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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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第10章 勇者の仲間

31.話

 古(いにしえ)の時代から姿を現した戦士が、フルートたちの目の前で薄くなって、消えていこうとしていました。体が透き通り、その向こう側の岩壁が見えるようになっています。

 すると、ポポロが言いました。

「闇の魔法よ! 戦いの話を始めたら動き出したのよ!」

「話をやめろ!」

 と赤の魔法使いも叫びます。

 ロズキは驚いて口を閉じ、フルートはあわてて彼に飛びつきました。空気をつかむような手応えだった腕が、また濃くなって、堅い籠手(こて)におおわれた実体に戻っていきます――。

「ワン、二千年前の戦いのことを話そうとしたからですね。戦いの記録が消されたように、戦いのことを話そうとする人も、デビルドラゴンの魔法で消されてしまうんだ」

 とポチが言うと、赤の魔法使いは首を振りました。

「いいや。今のは霊だけに働きかける魔法だった。世界各地の魔術の中には、黄泉の門をくぐらなかった霊を呼び出して、過去の出来事を語らせる術があるが、それによって過去の戦いのことを知られないように、デビルドラゴンが世界に魔法をかけていたんだろう」

「つまり、ロズキさんに光と闇の戦いのことを聞いてはいけない、ってことか。話したら最後、ロズキさんは消えてしまうんだな」

 とフルートは冷や汗をかいて言いました。つくづく用意周到な竜です。

 

 ロズキは、また実体に戻った自分の両手を見つめていましたが、やがて皮肉な笑いを浮かべました。

「消えてしまってもかまわなかったのに……。どうせ私は二千年前に死んだ人間の幽霊だ。今さらこの時代に復活しても、何もできることはない」

 皮肉な顔が淋しそうな表情に変わっていきます。

 フルートは首を振りました。

「そんなことはない! あなたがここにこうしてよみがえってきたのには、きっと意味があるんだ! 消えたりしちゃだめだ!」

「だよな。せっかくこの世に戻ってきたんだからよ、幽霊でも命は大事にするもんだぜ」

 とゼンも言います。

 ロズキは驚いたようにフルートたちを見ました。少し考えてから、こう言います。

「君たちは面白いな。会ったばかりの、それも幽霊の私を、どうしてそんなに心配してくれるんだ?」

「それが金の石の勇者の一行だからだ。おまえたちの金の石の勇者は、そうではなかったのか?」

 と赤の魔法使いが聞き返しました。体は子どものように小さくても、ことばづかいはれっきとした大人です。

 ロズキは遠い目になりました。

「セイロス様は生まれながらの王だった。要の国の王で光の軍団の総大将だった父君が、戦いの中で重症を負って明日をも知れないお命になったとき、自分が世界の光の力をひとつにして闇の竜と戦う、とおっしゃって、死と呪いに充ちた魔の森へ乗り込み、聖守護石を得て金の石の勇者になられたのだ。おかげで陛下は助かり、光の軍団は新しい総大将を得て力を取り戻すことができた。セイロス様はいつも、どこにあっても、輝かしくて力強かった。セイロス様の声を聞くと、どんなに闇に怖じ気づいた兵であっても勇気と力が湧いてきて、果敢に闇へ戦いを挑んで――」

「ワン、そこまでですよ、ロズキさん!」

「あなた、また消え始めてるわよ!」

 と犬たちが言いました。セイロスと光の軍団の話をしていたロズキが、また目の前で薄れ始めていたのです。戦士があわてて口をつぐむと、その姿がまたはっきりします。

 ゼンは舌打ちしました。

「ったく。これじゃなんにも聞けねえな」

「デビルドラゴンのヤツには、ほぉんと頭に来るよね!」

 とメールもぷりぷりします。

 すると、ポポロがそっとフルートの腕を引いて言いました。

「セイロスも、やっぱりお父さんを助けるために魔の森へ行ったのね……。フルートと同じだわ」

「どうかな?」

 とフルートは苦笑しながら首をかしげました。確かに、父親が死にかけたために魔の森へ金の石を取りに行ったところは同じですが、その大きな目的が違っている気がしたのです。少なくともフルートは、闇と戦って世界を守るためなんかに魔の森へ行ったわけではありませんでした……。

 

 すると、赤の魔法使いがまた言いました。

「過去の話が禁じられているなら、未来の話はどうだろうな、いにしえの戦士? それならば、闇の魔法も発動しないだろう」

「未来の話とは?」

 とロズキが聞き返しました。

「今から先のことならば、すべて未来だ。我々は、闇の気を吐く火の山の謎を解くために、今こうして地下に潜っているところだ。先ほど金の石の勇者が言ったように、おまえは我々の案内人なのかもしれない。火の山について、なにか知っていることはないのか?」

