マグマに飛び込んだ人面火は、再び現れると人の形になりました。炎が消えて黒い溶岩の巨人に変わると、太い腕で殴りかかってきます。フルートたちがあわてて散ると、腕はその中央を殴りつけました。大きなしぶきが上がって、赤く光るマグマが飛び散ります。
「ワン、よけて！」
とポチはルルへ言いました。彼ら自身は風なので炎もマグマも平気ですが、背中の仲間たちはそうはいきません。降りかかってくる熱い雨を、右へ左へ飛んで必死にかわします。
すると、メールが叫びました。
「あいつ、溶けてるよ！」
マグマをたたいた巨人の手が、マグマの中で赤くなって、形を失っていたのです。うねりながら流れるマグマに呑み込まれていきます。
「ってことは、一発あいつをかわせば、それでいいのか！」
とゼンが言ったところへ、もう一方の巨人の手が飛んできました。犬たちがかわすと、またマグマの水面をたたいて、灼熱のしぶきを散らします。
「よし、両手がなくなった！ 光れ！」
とフルートは言って、ペンダントを向けました。透き通った金の光が周囲に広がります――。
ところが、敵は消滅しませんでした。聖なる光は、身をかがめてマグマの中に両手をひたす巨人を照らしていますが、体が溶け出さなかったのです。光が吸い込まれるように消えていっても、巨人は相変わらずそこにいます。
「ワン、溶岩の体が光をさえぎっちゃうんだ！」
とポチが声を上げました。これでは金の石で消滅させることができません。
「んじゃ、ぶん殴って砕いてやる！ 行け、ルル！」
とゼンが拳を握ったので、ルルとメールは驚きました。
「ちょっと！ 直接殴るつもり！？」
「無茶だよ！ 生気を吸われて死んじゃうよ！」
「るせぇな。聖なる光が届かないくらい奥に引っ込んでるんなら、あいつだってこっちの生気を吸うことはできねえはずだ。大丈夫だから、とっとと行け！」
大丈夫と断言するには少々心もとない根拠でしたが、ゼンが急かすので、しかたなくルルは飛び始めました。マグマの湖にかがみ込む巨人へ突進していきます。ゼンが拳を握り直します。
すると、巨人が身を起こしました。その両手がマグマの中から出てきます。溶けたはずの手が復活しているのを見て、ゼンたちは驚きました。岩の指がつかみかかってきたので、あわててかわして逃げます。
「再生している！ 奴はここのマグマを使って体を作っているぞ！」
とロズキが言いました。いくらマグマの中で溶けても、マグマを材料にして、すぐに元に戻ってしまうということです。
「ったく。前にもこんな奴と戦ったことがあった気がするぞ」
とゼンが舌打ちすると、ルルが答えました。
「ゴーレムよ。テトの国でマヴィカレの城壁を守って戦ったじゃない。壊しても壊しても川底の石で再生してくるから、やっかいだったわよね」
すると、ポチがぴんと耳を立てました。
「ワン、ゴーレムなら、どこかに隠された呪文があるはずだ！ それを破壊すれば、停められますよ！」
「ポポロ！」
巨人の弱点を見つけ出してもらおうとフルートは振り向きましたが、少女は青ざめた顔で首を振りました。
「できないわ……。ゴーレムは人が魔法で作り上げた巨人。こっちは、悪霊がマグマに取り憑いて、巨人を作り出しているんですもの。どこにも呪文はないのよ……」
そこへまた巨人の手が飛んできました。フルートたちがとっさに逃げたので、つかみ損ねた手がまたマグマをたたいて、燃えさかるしぶきを飛ばします――。
すると、一同の前に赤の魔法使いとロズキが出てきました。二人が呪文を唱えると、光の障壁が現れて、飛び散ったマグマを防ぎます。
赤の魔法使いがロズキへ言いました。
「おまえは以前、あいつと戦ったと言ったな。あいつの弱点はなんだ？」
「わからん。私が人面火と戦ったときには、巨人にはならなかったのだ。だが、マグマから力を得ている怪物なのだから、マグマから引き離せば良いはずだ」
戦士の答えを聞いて、魔法使いは小さな肩をすくめました。
「大変なことを簡単に言ってのけるな。あれをどうやってマグマから引き離すつもりだ？」
「あいつの脚はマグマと同化している。あそこから力を吸い上げているんだろうから、私の魔法であそこを断ち切る。その瞬間を狙って、あいつを破壊しろ」
なるほど、と魔法使いはうなずきました。驚いたのはフルートたちの方です。
「あの怪物の脚を断ち切るんですか！？ どうやって――」
