「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第18巻「火の山の巨人の戦い」

前のページ

36.魔法使いと戦士

 長い長い火道の最果てに広がっていたのは、大きな洞窟でした。岩場になった底だけでなく、壁も天井も、一面水晶でおおわれています。ガラスのように透き通った六角柱の結晶です。

 ロズキと赤の魔法使いは、洞窟の天井に開いた穴から宙ぶらりんになっていました。洞窟の底まで数十メートルの高さがあるうえに、水晶が尖った先端をこちらに向けているので、落ちればただではすみません。しかも、彼らは魔法がまったく使えなくなっているのです。

「この場所が魔法を打ち消している! ここにいる限り、魔法は使えないぞ!」

 と赤の魔法使いが焦って言いました。片手をロズキにつかまれて、ぶら下がっているだけなので、ロズキが手を放せば、真っ逆さまに落ちてしまいます。

 戦士はうなりました。

「このままでは二人とも落ちてしまう。私の背につかまれ、猫の目の魔法使い。ここをよじ登るぞ」

 そう言いながら、左腕に力を込めて赤の魔法使いを持ち上げていきます。魔法使いは腕を伸ばして戦士の肩をつかみました。とたんに戦士が手を放したので、あわててその太い首にしがみつきます。

「そのまましっかりつかまっていてくれ」

 とロズキは言うと、両手で穴の岩をつかみ、体を持ち上げていきました。背中には赤の魔法使いをおぶったままです。上のほうに別の手がかりを見つけて捕まえ、さらに体を引きあげていきます。やがて、戦士の体は縦穴に戻り、片脚が岩壁にかかりました。そこを足がかりにして、また上へよじ登り、完全に火道の中へ戻ります。

 

「こうやって魔法の使える場所まで登っていくしかないな」

 と、ロズキは溜息をついて言いました。岩壁はごつごつした溶岩でできているので、手がかりは少なくありませんが、洞窟から離れたので、また周囲が見えなくなっていました。手探りで次の手がかりを探します。

 赤の魔法使いは戦士の首にしがみついていましたが、その手が岩壁に当たったので、片手を伸ばして岩に触れてみました。すると、溶岩がぼうっと赤く光り、その上に魔法使いの黒い手が浮かび上がりました。赤い光が輪のように周囲へ広がっていきます――。

「もう魔法が使えるようになったのか!?」

 とロズキが驚くと、魔法使いは岩に押し当てた自分の手を見つめて言いました。

「いいや。俺は今は魔法を使っていない。ただ岩を調べようとしただけだ。この一帯で力がねじ曲げられている。岩の波動を俺に引き込もうとしたのに、逆に俺から力が出ていった」

「つまり、魔法が無効化されているわけではなく、魔法の形を変えられているということか?」

 岩が光っているうちに急いで岩壁を登りながら、ロズキが聞き返しました。

「光の魔法は使えないだろう。力の向きが変えられていては、呪文が発動しないからな。だが、俺の魔法ならば、なんとかなるかもしれん。向きの変化を読み、それに合わせてこちらも魔法の方向を変えて、ねじれた力を正してみよう」

「よくわからんが、君に任せた。こんな場所では、風の犬たちも飛ぶことができないだろう。フルートたちまで墜落してしまうからな」

「では、もう少し足場のいいところを見つけてくれ。そこからやってみる」

 

 そこで、ロズキはまた火道を上がり始めました。時折、魔法使いが岩に手を当てて赤く光らせるので、その光を頼りに岩壁をよじ登っていきます。

 そのうちに、ロズキがふと気づいて話し出しました。

「そういえば、我々は息はできるのだな。暑さも感じてはいないし、なにより君のことばが理解できる。最初に自分にかけた魔法はまだ効いているというわけか。ありがたいことだが、何故なのだろう?」

「この場所は、すでに使われた魔法までねじ曲げることはできない、ということだな。だが、空を飛ぶことや灯りをともすことは、常に魔法に新しい力を注ぎ込まなくてはならないから、場によって途中で打ち消されてしまうんだ。――わかるか?」

 魔法使いに聞き返されて、戦士は苦笑いしました。

「あまりよくわからん。わかるのは、君が相当実力のある魔法使いだ、ということだけだ。我々の中でそんな話をできたのは、天空人の魔法使いぐらいのものだった」

「俺たちムヴア族は、大地の魔法使いだ。この世界と共鳴して、力を合わせて魔法を使ってきたんだ」

 そう言った魔法使いの手元から、また赤い光が広がっていきました。魔法使いの黒いつややかな顔や縮れた髪、赤い長衣を照らしていきます。

 その光を見ながら、ロズキはしみじみと言いました。

「我々は君たちの先祖とも手を組むべきだったのだな……。ムヴア族は我々の軍勢に加わることを断って、南大陸を魔法で閉じてしまったが、これほどの実力者たちだったのなら、懇願してでも仲間に加わってもらうべきだった。そうすれば、セイロス様に悲劇の道を歩ませるようなことも、起きなかったかもしれないのに」