 火の山――とロズキは繰り返し、フルートの背中の剣を見て笑いました。

「私が炎の剣と出会ったのも火の山だった。その剣を手に入れるために、私は天馬のゴグと共に火の山へ飛び、単身で火の山の中へ下っていったのだ」

 それを聞いて、フルートたちはびっくりしました。ゼンが声を上げます。

「じゃあ、あんたもこの火道を下ったってことか!? 二千年前に!」

「いいや。ここは南大陸の火の山だと先ほど言っていたな? 私が下ったのは、西の国の外れの火の山だ。名前は同じだが場所が違うな」

「西の国って?」

 とメールが言いました。そんな名前の国は今はありません。

「ワン、要の国から見た位置なんだと思うから、きっと今のザカラスのことですよ。ということは、今、大噴火を起こしている火の山のことです」

 とポチが答え、フルートはロズキに説明しました。

「世界中の火の山は地下でひとつになっているらしいんです。ぼくたちは南大陸の火の山から山の中に入ったけれど、大元の部分で別の火の山ともつながっている、と炎の馬から聞きました。今、ロムドに闇の煙と灰を降らせている火の山は、あなたが炎の剣と出会った山だけれど、原因はその大元にあるというので、それを確かめに地下深くまで潜っているんです。――あなたは山のどのあたりまで行ったんですか? もしかしたら、大元まで下ったんでしょうか?」

 ロズキは首を振りました。

「いいや、そんな場所までは行かなかったな。山の中腹から山中に入り、溶岩の吹き荒れる洞窟で剣と戦って、私を主と認めさせたのだ」

「剣と戦った!?」

 とフルートはまた驚きました。

「そうだ。魔剣は自分が認めた者にしか自分を委ねないからな。私が使い手にふさわしいかどうかを確かめるために、数々の怪物や攻撃を繰り出してきたので、私は三日三晩戦い続けて、ようやく剣を服従させたのだ。――君はそうではなかったのか? では、君はどうやって炎の剣を得たのだ?」

「ゴブリンを助けて」

 とフルートはとまどいながら答えました。

 本当は、そのゴブリンは炎の剣の化身でした。ちっぽけな闇の怪物を灼熱の溶岩から命がけで救ったフルートを見て、こんなことではいくつ命があっても足りないだろう、と言って、フルートの剣になってくれたのです。

 けれども、とっさにそんな詳しい話をする余裕はありませんでした。ロズキがあきれた顔をします。

「そんなことで? しかもゴブリンは敵の下っ端(したっぱ)じゃないか。炎の剣、おまえも二千年の間にずいぶん穏やかになったな?」

 ロズキが話しかけても、フルートの背中の剣は何も答えませんでした。剣の化身のゴブリンも姿を現しません。

 

「ねえ、それじゃ、あんたは火の山のことは何も知らないわけ?」

 とメールがロズキに尋ねました。相手が自分よりずっと大人でも、幽霊でも、まったく遠慮のない口調です。

 ロズキはまた笑うように目を細めました。

「そうだな、火の山の奥底には巨人が棲んでいる、という伝説ならば知っているがな。その巨人は何千年も昔から、山の底でふいごを吹き、火をおこして、鍛冶(かじ)仕事を続けている。炎の剣は、その巨人が炎とマグマと太陽の光から鍛え上げたと言われているんだ」

 とたんに、うん? とゼンは首をひねりました。

「それって、いにしえの火の巨人の伝説じゃねえか。確かに炎の剣はそいつが作ったって言われているぞ」

「それはぼくも聞いた。ゼンのお父さんが教えてくれたんだったよな」

 とフルートも言いました。この山に火の巨人の伝説があったのか、と改めて周囲を見てしまいます。

 すると、赤の魔法使いがまた言いました。

「火の山に巨人が棲んでいるという伝説は、俺たち猫の目族にも伝わっていた。噴火はその巨人が起こすんだとも言われていたんだ。――調べてみる価値はあるかもしれないな」

「この山の下に巨人がいるかもしれない、ってこと? 大丈夫なの?」

 とルルが聞き返しました。サイクロップスやダイダラ坊といった、これまで戦ってきた巨人を思い出したのです。

 フルートは答えました。

「大丈夫でなくても、行くしかないさ。そうしなければ、ロムドを闇の煙から救えないんだからな。――ロズキさんも、一緒に来ますね?」

「ああ。私の顔なじみはもう、その炎の剣だけだからな。剣が行くところならば、どこへでも行こう」

 とロズキが答えたので、フルートは即座に立ち上がりました。

「よし、それじゃ出発だ。火の山の大元を目ざすぞ!」

 フルートの呼びかけに仲間たちも、おう! と立ち上がります。

「おやおや。なかなか勇ましいな」

 いにしえの戦士は、フルートたちを見てつぶやきました――。

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