やがて、フルートたちはマグマの湖の岸辺にたどり着きました。黒い溶岩の地面がマグマの中へ伸びていて、反対側は目もくらむような高い岩壁になっています。岸に降り立った一同は、目の前の湖を声もなく眺めてしまいました。マグマが巨大な泉のように噴き出している場所だったのです。
マグマは赤く輝きながら盛り上がり、周りに広がって波紋を作っていました。時折、大量のマグマが噴き上がってくると、泡のように弾けて、周囲に赤いしぶきを散らします。しぶきは岸の近くまで飛んできて、冷えて黒い溶岩になっていました。岸辺に厚く降り積もっています。
「ここはマグマが冷えて固まった場所なのか――」
とフルートはつぶやきました。溶岩そのものは堅いのですが、なんとなく、足の下が絶えず揺れ動いているような、心もとない感じがしました。浮島のように、マグマの湖に浮いている場所なのかもしれない、と考えます。
ゼンはマグマの噴き出す場所を目を細めて見ていました。やがて、思い出すような調子で話し始めます。
「あのマグマは地面の本当に深い場所から湧いてくるんだぜ……。そこはあんまり熱すぎるから、岩は全部どろどろに溶けちまってるらしい。それが噴き上がってきて、途中に溜まったのがマグマ溜まりだし、そこからまた地上に噴き出せば、それは火山になるんだ。親父たちが言ってたぜ」
「すごいよね……」
とメールも目を細めてマグマの泉を眺めていました。
「あたいたち、ポポロに熱が平気になる魔法をかけてもらってるのに、それでも暑さを感じるもんね。地面の奥底は、あんなのがあるくらい熱いんだね」
ポチとルルは犬に戻って、周囲の匂いを嗅いでいました。
「ワン、どうですか、ルル? 闇の匂いはあそこから出てくる感じですか?」
とポチが尋ねると、ルルは首をかしげました。
「さっきの場所より、こっちのほうが匂いは確かに強いんだけど、あそこが出所じゃない気がするわ……。匂いの強さが変わらないんですもの。闇はどこか別の場所から来ているんだわ」
「ワン、別の場所ってどこだろう?」
とポチはあたりを見回しましたが、煙もたちこめているので、見通しがあまり効きません。
「すさまじいな。落ちたらひとたまりもないだろう」
と赤の魔法使いも煮えたぎるマグマを見て言いましたが、隣のロズキは返事をしませんでした。何かを考えるように、ずっと黙り込んでいます。
フルートはポポロに尋ねました。
「今は何時頃だろう? 君の魔法は、あとどのくらい持つ?」
ポポロはすぐに目を上に向けました。はるかなまなざしをしてから答えます。
「まだ空は暗いけれど、星の位置から見て、夜明けまであと二時間くらいだと思うわ。地上にまた戻る時間も考えたら、あまり余裕はないわよ……」
フルートは難しい表情になりました。早くしなければ、と気持ちは焦るのですが、湧き上がってくる高温のマグマを前に、何をどうしたらよいのか、すぐには思いつきません。
すると、メールが言いました。
「ザカラスの西の火の山からは、ものすごい煙が出てる、って話だったよね? それがザカラスやロムドに流れているんだろ? ここにも煙はあるけどさ、けっこう向こうのほうまで見えるし、そんなふうに国中に広がるほどたくさんには見えないんだけどなぁ。どういうことなんだろ?」
この質問には、さすがのゼンも答えられませんでした。腕組みして、うぅんと首をひねってしまいます。
フルートが考えながら言いました。
「ここに来るのに水晶の洞窟の床を壊したら、ものすごい煙が湧き出したよな……。もしかすると、火山の煙は爆発するときにたくさん生まれるのかもしれない。ここにはマグマは湧き出しているけれど、爆発は起きていないから、煙も大したことないのかもしれないな」
「ワン、それでも見通しは悪いですよ――。ルルが、ここではあまり闇の匂いがしない、って言ってます。マグマはここから向こうのほうへ流れているし、あっちに闇の出所があるんじゃないですか?」
