苔のおかげでヤマフジツボの群生地を抜けたフルートたちは、さらに火道の中を降り続けました。
フジツボがなくなると、周囲はまた黒い溶岩の壁になってしまいます。何の変化もない光景に、やがてメールが我慢できなくなりました。
「ああもう! いったいどこまで続くのさ、これ!? ひょっとして、底なし穴なんじゃないのかい!?」
「んなわけあるか、馬鹿。火山の元には必ずマグマ溜まりがある。世界のあちこちにある火の山の大元なんだから、地中深いのは当たり前だ」
とゼンが言うと、その下からルルが言いました。
「でも、メールが地下を平気になってくれたからよかったのよ。そうでなかったら、今頃大騒ぎしてたわよ。もう地上に出してくれ、って言って」
「まあね――やっぱり地下は好きじゃないけどさ、植物もいたし、前ほど嫌いじゃなくなってるよ」
とメールが言ったので、ゼンが嬉しそうに笑って、ぐいと抱き寄せました。ちょっと力が入りすぎたので、痛いよ! とメールが怒ります。
ポチの上ではポポロとフルートが話し合っていました。
「変よ。先を見ようと思うのに、魔法使いの目が効かないの……。何か魔法を拒む力でおおわれているみたいだわ」
「またあのフジツボかな? 群生地があるんだろうか?」
「ううん、フジツボだったら魔法使いの目で見えたもの。違うと思うわ……」
「ワン、じゃあ、この先はどうなっているんだろう?」
とポチが話に加わってきました。用心して、降りる速度をゆるめます。
フルートは少し考えてから、頭上にいる赤の魔法使いを見上げました。
「赤さんにもこの先は見えませんか? もしポポロだけに見えないのなら――」
「いや、俺にも見えないから、闇の魔法ではないな。何か透視をさえぎるものがあるのかもしれない」
「何かって、なんだ?」
とロズキが尋ねてきました。
「わからん。行く手からは魔法の波動も闇の気配も、命の振動も、まったく感じられない」
「罠かな……」
とフルートは言って、火道の途中で立ち止まりました。仲間たちも一緒に停止します。
「罠って、こんな地下深い場所にかよ? んなもん、誰が作るんだ?」
とゼンが言いました。
「でも、闇の煙は出続けている。この下にもし闇の敵がいるなら、火道を通って来る者を防ごうとして、途中に罠をしかけても不思議じゃないさ」
とフルートが答えると、ロズキがうなずきました。
「その用心は正しいな。この下に敵の砦(とりで)があるのだとすれば、周囲には侵入を防ぐ罠が張り巡らされているはずだ。まず斥候(せっこう)を出すべきだろう」
よし、俺たちが――とゼンが言いかけると、それより早くフルートが言いました。
「それじゃ、ぼくが様子を見てくる。このままここで待っていてくれ」
ロズキはたちまちあきれ顔になりました。
「おいおい。君はこの集団の責任者だろう? 司令官自らが斥候に出るなんて、そんな馬鹿な」
「ゼンやメールは防具をつけていない。偵察に行って何かあったら危険すぎるんだ」
とフルートが言うと、たちまちゼンとメールが反論してきました。
「ったく! そうやって、またすぐに矢面に立とうとしやがる!」
「そうさ! 防具をつけてないって言うなら、フルートの後ろのポポロだって同じなんだからね!」
「だから、ポポロもここに残るんだ。ぼくとポチだけで行ってくる」
「いやよ! あたしも行くわ!」
とポポロはフルートの腰にぎゅっとしがみつきました。
「もう。フルートったら、本当に相変わらずなんだから。行くならみんなで行きましょうよ」
とルルも言います。
フルートたちが言い合いになって収集がつかないのを見て、赤の魔法使いが言いました。
「そんな大勢では偵察にならない。俺が行ってこよう」
「では、私も行こう」
と言い出したのはロズキでした。
「幽霊でもその程度のことはできるさ。ここで待っていてくれ」
「でも、あなたは武器を持ってませんよ」
とフルートが引き止めました。ロズキは防具は身につけていますが、剣などは所持していなかったのです。
「私には魔法がある。心配はいらない」
とロズキは笑ってみせました。穏やかな笑顔です。
けれども、フルートはためらうことなく炎の剣を引き抜きました。それを戦士に差し出して言います。
「さっきのように、魔法がかなわない可能性だってあります。持っていってください」
おいおい、とロズキはまたあきれました。大真面目で剣を差し出しているフルートに、苦笑いで首を振ります。
「それを借りるわけにはいかないな。それはもう君の剣だ」
「だけど――!」
また言い合いが始まりそうになると、赤の魔法使いが杖を振りました。とたんに、ロズキの手の中に鞘に収まった大剣が現れます。
「それを使うといい。魔法の力はないが、悪い剣じゃない」
