよりも、今と未来をどう生きるかを考えるほうがいい」
「後悔も恨み言も忘れて、か? 言うのはたやすいが、実行は難しそうだ」
と戦士は答えました。悲しい苦笑を浮かべています。
「後悔や恨みは心を蝕(むしば)むぞ。俺の仲間がよくそう言う――」
と言って、赤の魔法使いは急に黙ってしまいました。自分が言ったことばに、なんとなく、どきりとしたのです。いつまでも過去の出来事にこだわって、故郷の村を恨んでいるのは、自分自身ではないだろうか、と考えます……。
戦士と魔法使いから少し離れた場所では、ようやくフルートたちの話し合いがまとまっていました。
「よぉし、それじゃ前進しようぜ! 早いとこ闇の大元を見つけて、敵がいたらぶっ飛ばして、闇の噴火を終わらせるんだ!」
相変わらずゼンが一行のリーダー役になっています。本当に気をつけろよ、とフルートは心配を続けています。
「それじゃ行くわよ!」
「ワン、速度を上げますよ!」
と言ったのは犬たちでした。あいよ! とメールが水晶のナイフを掲げ、ポポロも大きくうなずきます。
一行はマグマの川の上をまた飛び始めました――。