「おまえたちはことばを変えるように迫ったのだろう。それではムヴア族は味方にはならん。ムヴアを捨てたムヴア族は、もはやムヴア族ではないのだからな――」

 魔法使いの声が重く途切れます。

 ロズキは真剣な顔でうなずきました。

「確かにそうだな。そんな反発が、闇の竜に手を貸すムヴア族まで生んでしまったのだ。その男は南大陸を抜け出して、山の上に罠をしかけた。罠で金の石の勇者を――」

 そこまで話して、戦士はふいに息を呑みました。足を踏み外したように、急に体が落ちたのです。とっさに岩にしがみつき、赤の魔法使いはその首にしがみつきました。

「す、すまん、この話はここまでだな。……足が消えかけた」

 とロズキは冷や汗をかいて言いました。過去の戦いの話をしたために、体が消えそうになっていたのです。復活してきた足を岩壁にかけ、ゆっくりとまた登り始めます。

 

 赤の魔法使いは頭上を眺め続けました。岩の上を走る赤い光の中に、ひときわ大きな岩の張り出しを見つけて言います。

「あそこでいい。俺を下ろしてくれ」

 戦士が岩棚までたどり着くと、その背中から岩の上に飛び移って、また言います。

「俺から少し離れろ。触られていると魔法が使えない」

 そこでロズキは岩棚から少し離れた壁にしがみついて、魔法使いがすることを眺めました。

 赤の魔法使いは岩のあちこちに触れ、音を聞くように岩壁に耳を押し当てていました。そのたびに岩が赤く光りますが、やがてその光の輪が小さくなりはじめました。音を出すものなど何もないのに、楽器の弦を弾いたような音が穴に響き渡ります。

「捕まえた」

 と赤の魔法使いは言いました。その小さな両手は岩壁に押し当てられています。

 再び弦を弾き鳴らすような音が響きました。火道の中に伝わっていきます。それに合わせるように、赤の魔法使いが言いました。

「力よ、俺の内の力に共鳴して、正しい方向へ戻れ。ねじれた力は、いつか世界を引き裂く。あるべき姿に戻っていくのだ――」

 続いて魔法使いは歌い始めました。それは人には理解できない歌でした。ロズキの魔法でも翻訳できないムヴア語が、低く高くうねりながら、旋律を作って広がっていきます。

 すると、魔法使いの両手から、また光が広がっていきました。今度は明るい白い光です。壁全体がまぶしく光ったので、ロズキが思わず目を閉じると、その耳に魔法使いのつぶやきが聞こえてきました。

「いいぞ。そのままゆっくりと戻っていけ」

 すぐにまたムヴアの歌が始まります。岩壁がますます明るさを増し、歌に合わせるように脈動を始めました。強く弱く、明るさが変わります――。

 

 ところが、そこへ突然大音声(だいおんじょう)が響きました。

「誰だ!!?」

 赤の魔法使いもロズキも、ぎょっと下を見ました。割れるような声は地の底から聞こえてきたのです。魔法使いの両手から出る光が、白から赤に変わっていきます。

 地底の声は彼らに向かってどなり続けました。

「誰だ、我が力を変えようとするものは!!? 許さんぞ!!!」

 岩を走る赤い光が不気味な明滅を始めました。うなるような音が火道いっぱいに響き渡り、岩壁を震わせます。

「いかん!」

 と赤の魔法使いは叫んで、いっそう強く手を岩に押し当てました。その周りで赤い光がまた白く変わり、次の瞬間、また赤に戻ります。

「猫の目の――!?」

 ロズキは揺れる岩壁にしがみついて、魔法使いを呼びました。うなる音はますます大きくなり、それにつれて壁の振動も大きくなっていきます。

 すると、赤の魔法使いがどなりました。

「上へ逃げろ! 力の向きが次々に変えられているんだ! ここが崩れるぞ!」

 けれども、そう言う魔法使い自身は、岩から手を放そうとしませんでした。うなりに逆らうように歌い続けます。大地の中で暴れ回る力を懸命に抑えて、元に戻そうとしているのです。小さな手から広がる光が、白く、赤く、めまぐるしく色を変えます。

 そこへ、上のほうからばらばらと石のかけらが落ちてきました。小石が魔法使いの頭や背中に当たります。

「危ない!」

 とロズキは岩棚に飛び移りました。振動で岩壁がひび割れ始めたのです。赤の魔法使いを抱きかかえて逃げようとします。

 とたんに魔法使いがまたどなりました。

「俺に触るな!! 力が暴走する!!」

 叱りとばされて、戦士が立ちすくみます。

 

 すると、頭上で、がらがらっとひときわ大きな音が響きました。続いて、どぉん、と何かが岩に当たる音がして壁が震えます。

 岩壁が放つ光が、壁から砕けて落ちる岩を浮かび上がらせていました。彼らがいる岩棚より大きな塊が、彼らに向かって転がり落ちてきます。

 戦士と魔法使いは息を呑み、その場から動けなくなりました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク