赤の魔法使いが作り出した冷気が、マグマに向かって吹き降りていきました。びょうびょうと音をたてながらマグマを冷やしていきます。
すると、赤く輝いていたマグマの表面が黒く変わって、岩の塊になっていきました。センザンコウが風を吹きつけて足場を作ったのと同じことですが、こちらのほうが大がかりで温度も低いので、小さな島ができあがります。
ただ、マグマは常に流れて動いていました。作った島もすぐに割れて押し流されていきます。それでも魔法使いが冷気を送り続けると、島は次第に大きく育って、岩も分厚くなっていきました。
「行くぞ!」
とフルートは先頭を切って飛び出しました。マグマの上の浮島へ、ためらうことなく下りていきます。続いて島へ下りたのはゼンでした。ロズキもその横へ舞い下ります。
ところが、それに続いてメールまでがルルから飛び下りてきたので、ゼンは仰天しました。
「戻れ、馬鹿! おまえはここで戦えねえだろうが!」
「戦えるさ! あたいだって戦士だよ! 渦王の鬼姫なんだからね!」
とメールは言い返しました。気の強さは相変わらずです。
「何言ってやがる! おまえは武器が何もねえだろうが! ここには花もねえんだぞ! どうやって戦う!?」
「これがあるさ!」
とメールが見せたのは、先に上の洞窟でゼンが折って渡した水晶でした。六角柱の結晶がナイフのようにきらめきます。
「馬鹿、んなもんで――」
けれども、ゼンは最後まで言い切ることができませんでした。島へ下りたフルートたちを見て、センザンコウたちがいっせいに攻撃を始めたからです。刃物のようなうろこが雨あられと飛んできます。
「金の石!」
とフルートは叫びました。金の光が盾のように頭上に広がり、うろこを跳ね返します。
何度うろこを飛ばしても効かないとわかると、センザンコウたちはまた体で攻撃を始めました。丸くなって飛んできます。
「よけろ!」
とフルートがまた叫び、四人はあわてて小さな島を逃げ回りました。センザンコウの弾丸が次々に落ちてきて、島をぐらぐらと揺らします。マグマに浮かんでいるだけの、頼りない陸地です。
ところが、センザンコウがすぐには動き出さないのを見て、ゼンが歓声を上げました。
「いいぞ! 見てろ!」
と、まだ丸くなったままのセンザンコウに駆け寄り、むんずとつかんで頭上に持ち上げてしまいます。センザンコウはいっそう固く体を丸めましたが、ゼンはそれをマグマの中へ投げ込んでしまいました。怪物がキーッと悲鳴を上げて燃えていきます。
「私たちも行きましょう!」
とルルはポチと一緒に舞い下りていきました。島の上でまだ丸くなっているセンザンコウに襲いかかり、風の力で吹き飛ばします。丸い形のセンザンコウは停まることができなくて、島の外へ転がっていきました。周囲は煮えたぎるマグマです。たちまち燃えながら押し流されてしまいます。
丸くなったままでは分が悪いと悟ったのか、センザンコウは島に飛び下りると、すぐに体を開くようになりました。さらに刃物のようなうろこを逆立てたので、素手のゼンにはつかめなくなります。
すると、今度はフルートが飛び出していきました。うろこの隙間へ鋭く剣を突き出します。センザンコウはあわててうろこを発射しましたが、フルートの鎧と盾が全部弾き返しました。炎の剣がうろこの奥の体に突き刺さり、敵を燃え上がらせます。
ロズキも別のセンザンコウへ突撃していました。センザンコウのうろこは撃ち出してもすぐに復活してきますが、次のうろこが育つまでに数秒の時間が必要でした。その隙を狙って、うろこにおおわれていない場所へ剣を突き立てます。センザンコウは逃げ出しましたが、島の端まで逃げたところを、ロズキの魔法に足元の岩を崩されて、やはりマグマに落ちてしまいました。
二人の戦士の周りで、怪物はどんどん減っていきます。
「よぉし、あたいも!」
とメールは飛び出しました。駆け寄っていったのは、島に降りてきたばかりで、体を完全に開いていなかったセンザンコウです。丸めた体の中から顔が出てきた瞬間を狙って、その目に水晶のナイフを突き立てます。
センザンコウは悲鳴を上げて、また巨大なボールに戻りました。反射的に身を守ったのです。
「うまいぞ、メール!」
とゼンが駆けつけてきて、ボールをマグマに投げ込みました。良い連携です。
けれども、どれほど仲間を倒されても、センザンコウはフルートたちを襲い続けました。浮島はマグマの湖を流れに乗って動いているのですが、岩壁を這って追いかけてきては、うろこを撃ち出し、体当たりをしてきます。
五匹目のセンザンコウを仕留めたロズキが言いました。
「しつこい連中だ……。これぐらいやられたら、いいかげん逃げていっても良いはずなのに……」
大柄でたくましい戦士ですが、肩で息をしていました。兜をかぶっていない顔には大量の汗が流れています。マグマに浮かぶ島の上なので、魔法でも熱気を防ぎきれずにいたのです。
「闇の気でおかしくなっているからだ。凶暴になっていて、ぼくたちを殺すまでは戦いをやめないんだ」
とフルートは答えました。こちらは魔法の鎧を着ているので、暑さはまったく平気ですが、真剣な顔つきになっています。ずいぶん倒したのに、敵はまだ二十匹以上残っていました。どれもが、かなりの高速で頭上を飛び回り、隙を見ては島に突撃してくるので、油断ができません。最後の一匹を倒すまでには、まだ時間がかかってしまいそうです――。
そこへポポロの泣き声が聞こえてきました。
