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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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第12章 水晶の洞窟

38.水晶の洞窟

 「ロズキさん……ロズキさん……!」

 誰かに名前を呼ばれ、体を揺すぶられて、戦士は正気に返りました。目を開けると、金の兜をかぶった少年が彼をのぞき込んでいます。

「よかった、目を覚ましましたね。気分はどうですか?」

 と少年がほっとしたように尋ねてきます。

 ロズキは堅い地面に横たわっていました。そのままの恰好で横を見ると、ガラスのようにきらめく六角柱の結晶が目に入ります。結晶は岩の上と言わず、間と言わず、いたるところに伸びて光っていました。細い六角柱が寄り集まって、大きな株になっているものもあります。まるで岩場に生えた植物のようです。

 フルートは彼の横に膝をついていました。その手に金のペンダントが握られているのを見て、ロズキは言いました。

「私は怪我をしたのか……。聖守護石で癒してくれたのだな」

「火道を落ちるときに、崩れてきた石があなたの頭に当たったんです。覚えていませんか?」

「いきなり何かが頭に当たって激痛を感じたが、その後は記憶がない。私は兜をなくしていたのに、うかつなことだった」

 そんなことを話しながら戦士は起き上がり、改めて周囲を見回しました。そこは、一面水晶の結晶でおおわれた洞窟の中でした。ゼン、メール、ポポロ、赤の魔法使い、それに犬に戻ったポチとルル、と全員が無事でその場にいます。

 ロズキは洞窟のさらに奥を見回しながら言いました。

「ここはさっき見た水晶の洞窟か……。よく命があったものだ」

 すると、ポチが言いました。

「ワン、赤さんが大地の力のねじれを直してくれたからですよ。火道の表面は崩れたけれど、ぎりぎりのところで間に合って、魔法がまた使えるようになったんです。ぼくとルルもまた変身できるようになったから、みんなをすくい上げてここに下ろしました」

「ただ、あなただけ怪我をして気を失っちゃたから、ちょっと心配したわよ」

 とルルも言います。

 そうか――とロズキは感心して赤の魔法使いを見ました。

「あんな状況でも、最後まで大地の力を修復していたのか。やはり大した魔法使いだな、君は」

 すると、魔法使いは首を振りました。

「勇者が俺を魔石で守り続けてくれたからだ。そのおかげで、最後までねじれを直し続けることができた」

 と大真面目な顔で言います。

 

 けれども、その時にはもうフルートはゼンと話し合いを始めていました。

「ここは火道の終点だけど、隙間から煙が出ているところを見ると、きっとまだ下があるんだ。どこかから降りられないか調べよう」

「よし、わかった。メール、ポチ、ルル、こっちに来い!」

「ポポロも。魔法使いの目で調べてくれ」

 少年たちに呼ばれて、少女たちと犬たちが駆けていきます。

 そんなフルートたちに、ロズキは思わずあきれました。

「忙しい連中だな。礼も言わせてくれないなんて」

「そんなものはまったく期待していないからだ。彼らはいつもそうだ」

 と赤の魔法使いが言います。

 ロズキは改めて洞窟の中を見回しました。いたるところに水晶の結晶が光る空間ですが、頭上高い場所が崩れていて、暗い穴がぽっかり口を開けていました。崩れ落ちた岩や石は、真下にうずたかく積み重なっています。もしそのまま落下していたら、全員が下敷きになったのに違いありません。

 ロズキは思わずまたフルートたちを眺めました。

「彼らもなかなかすごいな。この状況で、平気ですぐに先へ進もうとしているのか。普通なら、命拾いしたことに安堵して呆然とするか、先行きに不安を感じて立ちすくんでいるところなのに。――なんだ?」

 赤の魔法使いが急に小さく吹きだしたので、ロズキは驚いて聞き返しました。いや、と魔法使いが笑いをこらえながら言います。

「俺から聞くより自分の目で確かめろ。そのほうが納得がいく」

 戦士はますます意味がわからなくなりました。魔法使いとフルートたちを見比べますが、魔法使いはそれ以上は何も言おうとしませんでした。

 勇者の一行は洞窟のあちこちに散って、降り口を探し続けていました。あったか!? ないよ! と言い合う声が洞窟に響いています――。

 

 ゼンと一緒に歩き回っていたメールが、水晶の大きな結晶をまたぎながら言いました。

「ねえゼン、どうしてここにはこんなに水晶があるんだろうね? あっちにもこっちにも、芽吹いた植物みたいに水晶が生えてるなんてさ」

「ここが晶洞(しょうどう)だからだ」

 とゼンは答え、怪訝そうなメールを見て、すぐに続けました。

「結晶でおおわれた洞窟をそう呼ぶんだよ。そら、ジタン山脈の地下にも、オパールでおおわれた洞窟があっただろうが。時のじっちゃんが鏡を並べていたけどよ。あれも晶洞だぜ。マグマと一緒に噴き上げたガスが地面の中に空洞を作って、その内側に綺麗な結晶が育つんだ。親父たちが話してた」

