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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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30.古(いにしえ)

 火道の岩壁にできた横穴に入ると、ポチとルルは犬の姿に戻りました。ゼンが穴の真ん中にどっかり座り込んで、荷袋を開きます。

「飯にするぞ。おまえらも座れ」

 けれども、フルートは戦士のロズキの前へ行って手を出しました。

「炎の剣を返してください」

 戦士はたちまち不愉快そうな顔になりました。元々これは彼の剣だったのです。拒むように柄を握りしめます。

 すると、フルートはさらに手を差し出して言い続けました。

「渡してください。むき出しのままでは危険すぎるんです。しまっておかないと」

 それはその通りでした。炎の剣がひとかすりでもすれば、ほとんどのものは火を吹いて燃え上がります。人でも犬でも、あっという間に焼き尽くされてしまうのです。

 ロズキはしぶしぶ剣を手放し、フルートはそれを背中の鞘に戻しました。カシン、と軽い音をたてて魔法の剣が収まります。

 なんとも言えない表情でそれを見ながら、ロズキは言いました。

「君は本当にその剣の新しい主なのか……。それにしては若い。どこでどうやって、その剣を手に入れたのだ?」

「エスタという国の南にある火の山の中でです。炎の馬がぼくの前に現れて、火山の中でこの剣に引き合わせてくれました」

「炎の馬――聖なる火の精霊のことか。私が死んだ後、剣を守り続けていたのだな」

 と話しながらロズキとフルートは腰を下ろしました。そうやって並ぶと、二人は大人と子どもほどにも体格が違いました。たくましくて背が高いロズキと、華奢で小柄なフルート。対照的です。

 

 全員に携帯食を配ったゼンが、ロズキにも差し出しました。

「そら、あんたにもやるよ。食えるんなら食え」

「良いのか? 君たちの大切な食料だろう」

 とロズキが言ったので、ゼンは肩をすくめました。

「心配ねえ。なくなれば赤さんが魔法で出してくれるからな」

「かたじけない。実はさっきから腹ぺこだった」

 そう言って、戦士は携帯食をぺろりとたいらげました。赤の魔法使いが差し出したワインも、一気に呑み干します。

「なぁんか、全然幽霊って感じがしないね」

「ほんと。普通の人間みたい」

 とメールとルルが話し合っていると、赤の魔法使いが言いました。

「ここは火の山の中だから、火の力が充ちあふれている。それが炎の剣に作用して、剣に閉じこめられていた魂を人間に戻したんだろう」

 赤い衣を着た小さな体に黒い肌、猫のような瞳。見た目は今までとまったく同じですが、ことばはすぐに通じます。

 ロズキは首を振りました。

「そう言われても、私には閉じこめられていた記憶がない。ただ、私は死ぬときに炎の剣を握りしめていた。その時に、剣が私をこの世に引き止めたのかもしれないな」

 そう言いながら、フルートの背中の剣をまた見つめます。未練たっぷりの表情をしていますが、それでも、無理にフルートから剣を取り戻すような真似はしませんでした。

 

 フルートは急いで携帯食を食べ終えると、また話を始めました。

「あなたに聞いてみたいことはたくさんあるんです。光と闇の戦いのことや、セイロスのことや、デビルドラゴンのことや――。でも、一番先にまずこれを聞かせてください。あなたは、竜の宝のことを聞いたことがありますか? それが何か、あなたはご存じでしょうか?」

 いきなり核心の質問を切り出したフルートに、仲間たちは、はっとしました。二千年前の過去から現れた戦士に注目してしまいます。

 竜の宝? とロズキは怪訝(けげん)そうな顔をしました。思い当たることがないようなので、フルートはポチを振り向きました。

「この人にユウライ戦記を聞かせてあげてくれ」

「ワン、わかりました」

 と小犬は答えると、戦士の前にやってきました。小さな頭を上げ、四本足をふんばって、朗々とユウライ戦記の前文を語ります。

「金の石の勇者が世界から失われた後、我らは光の名の下に再び集結し、闇の竜と対決した。かの竜が己の宝に力を分け与えたので、我らはそれを奪い、竜の王が暗き大地の奥へと封印した。宝を取り戻さんとしたかの竜は捕らえられ、世界の最果てに幽閉された。これは、全世界と我らの存在を賭けた、闇の竜との戦いの顛末(てんまつ)である――」

 ロズキは目を見張りました。それは……? と震える声で尋ねます。

「ユウライ戦記。ユウライ砦(さい)での戦いを記した歴史書の、序文です。ぼくたちは、ここで言われている竜の宝というのを――」

 とフルートが言いかけると、ロズキはいきなりその肩をつかみました。

「我らが負けた後も、光の軍団はあきらめなかったのだな! シュンの国の琥珀帝は竜の王と契約を結んでいた! 契約に従って、竜王が力を貸してくれたのか! 琥珀帝はどうなった!? エリーテやゴグは!? 皆、無事か!?」

