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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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33.生き物

 火の山の火道はどこまでも続いていました。もうずいぶん深い場所まで潜っているのに、それでもまだ下があります。

 地底からは相変わらず煙が立ち上っていました。火道の上のほうと比べれば、ずっと薄くなっていますが、止まることはありません。

 火道の底の闇を眺めながら、フルートがゼンに尋ねました。

「本当に、どのくらいまで続くんだろうな? ぼくたちはどのあたりまで来たんだろう?」

「かれこれ七、八千メートルってところだな。正直、俺たちドワーフもこんな深い場所までは来ねえ。初めての経験だぜ」

 とゼンが答えると、赤の魔法使いも言いました。

「勇者たちは魔法に守られているから感じないだろうが、ここは相当暑い。人を窒息させるガスも充満している。生身で飛び込んでいれば、とっくに死んでいるところだ」

 すると、ポポロが心配そうな顔をしました。

「あの……でも、あたしの魔法は熱と有毒ガスしか防げないの。それ以外のものは防げないから、気をつけてね……」

「それ以外のものって? こんな地下深くに何か別のものがあるっていうの? 岩と煙以外、何も見当たらないわよ」

 とルルが言いました。実際、彼らが下っている縦穴は黒い溶岩におおわれていて、どこまで降りても景色はほとんど変わりませんでした。コーロモドモを倒した後は怪物も現れません。

 

「こんなところには草や花も生えないよねぇ。あればいいのにさ」

 とメールがぼやいて、試しにあたりへ呼びかけてみました。

「おいで、植物たち。あたいのところに集まっておいで……」

 それに応えるものはないと思っていたのに、メールの声が響いたとたん、周囲の壁でざわざわっと何かが動きました。黒い溶岩の上を飛ぶように移動してくるものがあります。

「何だ!?」

 一同は反射的に身構えました。フルートは剣を握り、ゼンは弓を構えて目を凝らします。

 と、ゼンは目を丸くしました。

「あれは動物じゃねえ! 苔(こけ)だぞ!」

 苔!? と一同はまたびっくりしました。ポチやルルが立ち止まると、岩壁の上のものも動きを停めます。それは確かに灰色の苔でした。乾いたうろこのように、岩の上をびっしりとおおっています。

「ワン、メールが呼んだから、応えてやってきたんだ!」

 とポチが言ったので、メールはいっそう驚きました。これまで花や木の葉、海藻などを操ったことはありますが、苔を動かしたことはなかったのです。

 すると、赤の魔法使いが言いました。

「俺たちムヴア族には当たり前のことだな。世界のすべてのものは必ず何かに所属していて、同じ所属のものへ働きかけることができる。海の姫は植物にも所属しているから、すべての植物に働きかけることができるんだ」

 灰色の苔は、彼らがまた下降を始めると、メールの後について移動を始めました。ざざざ、とこすれるような音をたてながら、岩壁の上を飛び渡っていきます。

「苔のお供か。なんかすげえな」

 とゼンが言うと、フルートが首を振りました。

「こんな場所にも苔が生えていることのほうがすごいよ。信じられないくらい強靱な生命力だ」

 と岩だらけの高熱の世界を見回します。

 

 ところが、間もなく苔が急に遅れ始めました。ざざっと音をたてて、岩壁の途中に停まってしまいます。フルートたちはつられて立ち止まりました。

「どうしたんだ?」

 とフルートが尋ねると、メールが答えました。

「苔たちがおびえているんだよ。この先に何かいるみたいだ」

 ポポロはすぐに遠い目になると、仲間たちへ言いました。

「本当。この先に何か変なものがたくさんあるわよ。岩かしら? みんな三角の形をしているわ……」

「いいや、この先から命の気配がする。おそらく生物だろう」

 と赤の魔法使いが言い、一同は慎重に縦穴を降りていきました。やがてフルートの金の石が、これまでとは違った景色を照らし出します。

 丸い岩壁一面に、三角形の灰色の岩がへばりついていました。大きいものでもせいぜい人の拳(こぶし)ほどで、頂上に丸い穴が開いていて、円形の蓋のような岩でおおわれています。まるで小さな火山が噴火口を向けて、ずらりと並んでいるように見えます。

「なんだこりゃ!?」

 とゼンが声を上げると、ロズキが言いました。

「ヤマフジツボだな。これでも生き物だ。火山の中に棲みつくんだ」

「フジツボって……海のフジツボのことかい!?」

 とメールは驚いて聞き返しました。磯辺や海中の岩や船の底、果てはカニの甲羅やクジラの頭にまでへばりついて棲息する、海の生物です。やはり丸い穴が開いた三角の形をしています。

