大岩が火道の中を落ちてきました。岩棚の上で立ちすくむロズキと赤の魔法使いへ、まっすぐ転がり落ちてきます。彼らは思わず目を閉じました。
すると、ひゅっと風の吹き過ぎる音が聞こえてきました。上のほうから誰かの叫び声も聞こえます。地の底から響いてきた、あの大音声ではありません。
続けて、もっと近い場所から別の声がしました。
「守れ、金の石!!」
次の瞬間、また、どぉんと岩がぶつかる音がして、あたりが土砂降りのような音でいっぱいになります――。
目を開けた戦士と魔法使いは、自分たちの頭上から大岩が消えていることに気づいて驚きました。代わりに無数の岩のかけらが、周りを雨のように落ちていきます。
彼らの上にはフルートがいました。片手を高くかざし、もう一方の腕には白い小犬を抱えて、振り子のように大きく揺れています。掲げた手には金の光を放つペンダントが握られていました。落ちてくる大岩を金の石の光で防いで、砕いたのです。
すると、ポチがフルートの腕から下を見て言いました。
「ワン、大丈夫でしたか、赤さん、ロズキさん!? 危なかったですね!」
フルートのほうは、宙を揺れながら上へ呼びかけていました。
「間に合ったぞ、ゼン! でも、やっぱりポチは変身できなくなった! 赤さんたちも飛べないようだ! もう少しロープを伸ばしてくれ!」
おう! と頭上の暗闇からゼンの声がしました。フルートの胴に巻かれていた長いロープがするすると伸びて、フルートの体が岩棚と同じ高さまで降りてきます。ロープで上から吊り下げられていたのです。
フルートは一度岩壁を蹴ると、その反動で岩棚に飛び移ってきました。戦士と魔法使いを見て、ほっとした表情になります。
「良かった、怪我はなかったですね。間に合わないんじゃないかと思って、気が気じゃなかった」
そう言って笑顔になったフルートへ、ロズキは思わず叫びました。
「ど、どうして君がここにいるんだ!? 君は金の石の勇者だぞ!」
フルートは戦士の剣幕に目をぱちくりさせました。
「どうしてって――火道の下のほうが急に光り出したから、何かあったと思って様子を見に来たんです。そうしたら、あなたたちが穴の途中にいて、岩に潰されそうになっていたから、大急ぎでポチと飛んできたんです」
「ワン、ポポロの言うとおり、途中で変身が解けちゃったけど、なんとか間に合いましたよね」
とポチも尻尾を振って言います。
「そうじゃない!」
とロズキは叫び続けました。
「どうして金の石の勇者がこんな危険な真似をするんだ、と言っているんだ! ここは魔法が効かない場所だし、墜落すれば、いくら聖守護石を持っていたって無事ではすまない! 君には自分が光の陣営の総大将だという自覚があるのか!?」
きつく責める口調です。フルートはちょっと首をかしげると、少し考えてから、静かな声で言いました。
「そんなことは関係ないです。あなたたちを助けるには、ぼくが来るしかなかったんだから。ゼンはこの上でロープの端を握っているし、女の子たちにこの役目は無理ですからね」
「だが――!」
すると、ロズキをさえぎるように、赤の魔法使いが言いました。
「静かにしてくれないか。力はまだ捕まえてあるんだ。なんとしても、これを元に戻さなくちゃならない」
フルートとポチは、魔法使いが手を押し当てている岩壁を見ました。
「さっき、赤や白の光と一緒に、火道がかなり揺れました。何が起きているんですか?」
「この場所の力が何者かにねじ曲げられているんだ。勇者たちは、地底からの声を聞かなかったか?」
と魔法使いに聞かれて、フルートは首を振りました。
「聞こえませんでした。ひょっとして、デビルドラゴンの声ですか?」
「以前聞いた奴の声とは違うような気もするが、よくわからん。ただ、それがこの下にいて、この場所に働きかけているのは間違いない。ねじれを正さなければ、ここを越えることはできない」
わかりました、とフルートは言って、一歩下がりました。仲間たちが待つ上のほうへどなります。
「赤さんがこれから魔法を使う! そのまま待機していてくれ!」
おう! あいよ! というゼンやメールの声が聞こえてきました。暗くてよく見えませんが、そう遠くない場所にいるようです。
赤の魔法使いはまた低く歌い始めました。うねるような旋律に合わせて、魔法使いの両手から白い光が広がっていきます――。
その時、彼らのすぐ横の空間に淡い光がわき起こり、小さな少年が現れました。黄金の髪を揺すって叫びます。
「逃げろ、フルート! 力がここを引き裂くぞ!」
金の石の精霊!? とフルートが驚くと、隣にいたロズキも驚きました。
「聖守護石の精霊だと!? まさか! その姿はどうしたんだ――!?」
とたんに精霊は戦士を鋭くにらみつけました。戦士がたじろぐと、またフルートへ目を戻して叫び続けます。
「逃げるんだ、早く! ここが崩れる!」
そのことばの通り、火道がまた振動を始めていました。岩が赤に白に輝きを変え、ばらばらと石が降り始めます。先の振動で岩壁に走ったひび割れが、また広がって崩れだしたのです。
「やばいぞ、フルート!」
「壁の岩が崩れていくわ!」
と頭上でゼンとポポロが叫んでいました。メールの悲鳴も聞こえてきます。
「だめだ、赤さんがまだ魔法を使っているんだ! 逃げられない!」
自分一人ならばロープを伝って逃げられるのに、フルートはそう言い返しました。降ってくる岩を金の石の光で防ぎ続けます。フルート! と精霊はまたせかしましたが、その場から絶対に離れようとしません。
すると、突然、彼らの足元で岩棚が崩れました。何の前触れもなしに粉々になったのです。それは周囲の岩壁も同様でした。一瞬で大小の亀裂が走り、岩の塊になって降り始めます。
フルートとポチ、ロズキ、それに赤の魔法使いは、空中に放り出されました。そのまま岩と一緒に落ちていきます。
同時に、上のほうでも大きな悲鳴が上がりました。岩を走っていく白い光の中に、ゼンとメールとポポロとルルが落ちてくる様子が浮かび上がります。ルルは元の犬の姿に戻っていました。飛ぶことができなくなって、墜落しているのです。
「ポポロ! ゼン!」
フルートは叫びましたが、墜落を止めることはできません。
崩れる火道の中を、一同はまっすぐ落ちていきました――。
足元の地面から震動が伝わってきたので、アマニは跳ね起きました。近くでひとかたまりになっていた馬たちの手綱を握り、緊張した顔で山頂を見上げます。
「また噴火? ここも危ないかな……?」
山頂の火口は、今回は煙を噴きませんでした。ただ地面の奥底から地響きがして、しばらく揺れが収まりませんでした。ヒヒヒン、と馬たちが足踏みをしておびえます。
「どうどう、大丈夫だよ。噴火じゃないみたいだ。心配ないよ」
アマニは背伸びをして馬の体や首筋をたたいてやりました。やがて地震も収まって、馬たちが落ちつきを取り戻します。
草も木もない岩だらけの斜面で、アマニはまた山頂を見ました。時はすでに夕暮れでした。夕日と影に彩られた頂(いただき)の後ろを、茜色の雲が流れていきます。
厳かなほど美しい景色を眺めながら、モージャ、とアマニはつぶやきました。
「大丈夫だよね、モージャ? 無事でいるよね? ちゃんと……ちゃんと、あたしのところへ帰ってきてくれるよね……?」
アマニは祈るように小さな手を合わせると、夜に溶けていく山頂をいつまでも見つめていました。