「琥珀帝は戦いの後、国の名前をユラサイに改めて、ユラサイの最初の皇帝になりました。他の方たちのことはわかりません。デビルドラゴンが地上から戦いの記憶を消し去ったので、光と闇の戦いの記録は、現在ではほとんど残っていないんです。ただ、あなたが言っている方たちは、今はもう誰もいないと思います。戦いから、もう二千年の時間が過ぎていますから」

 とフルートが答えると、ロズキはその肩から手を放しました。呆然としてから、つぶやくように言います。

「二千年……そうだな。そんなに長い間、彼らが生きられるはずはなかった。皆、死んでしまったのか。この世のどこにも、もういないのだな……」

 ひどく淋しげな声でした。フルートたちはことばが続けられなくなります。

 

 すると、赤の魔法使いが口を開きました。

「二千年前の戦いや闇の竜のことは、つい最近まで忘れられたままになっていた。だが、今から四年あまり前、ロムド国が突然闇の霧におおわれたのをきっかけに、その存在がまた知られるようになった。デビルドラゴンが沼地にある神殿で闇の卵を育てて、そこから復活しようとしたからだ。それを阻止して、世界を闇から守ったのが、ここにいる金の石の勇者と仲間たちだ。その後、デビルドラゴンは影の竜となって世界に留まり、隙があれば復活しようと機会を狙い続けているが、彼らはそれと戦い、デビルドラゴンを倒す方法を知るために、世界中を旅して回っている」

 ことばが通じるようになった魔法使いは、意外なくらい饒舌(じょうぜつ)になっていました。こんなにもよく話す人物だったのか、とフルートたちが驚いたほどです。

 ロズキがまたフルートを見ました。

「君の聖守護石は先ほど確かめた。あれを持っているからには、確かに金の石の勇者ではあるんだろう。だが、石が小さい。以前の聖守護石は、もっと大きくて輝かしかったのに」

「セイロスが願い石の誘惑に負けて自分の願いを語ったときに、金の石は砕けてしまった、と聞いています。その時に消えずに残ったのが、この石なんです」

 とフルートは言って、ペンダントを手のひらにのせました。透かし彫りの真ん中では、直径三センチほどの小さな魔石が光っています。それを見つめながら心の中で呼びかけてみましたが、金の石の精霊は姿を現しませんでした。ただ光りながら周囲の闇を照らしているだけです。

 ロズキはまた青ざめていました。二千年前の「その時」のことを思い出したのでしょう。セイロス様……とつぶやきます。

 フルートは少しためらってから、思い切って話を続けました。

「セイロスが敗れた後、あなたたちはどうなさったんですか? 光の軍団は闇に連敗したけれど、最終的にはデビルドラゴンを幽閉して、闇に勝つことができました。それにつながるような準備が、光の陣営で行われていたりはしなかったんですか?」

 それはフルートたちが一番知りたかったことでした。光の軍団は、金の石の勇者を失った状況で、闇の竜を捉えて封じることができたのです。その方法がわかれば、フルートたちだって願い石を使わずに闇の竜を倒すことができるかもしれません。

 けれども、ロズキは頭を振りました。

「それは私が死んでから後のことだ。私にはわからない」

「それじゃ、実際にどんな戦いが起きたのか、それを教えてください。どこで、誰が、どんな戦いを――! その中に手がかりがあるかもしれないから!」

 必死で尋ね続けるフルートに、戦士は目を細めました。かすかに苦笑のようなものを浮かべながら言います。

「一生懸命なのだな、新しい金の石の勇者は。セイロス様に似ているかもしれん……。セイロス様も、闇を倒すためにいつも全力で呼びかけておられた。力を合わせ、聖なる心を合わせて、世界を闇から守るのだ、と」

 懐かしむ顔になった戦士は、やがて思い出す表情に変わっていきました。考えながらまた話し始めます。

「私には何が君たちの参考になるのかわからない。なんの役にも立たないかもしれないが、それでよければ、私たちの戦いの経緯を君たちに語ってあげよう」

 フルートたちは身を乗り出しました。二千年前の光と闇の戦い。それが実際にどんなものであったのか、一言も洩らさず聞き取ろうとします。

 それは……と戦士はおもむろに話し始めました。フルートたちがさらに身を乗り出します。

 

 その時、赤の魔法使いが突然声を上げました。

「おまえが消えるぞ、いにしえの戦士!」

 一同は仰天しました。

 魔法使いの言うとおり、ロズキの体は彼らの目の前で薄くなって、透き通り始めていたのでした――。

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