「あったぞ! 穴だ!」
地下深くに広がるマグマの湖を飛ぶルルの上から、ゼンが前方を指さしました。大きくカーブした岸の岩壁に、丸い穴がぽっかりと口を開けています。
ポチがルルと並んで飛びながら言いました。
「ワン、いやに綺麗な穴ですね。誰かが削って作ったみたいだ」
「調べてみよう」
とフルートが言ったので、一行は用心しながら近づいていきました。そばへ行ってみると、彼らの中で一番長身のロズキよりも高さがあります。
周りを見回したルルが、あらっと声を上げました。
「穴はもっとあるわよ。ほら、そこにも、あそこにも……あっちにも、たくさん!」
その付近の岩壁には、いくつもの穴が開いていたのです。数えてみると、マグマの水面に近い場所から天井にいたるまで、三十以上もありました。
「なにさ、この穴。ポポロ、奥は見えるかい?」
とメールに訊かれて、ポポロは頭を振りました。その付近は闇が本当に濃かったので、暗闇に包まれたように、魔法使いの目が効かなくなっていたのです。
くんくん、と穴の中の匂いを嗅いで、ルルは首をかしげました。
「変ね。この穴も特に闇の匂いが濃いってわけじゃないわ。ここが闇の吹き出し口なのかと思ったのに」
「ワン、でも何かの生き物の匂いがしませんか? ぼくが嗅いだことのない匂いだけど、なんだか――」
とポチは言いかけて、急に、ぴくっと耳を動かしました。
「ワン、何かが奥から近づいてくる」
「ほんと。何かがこすれる音がするわ」
とルルも言います。
「上昇しよう!」
とフルートが言ったので、犬たちは穴より高い位置へ舞い上がりました。赤の魔法使いとロズキも続きます。
すると、彼らの耳にも穴の中から音が聞こえてきました。ずずっ、ざざざっと重いものをこするような音です。
やがて穴の入口に現れたのは、砕けた岩の山でした。奥の方から穴の外へと押し出されて、マグマの湖へ落ちていきます。とたんにマグマは激しく泡立ち始めました。大小の泡がはじけて、真っ赤なしぶきをまき散らします。同時に猛烈な煙が湧き上がりました。あっという間に湖のある洞窟が煙でいっぱいになってしまいます。
「金の石!」
とフルートは叫び、自分たちの周囲を金の光で包みました。激しく咳き込んでいた仲間たちが、すぐに落ち着きます。
「ったく。煙はこうやってできてやがったのかよ。何も見えないじゃねえか」
とゼンが文句を言います。
煙はまるで生き物のように後から後から湧き上がっていました。無数のこぶを作りながら広がり、マグマの光を映して真っ赤に染まります。煙が濃すぎて、本当に、何も見えません。
けれども、そんな中でも赤の魔法使いは穴の方向を見ていました。
「何か生き物が出てきたぞ」
と猫のような目を凝らしながら言います。
生き物、と一同はまた緊張しました。高温のマグマと有毒ガスと煙が充満するこの場所に、どんな生き物がいるんだろう、と考えます。先ほど遭遇した人面火のような、闇の怪物かもしれません――。
すると、いきなり洞窟の中に強風が吹き出しました。マグマが流れていく方向へ、ごうごうと吹いていきます。
煙が風下へ流されていったので、周囲がまた見えるようになってきました。湖の表面ではマグマが風に冷やされて黒く固まり、そこをまたマグマが突き破って噴き出していました。流れる血の色を連想させる、ひどく不気味な眺めです。
けれども、彼らはマグマではなく、岩が落ちてきた穴を見つめていました。大きな尖った鼻面が出ていたからです。匂いを嗅ぐように動き回っています。
「なに、あれ……?」
とルルが言って、しっ、とポチに注意されました。全員が息を殺して鼻面を見守ります。
やがて、穴の中から、からりと岩のかけらが落ちて、大きな生き物が顔を現しました。細長い三角形の頭に黒い目が二つ、穴にかかった前脚には鋭い爪が伸びています。
と、生き物はまた穴の奥に引っ込みました。頭が見えなくなってしまいます。
「あれは? 巨大なモグラかな?」
とフルートに聞かれて、ゼンは首を振りました。
「顔が全然違う。獣のようだが、あんなヤツは北の峰にはいねえ」
すると、穴の奥からまた音が聞こえ始めました。ずずっ、ごごご、と引きずる音がして、大量の岩が穴の外に出てきます。マグマに落ちて溶けた岩は、猛烈な煙を巻き上げました。洞窟がまた煙でいっぱいになります。
「ワン、あいつが岩を押し出しているんだ」
とポチが言ったとたん、また強い風が吹いてきました。煙をすっかり押し流すと、ぱたりとやんでしまいます。
ロズキは眉をひそめました。
「不自然な風だな。魔法のしわざのように感じられるぞ」
ずっと沈み込んでいたロズキですが、この状況には、さすがに戦士の顔つきに戻っています。