「いや、全然違う生き物だが、形が似ているからそう呼ばれているのだ。私が炎の剣を手に入れるために下りた火の山にも、ヤマフジツボの群生地があった。あの殻は非常に丈夫で、火山のマグマに出会っても燃えることがない。噴火が起きるとあの殻を閉じて、噴火が収まるのを待つのだ」

 とロズキが話すと、赤の魔法使いも言いました。

「植物のある場所には、それを餌にする生物が必ず棲みつく。あのフジツボは火道の苔を餌にしているようだ。それで苔が進むのをやめたんだ」

「ぼくたちがあそこを進んでも問題はありませんか?」

 とフルートは尋ねました。その手はまだ油断なく剣を握りしめています。

「そうだな。ヤマフジツボは、近くを通りかかるものがあると、見境なく触手を伸ばして、餌かどうかを確かめてくる。人を食うことはないが、捕まると鬱陶しい(うっとうしい)から、できれば捕まらないほうがいいだろう」

 とロズキは言い、フルートの剣を示して続けました。

「それで炎を撃ち出すんだ。火を感じると、連中は殻を閉じて、しばらく出てこなくなる。その間にここを抜けるといい」

 

 そこでフルートは炎の剣を抜きました。黒い柄を両手で握りしめて振りかざし、力を込めて振り下ろします。とたんに、ごぉっと音をたてて炎の塊が飛び出し、火道の中を下へ走り抜けていきました。火に照らされたヤマフジツボが、驚いたように触手を引っ込め、頂上の蓋を閉じていくのが見えます――。

「大丈夫。フジツボは全部殻を閉じたわ」

 とポポロが言ったので、一行はまた進み始めました。ヤマフジツボにびっしりとおおわれた火道を眺めながら、下へ下へ降りていきます。

「ワン、すごい数ですね」

 とポチが飛びながら言いました。群生するフジツボはあまりにも多くて、いったいどれほどの数があるのか見当がつきません。ゼンが試しにつついても、岩に同化したように、がっちり壁にへばりついています。

「あんたが火の山でフジツボに出会ったときにも、こうやって通り抜けたわけ?」

 とメールがロズキに尋ねると、戦士は苦笑しました。

「帰りはな。火の山に入るまでこんな生き物は知らなかったから、行きはまともに捕まってしまったんだ。私が餌ではないとわかると、フジツボはすぐに放すんだが、その先のフジツボがまた私を捕らえる。そこで解放されても、またその先にもいる。そんな感じで、フジツボの群生地を抜けるのに、ずいぶん時間がかかってしまったんだ。それに、いくら人間を食わないとはいえ、ヤマフジツボは毒を持っているからな。攻撃をすれば飛び出して襲いかかってくるから、非常にやっかいだった」

「毒ってどんな?」

 とフルートは振り向きました。聞き捨てならない話です。

「殻の中に毒針を持っていて、襲ってきた敵をそれで撃退するんだ。ヤマフジツボの本体は虫なんだよ」

 ゼンは首の後ろに手を当てていましたが、その話を聞いて、ぎょっとした顔になりました。

「虫って――つまり毒虫か?」

「おとなしい虫だよ。襲われない限り、自分からは襲ってこない。今は火を恐れて殻に隠れているしね」

 そんなに怖がることはないよ、とロズキは笑いましたが、フルートたちは笑えませんでした。金の石が照らす彼らの顔が、みるみる青ざめていきます。

「ワン、この火道の煙にはまだ闇の気が混じっているんですよね……?」

「ずっと匂い続けているわよ」

「確か、毒虫は闇の影響を受けやすいって言わなかったっけ?」

「ええ、とても凶暴になって襲いかかってくるわ……」

 仲間たちが話し合う声を聞きながら、フルートはまた剣に手を伸ばしました。

「まさか、こいつらもナマジみたいに――?」

「かもしれねえ! さっきから首の後ろがちくちくして止まらねえんだ!」

 ゼンが言ったとたん、彼らの周囲でかちかちと堅い音が響き始めました。ヤマフジツボの頂上の蓋にひびが入って、開いていくのです。その中から細い指のような触手が何本も現れて、探るように揺れ出しました。さらに、触手の中央からは、赤い長い虫が伸びてきます。それがまわり中のフジツボから出てきて、火道の壁をうねうねとおおっていきます。

「虫が襲ってくるぞ!!」

 赤の魔法使いの叫び声に、フルートたちは大あわてで逃げ出しました――。

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