とポチが言ったので、ポポロと赤の魔法使いはすぐに遠い目になりました。が、間もなくポポロが首を振ります。
「だめ、あたしにはもう見えないわ……。この先は闇がとても濃くなっているのよ」
赤の魔法使いのほうは、猫のような金の瞳で、じっと行く手を見ていました。ムヴアの魔法は闇に透視を邪魔されることがないのです。やがて、不思議そうに言います。
「この先の岩壁に、いくつもの穴が開いている。ただそれだけだが、自然にできたものではない感じだ。こんな地下深い場所では妙なことだな」
「行ってみよう」
とフルートが即座に言ったので、ポチとルルはまた風の犬に変身しました。全員で湖の岸から飛びたちます。
その時、彼らの後ろでひときわ大量のマグマが噴き上がりました。マグマの水面が彼らがいる場所より高く持ち上がって、崩れていきます。真っ赤なマグマが一面に飛び散ったので、犬たちはあわててかわしました。赤の魔法使いやロズキは、魔法で熱いしぶきを防ぎます。
ゼンが今飛びたってきた岸を指さしました。
「見ろ!」
湧き上がってきた大量のマグマは、赤い大波になって広がっていました。黒い溶岩の岸辺を呑み込み、さらに奥まで揺すぶります。
すると、岸が岩壁からちぎれました。フルートが最初に考えたとおり、マグマの上に浮いているだけの陸地だったのです。岩壁から離れ、いくつものかけらになって、マグマに押し流されていきます。
「もうちょっと長くあそこにいたら、マグマに呑まれてたね……」
とメールが、ぞっとしたように言いました。間一髪です。
けれども、呆然としている暇はありませんでした。マグマのしぶきが落ち着いてくると、フルートは、行くぞ! と言い、一行はまた先へ急ぎ始めます。
ロズキは、そんなフルートたちから少し遅れて、ついてきていました。その距離がいつまでたっても縮まらないので、赤の魔法使いが引き返して並びました。
「どうした。彼らに言われたことをまだ気にしているのか?」
いにしえの戦士はすぐには返事をしませんでした。下のマグマを眺めながら飛び、やがて、ようやく口を開きます。
「私はずっと、光の軍勢の一番隊長を務めてきた……。セイロス様もそんな私を信頼してくださったし、我が右腕だ、とまで言ってくださった。私は誰よりもセイロス様のおそばにいるつもりだったのだが――」
昔話を始めた戦士を、魔法使いは用心するように見つめました。その体が消え始めたら、すぐに止めようと構えますが、呪いの魔法はまだ発動しないようでした。戦士は話し続けます。
「私は誰よりも、セイロス様を大事に思ってきたつもりだった。戦いのときには必ずセイロス様の前に出て敵を排除したし、敵の仕掛けた罠も見破ってきた。光の軍勢にとってセイロス様が絶対だったように、私にとっても、セイロス様のご意志は絶対のものだった。たとえ光になって闇の竜を倒すと言われても、それに言い逆らうなど思いも寄らなかったのだ」
ロズキがまた黙り込んでしまったので、赤の魔法使いは少し考えてから言いました。
「俺もロムドの国王陛下に仕える身だ。陛下がこうしろと命じられたら、俺はそれに従うし、陛下がこうするとおっしゃったら、俺は黙ってそれを聞く。俺たちには主君のことばは絶対だ」
すると、ロズキが聞き返してきました。
「王が、自ら死ぬとおっしゃったときにはどうする? 君の主君でなくてもいい。君の大事な人がそう言ったときには?」
魔法使いは驚いた顔をしました。先より長く考えてから答えます。
「それが陛下の本当のご意志であれば、やはり黙って聞くかもしれんな。だが、俺の友人たちがそう言ったら、それはわからん。どんなにそうすることが正しいとわかっていても、やはり止めるかもしれん――」
それきり、赤の魔法使いも黙り込みました。ロムド城に残っている四大魔法使いたちを思い出してしまったのかもしれません。ロズキもまた何も言わなくなります。
闇の出所を探し求めて飛ぶフルートたちと、その後を寡黙についていく魔法使いと戦士。そんな一行の下を、赤く輝くマグマは激しく流れ続けていました。