「まあ、見ていてくれ。光の軍団一番隊長の呼称は、伊達（だて）じゃない」
そう言うと、ロズキはその場所から飛び出していきました。つかみかかってきた巨人の手をかわして、背後に回ります。
「危ない！」
とフルートたちは思わず声を上げました。ロズキが輝くマグマへ急降下していったのです。今にもマグマの水面に触れそうになったところで、ふわりと宙に留まり、腰の剣を引き抜きます。
「剣で切りつけるのかよ！？」
「あれって、赤さんが貸した普通の剣だろ！？ 折れるよ！」
とゼンやメールが騒ぎましたが、戦士はかまわず剣を振り上げていきます。
と、その刀身が光に包まれました。朝日のような、澄み切った白い光です。
「聖なる剣！？」
とポポロは声を上げました。輝く刀身が目の前の怪物の脚を横なぎにすると、リーン、と澄んだ音が響き渡って、足首が煙のように消滅します。
「剣に自分の魔法で聖なる力を与えたな」
と赤の魔法使いが言いました。もうハシバミの杖を構えています。
ロズキはもう一方の巨人の脚へ飛ぶと、また聖なる剣で切りつけました。リーン、とオリバンの剣と同じような音が響いて、もうひとつの足首も消滅します。体勢を崩していた巨人は、立ち直ることができなくなって倒れていきました。マグマの湖へ両手を突き出します。
赤の魔法使いはすかさず杖を振りました。
「吹き飛べ！」
とたんに赤い光がほとばしって、巨人を吹き飛ばしました。黒い溶岩でできた巨体が小石のように宙に舞います。そこへ魔法使いがまた杖を振ります。
「壊滅！」
先よりもっと大きな赤い光が、巨人目がけて飛んでいきます――。
ところが、魔法の光が激突しないうちに、巨人の体が砕けました。無数の溶岩のかけらに変わったと思うと、炎に包まれて飛び散ってしまいます。魔法使いの魔法は宙を貫いて、向こう側の岩壁に激突しました。壁が激しく揺れ、砕けた岩がマグマに落ちて溶けていきます。
一同は驚いて頭上を見ました。炎に戻った何百もの人面火が、げらげら笑いながら飛び回っていたのです。とっさにフルートがペンダントを向けると、あっという間にマグマの中へ飛び込んでしまいます。聖なる光で消滅させる暇がありません。
「ワン、分裂して人面火に戻った！」
「また隠れたわよ！」
と犬たちが言うと、ロズキのすぐ下からまた巨人が現れました。黒い手を伸ばして、戦士を捕まえようとします。
即座に戦士は剣を振りました。リーンと音がして手が消滅しますが、もう一方の手が伸びてきました。戦士は返す刀が間に合いません。
すると、空中から赤い光が飛んできて、巨人の手を吹き飛ばしました。赤の魔法使いの魔法です。
ロズキは再び飛んで、巨人の両脚の間に滑り込みました。身をかがめ、剣を横に構えて体を回転させます。すると、剣の切っ先から光がほとばしって、長い刀身を作りました。光の刃が巨人の両脚を一度になぎ払って、リーンと消滅させていきます。
赤の魔法使いはもう一度杖を突き出しました。
「壊滅！」
と破壊と消滅の魔法を巨人へぶつけます。ロズキは素早くその場から逃げます。
けれども、今度もまた、魔法が当たるより早く、巨人が分裂してしまいました。人面火に戻って、空中を飛び回ります。
フルートはいそいで金のペンダントを向けましたが、人面火はまたマグマに飛び込んでしまいました。すぐにまた、まったく別の場所から巨人の姿で立ち上がって、つかみかかってきます。
うぉっと！ と巨人の手をかわして、ゼンが言いました。
「どうすりゃいいんだ！？ あいつを倒さねえと、先に行けねえぞ！」
「ああもう！ 聖なる光も魔法も効かないんじゃ、攻撃のしようがないじゃないか！」
とメールもわめきます。
けれども、フルートは逃げ回るポチの背中から、じっと巨人を見つめ続けました。やがて、考えながら言います。
「効かないわけじゃない……聖なる光は人面火には効くし、魔法は巨人に効果がある。だから、素早く姿を変えて、苦手な攻撃を食らわないようにしているんだ……」
「じゃあ、どうすればいいの？」
とポポロは聞き返しました。自分に魔法が使えれば、こんな敵はすぐに倒せるのに、と思うのですが、彼女は地下に潜るときに仲間たちに魔法を使ってしまったので、何もできることがありません。尋ねながら、つい涙が出てきてしまいます。
すると、フルートは言いました。
「姿を変えられないようにする。そこを攻撃するんだ――」
