あそこを壊す!? と仲間たちは思わず声を上げました。
煙を噴き上げている岩の隙間は、山を登る途中で見かけた間欠泉のようでした。笛にも似た大きな音が、縦穴いっぱいに響き渡っています。
赤の魔法使いがフルートに何かを言い、ポチがそれを通訳しました。
「ワン、岩栓はそれほど厚くないから、壊すより魔法で向こう側に抜けた方がいいんじゃないか、って。ぼくもそう思いますけど、フルート?」
「だな。あれを壊したら、中からすごい勢いで煙が噴き上がって来そうじゃねえか」
とゼンも言うと、フルートは首を振りました。
「だからだよ――。この岩栓の向こう側はきっと煙でいっぱいだし、ぼくたちを押し上げようとする勢いだって、相当のもののはずだ。あれを壊して煙を外に逃がしたほうが、安全に先に進めると思うんだ」
すると、赤の魔法使いは苦笑する顔になりました。
「ナ、ケニ、ズ、ダ。バ、ナガ、レナイ、ゾ」
「ワン、フルートは見かけによらず大胆だ、って。あれを壊すと、岩でみんなが怪我をする可能性があるそうですよ」
「大丈夫だ。これが必ず守ってくれる」
と言ってフルートはペンダントを掲げて見せました。その真ん中では金の石が輝いています――。
そこで、赤の魔法使いはハシバミの杖を振り上げました。フルートはペンダントへ呼びかけます。
「みんなを守れ、金の石!」
魔石が明るく輝きました。フルートもポポロもゼンもメールも、風の犬になっているポチもルルも、赤の魔法使いも、金の光の球の中に、すっぽりと包み込まれます。
その内側で魔法使いは杖を振り下ろしました。赤い光がほとばしって飛び出し、煙が噴き出す割れ目へと吸い込まれていきます。
とたんに、静寂があたりを充たしました。煙の噴出が停まったのです。フルートも仲間たちも思わず息を詰めました。次に何が起きるのかと割れ目を見守ります。
すると、足元から不気味な地鳴りが響き始めました。ピシッ、パシッと岩にひびが走っていく音も聞こえてきて、やがて岩場全体が大きく揺れ出します。
「煙が噴き上がってくるわ! みんな気をつけて――!」
ポポロが叫んだとたん、岩場のあちこちから煙が噴き出し始めました。岩栓の割れ目から煙がさかのぼってきたのです。見る間に割れ目が広がって、砕けていきます。
「ル!」
と赤の魔法使いが警告の声をあげました。とたんに割れ目という割れ目から、どっと煙が噴き出します。煙は猛烈な風になり、さらに岩を砕いていきました。嵐のような風が火道を駆け上り、岩が吹き飛ばされ、真っ白な濃い煙が充満して、あたりがまったく見えなくなってしまいます――。
けれども、煙と轟音(ごうおん)はじきに収まっていきました。噴き上がってくる煙が次第に薄く弱くなって、とうとう火道をゆっくりと立ち上っていくだけになります。その中に、金の光に包まれたフルートたちの姿が、また現れます。
彼らの眼下に広がっていた岩場は消えて、長い縦穴が下に続いていました。岩栓は噴煙にすっかり吹き飛ばされてしまったのです。それを見下ろして、ゼンが言いました。
「ったく……地上では絶対に噴火が起きてるぞ。水蒸気爆発ってヤツだ」
冷や汗をかいているような声でした。仲間たちも、足元にまた現れた火道を、声もなく見つめていました。火山が持つ力のすさまじさに呆然とします。
ところが、フルートだけは逆に頭上を見ていました
「アマニは――!? 彼女は火口の近くにいるんだ。大丈夫だっただろうか!?」
仲間たちは顔色を変えました。赤の魔法使いが杖を握りしめて頭上を見ます。
すると、ポポロが遠いまなざしで言いました。
「大丈夫、アマニは無事よ……。噴火の前に地震が起きたのね。馬たちを連れて、安全な場所に避難してくれているわ……」
一同は、ほっとしました。猫の目の魔法使いも、安堵の表情に変わります――。
彼らはさらに深い場所へと下りていきました。
火道はどこまでも続いていますが、いくら進んでも、大元のマグマ溜まりにはたどり着きません。
ただ、ところどころで道が枝分かれするようになっていました。道の太さはまちまちですが、あちこちから来ては、彼らの下りる火道に合流しているような感じです。そのたびに彼らは道を確かめ、煙の上ってくる方向へと進んでいきました。噴煙は途切れることがないので、行き先を誤る心配だけはありませんでした。
火道の壁から蒸気が激しく噴き出している場所も通り抜けました。岩壁の割れ目から水蒸気が白い煙のように噴き出して、地底から立ち上る噴煙に混じっていくのです。注意深くそれを避けながら、ポチが言いました。
「ワン、みんなは感じないだろうけど、もうずいぶん暑くなっているんですよ。百度は軽く超えてます。だから地下水もあんなふうに蒸気になっちゃうんです」
「まあな。地面の中は暑いもんなんだぜ。北の峰でも、坑道で働いてるドワーフたちはみんな上半身裸だからな」
「大地はとても大きなエネルギーを持っているのよね。だから暑いし、うまく利用すれば、とても大きな魔法が使えるようになるの……」
とポポロが言ったので、フルートは納得しました。
「それが南大陸のムヴアの魔法使いなんだな。赤さんたちは、この大地と共に生きる魔法使いなんだ」
すると、赤の魔法使いが皮肉っぽい笑い顔になりました。
「ムヴア、ツシ、ワ、ケ。ラ、ツ、テタ」
「ワン、そのムヴアの魔法使いも、もう自分だけになってしまった。みんな、ムヴアを捨ててしまったのだから、って――」
とポチは通訳すると、困った顔になりました。なんと続けていいのか、わからなくなったのです。仲間たちもことばが見つからなくなりましたが、フルートだけは言いました。
「赤さんがムヴアを捨てずにいてくれて、本当に良かったと思います。だから、ぼくたちはこうして火の山の大元まで行けるし、そのことで、ロムドや世界の人たちを助けられるんだから」
どこまでもまっすぐに真実を見つめているフルートでした。赤の魔法使いは、金の石の勇者にはかなわない、と言うように笑って首を振ると、後はもう皮肉な顔は見せなくなりました。
火道はさらに地中深くへ続いています――。
すると、彼らの耳にかすかな音が聞こえてきました。ザザザ……と何かがこすれるような長い音です。
「なんだ?」
とゼンは足元へ目を凝らしました。ゼンは夜目が効くので、火道の奥の暗がりも見通せます。音は火道に合流する横道からしているようです。
とたんに、同じ横穴から別の音が聞こえてきました。
「コーロ……コーロモドモー……!!!」
得体の知れない不気味な声が、火道いっぱいに響き渡りました――。