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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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45.友だち

 先を飛ぶフルートたちに追いついたロズキは、さらに前に出て、先頭を行くフルートに並びました。

 フルートはまだ泣いているポポロを抱きながら、周囲を鋭く見渡していました。すぐ後ろを飛ぶルルへ尋ねます。

「闇の匂いはどうだ?」

「まだしてるわよ。人面火は倒したのにね。あれが闇を発していたわけではないみたいよ」

「どこかに闇の源があるんだな。あいつはそれに惹かれて集まってきた悪霊だったんだ。どっちに源があるか、わかるか?」

「このマグマが流れていく先のほうが、闇の匂いは濃いわよ」

 それを聞いて、ポポロは必死で涙をぬぐいました。行く手へ目をむけ、遠いまなざしになって透視を始めます。ゼンとメールも厳しい表情で行く手を見ていました。何かがあれば絶対に見逃さない、という表情です。

 

 ロズキはちょっとためらってから、フルートに声をかけました。

「悪いが、少しだけ話をしてもいいか?」

 なんですか? とフルートは言いました。戦士に対しては、仲間たちより丁寧な口調になっています。

「さっき、君が言っていたことだ。願い石は自分の中にある――君はそう言ったが、本当なのか?」

「本当です」

 とフルートはあっさり答え、ロズキが驚いて絶句したのを見ると、ことばを続けました。

「金の石の勇者は願い石とも出会う定めなんだ、と言われました。デビルドラゴンを完全に世界から消滅させるためには、人間と金の石と願い石の三つが揃わなくてはいけないから。実際に、彼らと一緒に光になって、奴を消滅させようとしたこともあります」

「だが、君はここにいるし、闇の竜もまだ存在する。君は願わなかったのだな。どうやって願い石から逃れたのだ? あの石を手に入れた人間は、必ず自分の願いを言いたくなる。あのセイロス様でさえ敗れてしまわれたのに……」

 信じられない顔をするロズキに、フルートは微笑を返しました。さらに後ろのほうへ目を向けながら答えます。

「ぼくの力じゃありません。彼らのおかげです」

 そこにはルルに乗って飛ぶゼンとメールがいました。話を聞いていたゼンが、口の片端を持ち上げて、苦い笑い顔を作って見せます。

「苦労したんだぜ。このすっとこどっこいは、世界のために本当に光になろうとしやがるんだ。今でも、ちょっと目を離すと、すぐ石たちと話してやがる。ったく、油断できねえ馬鹿だぜ」

「そうそう。そのたびにあたいたちが必死で呼び戻すんだよ」

「困った人よね、本当に」

 とメールやルルにも言われて、フルートは顔を赤くしました。

「最近はもう願ってないじゃないか。いいかげん信用しろったら」

「いいや、信用できねえ。おまえはホントに底抜けのお人好しだからな。いつまた光になろうとしやがるか、わからねえや」

「もうやらないよ!」

 むきになって言い張るフルートの下で、ワンワン、とポチがほえました。ポチもゼンの意見に賛成しているのです。

 

 ロズキはますます驚いた顔になりました。しばらく考えをまとめるように黙ってから、確認してきます。

「つまり、君は本当に光になることを願おうとしたのか? 自分の願いをかなえるのではなくて」

「みんなのためにはそうするのが一番いいと思ったんですけどね……みんなに止められました」

 とフルートは答えました。苦笑しています。

 どうして? とロズキはまた尋ねました。

「光になれば世界を救えるとわかっていたのだろう? セイロス様のように自分の願いを語る危険もなかったのなら、どうしてそうしなかったのだ? 世界を闇から救うことができたのに。何故、皆はそれを止めたのだ?」

 これを聞いてフルートは顔色を変え、仲間たちはたちまち激怒しました。

「そんなのあたりまえだろ! 願い石に光にしてもらったら、フルートは魂も残さずにこの世から消えちゃうんだよ!」

「そうよ! それってつまり、フルートが消滅しちゃうってことなのよ! 死ぬより悪いわ!」

「ワンワン、そんなこと絶対にさせられません! フルートはぼくたちの大事な友だちなんだから!」

 ゼンはただ、馬鹿野郎、と低くつぶやきました。静かにさえ聞こえる声は、怒って大声を上げるより、ずっと危険な状態でした。腹を立てすぎて爆発寸前になっているのです。

 フルートがあわてて仲介しようとすると、赤の魔法使いが追いついてきて言いました。

「彼は戦士だ。戦士は戦いに勝つことを一番に考える。有効に見える戦術がありながらそれを使わなかったら、理由を知りたいと思うのは当然のことだろう」

 と取りなしますが、仲間たちの怒りはまだ収まりませんでした。

「どんなに有効な戦術だって、そのためにフルートが死ななくちゃいけないのなら、あたしたちは絶対にやらせません! だって、フルートは、あたしたちのフルートなんだもの!」

