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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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第11章 魔法使いと戦士

34.フジツボ

 火道に群生しているヤマフジツボ。周囲の岩壁は小さな火山のような殻にびっしりとおおいつくされています。その頂上の蓋が分かれて触手と本体が出てきたので、フルートたちは大あわてで逃げ出しました。ヤマフジツボの本体は、闇の影響を受けやすい毒虫です。フルートたちが何もしなくても、いっせいに襲いかかってきます。

「やだぁっ! 放しなよ!」

 指のような触手に脚に絡みつかれて、メールが悲鳴を上げました。とっさにゼンがメールを抱えると、触手がちぎれていきます。彼女は顔をしかめて、足首に残った触手の先をはがしました。べたべたと粘着性のある触手です。

「足を縮めてろ! 捕まるぞ!」

 とゼンが仲間たちへどなりました。それでも触手が伸びてきて絡みつこうとするので、先頭に出て片端から引きちぎります。

 もうっ! とルルは言いました。背中のゼンたちが触手に捕まるので、速度が上げられなくて、風の刃を使えないのです。懸命にフジツボの群生地の中を降りていくしかありません。

「ワン! 虫が来る!」

 とポチが叫びました。手のような触手の根元から、赤い長い虫が伸びてきたのです。先頭で暴れるゼンへ襲いかかっていきます。

「危ない!」

 フルートは急降下してゼンを追い越すと、剣を回転させました。周囲から伸びてきた毒虫が、切り払われて燃えていきます。けれども、フジツボはあまりにも多すぎました。行く手でも虫が伸びてきて、火道全体を埋め尽くしてしまいます。

 

 一行は火道の途中で立ち止まりました。

 フルートが切り払ったので、その場所のフジツボは本体が燃えて殻だけですが、真下は赤い虫でふさがれています。抜けようにも、彼らが通れるほどの隙間はありません。

「どうする?」

 とゼンがフルートに尋ねました。無理に抜けようと飛び込めば、毒虫にいっせいに刺されるので、無茶な真似はできません。

「炎の弾で焼き払ってみる」

 とフルートはまた炎の剣を構えました。ポチの背中から真下に向かって火を撃ち出します。すると、ヤマフジツボはいっせいに本体や触手を引っ込めました。頂上の蓋を閉じてしまいます。

「ワン、今のうちだ!」

「そうね!」

 とポチとルルが前進しようとすると、ゼンが引き止めました。

「待てよ。どのくらい引っ込んでるか確かめようぜ」

 と言って弓に矢をつがえ、殻を閉じたフジツボの間へ放ちます。すると、またフジツボから触手が飛び出して、あっという間に矢を絡め取りました。続いて何百という毒虫が現れて、矢に襲いかかります。虫は毒針から毒を吹きつけていました。白い羽根をつけた矢が見る間にぼろぼろになり、ちぎれて落ちていきます――。

「なにさ、あれ! めちゃくちゃ強い毒じゃないか!」

 とメールが言い、他の者たちも顔色を変えました。この素早さでは、通り抜ける前に触手に捕まって、毒針で襲われてしまいます。

 

 すると、赤の魔法使いが先頭に飛んできました。猫のような瞳を光らせながら言います。

「魔法で吹き飛ばしてしまおう。生き物をむやみに殺すのは正しいことではないが、こちらが殺されるとなれば話は別だ」

 と言ってハシバミの杖を振り上げます。

 とたんに戦士のロズキが叫びました。

「待て! それは――!」

 けれども、魔法使いは呪文と共に杖を振りました。赤い光が行く手へ飛びます。

 攻撃は赤い虫の群れに激突しました。炎のような光で包み込みますが、虫たちは吹き飛びませんでした。ざわざわとうごめき、さらに長く伸びると、ねじれるようにより合わさりながら魔法使いへ襲いかかります。

「魔法が効いてない!」

 とフルートは言いながら、また先頭に飛び出して炎の剣を振りました。炎が飛ぶと、たちまち虫たちは身を縮めて殻の中に戻ります。

 驚いている赤の魔法使いへ、ロズキが言いました。

「ヤマフジツボには魔法が効かないんだ。私も以前、それで非常に苦労させられた」

 一行は完全に立ち往生してしまいました。通り抜けようとすれば襲ってくる。炎で焼き払おうとすれば殻に閉じこもってしまう。しかも魔法は効かない――。どうやって通り抜けたらいいのだろう、と困惑します。