「へぇ、魔法で作られたわけじゃないんだ。不思議だね。自然にできたものなのに、こんなに綺麗だなんてさ」

 とメールは周囲を見渡しました。赤の魔法使いが魔法で照らしているので、洞窟の中は昼間のように明るく、水晶の結晶がいたるところできらめいていました。煙が噴き上げてくる場所では、煙が赤く光り、それが水晶にも映って、彩りを添えています。

「自然ってのはいつだって綺麗なもんなんだぜ。ドワーフは金や銀や宝石から綺麗な細工物を作るけどよ、その細工職人が『自然より綺麗なものはどうしても創れない』って言うんだから、間違いねえだろう」

 そう話しながら、ゼンは岩から伸びていた水晶の結晶を一本、素手で折り取りました。怪力のゼンでなければできないことです。そら、とメールに投げ渡します。

 ガラスのような六角柱を光に透かして、メールは言いました。

「いいね。あたい、これを持ち歩こうかなぁ」

「お守りか?」

 とゼンが聞き返すと、メールの表情がいたずらっぽくなりました。

「護身用だよ。結晶の先が尖ってて、剣みたいだからさ」

「ったく。この鬼姫が」

 とゼンはあきれましたが、メールが声をたてて笑ったので、まんざらでもない顔になりました。彼女が地下でこんなふうに笑ったのは、初めてのことです。本当に彼女が地下を平気になってきた証拠でした――。

 

 フルートとポポロは、赤い煙の噴き上がる岩の裂け目のそばに立って、その中をのぞき込んでいました。

「やっぱり煙が赤いわけじゃないな。奥にある光に照らされて赤くなっているんだ。とすると、このすぐ下はもうマグマなのか?」

 とフルートが尋ねると、ポポロは遠い目でうなずきました。

「ええ。マグマの湖……すごいわ。真っ赤に溶けた溶岩が煮えたぎって、湯気みたいに煙を上げているの。それが岩の隙間からここに出てきているのよ」

「ぼくたちはマグマ溜まりのすぐ上にいるっていうわけか。魔法に守られているから感じないけれど、ここは実際には灼熱地獄なんだな。マグマの湖じゃ、ここから降りるわけにはいかない。どこかに降りられそうな場所はあるかな」

「この下はけっこう闇が濃いのよ。透視が効きにくいんだけど、探してみるわね……。どこからこの闇が出てくるのか、それも探してみるわ」

 ありがとう、とフルートは言うと、いっそう遠い目になったポポロの横で炎の剣を抜きました。透視中の彼女は周囲が見えなくなるので、とても無防備になってしまいます。そんな彼女を守って、油断なく目配りを始めます。

 

 ポチとルルも、二匹一組になって洞窟の中を探索していました。煙が立ち上る隙間はあちこちにあるので、それを目印にしながら、下へ降りる道がないか探し回ります。

 やがて、ルルは足を停めると、くんくんと煙の匂いを嗅いで首をかしげました。

「変ね。ずっと闇の匂いはしているんだけど、強くなったり弱くなったりしているのよ」

「ワン、隙間から煙の出る量が変わるからですか?」

 とポチが言います。

「違うと思うわ。煙の中の闇の量が変わっているみたいな感じよ。どういうことかしらね?」

 ルルに聞き返されて、ポチは少し考え込みました。

「ワン……どこからか、闇が送り込まれているのかもしれないですね。闇が送られた瞬間に、闇の気配が濃くなるのかもしれません」

 すると、ルルは急に不満そうな顔つきになりました。匂いを嗅いでいた鼻をポチの背中にぎゅっと押しつけて、言います。

「私と二人だけの時にはその丁寧な言い方はやめて、って言ったじゃない。私たち、恋人同士なのよ」

「ワン、それはそうだけど……ぼく、もう、この言い方がすっかり癖になっちゃったんですよ」

 とポチが弁解すると、ルルはますます不機嫌そうになりました。鼻だけでなく頭全体を強く押しつけてきたので、小犬は押されてよろめいてしまいます――。

 

 そんな勇者の一行に、ロズキは、ふぅむ、とうなりました。年齢の割には大人びた会話もしているようですが、言っていることややっていることは、年相応という感じです。彼らのどこがそんなにすごいと言うんだい? と赤の魔法使いに尋ねようとします。

 ところが、その時にはもう、魔法使いも洞窟の調査を始めていました。ハシバミの杖をランプのようにかざして、岩陰や岩壁の隙間をのぞき込んでいます。魔法使いが行く先々で、水晶が光に照らされてきらきらと輝きます。

 戦士は頭を振ると、勇者たちの観察をやめて、魔法使いを追いかけていきました――。

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