「フルート、地上で空が少しずつ明るくなってきたわ! 夜明けが近づいてきたわよ……!」
フルートは思わず唇を強くかみました。このままでは時間切れになってしまいます。
一瞬考えた後、フルートは顔を上げて言いました。
「赤さん、魔法を停めろ! もう冷やさなくていい!」
全員は仰天しました。浮島のすぐ下は灼熱のマグマです。魔法で冷やし続けなければ、島はまた溶けてしまいます。
「んなことしたら、俺たちはマグマに落ちてお陀仏だぞ!?」
とゼンがどなると、フルートは首を振りました。
「島はすぐには消えない! ぎりぎりまで戦い続けるんだ!」
無茶なことこの上ない指示です。馬鹿な! と言いかけたロズキは、ゼンやメールがフルートと一緒にまた激しく戦い出したのを見て驚きました。頭上では赤の魔法使いがすでに風の魔法を停めていました。島は湯に落ちた氷のように溶け始めているのに、それでも戦いを続けているのです。二匹の風の犬も、フルートたちを救出するのではなく、敵を倒すほうに全力を注いでいました。全員がフルートの命令に従っています。信じられないほどの統率力でした。
気がつけば、ロズキ自身も島に留まって戦っていました。飛び上がって逃げようとするセンザンコウに切りつけて、傷を負わせます。すると、その隣に赤の魔法使いも飛び下りてきました。反撃してきたセンザンコウを、魔法でマグマへたたき込みます。
みるみる小さくなっていく溶岩の浮島で、フルートたちと十数匹になったセンザンコウは激戦を続けます――。
すると、突然島が真ん中から二つに割れました。マグマに溶かされて崩れてきたのです。割れ目から落ちそうになったメールを、ゼンがあわてて引き寄せます。ゼンとメール、フルートとロズキと赤の魔法使いが、二つの島に別れ別れになってしまいます。
ゼンとメールがセンザンコウに取り囲まれていくのを見て、フルートが叫びました。
「ルル、助けに行け! 奴らをマグマに落とすんだ!」
ルルは空から急降下しました。ゼンとメールの周りで渦を巻き、センザンコウを追い払います。
ところが、怪物は岩に爪を立ててしがみつきました。どんなに強い風が吹きつけても、びくともしなくなります。
「吹き飛ばせないよ!」
とメールが言いました。この強風では弓矢も使えないので、ゼンは歯ぎしりします。ルルが回転をやめてしまえば、センザンコウは再び襲いかかってきます。
その時、島が大きく揺れて、また二つに割れました。割れ目の上にいたセンザンコウがマグマに落ちます。島はさらに崩れて溶けていきました。島のかけらがひっくり返り、しがみついていたセンザンコウたちもろとも、マグマに呑まれていきます――。
その上空にルルが舞い上がっていました。背中にはゼンとメールを乗せています。二人は別の島に向かって叫びました。
「おまえらも早く上がれ!」
「そっちも崩れるよ!」
彼らの言うとおり、フルートたちが乗った島も砕けて溶けていました。島がみるみる小さくなっていきます。
フルートは言いました。
「赤さんとロズキさんは空へ飛べ! センザンコウが逃げないように抑え込むんだ! ポチ、来い!」
魔法使いといにしえの戦士はすぐに島から舞い上がりました。まだ残っていたセンザンコウを、魔法で島へ押しつけます。フルートへはポポロを乗せたポチが急降下していきます。
ところが、一匹のセンザンコウが魔法から逃れていました。フルートへ突進して、激しい体当たりを食らわせます。フルートは音をたてて倒れました。その上にセンザンコウがのしかかります。
「フルート!!」
と仲間たちは叫びました。島が崩れ砕けてマグマに呑み込まれていくのに、フルートはセンザンコウを追い払って逃げることができません。
「いかん!」
と赤の魔法使いとロズキが助けようとすると、とたんにフルートにどなられました。
「魔法を停めるな!! 最後まで手を緩めるんじゃない!!」
抑え込む力が弱まったので、センザンコウが逃げ出そうとしていました。魔法使いと戦士が急いでまた魔法で押さえつけます。
そこへポチが飛び下りてきました。センザンコウの真っ正面から突撃して、ガウッと牙をむきます。センザンコウは自分より巨大な風の怪物にたじろいで、一瞬身をひきました。その隙にフルートは剣を突き出し、センザンコウの顔に突き立てます。
怪物は大きな炎に包まれました。前脚の下に抑え込んでいたフルートも一緒です。火の中にその姿が見えなくなってしまいます。
島がついにばらばらに砕けました。あっという間に小さくなってマグマに呑まれていきます。岩も、炎を上げて燃えるセンザンコウも、マグマの中に消えていきます――。
すると、火の中からポチが飛び出してきました。背中ではポポロが泣きながらフルートを抱きしめています。フルートのほうは金のペンダントを彼女に押し当てていました。炎をくぐってフルートを救出したので、火傷を負ってしまったのです。火傷が癒えた後も、ポポロの涙は停まりませんでした。フルートを堅く抱きしめ続けています。
上空でまた一緒になった一同は、マグマの湖を見下ろしました。もう島はどこにもありません。センザンコウも一匹残らずマグマに呑まれました。ようやく激闘が終わったのです。
けれども、それにほっとしている暇はありませんでした。すぐにフルートが仲間たちへ言います。
「もう時間がない。闇の出所を見つけて元を断つんだ。急げ!」
おう! と仲間たちは応えると、一丸となってマグマの湖の奥へ飛んでいきました――。