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第18巻「火の山の巨人の戦い」

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23.火道(かどう)

 地中へ下りていく道は、幅が広くなったり狭くなったりしながら、ほぼ垂直に続いていました。深い縦穴を、風の犬や魔法の力で下りていきます。

 穴の中は漆黒の闇でした。フルートの胸元で金の石が輝いてるので、彼らの周りだけは明るくなっていますが、充満する煙が濃いので、視界はまったく効きません。時々煙の合間に黒い岩壁が見えるだけです。

「これを火道(かどう)って言うんだぜ。噴火の時にマグマが通っていった穴だ」

 とゼンが説明すると、フルートが言いました。

「どのくらいまで続いているんだろうな? 北の峰の洞窟には、地底湖まで続く道があったけど、あれよりもっと深いところまで行くんだろうか?」

「俺たちはもう、あの湖より深い場所まで来てるぞ。地底湖に続く道は、ドワーフたちが採掘のために掘った坑道なんだが、こっちはマグマが上っていった道で、井戸みたいにまっすぐだからな。どの辺まで続いているのか、ちょっと見当がつかねえ」

「ねえ、メール。あなた、本当に大丈夫?」

 と風の犬のルルが背中へ尋ねました。メールはゼンの腕に抱きかかえられたまま、ずっとゼンの胸に顔を伏せていたのです。

「あんまり大丈夫じゃないけどね……」

 とメールは言いながら、ようやく少し顔を上げました。周囲をそっと見回して続けます。

「まわり中が煙で、地面の中だってのがよくわかんないから、ちょっとはマシかな……。この穴が崩れることはないんだろ?」

「何度も噴火を繰り返してできた火道だから、岩壁はしっかりしてる。大丈夫だぜ」

 とゼンが答えると、ポチも言いました。

「ワン、危なくなったらゼンが抱いて逃げてくれますよ。ゼンの生きる執念はものすごいんだから、絶対に無事に戻れますって」

「あら、わざわざ言わなくたって、メールはとっくにわかってるわよ。ゼンの腕の中で準備万端だもの」

 とルルが言ったので、ゼンとメールは顔を赤くしました。そ、そんなつもりで抱えられてるわけじゃないよ! とメールが言い返し、仲間たちが笑います。

 すると、ポポロが言いました。

「魔法使いの目で探りましょうか、フルート……? どのくらい先まで続いているか調べてみるわ」

 フルートは首を振りました。

「穴は大元まで絶対に続いているから、ぼくたちの行く少し先を見ていてくれれば、それでいいよ。遠くまで透視して、ポポロが疲れてしまったら大変だからな」

「あらあら。こっちもお熱いこと」

 とルルがまた茶化して、再び笑い声が上がります。どんな場所にいても笑うことは忘れない一行です。

 

 彼らは縦穴を下り続けました。深い深い一本道が、どこまでも続きます。彼らは退屈しのぎに話し続け、やがて話題は噴火を起こしている、ザカラス近くの火の山のことになっていきました。

「あっちはアリアンが見張っているって話だったな。山の地下で闇が関わる異常が起きていることに、彼女は気がついているんだろうか?」

 とフルートが言うと、赤の魔法使いが答えました。

「ク、アリアン、シンリョク、モ、ナイ」

「ワン、アリアンも深緑さんも、今でも気がついていないだろうって。ただの噴火だと思っているんですね」

 とポチが通訳すると、ルルが首をかしげました。

「どうして? 噴煙と一緒に出てくる闇の気は、確かに濃くはないけど、かなりの量よ。それが地上に流れているのに、どうして気がつかないの?」

「ミガ、ニ、ク、テル」

 と赤の魔法使いが言い、ポチがまた訳しました。

「ワン、地上に闇が濃くなってきているからだそうです。そういえば、炎の馬もそう言っていましたよね。それって、闇の煙のせいだけじゃなかったんだ。――え、サータマン王のしわざなんですか!?」

 ポチが赤の魔法使いに聞き返したので、仲間たちは驚きました。どうして? と尋ねると、魔法使いがまた答えます。

「ワン……サータマン王が自分の権力を世界に広げようとして、画策(かくさく)しているからだそうです。デビルドラゴンから借りた闇の石を使って、ロムドに何度も攻めてきたり、テトの国をサータマンの属国にしようとして、グルール・ガウスをそそのかして女王を殺そうとしたり――」

 一同は数ヶ月前の賢者たちの戦いを思い出しました。フルートたちがオリバンとテトの国へ駆けつけ、女王のアクをガウス候から守った事件です。反発の根はガウス候の心の奥深いところにありましたが、その後押しをして謀反を起こさせたのは隣国のサータマン王でした。