 と言ったのはポポロでした。また涙が浮かんできた目で、ロズキをにらみつけています。その両腕はフルートの体をしっかり抱きしめていました。何があっても絶対に渡さない、と態度で示しています。

「だが、セイロス様は――」

 と言いかけて、ロズキは黙ってしまいました。その体がたちまち透き通ってきたからです。過去の戦いについて語ることができない、闇の竜の呪いです。実体に戻った戦士は、何故かひどく悲しげに見えました。うつむいて、じっと唇をかんでいます。

 

 すると、ゼンが口を開きました。

「俺のほうからも聞かせろよ。二千年前、セイロスは光になってデビルドラゴンを消滅させようとしたが、結局願い石の誘惑に負けちまった。それは俺たちも知ってる。でもよ――あんたたちは、どうしてそれをセイロスにやらせたんだ? 止めようとは思わなかったのかよ?」

 相変わらず、静かなほど低い声でした。フルートが心配そうに親友を見ます。

 ロズキはうつむいたまま首を振りました。

「できるはずがない。定めの石の結界は強力だ。中で何が起きているのか、誰にも知ることができなかったのだ」

「そうじゃねえ。どうしてセイロスを願い石のところに行かせたんだ、って聞いてんだよ。俺たちに、どうしてフルートを引き止めたんだ、って言うけどよ、俺たちのほうこそ知りてえや。どうしてセイロスを引き止めなかったんだ? 光になればセイロスが消滅するって、あんたたちだって知っていたんだろう?」

 責める口調でした。ロズキが、かっとしたように顔を上げて言い返します。

「何故止められる!? セイロス様は金の石の勇者で、我々の主君なのだぞ! そのお方が崇高な志を持って、世界を救いに行くとおっしゃっているならば、我々がそれを止めることなど、できるわけがないだろう!」

 フルートの仲間たちは一様に驚いた顔になりました。できるわけがないだろうって……とメールがつぶやきます。

 やがてまた口を開いたのはゼンでした。苦い顔でロズキを眺めて言います。

「どうしてあんたらがセイロスを止められなかったのか、わかったぜ――。あんたらにとって、セイロスはどこまでいったって自分たちの主人だったんだな。だから、そいつの言うことは絶対だったし、命令には従わなくちゃならなかったんだ……。俺たちはそうじゃねえぜ。こいつは俺たちの主人でもなんでもねえ。ただの友だちだ。だから、こいつがとんでもないことをすれば怒るし、間違えば叱る。もしも、こいつが危なくなったときには、こいつがなんと言おうと、俺たちは助けに駆けつけるんだ」

 ロズキは何も言えなくなりました。相手は自分よりずっと年若い少年なのに、その迫力にことばが出なくなったのです。

 すると、メールも言いました。

「セイロスってのも、かわいそうだよね。優秀な家来はいっぱいいたかもしれないけど、友だちは誰もいなかったんだからさ」

 ロズキは顔色を変えて拳を握りました。言い返そうとしますが、やはりことばが出てきません。セイロスを侮辱されて腹をたてたのですが、どこかで、少年少女たちが言っていることの正しさも感じているのです。

 

 すると、赤の魔法使いがまた取りなすように口をはさんできました。

「その話はもう、そのくらいでいいだろう。俺たちはロムドを救うために、火の山の闇の煙を調べに来たんだ。これ以上もたもたすると、本当に時間がなくなってしまうぞ」

 それはまったくその通りでした。怒っていたゼンたちも困惑していたフルートも、我に返ってまた前方を見ました。ポポロがすぐに透視を再開します。

 すると、すぐに彼女が言いました。

「あっちに岸があるわよ……マグマはその目の前から湧いてくるみたい」

 と左前方を指さします。

 そこで彼らはポポロの示す方向へ飛び始めました。今まで口論していたことなど忘れてしまったような、切り替えの早さです。

「俺たちも行くぞ」

 と赤の魔法使いが声をかけると、ロズキも後を追って飛び始めました。その顔にもう怒りはありませんでした。ただ深い悲しみと後悔の表情があるだけです。

 やがて戦士は、セイロス様、と低くつぶやき、それきり何も言わなくなってしまいました――。

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