そこへ穴から獣がまた姿を現しました。今度は体の後ろ半分が見えています。その背中が一面大きなうろこにおおわれていたので、一同は驚きました。こんな生き物はこれまで見たことがありません。
ところが、赤の魔法使いだけは、その正体を知っていました。
「センザンコウだ。だが、なんて大きさだ」
センザンコウ? と一同は聞き返しました。やはり初めて聞く名前です。
「そういう名前の獣だ。毛の代わりに、大きなうろこで体中がおおわれている。だが、普通は森に住んでいるし、体ももっと小型だ。これは特殊なセンザンコウだな」
赤の魔法使いの話を聞いて、ゼンは腕組みしました。
「山の中から岩を運んできてマグマに投げ込んでいるのは、あのセンザンコウだな? このあたりは闇が濃いし、闇の怪物なんじゃねえのか?」
「違う。金の石は反応していないよ」
とフルートは答えました。魔石は金の光で彼らを煙から守り続けていますが、明滅して闇の怪物の接近を知らせてはいなかったのです。
「あれも毒虫たちと同じじゃないの……? 闇の影響を受けて、おかしくなっているのかもしれないわよ」
とポポロが言います。
すると、センザンコウがまた向きを変え、長い鼻面を突き出して彼らを見上げてきました。シシ、シーッと鋭い声を上げます。
「ワン、見つかった!」
とポチが言った瞬間、その体の中を何かが突き抜けていきました。風の尾を鋭く断ち切ってしまいます。
「ポチ!!」
と仲間たちが叫ぶと、ポチは、ひゅっと向きを変えました。センザンコウからまた何かが飛んできたので、かわしたのです。切れた尾は元に戻っていました。
「ワン、大丈夫ですよ。ぼくは風だから――。でも、気をつけて。あいつ、何かを撃ち出してきますよ!」
とポチが言ったところへ、また黒いものが飛んできました。今度はロズキを直撃します。
「はっ!」
と戦士は剣を抜いて切りつけました。堅い音がして何かが弾け飛び、すぐそばの岩壁にぶつかります。そちらを見て、彼らは目を丸くしました。岩には薄くて丸い円盤のようなものが突き刺さっていたのです。
「うろこだよ!」
「あいつ、自分のうろこを撃ち出してきやがる!」
とメールとゼンが叫びます。
センザンコウは穴から這い出していました。鋭い爪で岩壁をよじ登って、彼らを同じ高さまで上がろうとしています。その体つきはカワウソか大きなトカゲのように見えました。細長い体の後ろに長い尾があって、四本の短い脚で歩いています。全身は大きな丸いうろこでびっしりとおおわれ、今はそれがすべて逆立って、まるで松ぼっくりのような姿になっていました。
と、その一枚がまた背中から飛び出しました。回転しながらルルのすぐ目の前を飛びすぎていきます。ゼンは思わず身をひきました。うろこは研ぎ澄まされた刃物のようだったのです。
「気をつけろ! センザンコウのうろこに触れると怪我をするぞ!」
と赤の魔法使いが警告します。
フルートはセンザンコウから周囲へと目を移して見回していました。
「あいつは火山の煙を作っていた。煙はきっとロムドまで流れている。あいつに煙を作らせている奴がいるんだ。そいつがこの噴火を起こしている張本人だ……!」
それを聞いてポポロもあたりを見回し始めました。相変わらず闇が濃くて見通しがききませんが、それでも懸命に目を凝らします。
すると、闇の向こうに何か巨大な影が見えたような気がしました。強い魔法の気配もします。
「あっちよ! あっちに何かいるわ!」
とポポロは指さしました。それはマグマが流れていく方向でした。
よし、と一同はまた飛び始めました。うろこのセンザンコウを振り切ろうとします。
すると、センザンコウがまた鋭い声を上げました。
シーッ、シシシシ、シーッシーッ……!!
声がマグマの湖の上に響いていくと、突然まわり中から岩が降り出しました。岩壁に開いた穴という穴から、岩のかけらが落ちてきたのです。マグマに落ちて、また激しいしぶきと煙を上げます。
フルートはとっさに金の光で仲間を守りましたが、その場から動けなくなってしまいました。濃い煙がたちこめ、やがてまた風が吹いてきて、煙を運び去っていきます――。
再び見通しがきくようになったとき、彼らは、あっと声を上げて驚いてしまいました。うねり流れるマグマの湖を囲む岩壁や天井に、たくさんのセンザンコウが姿を現していたからです。ざっと数えただけでも四、五十匹はいます。先のセンザンコウに呼ばれて、他の穴からも這い出してきたのです。シシシ、シーッと鋭い警戒の声が湧き起こります。
「ワン、攻撃してくる!」
とポチが叫んだとたん、彼ら目がけて無数のうろこが飛んできました――。