と赤の魔法使いに言われて、ロズキは、かたじけない、と感謝しました。剣を腰に下げて鞘から抜くと、研ぎ澄まされた刃が、薄暗がりに光ります――。
赤の魔法使いとロズキは火道を降りていきました。
あまり広くはない縦穴ですが、赤の魔法使いは体が小さいので、二人並んで進むことができます。フルートたちから離れて周囲が暗くなったので、ロズキが呪文を唱えて、空中に灯りをともしました。どこまでも続く溶岩の壁が、また見えるようになります。
「彼は面白い少年だな」
と、その中を飛んで降りながら、ロズキが話し出しました。
「フルートのことだよ。セイロス様とは本当にずいぶん違っている。あんなに優しくて、どうして金の石の勇者が務まるのだろう、と不思議だったが、なんとなく理由がわかった気がする。あんなに一生懸命やられると、こちらとしてもつい力を貸したくなるものだな」
「金の石の勇者たちに力を貸す者は多い。ロムドの国王陛下も、俺たち四大魔法使いもそうだ」
と赤の魔法使いは言いました。猫のような目は油断なく下を見つめたままです。
ロズキは逆に、フルートたちのいる頭上を見ました。
「王が後ろ盾だったのか。それで彼は金の石の勇者を務めることができるのだな。そういうことだろうと思ったんだ。金の石の勇者は、あんな少年が一人で背負えるような役目ではない」
魔法使いは少しの間、何も言いませんでした。いにしえの時代からやってきた戦士を見て、低い声でこう言います。
「彼は本物の金の石の勇者だ。人に助けられて勇者であるわけじゃない」
「助けられていることがまずいと言っているわけではないさ。我々だって、セイロス様を助けて戦っていた。他人から助けや協力を取りつける力は、人の上に立つ者には絶対必要なものだ。ただ、彼にはそこまでの威厳や力は感じられないから、どうやって金の石の勇者をやっているのだろう、と不思議だったのだ――。彼は、象徴としての勇者なのだな。彼があの通り、優しくて一生懸命だから、周りの者たちも彼に力を貸さずにはいられなくなるんだ。その結果、彼を中心にして物事が動くようになる。そうだろう?」
「半分はその通りだ。だが、もう半分は違っている」
と赤の魔法使いは答えました。相変わらず低い声です。
「半分? どこがどう違っているというんだ?」
とロズキは不思議そうに聞き返し、魔法使いの返事を待たずに続けました。
「象徴の勇者でかまわないのだ。金の石の勇者の役目は、一人で担うにはあまりにも重すぎる。あのセイロス様でさえ、その重さに負けて、敗れてしまわれたのだから。幸い、彼は願い石には出会っていない。セイロス様のような不幸な運命はたどらずにすむだろう」
それきり黙ってしまった戦士を、魔法使いは見つめ続けました。さらに考えてから、また口を開きます。
「おまえは思い違いをしている。彼は――」
その時、ロズキがいきなり、あっと声を上げました。赤の魔法使いに向かってどなります。
「早く上がれ! 早く!」
とたんにあたりが暗くなりました。ロズキがともしていた魔法の灯りが消えたのです。魔法使いは驚いて周囲を見回し、自分たちがいつの間にか例の場所に入り込んでいたことに気がつきました。いくら透視しようとしても、目隠しをされたように、何も見ることができません。
次の瞬間、魔法使いの体が、がくん、と沈み込みました。魔法で飛んでいたのに、その浮力がいきなり失われたのです。飛ぶことができなくなって、火道を落ち始めます。
すると、ロズキの手が伸びて魔法使いを捕まえました。がっちりと魔法使いの手をつかみますが、落下を止めることはできません。ロズキ自身も飛べなくなっていたからです。二人一緒に穴を落ちていきます。
「魔法が効かん!」
「こちらもだ!」
と二人は言い合いました。いくら呪文を唱えても、魔法は発動しません。真っ暗な穴の中を吸い込まれるように落ちていきます。
ロズキは岩壁へ空いている腕を伸ばしました。必死で落下を止めようとすると、岩の張り出しが手に触れました。とっさにそこへつかまります――。
「だ、大丈夫か!?」
ロズキはあえぎながら赤の魔法使いを見下ろして、そのまま息を呑みました。魔法使いも、ロズキと手をつないだまま、下を見ていました。狭かった縦穴が広い空間になっていて、二人はその天井に開いた穴から宙ぶらりんになっていたのです。
火道はそこで行き止まりでした。十数メートル下に岩場が広がり、岩の割れ目から赤く輝く煙が立ち上って、あたりを照らしています。そこへ目を凝らして、ロズキたちはまた青ざめました。岩場は無数の棘(とげ)のようなものでおおわれていました。棘の先端がガラスの針のように光っています。
「水晶の洞窟だ!」
と赤の魔法使いは叫びました――。