 

 やがて、考え込んでいたフルートが、魔法使いを振り向きました。

「赤さん、この先の火道へ魔法で移動することはできますか?」

「無理だな。ヤマフジツボが魔法をさえぎっているから、先へは飛べん」

 と魔法使いは答えました。やはり小さな腕を組んで考え込んでいますが、名案は浮かばないようです。

「時間はかかるが、炎の剣で道を切り開いて進むしかないだろう。ヤマフジツボを全部焼き払えば、通り抜けることができる」

 とロズキが言いましたが、フルートは首を振りました。

「目の前のフジツボは焼き尽くせても、その先のフジツボは殻を閉じてしまって、ぼくたちが通ろうとするとまた襲ってきます。魔法が効かないってことは、魔法で障壁を作っても攻撃を防げないってことだから、危険すぎます」

「だから、時間をかけるんだよ。行く手のフジツボが殻から出てきたら焼き払う。その先のフジツボが現れたら、また焼き払う。その繰り返しで進むんだ」

 すると、ポポロが言いました。

「時間がかかりすぎるわ……。あたしの魔法が時間切れになったら大変よ。みんなここで死んでしまうわ」

 うぅん、と一同はまた考え込んでしまいました。どうしたら先へ進めるのかわかりません。

 

 その時、メールが急に顔を上げました。えっ? と言って目を凝らします。

 同時に、頭上からざわざわという音が聞こえてきました。フジツボが出している音ではありません。何かが飛ぶような勢いで岩やフジツボの殻の上を渡ってきます――。

「ワン、苔だ!」

 とポチが声を上げ、一同は驚いて周囲を眺めました。灰色の苔が、火道の上のほうから岩壁伝いに押し寄せてきたのです。たちまち周囲がうろこのような苔でいっぱいになってしまいます。

「メール、苔を呼んだのか!?」

 とフルートが驚いて尋ねると、メールは首を振りました。

「呼んでないよ! 自分たちでやってきたんだ! 助けに来ました、って言って――」

 助けに? と一同がまた驚いていると、苔の集団は彼らを追い越していきました。毒虫に埋め尽くされている場所へと進んでいきます。

 すると、フジツボの動きが変わりました。触手が大きく揺れながら手探りするように周囲へ伸び、苔を捕らえると、岩からはがして殻の中へ引っ張り込みます。苔の裏側では無数の脚のような毛がもがいていました。自力で岩の上を動ける苔だったのです。捕まった苔の後を追って毒虫が引っ込むと、殻の中からしゃりしゃりと音が聞こえ始めます。

「自分から食われてやがるぞ!?」

 とゼンが言い、フルートたちも息を呑みました。苔はヤマフジツボの餌です。それが自分から押し寄せてきたので、フジツボは苔を捕食するほうに夢中になりました。苔が進んでいった場所から、みるみる毒虫や触手が姿を消していきます――。

「苔たち……」

 メールは思わず涙を流しました。苔は自分の体を使ってメールたちのために道を開いてくれたのです。

「前進――今のうちにここを突破する」

 と言ってフルートも顔を歪めました。動く苔が捕らえられ、フジツボの殻の引き込まれては食われる光景に唇をかみながら、また火道を降りていきます。

 そんなフルートを見て、ロズキが驚いたようにつぶやきました。

「彼は苔が食われるので嘆いているのか? まさか、ありえないだろう。人じゃない。ただの苔だぞ?」

 すると、隣を飛んでいた赤の魔法使いが答えました。

「人も動物も植物も、生き物という意味では同じものだ。どんなものにも命はある。必要もないのに生き物の命を奪うことは、人にも何にも許されてはいないことだ」

「だが、たかが苔だぞ?」

 とロズキは繰り返し、あきれかえってフルートを眺めました。少女のような顔の少年は、何かをこらえる表情で進み続けています。

「やれやれ。信じられないほど優しいんだな、今度の金の石の勇者は」

 とロズキはまたつぶやきました――。

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