火道を落ちていく炎の剣から、突然赤い炎が湧き上がり、剣を包み込みました。左右に伸びた炎が鳥の翼のように広がり、また縮まって剣を取り囲みます。炎の剣が完全に火の中に見えなくなってしまいます。
すると、炎がまた伸びました。今度は人の手足のように四方に広がり、大人の人間くらいの大きさになると、急に火が消えていきます。その後に現れたのは、人間の男性でした。銀の鎧の上に赤い胸当てをつけ、肩まで伸びた赤茶色の髪をしています――。
剣の後を追っていたゼンとメールとルルは仰天しました。炎の中から突然姿を現した男性を、呆気にとられて眺めてしまいます。
男性は火道の縦穴に浮いていました。きょろきょろと周囲を見回し、驚いたように言います。
「ここはどこだ? 私は何故、ここにいるのだ?」
男性がゼンたちを見上げました。穏やかで賢そうな顔が、風の犬に乗ったゼンたちを見て、目を丸くします。
「おまえたちは何者だ? ここに棲む精霊なのか?」
その声も意外なくらい穏やかな口調でした。ゼンとメールは顔を見合わせてしまいました。何がどうなっているのか、さっぱり訳がわかりません。だいたい、炎の剣はどこへいってしまったのでしょう――。
そこへ頭上から声が響いてきました。
「ワンワン、フルート、フルート!」
「逃げて、フルート――!!」
ポチとポポロの悲鳴でした。火道の上のほうでは、コーロモドモに捕まったフルートが、今まさに呑み込まれようとしていました。岩壁にトカゲのようにへばりついた怪物が、牙の並ぶ口を大きく開けています。ポチが必死で助けに向かっていますが、とても間に合いません。
すると、炎の中から現れた男性が言いました。
「いかん!」
次の瞬間、男性はものすごい勢いで火道の中を飛び上がっていました。あっという間にポチを追い抜いてコーロモドモの前までやって来ると、怪物に向かって叫びます。
「その少年を放せ!」
コーロモドモは舌を停めると、いきなり長い尾を繰り出しました。男性をたたきのめそうとしたのです。
けれども、男性はそれより早く身をかわしていました。さらに高い場所へ飛び上がると、コーロモドモを見下ろして言います。
「ことばが通じないらしいな――。その少年をおまえに食わせるわけにはいかない。おまえを退治する!」
つい先ほどまでの穏やかさとはうって変わった、厳しい響きの声でした。空中に浮いたまま右手を高くかざすと、そこに一本の剣が現れます。黒い柄に赤い石がはめ込まれた大剣――炎の剣です。
男性は怪物に向かって急降下しました。フルートを捕らえている長い舌を、剣の一振りで断ち切ります。とたんに舌が火を吹きました。フルートの体に絡みついたまま燃え上がります。
すると、男性が剣を持っていない方の手をフルートへ向けました。
「はっ!」
と気合いを込めると、フルートの体の上から炎が吹き飛びます。自由になったフルートは火道を墜落していきました。飛んできたポチの背中の上に落ち、ポポロに抱きとめられます。
そこへ下からルルに乗ったゼンとメールも上がってきました。全員が、突然現れた戦士を見上げてしまいます。
「あの人は誰なんだ……?」
とフルートが尋ねましたが、仲間たちは答えられませんでした。謎の戦士は、フルートの炎の剣を握っています――。
コーロモドモは怒りの声を上げました。岩壁を素早く這って戦士と並び、また尻尾を繰り出します。戦士はまた剣を振りました。尻尾に切りつけますが、今度は切り落とすことができませんでした。剣ごと弾き飛ばされて、岩壁に激突しそうになります。危ない! とフルートたちが思わず叫びます。
けれども、直前で戦士の体は停まりました。ふむ、と怪物を見つめ直します。
「丈夫なうろこだな。それでは、これはどうだ?」
戦士は両手で剣を握り直しました。頭上に高く振りかざしていきます。
それを見て、フルートは思わずまた叫びました。
「炎の弾だ――!?」
戦士が剣を勢いよく振り下ろしました。その切っ先から炎の塊が飛び出し、コーロモドモの背中に激突します。
「ワン、そんなまさか……。炎の弾は、フルート以外の人には絶対撃ち出せなかったのに」
とポチが呆然とつぶやきます。
コーロモドモは全身を炎に包まれましたが、すぐにその火が消えていきました。ワニのような角張ったうろこの体に、まったく変化はありません。戦士は目を細めました。
「なるほど、うろこは火も受けつけないのか。火に強い怪物なのだな」
コーロモドモがまた岩壁の上を動きました。戦士との間合いを計るような動きです。途中から切り落とされた舌の火はもう消えていました。大きく開けた口の中で、ちろちろと舌が動いています。
すると、その舌が、ちろっと大きく動きました。ゼンの矢で潰されたはずの目が、戦士のほうに向けられます。
フルートはまた叫んでいました。
「気をつけて! そいつの舌はいくらでも伸びてきます――!」
「大丈夫だ。注意している」
と戦士が答えました。兜をかぶっていないので、その顔がよく見えます。戦士は穏やかに笑っていました。コーロモドモが繰り出してきた舌を素早くかわし、大きな口へと飛んでいきます。
「ワン、危ない!」
「口の中に飛び込む気!?」
と犬たちが叫ぶと、戦士は怪物の口の直前で立ち止まりました。炎の剣を握り直して言います。
「体は丈夫でも、これはどうだ、怪物よ――!?」
声と同時に戦士はまた飛び始めました。剣を横に構えたまま、怪物の横を飛び過ぎていきます。剣の刃は大きく開いた口に食い込みました。そのまま怪物の頭から横腹へと切り裂いていきます。
すると、怪物の体が突然火を吹きました。大きな炎の塊になって燃え上がり、岩壁から離れて落ち始めます。
「コーロモドモォォー……」
怪物の声と炎が奈落の闇に呑み込まれて、消えていきます……。
戦士は空中に浮いて、それを見下ろしていました。銀の鎧に赤い胸当て、手には当然のように炎の剣を握っています。
その前に風の犬たちは飛んでいきました。火道が狭くて少々窮屈でしたが、なんとか戦士と同じ高さに並んで向き合います。
少しためらってから、まずフルートが口を開きました。
「危ないところを助けてくださって、ありがとうございました。だけど……あの……あなたはどなたなんでしょうか?」
「俺たちは、あんたが炎の剣から出てくるのを見たぞ。何者だ!?」
とゼンも尋ねます。フルートと違って、こちらは目一杯警戒する口調です。
戦士は右手に握った炎の剣を見ました。剣の中から? と不思議そうな顔をしてから、フルートたちに向き直ります。
「私は怪しい者ではない。私の名前はロズキ。この炎の剣の主(あるじ)だよ――」
またとても穏やかな声に戻って、戦士はそう言いました。