 ポチは赤の魔法使いの話を訳し続けました。

「ワン、世界中で争いが増えれば、世界に闇は増えていく。サータマン王が各地で戦いを起こすせいで、中央大陸ではずいぶん闇が濃くなってしまった。そこに煙と一緒に闇が流れてきても、みんな、なかなか気がつかないんだろう、って」

 ポポロは両手を頬に当てました。

「それってすごく危険よ……。空気のように闇があたりに漂っていると、気がつかないうちに闇が体の中にしみ込んでいって、みんなの心を狂わせていくんですもの。凶暴になってしまう人もいるし、おびえて元気をなくしてしまう人もたくさん出てくるのよ……」

「それはよくわかるよ。黒い霧の沼の戦いのときがそうだったからな」

 とフルートが言い、確かに、とゼンとポチがうなずきました。現に、それが原因で毒虫のナマジもおかしくなったのです。

 

 フルートは考えながら話し続けました。

「結局、火の山は二つの災害をロムドに運んでいることになるな――。一つは、噴煙がたちこめることで、太陽の光がさえぎられて地上が寒くなる冷害。もうひとつは、煙と共に流れてくる闇で人や生き物が狂っていく、闇の被害だ。闇の被害はもう起き始めている。噴火はそれに拍車をかけてしまうんだ」

「ワン、ロムドが災害で混乱したら、中央大陸全体が大変なことになりますよ。ロムドを狙う国はサータマンの他にもたくさんあるから、そこがいっせいに攻め込んでくるだろうし、せっかくロムドを中心に結ばれた同盟だって、ばらばらになってしまうかもしれない。そうなったら、大陸中が大戦争です」

 とポチが言います。

 すると、ゼンの腕の中でメールが口を開きました。

「ねえさぁ……やっぱり、この下にいるのって、デビルドラゴンなんじゃないの……? 光の軍勢が目障りで、その中心のロムドをたたこうとしているように見えるんだけど……」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 とフルートは答えました。

「確かに、ロムドは同盟の中心の国だから、ロムドを崩せば同盟も崩れる。でも、それは世界を狙う他の者たちにとっても同じことだから、やっぱりロムドを攻撃することを思いつくだろう。それだけで、デビルドラゴンのしわざだとは言い切れないな」

「でも、いかにも怪しい感じはするわよね」

 とルルは言って、地下へ目を向けました。火道の中は煙と闇が充満しているので、どんなに目を凝らしても、ルルには何も見通せません――。

 

 すると、ポポロが急に声を上げました。

「気をつけて! この先が岩でふさがれて、行き止まりになっているわ!」

「岩栓(がんせん)か?」

 とゼンが言い、仲間たちにまた説明しました。

「火道の中に残ったマグマが、冷えて固まって岩になったヤツのことだ。岩で出来た栓だから、岩栓って言うんだよ」

「つまり、そこから先へはもう進めないってこと?」

 とルルが言い、メールはまたゼンの胸に顔を伏せてしまいました。地下の行き止まりは、メールが一番苦手にしているものです。

 フルートは首を振りました。

「いや、そんなはずはない。煙はこうして噴き出し続けているんだからな。必ずどこかにその先へ続く穴があるはずだ」

 そこで一行は慎重に火道を下りていき、やがて平らな場所に降り立ちました。そこには煙があまりたちこめていませんでした。黒い溶岩が床のように広がり、その周囲には岩壁がそそり立っています。

 その一箇所から煙が音をたてて噴き出しているのを見て、ダ! と赤の魔法使いが言いました。ポポロが遠いまなざしになって眺めます。

「ええ、あそこがさらに地下に続いているわ……。でも、すごく狭いわよ。煙は岩の間の隙間を通ってくるからいいけど、あたしたちではとても通れないわ……」

 一同は困惑して、岩の隙間とそこから噴き出す煙を眺めました。煙は一気に縦穴を駆け上がると、穴いっぱいに広がって地上へ向かっていきますが、隙間が狭い上に、噴き出す勢いが猛烈なので、そばに寄ることができません。うかつに煙に触れれば、巻き込まれて吹き飛ばされてしまいます。

「どうするの? とてもあんなところ行けないわよ」

 とルルが言いました。ポチは他に通路はないかと周囲を見回しましたが、そんなものはどこにも見つかりませんでした。

 すると、フルートが言いました。

「ぼくたちは煙を追いかけているんだから、あそこから下に行くしかないんだ。赤さん、あそこを壊しましょう」

 単純なくらいあっさりと言い切って、フルートは煙が噴き出す隙間を見つめました――。

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